幼女と執事が異世界で

天界

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第7章

154,ひとりぼっちのワタリ

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 冷静になった今だから言えるが、オレはどうやらある一定条件下において相当精神的に追い詰められ易いみたいだ。

 前後の通路いっぱいに氷の螺旋槍が立ち並ぶ光景はちょっと……いやかなり寒い。
 魔法で作り出した氷は使用された魔力量とイメージによって消滅するまでの時間が決まる。
 この螺旋槍を作り出したときのオレはどうやら何人も触れえぬ障害をイメージしていたみたいだ。

 ……具体的にはオレに触れるな、近寄るな、だ。

 そんなイメージと膨大な魔力をこめられたために氷の螺旋槍は魔物を完全に駆逐したあともずっと残り続けている。
 普段のオレならこんな邪魔にしかならない物を作り出すことはなかった。

 だがあの時はしょうがなかったんだ。
 前世と今世をあわせても類を見ないほどにオレはパニックに陥っていたのだから。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 アルとレーネさんの驚愕の叫びと同時に一瞬で視界が切り替わった。

 61階層以降は転移の罠がある。
 魔道具で照明を維持しているオレ達だが、普段使っている物は打ち上げ式で自動追尾してくれる便利機能満載の高性能魔道具だ。
 だが転移するとこの魔道具はその場に置き去りになる。
 罠を踏む事はアルがいるためまずないが、一応61階層以降はランタンのような手提げ式の物に変えている。

 ランタンの光が照らし出す範囲内――魔道具なのでかなり広い範囲をカバーできる――にはアルとレーネさんの姿はなく、刹那の間もおかずにオレは理解した。

 そこからは思考が引き伸ばされて加速した状態に移行した。


 アルとレーネさんの姿は光が届く範囲にはない。

 アルがいない。

 魔物が数匹。

 アルがいない。

 気配察知にも2人の反応が無い。

 アルがいない。

 転移の罠?

 アルがいない。

 だがアルは何の反応も……。

 アルがいない。

 魔物がこちらに反応した。

 アルがいない。

 迎撃を……。

 アルがいない。アルがいない。アルがいない。


 アルが……。


 もうだめだった。

 一瞬で鼻の奥が熱くなって視界が滲む。
 時間にして1秒にも達していない刹那の間でオレの心はあっさりと折れた。
 硬く瞼を閉じてしゃがみこむと、王族の不文律プリンセス・スマイルを発動させて全てを拒絶した。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 全てを拒み、守るために作り出された大氷柱群だけが冷気を発している中にオレはいる。
 王族の不文律プリンセス・スマイルの効果が切れて尚、残り続けているこの大氷柱群はあの時のオレの心をわかりやすく表している。

 温度の低下で震えているわけではない手を強く握り締める。
 冷静な思考が戻ってくるにつれてこれから行うべき事に対してこの大氷柱群が邪魔でしかないことは言うまでも無かった。

 まずはこの大氷柱群をなんとかしよう……。

 すでに制御を離れた魔法は基本的にはどうしようもない。もうそれは物理現象なのだ。
 なので大氷柱群は自然消滅するまで待つか、溶かすか、破壊するか。
 恐らくオレの強い拒絶によって作り出されたこの大氷柱群は王族の不文律プリンセス・スマイルの無限のMPを注ぎ込まれているので自然消滅を待つのは得策ではない。その前に凍える。
 溶かす場合も注ぎ込まれた魔力の量が尋常ではないのでなかなか溶けないだろう。
 すると選択肢は1つしか残っていない。

 アイテムボックスからスタミナ回復ポーションを何個か使用してもう1度王族の不文律プリンセス・スマイルを発動できるようにする。
 オレの周囲を完全に覆ってしまうレベルで大氷柱群は出来ているので破壊するにも破片などに襲われることは覚悟しなければいけない。
 一応障壁があるのでダメージを受ける事はないだろうけど、覚悟は決める。

 王族の不文律プリンセス・スマイルを発動して、オレが通れるだけのスペースをどんどん採掘していく。
 案の定行き場を失った氷の破片……というか細かい雪のようなものが、すごい勢いで降りかかってきたけど障壁を貫通することはなかった。

 30秒もしないうちに採掘は終わり、小さなオレの体なら抜けられる程度の穴がぽっかり開いた。
 小さい穴なのでオレでも屈まないと抜けられない。
 もうちょっと大きくしてもよかったかもしれないが今更だ。

 さくっと通り抜けて一応魔物がいないか探ってみるが、オレの気配察知はLv1だ。探れる距離もたかがしれている。
 なので一旦構成を変更して気配察知を上げられるだけ上げてみた。
 Lv3にあがった気配察知によってランタンの光が届かないずっと離れた位置にいる魔物も特定できるようになったが、やはりアルとレーネさんの気配はない。

 完全にさっきまでいた場所とは違うところに飛ばされてしまったようだ。

 61階層以降には罠としてランダム転移がある。
 しかし転移はそれだけではない。
 噂程度ではあったが他にも転移する条件がある。

 それは移動する転移の罠。通称転移虫である。

 しかし噂程度の情報しかなく、本当に虫なのかすらわかっていない。
 罠がないところで突然転移することがある、という不可思議な状況から幾度となく調査が行われ、この転移虫の話が出てきたのだ。

 さすがに小さな虫を警戒するのは無理だ。
 階層をクリスタルの転移で繋いでいるとはいえ、虫などがいないわけではないのだ。
 迷宮が虫を飼っているわけではない。冒険者が日々大量に潜っているために虫などを無意識に持ち込んでしまっているようなのだ。
 迷宮内では虫はなんと魔力を食べるそうだ。
 食べ物に困らない上に敵もあまりいない迷宮は虫達にとって非常に過ごし易く、増え易い。

 まぁ増えすぎれば迷宮が生み出す魔物に食べられて一定数よりは増えないそうだが。

 そんなわけで迷宮内で虫にまで気を配るのは難しい。

 噂程度の極レアな存在に転移させられたオレは運が良いのか悪いのか。
 まぁもう起こってしまった事だ、仕方ない。
 帰還用魔道具リリンの羽根はアルが持っているので、アル達と合流するには迷宮内をさまよって探すか、青いクリスタルで戻るかだ。

 もちろんこういう事態を想定して話もしている。
 その場合はオレ達の個人戦力でも合流するのは不可能と判断するしかなく、故に青いクリスタルを探して1階で合流することになっている。
 念話や複数転移は距離以前の問題で壁を隔てると迷宮では機能しなくなってしまう。
 なので目指すは青いクリスタルだ。

 今はそれだけを考える。
 そう思っていないと視界が滲む。

 ……くそぅ……視界が滲むぅ。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 オレのスキル取得ウィンドウには罠関連のスキルは一切表示されていない。
 従って罠をスキルで発見する事が出来ない。

 スキルで発見する事ができないだけで、発見する事は出来る。
 罠はスキルのみで発見できるわけではないのだ。

 やり方は色々ある。
 例えば落とし穴なんかならある程度の重量があるものが上に乗れば自動で発動するからわかりやすい。
 スイッチ系の罠ならこれまたある程度の重量が上に乗れば自動で発動する。

 ただ転移の罠はある程度の重量に加えて一定量の魔力で発動する。
 なので水を流して罠を見つけるという方法だと転移の罠は発見できない。

 でもオレ単独の場合はもっと安全に罠を回避・・できる。
 そう……別に発見する必要はないのだ。
 回避すればいいんだから。

 まずオレの身長よりも高い程度の氷の台座を作り出す。
 ランタンの光の届く範囲ぎりぎりにそれを放り投げる。
 光の届く範囲ぎりぎりに台座を作り出さないのは手元から離れるほどMP消費量が増すからだ。
 光の届く範囲ぎりぎりで台座を作るのはかなりきつい。出来ないわけではないが、さすがにMPがもたない。
 休憩を挟んでも結構な時間がかかるので、いっそ投げた方が早いというわけだ。
 もちろん投げたら倒れる可能性もあるが正六面体で作るので別に倒れても問題ない。

 この大きさの台座を作るのは床からある程度離れたら転移の罠が発動しないからだ。
 まぁ落とし穴とかだったら落ちてしまうけど。

 ちなみに壁に氷を打ち込んで足場にするという方法もあったが、壁に打ち込んである程度の時間維持するには貫通力や耐久性でこれまたMPの問題が出てくる。進めば魔物がいるかもしれないし、MP回復のために多少は休憩が必要だからだ。


 氷の台座を放り投げ、その上に単独転移Lv1で移動する。
 30秒ほどその場で待機してMPを回復させたらまた同じ事を繰り返す。
 もちろん気配察知Lv3の範囲内に魔物を察知したら先手を打って即殺する。
 気配察知Lv3の範囲はランタンの光の範囲を軽く超えるが見えなくても位置さえわかれば魔法を使うオレなら問題ない。
 解体は諦めている。今は素材より脱出が先だ。アル達と合流するのが先だ。

 ……くっ。視界が!






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 一体どれだけ氷の台座を放り投げただろうか。
 転移の罠にかかってランダム転移を繰り返すよりはマシだとは思うが、青いクリスタルは未だ見つからない。
 その間に落とし穴で台座が落ちて壊れたり、スイッチ系の罠で丸太が降って壊れたり、矢が飛んできて刺さったが壊れなかったりしたがオレは無傷だ。氷の台座君が全部代わりになってくれた。
 もちろん魔物なんかもオレを発見する前に即殺されているのでダメージの受けようが無い。

 しかしそれでも体ではなく、心がダメージを負っている。
 アルがいないという事実がどんどん大きくなってオレの心を侵食していく。

 オレはいつからこんなにもアルがいなければだめになってしまったのだろうか。
 この世界に来てすぐはそんなことは決してなかった。
 少しずつアルの存在が大きくなっていったのは間違いないだろう。

 ずっと傍に居続けて、オレを助けてくれたアル。

 従者という形ではあってもオレにとっては家族であり、掛け替えのない存在だ。

 アルの代わりなんていない。

 アルがいないだけで、オレの心はこんなにも散り散りだ。


 あぁ……早くアルに会いたい。

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