SWEET BLOOD

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呪われた血

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 薄汚れた外套のフードから覗く色褪せた髪。色の抜け落ちた髪に反するようにその奥には蒼く澄んだ双眼が崩れ落ちた建物を映し出していた。数日前に魔物の襲撃にでもあったのだろう。夜闇に沈むこの廃村には生き物の気配は何も感じない。
 それは、傷を負ったこの男には好都合であった。

 この世界にはいくつもの種類の生き物がいる。人間。亜人。魔物。そして吸血鬼。その他にも数え切れい程の生き物がひとつの大陸に存在していた。数え切れない程に数を増やした人間と、その人間を糧としている生き物達との生存争い。それが幾日も繰り返されていた。この男の外傷もその争いの影響と言える。
 崩れ落ちた廃村には建物の原型が残っている物は多くは無く、殆どが崩れ落ちた材木の山。石造りの建物だけが僅かながらにその原型を保っている程度だった。

 重い扉を力の入らない身体で懸命に押しのければ、その先は少しだけ色のある世界が広がっていた。差し込む月明かりは多彩な色を施されたステンドグラスを通り抜け、広い礼拝堂を明るく照らしている。その光景を見て男は奥歯を強く噛み締めて眉根を歪ませた。

「よりによって教会か」

 雨風を凌げる場所を確保するのが最優先ではあるが、この男にとって教会とは自分の生とは決して相容れないものの一つだった。教会とはこの世の神に祈りを捧げ、全ての生命を等しく救う。そんな教えを説きつつも、邪悪と判断したものには一切の躊躇をしない残虐性を併せ持つ。邪悪かどうかなんていう判断基準なんてそんなものは人間の勝手に付けた価値感でしかない。

「……ッ、」

 古傷がズキリと痛む。焼けるように、以前聖水をかけられた左肩が熱を持って仕方がなかった。脳裏に焼き付く非道な行い。それは、聖職者に捕まった自分の親が磔にされたまま細い銀の筒が全身に突き刺され、生きたまま生き血を全て抜き取られるという光景。
 吸血鬼の血液は吸血鬼避けになる。そんな信憑性の欠けらも無い噂をどこぞの教祖が見せしめとして実行したもので、少なくともこの男はその日を境に生き血を啜る事が出来なくなった。吸血鬼でありながら、吸血鬼としての在り方を奪われたのである。

「んぅ……ぐ、……は……ッ……」

 何も入っていない胃袋から込み上げる胃液。その場で足元にそれをぶちまけた。食事はもう長い事していない。そもそも吸血鬼が人間の生き血を啜るのは数ヶ月に1度程度で充分なのであるが、数年単位にまで渡るとどうしても身体は衰弱してくる。人を襲おうと思った事はこれまででも無くはない。だが、吸えなかったのだ。噛み付いて、牙を立てて、溢れ出る生き血が喉を流れると途端に嗚咽が止まらなかったのだ。あの光景が目に焼き付いて、どうしようもない憎しみが身を焦がして、気が付けば目の前にあったのは無残に引き裂かれた肉塊だけだった。

「……くそ……っ、」

 開けただけの教会の扉。足を踏み込むこと無くそのまま重い扉を閉めようとした時だった。

「コンバンハ。吸血鬼さん」

 重い扉の軋む音と共に耳に転がり込んだのは少しだけ高めの男の声。建物の中ではなく、外から聞こえたその声に反射的に身体を建物へと滑り込ませると同時に、高らかな銃声が鳴り響く。扉越しに感じる衝撃に、厚手な扉に少なからず感謝した。これがただの薄い木の板では防げなかっただろう。

「結構すばしっこいんだね。さっきまではあんなにしんどそうだったのに」

 確実に近くなった声の主。恐らくこの扉のすぐ向こう側だろうか。発言からして、この廃村へと逃げてくるきっかけになったヴァンパイアハンターの1人だろう。
 ここ数日でやたらとヴァンパイアハンターに遭遇しているが、その全てをこの男は退けている。生かしておく必要性はもちろん皆無。全てその場で処理をしてきて捨て置いてきた。
 なんでも、大きな街での貴族が吸血鬼に襲われただのなんだので吸血鬼への懸賞金が跳ね上がっているらしい。同族が何をしたかなんて興味はないが、こういった皺寄せが来るのは正直面倒くさい。塒を持たないこの男にとっては、こういった流れ着いた先で受難に会うことは少なく無かった。

「生憎、人間如きにそう易々と狩られるつもりは無い」

 吐き捨てる様にそう言うと、外套を靡かせながら後ろへ飛び退く。途端に扉が亀裂が走り、まるで何かに切り刻まれるが如くその場へと崩れ去った。立ち上る土埃が人型を映し出す。それは少し小柄で、鮮血のように真っ赤に染まった髪を持つ少年の姿だった。

「……子供か」

 男の言葉に少年の顔が不快に歪む。だがそれも一瞬で、すぐに嘲笑するように目元を細めた。

「子供扱いはしないで欲しいな。これでも立派なヴァンパイアハンターなんだけど?」

 吊り上げられた口元に寄せられるのは鈍く銀色の光を放つ短銃。楽しげに細められたその目は翡翠色に輝き、獲物を捕らえた獣のような眼光がこちらを見据えている。わざとらしくゆっくりとこちらへと向けられた銃口と、カチリと引かれる撃鉄の音。そこまでは酷くゆっくりな動きにも関わらず、一瞬で引かれた引き金に銃弾が弾かれる。咄嗟に教会の長椅子へと身を飛び込ませてそれを回避すると、少年の高い声でへぇと関心した声が漏れたのを静寂の中で拾った。

「お兄さん、その辺と吸血鬼とは少し違うよね?」

「……答える必要は無い」

「普通の吸血鬼ならあの距離で外さないもん。そこまでの俊敏性があるのはウルフくらいだ」

 ドクンと心の臓が高鳴る。ウルフ。この男は吸血鬼でありながら、獣人族の血も同時に流れている。後天的なものであり、そもそも極最近現れた症状のひとつだった。
 人間の生き血が啜れなくなってからというもの、ほかの手段で栄養の補給を補うという行為を試してこなかった訳では無い。その中の一つが、人間ではなく亜人や獣人族の血液を摂取してみるというものだったのだが、結果としては人間の時と変わらずに嗚咽を伴う物だった。

 だが、一度だけ。一度だけ少しばかり喉を通る鮮血にありついた事がある。あまりに血に飢えたからこそだったのか、その血の持ち主のせいなのかはもうわからない。ただ、その生き物が純血族ではなく、獣人と人間とのハーフだったという事だけが事実として残っている。
 元々種族間での争いが多いこの世の中で混血族というものは言わば禁忌とされている。言ってしまうと呪われた血だ。その呪いなのかは定かでは無いが、それ以来 この男の身体は吸血鬼を上回る身体性能と過剰なまでの残虐性を垣間見せる時が現れたのだ。

「それならそれで面白い」

 高らかに漏れる笑い声。身を潜める長椅子から少し覗き見たその少年はこちらへコツリコツリと足音を響かせながらゆっくりと近づいてくる。先程までこちらへ向けられていた短銃は腰のホルスターへと収められ、代わりにゆっくりと引き抜かれたナイフ。そして、腕まくりされた自分の腕へと躊躇いもなく赤い筋を刻んでいった。
 鼻を掠める生き血の香り。吸血鬼としての本能がドクンと疼く。視界に捉えた赤い雫が白い腕を伝い、そしてポタリと地に落ちて赤い水溜りを作っていく光景に囚われて目が離せない。

「獣と吸血鬼、どちらも血には逆らえないだろ?」

 コツンコツン。少年が踏み込む度に嫌に響く足音。そして高鳴る心臓と額から吹き出す汗に男は戸惑った。少年の言う通りに生き血の匂いに本能が刺激されているのは事実。だが、それだけではない。ただの生き血で、いくら獣人の血が混ざっていようとここまで高ぶる事は無い。
 綺麗な翡翠色と蒼の双眼が衝突する。ついに自分の目の前まで来た少年に男の喉が大きく上下した。

「いい匂いだろう?欲しいか?」

「……ッ!」

 差し伸べられたのは鮮やかな鮮血が滴る腕。頬へとのびる指先に滴る鮮血はフードの奥に隠れた男の頬を濡らし、肌に触れるその感触に男はぶるりと身を震わせた。
 直接的に刺激される嗅覚に脳がクラクラする。この身体が生き血を受けつけないと知っていながらも、本能はそれを求めてしまう。食いしばる奥歯はギリギリと音を立て、その様子を少年はただただ楽しげに眺めていた。

「俺の血は吸血鬼にはたまらなく甘いらしい」

 言葉通りにこの鮮血の香りは芳しく、まるで花の蜜のように濃厚で甘ったるい香りがする。ただ、これを口に含んだらもう逃げられないと男は思った。

「俺もまた、呪われた血だ」

 濡れた指先が、食いしばる唇をなぞる。ふっくらとした唇の形を確かめるかのようにゆっくりと撫でる指の動きに、次第に身体の力が抜けていく。そして、その緩んだ唇にするりと指が差し込まれ、男は大きく目を見開いた。

「──!」

 甘い。あまい。アマイ。口に広がるその味は、いつぶりのものだろうか。あの日以来感じていた嗚咽感は微塵もなく、感じるのは圧倒的な喉の渇き。指先についた僅かな血液が眠っていた獣の本能を呼び覚ました。

「……ッ、ぅ……」

 自分でも驚く程の早さだったと思う。少年のシャツの襟元を掴み、そのままボタンを弾かせて肌を露出させては首筋へと牙を落とす。久しぶりに感じるの肌の感触を牙に感じ、柔らかい肉へとそれを突き立てれば温かい鮮血が一気に喉へと流れ込む。

「随分と、がっつくね……」

 少しだけ苦しそうに笑いを零す少年がどんな顔をしているかなんて確認する術はない。ただただこの白い肌から溢れる果実の様な鮮血を獣のように貪った。時折飲み切れずに零れる生き血は白い肌を伝い、それすらも舌で絡めとって一滴残らず味わった。ビクリと震える身体を力ずくで身体に抱き込み、暫くその甘美な味わいを堪能していると、のばされた少年の手によって小さなチョーカーが付けられていた。髪を指で梳かれる感覚に気が付いた時にはじめてフードが外されている事も自覚した。それほどまでに夢中になっていたという事か。
 潤った喉と身体がようやく落ち着きを取り戻すのにどれくらいの時間がかかったかはわからない。ゆっくりと身体を離すと、楽しげに細められた翡翠がにこりと微笑む。満足げに弧を描いた唇は、静かにこう言った。

「これでも君も、俺の眷属だ」

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