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3 ローン団長とテラ
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近衛騎士団は基本は王宮の敷地内にある宿舎で過ごし、国王や王都の人間に命じられた時にのみ剣を振るい、己の身を挺して、国のため、王都の人間のために戦う。それは国民の誰もが知っている常識だが、現国王が即位して以来他国との戦争も起こっていないため、実情はそうそう命のやり取りをするような機会には恵まれない。
そのせいか、ここ最近は近衛騎士団に志願する者は、わりと家計を守るためだとか、他に働き口がないためだとかいう理由で来る者が増えつつある。ただ、そういった理由で志願したことは即座にローンに見抜かれ、厳しい仕打ちを受けて退団に追い込まれることも多く、俺もその立場に置かれた一人だ。
見方を変えれば、ローンは昔ながらの価値観を持っているだけで、ある意味では近衛騎士団としての正しい在り方を知っているからこそ厳しいことを言うのだ。それを俺も分かっているが、俺が辞められない理由もまたローンの言う通りなのだからどうしようもない。
「聞いたか?昨日辞めた奴がいただろ。あいつ、出自が奴隷だったらしいぜ」
昼食の最中、オリバーが焼き立てのパンを口に頬張りながら言った台詞に、スープを掬っていたスプーンを止める。
「よくそんな出自で騎士団に入れたものだな」
「なんでも、奴隷と言っても主人がかなり甘かったらしくてな。まあ、あんな見た目をしていたら甘くなるのも無理はないが、媚を売って主人の機嫌を取って入団試験を受けさせてくださいと頼み込んだら、あっさり上手くいったとか」
オリバーの話を聞きながら、皆して出て行った者の顔を思い浮かべて納得したようだ。中性的で男にしてはほっそりとしていたため、入団試験もどうやって合格したのかと初め皆で噂をしていたのを思い出す。
「でもさ、なんでそこまでして入団したのに、団長の嫌がらせなんかであっさり辞めちゃったんだろうね」
「ああ、それなんだが……」
オリバーが声を潜め、怖い話をするように恐る恐る続きを口にした。
「なんでも、団長は単なる嫌がらせじゃなく、性的嫌がらせをしたらしいぜ。そもそもローン団長って、あの年齢で未婚なんだぜ。しかも先輩たちに聞いた話だと、浮いた話が一つもない。おかしくないか?」
「オリバー」
エイダンがオリバーの肩を突き、注意を促す。ちょうどローンが食堂に入ってくるところで、団員の中に緊張が走った。
食事中のローンは普段とは打って変わって、ただひたすらに黙々と食事を口に運ぶだけで一切口を利かない。よほど羽目を外す団員がいない限り注意をすることもなく、気配さえ殺しているように見えるのだが、ローンがいる前で無駄口を叩けるような度胸のある団員はいない。
ただ、一人を除いて。
俺の斜め向かい側で食事を取っているレオに視線を投げると、ちょうどスープを飲み終えたレオと目が合う。口元に笑みを称えながら、なに?というように小首を傾げるレオを見つつ、ローンの方に顎をしゃくって見せると、わざわざ席を移動して隣に来た。
「わざわざ来なくていい」
小声で訴えて席を立とうとしたが、強く腕を掴まれて引き止められる。
「なに?」
睨むようにレオを見るが、レオは一切意に介さずににこりと笑う。
「怒った顔も可愛い」
「……」
「あ、待った。ごめん、からかったわけじゃないけど、エレンの方から俺に関わってくれたのが嬉しくて」
席を立ちかけて座り直すと、レオがほっとしたような顔をする。その顔を横目で見ながら、本当のところは少しだけ申し訳なくも思う。
レオの扱いに困ってはいても、決して好意が嫌なわけではないのだ。ただ、今まで孤児院でもそんな相手ができたこともなく、ストレートに言われることに慣れていないせいで困惑し、羞恥でどうにかなりそうになるだけだ。
そう、嫌なわけではないのだが、それを伝えたら曲解して勝手に舞い上がりそうなので伝えるわけにもいかない。そこで敢えて違う話題を出して逃げる他なかった。
「レオ、ローン団長って、その、男性が恋愛対象なの?」
しかし、言った途端に話題を間違えたことに気が付く。せっかく話を逸らそうとしたのに、婉曲的に自分たちの状況を語っているような話題になってしまった。
「あ、えっと。今のは聞かなかったことに……」
「何か、されたのか?」
「え?」
「ローン団長に、何かされたのか?」
レオの曇天を表すような濃い灰色の瞳に探るように見つめられ、一瞬何を言われたのか分からずに固まってしまうと、レオが立ち上がろうとした。
「ま、待って。違う。俺は何もされてない」
今度は逆に俺がレオの腕を引っ張って座らせる。
「本当か?」
「本当。ただほら、オリバーが話してたことが気になっただけ」
「なんだ、そっか」
安心したように微笑みながら頭を撫でられ、なんとも言えないむず痒い思いで振り払ったのだが、レオは特に気にした様子もなく顎に手を当てた。
「ローン団長は、確かにそういう噂があるのは聞いたことがあるな。ああ、俺の父上とローン団長は交流があって、それで聞いただけなんだけど、昔、戦友を戦で亡くしたとかなんとかだったかな。それで、団長はその戦友が忘れられなくて、面影がある相手をついって。まあ、噂なんだけどな」
「そっか……」
少しだけローンを見る目が変わってしまうのを感じながら、一人静かに食事をしている彼の背中に目を向ける。その背中が寂しげに見えた気がした。
しかし、ローンの背中を眺める俺の前に立ち塞がるように、レオがずいと顔を近付けてきて見えなくなる。
「なっ、に……?」
あまりの近さに仰け反ろうとしても追いかけられ、危うく椅子から落ちようとしたのを片腕を回して支えられる。そのせいかさらに目と鼻の先にレオの端正な顔が迫るかたちになり、さっと手の甲で唇を庇う。
けれど、レオはその手をどけてキスをしてくるわけでもなく、厳しい表情で怒ったように言う。
「ローン団長を見つめるの禁止」
「……は?」
「だから、禁止。俺にキスするの我慢させたいなら、守って」
「我慢させたいならって……友達からっていっ……」
俺の言葉を遮るように、レオがさっと唇を隠していた手のひらを取って口付ける。
「友達からって言ったけど、それは諦めたっていうわけではないからな。俺は絶対、将来エレンを嫁にする。この約束守らなかったらどうされても文句言わないこと」
「どうされてもって、レオ!」
思わず声を張り上げて周囲の注目を浴びてしまう中、レオは振り返らずに食堂を出て行った。
「な……んだよ、それ」
一人残された俺の顔は微かに熱を帯びていたが、残っていたオレンジジュースを勢いよく飲み干して誤魔化した。
そのせいか、ここ最近は近衛騎士団に志願する者は、わりと家計を守るためだとか、他に働き口がないためだとかいう理由で来る者が増えつつある。ただ、そういった理由で志願したことは即座にローンに見抜かれ、厳しい仕打ちを受けて退団に追い込まれることも多く、俺もその立場に置かれた一人だ。
見方を変えれば、ローンは昔ながらの価値観を持っているだけで、ある意味では近衛騎士団としての正しい在り方を知っているからこそ厳しいことを言うのだ。それを俺も分かっているが、俺が辞められない理由もまたローンの言う通りなのだからどうしようもない。
「聞いたか?昨日辞めた奴がいただろ。あいつ、出自が奴隷だったらしいぜ」
昼食の最中、オリバーが焼き立てのパンを口に頬張りながら言った台詞に、スープを掬っていたスプーンを止める。
「よくそんな出自で騎士団に入れたものだな」
「なんでも、奴隷と言っても主人がかなり甘かったらしくてな。まあ、あんな見た目をしていたら甘くなるのも無理はないが、媚を売って主人の機嫌を取って入団試験を受けさせてくださいと頼み込んだら、あっさり上手くいったとか」
オリバーの話を聞きながら、皆して出て行った者の顔を思い浮かべて納得したようだ。中性的で男にしてはほっそりとしていたため、入団試験もどうやって合格したのかと初め皆で噂をしていたのを思い出す。
「でもさ、なんでそこまでして入団したのに、団長の嫌がらせなんかであっさり辞めちゃったんだろうね」
「ああ、それなんだが……」
オリバーが声を潜め、怖い話をするように恐る恐る続きを口にした。
「なんでも、団長は単なる嫌がらせじゃなく、性的嫌がらせをしたらしいぜ。そもそもローン団長って、あの年齢で未婚なんだぜ。しかも先輩たちに聞いた話だと、浮いた話が一つもない。おかしくないか?」
「オリバー」
エイダンがオリバーの肩を突き、注意を促す。ちょうどローンが食堂に入ってくるところで、団員の中に緊張が走った。
食事中のローンは普段とは打って変わって、ただひたすらに黙々と食事を口に運ぶだけで一切口を利かない。よほど羽目を外す団員がいない限り注意をすることもなく、気配さえ殺しているように見えるのだが、ローンがいる前で無駄口を叩けるような度胸のある団員はいない。
ただ、一人を除いて。
俺の斜め向かい側で食事を取っているレオに視線を投げると、ちょうどスープを飲み終えたレオと目が合う。口元に笑みを称えながら、なに?というように小首を傾げるレオを見つつ、ローンの方に顎をしゃくって見せると、わざわざ席を移動して隣に来た。
「わざわざ来なくていい」
小声で訴えて席を立とうとしたが、強く腕を掴まれて引き止められる。
「なに?」
睨むようにレオを見るが、レオは一切意に介さずににこりと笑う。
「怒った顔も可愛い」
「……」
「あ、待った。ごめん、からかったわけじゃないけど、エレンの方から俺に関わってくれたのが嬉しくて」
席を立ちかけて座り直すと、レオがほっとしたような顔をする。その顔を横目で見ながら、本当のところは少しだけ申し訳なくも思う。
レオの扱いに困ってはいても、決して好意が嫌なわけではないのだ。ただ、今まで孤児院でもそんな相手ができたこともなく、ストレートに言われることに慣れていないせいで困惑し、羞恥でどうにかなりそうになるだけだ。
そう、嫌なわけではないのだが、それを伝えたら曲解して勝手に舞い上がりそうなので伝えるわけにもいかない。そこで敢えて違う話題を出して逃げる他なかった。
「レオ、ローン団長って、その、男性が恋愛対象なの?」
しかし、言った途端に話題を間違えたことに気が付く。せっかく話を逸らそうとしたのに、婉曲的に自分たちの状況を語っているような話題になってしまった。
「あ、えっと。今のは聞かなかったことに……」
「何か、されたのか?」
「え?」
「ローン団長に、何かされたのか?」
レオの曇天を表すような濃い灰色の瞳に探るように見つめられ、一瞬何を言われたのか分からずに固まってしまうと、レオが立ち上がろうとした。
「ま、待って。違う。俺は何もされてない」
今度は逆に俺がレオの腕を引っ張って座らせる。
「本当か?」
「本当。ただほら、オリバーが話してたことが気になっただけ」
「なんだ、そっか」
安心したように微笑みながら頭を撫でられ、なんとも言えないむず痒い思いで振り払ったのだが、レオは特に気にした様子もなく顎に手を当てた。
「ローン団長は、確かにそういう噂があるのは聞いたことがあるな。ああ、俺の父上とローン団長は交流があって、それで聞いただけなんだけど、昔、戦友を戦で亡くしたとかなんとかだったかな。それで、団長はその戦友が忘れられなくて、面影がある相手をついって。まあ、噂なんだけどな」
「そっか……」
少しだけローンを見る目が変わってしまうのを感じながら、一人静かに食事をしている彼の背中に目を向ける。その背中が寂しげに見えた気がした。
しかし、ローンの背中を眺める俺の前に立ち塞がるように、レオがずいと顔を近付けてきて見えなくなる。
「なっ、に……?」
あまりの近さに仰け反ろうとしても追いかけられ、危うく椅子から落ちようとしたのを片腕を回して支えられる。そのせいかさらに目と鼻の先にレオの端正な顔が迫るかたちになり、さっと手の甲で唇を庇う。
けれど、レオはその手をどけてキスをしてくるわけでもなく、厳しい表情で怒ったように言う。
「ローン団長を見つめるの禁止」
「……は?」
「だから、禁止。俺にキスするの我慢させたいなら、守って」
「我慢させたいならって……友達からっていっ……」
俺の言葉を遮るように、レオがさっと唇を隠していた手のひらを取って口付ける。
「友達からって言ったけど、それは諦めたっていうわけではないからな。俺は絶対、将来エレンを嫁にする。この約束守らなかったらどうされても文句言わないこと」
「どうされてもって、レオ!」
思わず声を張り上げて周囲の注目を浴びてしまう中、レオは振り返らずに食堂を出て行った。
「な……んだよ、それ」
一人残された俺の顔は微かに熱を帯びていたが、残っていたオレンジジュースを勢いよく飲み干して誤魔化した。
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