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変化
しおりを挟む翌朝、黒川の様子が気になりながらエターナルに出勤し、いつものように掃除に取り掛かった。
まずは受付の掃除をしようとしていると、ちょうど出勤してきたらしい黒川とばったり会った。
「あ……黒川さん、体調は……」
尋ねると、黒川はなぜか気まずげに目を逸らす。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「……?」
いつもよりよそよそしい態度に首を傾げる間に、黒川は足早に受付から奥の方へ移動してしまった。
「なんだ……?」
昨日までとの態度の落差に困惑し、思わず疑問が口をついて出る。自分が何かしただろうかと考えてみるが、昨日は黒川を運んだ以外のことは何もしていない。
迷惑をかけたことを気にしているというのとも違う気がした。まるで何かに怒っているか、諦めているような。
一向に答えに辿り着けずに、考えに耽りながら掃除に取り掛かるが、度々手が止まってなかなか集中できなかった。
このままでは埒が明かないと、次に黒川が通りかかったら声をかけようと思った。思い返すといつも黒川から話しかけてきていたため、自分の方からというのは妙な感じだが、そうも言ってられない。
「黒川さ……」
トイレ掃除をしていた時にひょっこりと顔を覗かせた黒川。
しかし、夕と目が合うやいなや慌てて引っ込み、そそくさと逃げるようにいなくなる。
「……」
また、ある時は。
「あ。黒川さん……」
「……っ」
廊下掃除をしていた時、仕事をしている部屋から出てきた黒川は、夕を見て部屋の中へ逆戻りした。
「……」
そんなことを繰り返すうち、イライラしてきたのと、かえって何としても黒川を捕まえて理由を問いただしてやろうという気持ちになってきた。
そして、ついに。
「黒川さん!」
仕事を終えて帰ろうとしている黒川を見つけて、大声で呼びかける。
「っ……」
びくりと肩を震わせて逃げようとしたが、その腕を掴んでぐいっと強引に振り向かせた。
無理やり振り向かされた黒川の目が、夕を見た途端に泣きそうに歪む。
どうしてそんな顔を……?
戸惑いながらも腕を離さないでいると、黒川が絞り出すような声を出した。
「はな……して、ください」
「……嫌です」
「……!え、なん……っ」
「黒川さんが私を避ける理由を話してくれるまで、離しません」
しっかり目を合わせ、きっぱりと言い切ると、黒川は唇を噛んだ後、声を震わせながら言った。
「……のに……」
「え……?」
「メモをつけたのに、見てないんですか?」
「メモ……?」
何のことか分からずに首を捻ると、黒川はそれを見て少し肩の力を抜いた。
「いえ、それはいいです。もう……」
「いいって……何……」
わけが分からなくて追求しかけた夕に、黒川はようやく諦めたように息をついて答えた。
「昨日、どうして目を覚ますまで待っていてくれなかったんですか?」
「え?」
思わぬことを言われて、目を瞬かせる夕に、黒川は顔を赤らめながら続けた。
「わた……俺、月城さんに言いたいことがあったのに」
「言いたいことって……」
「俺……」
黒川が先を続けようとした時、その言葉を遮るように通りかかった社員が声をかけてきた。
「お、黒川こんなところにいた。探したぞ」
ぱっと掴んでいた腕を離すと、黒川はこちらをちらりと見た後、その社員に返事をする。
「え、何かありましたか?」
「今からみんなで飲み会だよ。忘れていただろ」
「あ……!ああ、そうでした。すみません」
「まったく……。あ、月城さん。そういうことなんで、すみませんけど、こいつ連れていきますね」
「え……」
言うが早いか、夕の返事も待たずに、その社員は黒川の肩に腕を回して歩き出す。
その距離の近さにもやっとした想いを抱きながら、遠ざかる黒川の背中を見送る他なかった。
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