仮面の恋

朝飛

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それから俺と辻は、恋人のような関係になった。
辻は俺を好きだと言うし、キスも、それ以上のこともした。
二人で出かけるようなこともあって、とても満ち足りた気持ちだった。
それでもただ一つだけ、俺の中で気がかりなことがあって、辻を大切に想うならば、そろそろけりをつけなければいけないと思っていた。
それは、過去を乗り越え、辻に好きだと伝えることだ。
俺の中で、辻の存在は誰よりも大きく、大切なものになっているが、どうしてもあと少し、何かが足りなくて、自分の気持ちに自信が持てずにいた。
好きだと伝えること自体に抵抗はないが、ただ、辻の誠意に応えるには、本当にそうだという確信を持たなければならないと思っている。
だから未だに、好きだということは躊躇って口にしていない。
最も、言葉にしていないだけで、俺の気持ちは溢れているだろうが、言葉にするのとしないのとでは違う。
俺は本当に、元カレを抜きで、辻を好きになれているのだろうか。
辻と待ち合わせをした場所で悶々と考えていると、通りを行く人の中に、見知った顔を見つけた。
向こうもこちらに気が付き、立ち止まる。
「怜音……」
「お前は……」
互いに驚いて顔を見合わせていると、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。
「すみません、怜音さん!遅くなりました。……その人は?」
乱れた息を整えながら、辻の視線が俺からその人物へと移る。
「えっと……」
どう説明したものかと逡巡していると、その人――元カレが察してくれたのか、助け舟を出してくれる。
「俺は怜音の、大学時代の友人です。しばらく連絡を取ってなかったんですけど、今偶然ここで会って」
――大学時代の友人。それはあながち嘘ではない。
大学時代は確かに、友人として過ごした。
関係を持つようになったのは、社会人になってからだ。
「ああ、そうなんですね。積もる話もあるでしょうから、俺は退散しましょうか?」
「いいえ、とんでもない。俺はまた別の機会にします。二人とも、今日は約束してたんでしょう?」
二人の視線が、俺に向けられる。
どうやら決定権は俺にあるようだ。
辻の方を見ると、なんだか少し悲し気な顔をしている。
もしかして、気づいているのだろうか。
それならば。
「俺も少し、お前と話したいことがある。でも、辻も同行させたいけれどいいか?」
予想外の申し出だったのだろう。
辻も元カレも一瞬驚いた顔をしたが、了承の意を得て、近くの喫茶店へ三人で向かった。
「………」
席に着いて飲み物をそれぞれ頼んだ後、しばらく、沈黙が続いた。
ホットコーヒーが少し冷めてきている。
お冷の氷が解けて、小気味いい音がした時、元カレが口を開く。
「あいつがさ、お前にずっと、謝りたいって言ってた」
「あいつ」というのは、彼自身のことだとすぐにわかった。
辻がいるからというのもあるが、あえて第三者として話すことで、幾らか話しやすくなっているのだろう。
「あの時、お前が聞く耳を持たなかったのもあるのだろうけど、ちゃんと自分の正直な気持ちを伝えていたならば、お互い傷つかずにすんだかもしれないって。ずっと、悔やんでいたよ」
初めて耳にする本音は、意外なほどすんなり胸の内に入ってきた。
あの時の俺は聞き入れなかったかもしれないが、今は、受け止めることができる。
こいつも、俺と同じように悩んでいたのだと。
相槌を打つと遮ってしまうと思い、彼の言葉をもう少し黙って聞くことにする。
「今更、言っても仕方のないことだと思うけど、あいつ、お前のこともちゃんと好きだったよ。
きっかけはお前の知ってる通りだし、あの晩口にしたのも、未練を捨てきれなかったところがあったのは確かだけど、ちゃんと、お前のことも見ていたよ」
「……っ」
過去の自分が、止まっていた時間が、今確実に動き出した気がして、理由もなく泣きたいような気持になった。
唇を噛んで拳を握ると、横から伸びた手が上から包み込んできた。
はっとして辻の顔を見ると、静かに微笑んでいる。
そうだ、俺には辻がいるから、大丈夫だ。
辻がいるから、俺は変われたんだ。
「蓮、俺もずっと、謝りたかったんだ。ごめんな」
元カレ――蓮が一瞬、泣き笑いのような顔をしたが、ほんの少しの間俯いた後、顔を上げた時には、俺のよく知る、無邪気な笑顔になっていた。
「本人がいないところで何言ってんだろうな、俺たち」
なんて、白々しいことを言ってのけた蓮に、俺も笑みを返す。
俺たちの間にはもう、わだかまりはなくなっていた。
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