エキセントリックな恋

朝飛

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 残業を終えて帰宅すると、着替えた途端に倒れ込むようにベッドに横になり、死んだように眠った。

 深い眠りの底で、夢を見た。元妻と体を重ねる夢だ。しかし、愛撫を重ねるうちに、彼女の体はみるみる形を変えていき、気が付けば男の体になっていた。
 それは、鹿島のような気もしたし、禅宮時のような気もした。その誰とも知れない相手に乗っかられて、浅原は淫らに喘ぎ。

 唐突に夢が途切れた。かと思えば、チャイムが鳴る音で無理やり覚醒に導かれる。

 目を開くと、照明の明かりが飛び込んできて眩しさに軽く呻いた。疲れ切ったあまり、消すのを忘れていたらしい。

 窓さえ開けていなかったせいか、部屋の中が蒸し風呂のようになっていて、汗だくになっていたのだが、それも気にならないほど爆睡していたようだ。
 ベッド脇の窓をからりと開けると、生温いはずの夜風さえ心地良く感じられた。

 その時、もう一度チャイムが鳴った。半ばぼんやりとしながら時計を見ると、時刻は深夜零時を指している。

 こんな時間に一体誰が。怪訝に思いながらも立ち上がり、ふらつきながら覗き穴から外を見ると、そこに立っていたのは。

 相手を確認した途端、ドクリと鼓動が跳ね上がり、完全に目が覚めた。
「なんで?」
 ドアを開けながら呟くと、浅原の元を訪ねた人物、禅宮時は嬉しそうにだらけきった顔で笑った。

「もう、さっさと開けろよな」
「え?え?」
 何が何だか分からないうちに、禅宮時は我が物顔でずかずかと部屋に入って来る。
「あっちーな。エアコンつけろよな。あれ、模様替えしたのか?」
「いや、してないです。というか、一度も部屋に入ったことないですよね」
「ああ?何言ってるのお前。寝ぼけてんのか?」
「いやいや、むしろ先輩の方が寝ぼけて……んむっ?!」

 冷静にツッコミを入れようとしたところを、唐突にぐるりと振り返った禅宮時のキスで塞がれた。

「ん、ぁっ……ちょっと、何……んっ」
 濃いアルコールの匂いと味がする口付けはあっという間に深くなり、僅かに空いた隙間から舌先が潜り込んできた。

「んっ……ぁ」
 押しのけようともがくが、舌先にアルコールの成分が残っていたのだろうか。流し込まれる唾液を嚥下するうちに、ぐらりと視界が揺れた。

「なんだ?もうギブアップか?」
 喉元に溢れた唾液をぞろりと舐め上げられ、知らず腰が戦慄き、崩れ落ちそうになる。
「おっと」

 すかさず禅宮時の腕に支えられかけ、跳ね除けようとしたところを逆手に取り、ぐいと引っ張られた。そして、膝裏に手を差し込められたかと思うと、体が宙に浮く。

 驚いて咄嗟にしがみつくと、禅宮時は低く喉奥で笑う。憎たらしいのに、相変わらず目眩がしそうなほどいい声で、禅宮時は囁いた。

「今夜はどんな声で啼かせてやろうか」
「待っ……やめ……」
 ベッドに放り投げるように下ろされ、性急にスウェットを下着ごとずり下げられた。そして丸出しになった下肢の間を骨張った指が掴み、扱きながら頭を埋めていく。

「やっ……ダメっ」
 髪を引っ張って止めさせようとするも、禅宮時は構わずに執拗に舐めしゃぶる。

 こんなことは誰にもされたことがない。ましてや、相手があの禅宮時だと思うと、ぞっとするやら興奮するやらで訳が分からない。

「……ぁっ」
 ろくに抵抗できずにいるうちに、唾液と精液で濡れた指を穴に入れられた。
「ッ……ぃ」

 痛みを覚えて小さな悲鳴を上げるが、禅宮時は止める素振りはない。

 酒で理性を奪われ、恋人と自分を間違えているということはもう思い至っている。冗談じゃないと思いながらも、体の熱にも禅宮時の力にも抗えず、気が付けば足を開かされていた。

「ぁっ……」
 硬く猛々しい雄を押し込まれ、律動を開始されると、激痛と共に甘美な快感に呑まれて涙する。それが痛みのためか、怒りのためか、悲しみのためか、気持ちよさのためかどうかは分からないまま。

 ただ、ちらりとこれが隣の禅宮時の恋人に聞かれているかもしれないということを考えると、尚さら興奮を覚えてしまったことは確かだった。


 
 とは言え、翌朝頭を抱えることになったのもまた事実だ。

 体の奥に生々しい痛みを覚えながら、のろのろと身を起こす。隣を見ると、禅宮時は健やかな寝顔で寝息を立てていた。それを見ながら後悔の念が押し寄せてきたが、もう後の祭りだ。

「先輩、起きてください」
「ん……」

 朝陽に綺麗な筋肉のついた体が照らされている。肩を叩くと、冷房をつけっぱなしにしていたせいか、少しひんやりとしていた。
「先輩」

 何度か呼びかけるが、むにゃむにゃと口を動かすだけで起きる気配はない。しかし、むしろ起きないでいてくれた方がありたいことに気が付く。
 事後に顔を突き合わせる気まずさを想像し、あの時の鹿島のように書置きを残して出勤する方がよさそうだった。

 生娘のように恥じらうつもりはないのだが、昨夜のは事故以外の何ものでもないので、できれば二度とこういうことはない方がいい。
 そういう理性がようやく主導権を握ってくれるようになったが、それに反して昨日の記憶は鮮明に覚えてしまっているので、叫び声を上げたくてたまらない。

 殊更慎重に、物音を最小限に抑えて出勤の準備をし、部屋を出た。なんとか起こさずに済んだのは幸いだったが、舘宮の部屋を見て、知られたらどう言い訳をすべきか頭を悩ませた。


 いつもより早い時間に会社に着くと、ちょうど反対方向から美人と評判の植村という女性社員と一緒に歩いてきていた鹿島と鉢合わせた。
 美男美女という感じで、お似合いだという言葉が頭に浮かぶと、何故かずきりと胸が痛んだ。

「浅原さん、おはよう」
「……おはよう」
「どうした?」
 声にそっけなさが滲み出てしまったらしく、鹿島は不思議そうに顔を見つめてくる。
「な、なんでもない」
「そう?」
「鹿島君、行きましょう」
「引っ張るなよ。またね、浅原さん」

 植村が鹿島の腕を掴むのを、迷惑そうにしながらも振り払わない様子を見て、仲の良さが窺えた。

 それを見ながら、ひどく久しぶりの感情が沸き起こりかけ、慌てて掻き消す。たとえこれが思った通りの感情だったとして、鹿島相手にどうしようと言うのか。
 この間性的な意味合いで触れられてから、何かがおかしい。鹿島にとってあれは酔った勢いで寝た禅宮時と同じようなものなのだ。

 そう、一度きりの気の迷いでしかなく、そのうえ、禅宮時の時と違って途中で止められたのだから、望みはない。

 そこまで考えて、自分の思考にひどく狼狽えた。脳内がピンク色になってきている。まずい。

 脳内花畑の枯れたオヤジなど気味が悪いだけだ。それだけではない。八つも年下の青年のケツを追いかける枯れたオヤジ。美女と野獣ならぬ美青年と野獣。

 いや、野獣ほどかっこよくない。一つだけ確かなことは、植村と鹿島のペアのように絵面が綺麗にならないことだ。

 絵面の問題ではないと訴えてくる自分の声に蓋をして、両頬を叩いて会社の中に入りかける。その際に、ガラスに映った冴えない姿が飛び込んできて、眉をしかめた。
 
 
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