アピス⁈誰それ。私はラティス。≪≪新帝国建国伝承≫≫

稲之音

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ⅩⅬ 標なき船出編 後編(1)

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第1章。選別

  
 イルムの部屋に集まり、イルム、キョウショウ、ルリの3人は、
近頃帝都で配布されている傭兵募集のチラシを検討している。

そのチラシは、両大公国の紋章で縁取られており、陽光にかざして見れば
かし〉さえ浮かび上がる。両大公国の公式な文書に準ずる
上質な紙が使われている。

「これと、『爵位・騎士位への無条件の復位を認めぬ』という宣言が、
表裏一体ですね。」

「そうですよ、ルリさん。これで帝都及び帝国本領の潜在的な兵士を、
大公国が使える一部を除いて、大半を消去してしまおうとする、
【枯れ草】戦略です。
だからこのような、生き残った者への採用の本気度を感じさせる仕様で、
募集紙を作っています。」

キョウショウとルリが、キリッとした清潔感さえ感じられる服装なのに対し、
イルムは胸元の開いた、丈の短いドレスで、美しい両脚も
惜しげもなくさらしている。
『平にてだがにあらず。』と言われた、隠形の軍師の時代のみを知っている
人が見れば、信じられないくだけようである。

さっきは、黒筆を口にくわえ、お尻のほうをボリボリといてたようだが・・・。

キョウショウが、そのイルムを見つめて、質問する。

「で、このいけ好かない手を、考えたのは?」

「クリル時代の私です。帝国本領を大公国に併合する必要性を考えていたので。」

目の前の人物の姿と、その頭脳が生み出した惨美さんびな戦略の格差に、
非常なる違和感を感じながらも、
『これも世の現実かもしれない。』の思いにたどり着いたキョウショウは、

「は~、やはりね。同時にホウコウ山脈で戦の種をいたとか。」

イルムをあおってみる。

「どんな小国でも立ち上がるような?そこまで悪趣味ではないわ。」

キョウショウのみえみえの挑発をいなし、イルムは立ち上がり、
窓際へ歩いていく。その窓からいつもの景色がみえる。

ただ違うのは、窓の下を、武具をかかえ、あるいは着込んだ、初老、壮年、若者、
ばらばらの年齢の男女が、ある方向へ、クリル大公国の公館がある方向へ、
歩いて行っている事だろうか。

ルリも窓の傍らに立って、下を見ながらつぶやく。

「圧倒的に男が多いわね。良くて3分の程の生存確率、
仕官が約束されたわけではない。
それが分かってるはずよね。けど何故?」

凡庸ぼんような男は、結局、大きな木の下を望む者が多いから。大きな組織に属せると
それだけで、万々歳。」

イルムが、興味なさげに、ルリに答える。

「周りの人間もそう言うし、組織自体も、そういう暗示をかけるわけだ。」

「そこで、人と同じ成果を出せば、同じ報酬を受けられると、だまされるわけね。」

ルリの大げさななげきに、椅子に座ったままのキョウショウが答える。

「本当に組織に必要なのは、組織に属さない道を選ぶ奴だけどね。」

ルリが経験から語る。手に持った容器の中で、氷がカランと小さな音を響かせる。

「どちらにしても、新帝国には縁がなかった、先が読めない者たち。」

となかばあわれむような、キョウショウの言葉に、

『これは強制されたものではない、彼らの自由意思で選んだもの。』

イルムは心の中で、炎にきつけられゆく羽虫達に、レクイエムを奏上していた。


・・・・・・

 3人3様思いにふけってる中に、軽く戸がたたかれ、美しい声が響く、

「イルムさん。オルトさんという方が尋ねていらっしゃいましたけど。」

ラファイアが、部屋に入ってくる。
部屋に近づいてきたはずの、ラファイアの気配に、全く気づけなかった、
3人の妖精契約者は、互いの顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。

「しばらく、時間を下さい。降りてきます。」

と、イルムが自分の姿を思い返し、ラファイアに答える。

「不必要な方なら、いつでも消去しますから。」

ラファイアが、軽やかな笑顔でイルムに言うと、戸を閉めて出ていく。
ルリが、ハッと思い当たった表情でイルムに尋ねる。

「オルトって、あの受けのオルト?」

「他のオルトは個人的には知らないから、その本人でしょう。
いわおのオルトとも言われるけど。」

「二つ名を持つ、そいつは?」

キョウショウが、傍らに置いていた剣を引き寄せながら、質問する。

「クリルの子爵よ。防衛戦に力を発揮する守將ね。大乱の時にはノープルの
留守居役をしたため、名は知られてないけど、戦では当たりたくない将ね。」

「私が、ノープルの学院にいたとき、臨時講師として、城塞攻略の戦略を
習ったことがあるわ。いわゆる智将でもあるわね。」

イルムは、脱ぎ捨てていた上着に、手を通しながら答える。

「だったら、私も今後のために、ご尊顔を覚えておいた方がいいかも。
同席させてもらうわよ。」

と、ルリが暗殺を生業なりわいとした戦士の匂いをただわせながらも、平然とした表情で、
イルムに声をかける。

「ルリさんに、お仕事を頼む状況に持っていかないのが、私の腕でしょうが、
では、よろしくお願いします。」

ルリは、イルムの返事を待たずに、身繕みづくろいを始めている。

「じゃ、私はラファイアさんが、暴発しないよう、ボードゲームでも
誘おうかしら。」

と、剣をしまいながら、キョウショウがつぶやく。

「コイントス・ゲームの方がいいかもしれないわ。確かラティスさんに
対して、ラファイアさん、連敗街道、猛進中だからね。」

と、片目をつぶって、イルムが高い声で、軽口を叩いた。


☆☆☆


 一人の中肉中背の男が、アマトの姉ユウイが作ったタペストリーの飾りを、
しげしげと、凝視している。帝国のどこにでもあるような上下の平服、
剣は帯刀してないが、すきはない。
オルト子爵と確認した、イルムが先に軽く頭を下げる。

「イルム殿、一瞥いちべついらいですな。ついこのクロスを見いってしまいました。
青の色使いとか本当に素晴らしい。」

オルトは、年の離れたに接するように、言葉をかける。

「オルト子爵様、お久しぶりでございます。ご壮健でいらっしゃるようで、
なによりです。」

「お座りになりませんか。クロスの売買の件でいらっしゃたわけでは
ないでしょう。」

「これは、失礼しました。で、そちらの淑女は?」

「私の姉妹同様のもの、お気をなさらずに。」

「なるはど。その方といい、先ほどの方といい、ここには素晴らしい、いや、
恐ろしい方が、何人もいらっしゃるようですな。」

「おめの言葉と受け取っておきましょう、オルト子爵様。私はルリと申します。
今後ともよしなに。」

ルリは、洗練された優美なしぐさと上品な笑みをみせる。

「お姉さまもお座りになられたら。」

令嬢ぜんとした態度をとり続けるルリ、これも一片のほころびもない。

なごやかに、そしててついた雰囲気の中、会話はすすんでいく。

「イルム殿、単刀直入にもうしますと、大公国に戻って欲しい。
ゲトリ準爵一党は、私が帝都派遣の大使の権限で処分します。
今までの功にむくい、あなたに男爵位を叙爵するのもお約束いたしましょう。
無論側室の方々にも、ひまがだされるはずです。」

「それはレオヤヌス大公が、お話ですか?」

キョウショウの問いは、核心をえぐる。

「・・・・・・・・。」

少しの沈黙が、いなという答えを用意する。

「でしょうね。私は一度死をたまわった身、生きながらえて新しいを得ました。」

「そうですか・・・。残念です。」

イルムは、ラファイアが用意していた香茶に手を伸ばし、口をつけたあと
ひとり言を言うように話を続ける。

「レオヤヌス公は、病に侵されておられます。【老いる】という病に。」

「ファイスの街で、レリウス大公の若さを感じられた時から、
変わられてしまった。」

「自分が亡くなったら、トリヤヌス大公子では、弟君のピウス侯爵の
補佐を受けても、レリウス大公の相手にならぬと、
残された時間に追われるようになられた。」

「あなたも、帝都大使との名誉と引き換えに、ご自分の領地の一部分を、
大公の親族の者に割譲かつじょうさせられたのでは?」

「・・・・・・・。」

同じように、オルト子爵もひとり言のように、言葉をつまく。

「私も恥多き人生を送ってきました。ただあのお方の、兄のような励ましに
何度救われてきたことか・・・。」

オルト子爵の目は、眼前の2人を捉えていない。

「その大公は、もはやどこにも、いらっしゃいません。」

「もし、あかつきの改新が10年前に行われたのなら、帝国はレオヤヌス大公の手に、
自然と落ちてきたでしょう。あの姿もその手立ても見る事はなかった。」

イルムの言葉で、オルト子爵の心はこの部屋に戻ってくる。

「側近中の側近だった、あなたがおっしゃるのです。間違いないでしょう。
しかし、私もクリルの將としての誇りがあります。」

「・・・今日は有意義な時間を過ごさせていただいた。では、これにて。」

席を立つオルト、ルリが出口まで見送りに向かう。
それを見守り、キョウショウは複雑な表情で、

「惜しいな。」

と人知れず、つぶやいていた。
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