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斎藤福寿、守咲窓華と台湾旅行する。

9 台湾旅行の土産

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「はい、君には家族が居るからね」
と言って空港で袋を僕に差し出す。窓華さんにはないみたいだ。
「これはなんですか?」
「台湾と言ったらお茶でしょ?家族へのお土産にしなさい」
「本当に李さんにはありがとうとしか言えませんね」
「家族と疎遠になるのは悲しいからね」
李さんは自分がそうだと最初に言っていたように、僕も窓華さんと暮らしだしてから家族と連絡を取っていなかった。
「これは保護人と食べてよ。霞さんにも買ったけど」
と言って違う袋を渡した。中身はパンフレットでも有名と書いてあったパイナップルケーキだった。
「すももさんありがとう。これ、気になってたんですよ」
「そう言われると嬉しいね。さぁ、帰国だ」
僕は疲れ切ってしまってジェット機の中でぐだぐだしていた。窓華さんは店で買った化粧品とかを開けて試したりしていて、まだまだ元気そうだ。
「もらったパイナップルケーキ食べようよ」
「小腹が空いたので、食べましょうか」
僕は丁寧な包装をビリビリと破いて箱を開ける。正方形の包が入っていた。その味は濃厚でこの二日間を思い出させるようだった。そして思った以上に胃にもたれる食べ物だなと思った。

僕は別室に居る李さんのところに行く。
「斎藤君は持ち場を離れたら駄目だろう?」
「今の窓華さんはパイナップルケーキに夢中だと思うので」
保護人と居ることが僕の持ち場なのか。僕はそう思うと、窓華さんを放任しすぎていたのかもしれない。どうしても窓華さんを少しでも自由に過ごして欲しいと思っていたから、気にすることはなかった。それにさっき包み紙を開けてゲームをしている窓華さんのことだ。きっと腹持ちの思ったより良いケーキにびっくりしていると思う。そう考えるとなんだか可愛い。
「でも、保護人だよ?死を前にして何するか分からないよ」
「僕は窓華さんを信用しています」
「保護人なんて死にたくないだけの気持ちで動くだろうから、あまり信頼とか信用って言葉に甘えない方が良い」
この上司には昨日の夜の会話もバレている。だから聞いておきたいことがあった。李さんは窓華さんをどう思っているのだろう。
「昨日の夜の会話も聞かれていたんですよね?」
「斎藤君が逃げる選択をしたら首輪を爆発するつもりだったからね」
「爆発?電流じゃなくて?」
僕は爆発という言葉を聞いて、火薬も入っていたのかと怖くなった。電流が流れるだけだと思っていた僕は平和で、マザーも怖いことをするなと感じた。
「今の時代は心中なんて滅多に起きないから、あの子の判定が分からんけど」
「火薬も入っいたなんてびっくりですよ」
「言ったら怖がると思ってさ」
心中については悩んでいるようだったが、僕が逃げる選択をしていたら首輪は爆発していたのだという事実を知る。僕は恐ろしい仕事に就いた。
「窓華さんは死にたくないって言いました。死なない方法はないんですか?」
「そんな方法があったら、この仕事はないわけ」
「でも窓華さんが可哀想です」
「保護人に同情したいのは分かるよ?でも仕方ないよ」
そう言われてしまうと僕は答える言葉がない。僕は喜代也が完璧じゃなくて悩む人なんて、この仕事になって初めて知った。喜代也が効かないことに対しては同情しかない。それにマザーは死亡時刻は僕に教えて保護人に教えない。そして寿管士も死因が分からないから対処できない。マザーはどこまで知っているのだろう。
「でも、この事件がなければ窓華さんは普通に生活していたんですよ」
「この結果が起きるのはマザーの決めた予測なの。それに斎藤君があの保護人の担当になることだって今の結果ね」
「それで僕と窓華さんはこれからどうなるんですか?」
「そりゃあ、どんな人間でも出会ったら別れがあるよ」
一般常識レベルのことしか李さんは教えてくれない。窓華さんの死因が分かるとしたら、もっと違う接し方ができるかもしれないのに。失うことに後悔だって少なくなるのに。

窓華さんの居る部屋に戻ってくる。できるだけ普段どおりにしていた。今日は昨日の夜のことで僕はそわそわしている。
「すももさんと何かあったの?」
「いや、特にないけど。ところで窓華さん、楽しかったですか?」
「楽しかったよ、すっごく」
その言葉を聞いて僕はなんだか良いことをしたような気分になった。でも、僕がいくら尽くしても自分より先に死ぬ人間だ。虚しさしか残らないだろう。僕はきっとアパートに帰って首輪を外してもらえる。でも、この人は保護人で僕からどっちみち離れていく。窓華さんの首輪が外れなければ良いのに……なんて不謹慎なことを思ってしまう。だってこんな風に親身になったら後が辛いと感じたから。僕は友達とも旅行したことがない。これが初めての家族以外との旅行だった。マザーが幸せをみせるというのなら、もっと別の人と来たかった。これから確実に失う人と旅行なんて。
またアイマスクをさせられて僕らはアパートまで車で運ばれることになった。予想はしていたことだ。僕は思ったとおり、アパートで首輪を外してもらえた。簡単に李さんが外すもんだから、僕は首輪って本当に大丈夫なのか?と思った。そして窓華さんの首輪が外れる日は来るのだろうかと不安になった。
「なんか、悪いことしてなくても首輪していると不安ですよね」
「君も面白いことを言うなぁ。小さいときは好きだったパトカーが大人になると怖くなる感じ?」
「李さん、それとはちょっと違いますけど……」
「まぁ、君の首輪は外せるけど保護人は死ぬまで首輪は外れないからね」
李さんは僕と窓華さんの首輪を交互に見て言った。
「やっぱりか。私はすごく楽しかったよ」
「まぁ、こんなに簡単に保護人は死を受け入れないけどね」
「李さんはそれを分かっていて旅行に?」
僕は李さんの楽観的な考え方と税金の無駄遣いに抗議したい。
「そうだけど、きっかけがあると人間気持ちを入れ替えることができるよ。これは俺の持論ね」
「なんか博打ですね」
「君も保護人も楽しめたんだから良しとしようよ」
やっぱり李さんはずっと窓華さんのことを名前で呼ばなかった。
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