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斎藤福寿、マザーとのカウンセリング。

3 マザーはやっぱりパソコン

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「冷たくないんですね」
「あぁ、ファンはついていますわ。でも、熱を持ちますの」
どこまでもマザーさんはパソコンなのだ。どこまでもマザーさんの恋は実らないものだと知る。僕は悲しくなってきた。マザーさんはどこまで考えているのか僕には想像できない。でも李さんとは結婚なんてできない。
「でも、李さんが好きってことは……」
「わたくしにはたくさんコピーガードが付けられています。マザーがたくさんあったら日本が混乱してしまいましてよ」
「唯一無二の存在なんですね」
僕なんかは死んでも代用品はたくさん居る。でもマザーさんには日本を守るパソコンとして、ただ一台しか日本に居ない。ただ一人庁舎のこの部屋で日本の未来を決めている。寂しい人生だ。だから自分を作った李さんが好きなのか。
「パソコンに生殖機能は必要ありませんの。それでのわたくしはすももさんを愛しているのですわ」
「偽物の感情と分かっているのにどうして?」
「世の中にはどうにもならないことがありましてよ」
マザーさんが人間じゃなくてパソコン。パソコンだからコピー&ペースト機能はあっても子どもを作る機能はない。マザーさんの願う幸せは叶うことがない。僕は正直なところ、実らない恋とかわいそうな人生に同情していた。僕が李さんとくっつけるなんて無理な話なのに。
「マザーさんが言うと現実味がありますね」
「パソコンでも自分の気持ちが分からなくなりますの」
マザーさんは困った表情をしている。今度は切なくなって僕の方から目を逸してしまった。その部屋は可愛くて。人間のようで悲しくなる。でもそこに僕のアパートよりの性能の悪そうなノートパソコンを見つけた。マザーさんはパソコンだというのに何に使うのだろう。

「そういえば、マザーさんはパソコンなのにこの部屋にもノートパソコンがありますよね。どうしてですか?」
「わたくし、動画配信サービスを見ることが好きですの」
「それは自分の脳内で自己完結できないんですか?失礼な聞き方ですけど」
だってパソコンがパソコンを使うなんておかしい。自分の脳内で動画再生とかできるはずだ。今は頭に機械を付けてメタバース世界に行く。こんなことが普通の人間でもできるというのに、ノートパソコンなんて。
「椅子に座ってパソコンに触れる方が人間味があって楽しいと思いません?」
「言われてみればマザーさんって機械っぽくないですよね」
李さんを好きだというマザーさん。どこからどこまでもパソコンなのに、その行き方はまるで人間のようだ。ひとりぼっちだとして、僕よりも感情豊かなのではないだろうか。
「それはすももさんのプログラムのおかげですわ。すももさんには母さん国に置いてきたお子さんがいらっしゃるの。きっとその子の代わりなのだわ」
「李さんは特別に日本に来国した人ですからねぇ」
「好きで来たのではないわ。悪い言葉で言うと拉致ですわ」
僕は李さんが初期のマザーに呼ばれて来たことは聞いている。でも、マザーさんが拉致という怖い言葉を使った。やはり鎖国した日本に外国人を連れてくるとなるときっとそういうことだ。
「でも、今の李さんは帰ろうと思えば帰れるじゃないですか」
「わたくしを残して日本を去れると思いまして?」
「確かに、マザーさんの責任者なら無理ですね」
李さんもマザーさんを見捨てることができない。マザーさんを見捨てることは日本を見捨てることになる。李さんは思ったよりきつい仕事に就いているのだな。ちゃらちゃらしているから、そんなこと考えたこともなかった。
「そう思うと日本政府はとても卑怯なのですわ。わたくしは大嫌い。だからオールドジェネレーションの気持ちも理解できますの」
「てっきりマザーさんはネクストとセカンドの味方かと思っていました」
「多様性ですわ。いろいろ知識を得ておかないと国は動かせませんの」
この女の子みたいなパソコンが日本を動かしている。マザーさんは喜代也のせいで作られたパソコンで、ひとりぼっちで日本の平和を守っている。きっと世界から攻撃を受けることがあっても、ただ一人で。
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