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斎藤福寿、終わり始まる日々。

3 オセロしかできない

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「霞さんもここに来たのですか?」
「はい、八00番さんも来ました」
なんだか寂しそうに言った。霞さんがマザーさんと会って怒って帰ってきたと言うからきっと、何か言われたのかもしれない。
「なんか言われたんですか?口調がちょっと寂しいですよ」
「一緒にゲームをしようと言ったら断られたんです」
「何のゲームですか?僕で良いならやりますよ」
そんなことを霞さんに言うなんて、マザーさんは本当に平和な頭だ。僕なら霞さんに何か頼もうとか考えられない。
「じゃあ、将棋か囲碁ならどちらがお得意ですか」
「ごめんなさい、両方ともルールが分からないです」
「こちらこそ失礼しました。では、オセロは分かりますか」
僕は人と遊んだことが少ないから、ゲームのルールをよく知らない。トランプの基本的な遊びも、ウノもルールに詳しくない。
「オセロならいけますよ」
「じゃあ、準備しますね」
そう言うと、マザーさんは可愛らしいタンスからオセロの箱を持ってくる。思ったより年季が入っているようだ。李さんと遊んでいたのだろうか。

「わたくしは強いですから、先良いですよ。色も好きな方で」
「じゃあ、白星の白でいこうかな」
僕はこのパソコンに勝てるとは思わない。でも、本気で取り組もう。そうじゃないと本気で日本を考えるマザーさんに失礼だからだ。
「保護人の旦那さんは看取る勇気がどうしてなかったのかしら」
「そうですね。人の死って深いから怖かったんだと思います」
「わたくしは保護人にも幸せになって欲しいです。だから寿管士なんていらなくて良いのでは?と感じるのだわ」
マザーさんも僕のしごとには思うことがあるのか。するとマザーさんは角四つを黒で埋めた。角を埋められたらオセロは負ける。
「あぁ、そこに置いちゃいます?」
「勝つつもりでやってます、わたくしはいつも本気です」
「マザーさんの通称は源桜子さんですけど、みんな名前で呼んでますよね。僕もそうした方が良いですか?」
李さんも窓華さんもマザーさんのことを桜子ちゃんと呼ぶことを思っていた。僕だけ名前で呼んでくれとか、都合の良い話じゃないか。
「あぁ、保護人にも桜子ちゃんって言われましたわね。わたくしの源という苗字のことで、源氏の親戚かどうかと根掘り葉掘り聞かれて、それから保護人は百人一首のことを言っていましたね」
「へぇ、あの百人一首に源氏の歌があるんですね。どんな歌ですか?」
「九三番の歌ですわ」
マザーさんは即答で答える。でも、僕はオプションで習ったわけではないから番号で言われたところで困る。僕は最初から覚えようとしたのではなく、気になる歌から覚えたから順番なんて知らない。
「僕は馬鹿なので、番号で言われましても……」
「すみません。世の中は無情だけど変わらないで欲しいって意味の歌ですの。保護人にマザーに支配される日本は嫌だって言われて、ショックを受けたのですわ」
「まぁ、窓華さんの言いそうなことですね」

完全に負けているオセロの盤面を見ながら、僕は少しだけ笑っていた。ここまでこてんぱんに負けるとは思っていなかったし、窓華さんもマザーさんに少しだけ攻撃をしたことにどこか安心感を覚えていた。
「日本国民がみなわたくしを邪魔に思っているのでは?と最近不安になるのです」
「マザーさんが居ることで、国民は助けられることの方が多いですよ」
「わたくしに幸せの数値化はできます。でもそれは本当の幸福なのかしら」
マザーさんは迷うことなく白い石を置いていく。僕はマザーさんが幸福な日本を作っていると自信満々だろうと思っていた。でも、マザーさんは自分の存在価値がやはり普通の人間と同じで分からないのでは?と感じた。
「それは終わってみないと分かりませんよ」
「わたくしが壊れるまで?」
「いやいや、僕の人生が終わるまでです」
僕の人生はきっと遺書に書いた年齢で終わるけど、マザーさんはこれからもずっと日本を見守る存在だ。僕みたいに死んだりはしない。
「わたくしはメンテナンスも含めますが、産まれて三0年ですの。八0一番さんは二六歳と聞きました」
「僕は院卒業ですから、年が近いですね」
「そうなのですわ、だからきっと八0一番さんとは話が会うのだわ」
マザーさんは笑って言う。オセロの結果は完全に負けていた。僕の白なんて五ヶ所ぐらいしかない。
「いや、さすがと言っては失礼ですがパソコンなだけありますね」
「わたくしとゲームで対等にやりあえるのはすももさんぐらいです」
「李さんってマザーさんを作るぐらいだから頭は良いのか……」
「あの方は、生き方は下手ですけど頭は良いのです」
年季の入ったオセロの箱。これは三0年も使われていたからだろうか。僕の得意なことってなんだろう。僕はやりたくないことはたくさんあるけど、習いたいと思った習い事もないし、医者になるための勉強しかしてこなかった。
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