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竹田詩乃、斎藤福寿と遊ぶ。

4 会いたくないのに

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「斎藤君と竹田さん?」
隣のコーナーから声がする。私はびくっとした。
「あ、先生じゃないですか」
私の場所からは相手を確認できなくて焦っていた。ゼミの先生だった。私はこいつの友達か私の友達だったらどうしようと思っていた。
「二人が仲が良いとは思わなかったかな」
そう言って小太りでスーツを来た先生が話しかける。状態でも【マザーにより卒業できなかった生徒】と書いていて、それで私への感情は薄いピンク色。嫌われた生徒ではないようだ。
「偶然会ったんです」
「学校のない日は、落ち着いた格好をしているんだね」
私はペンダントを触らなかったことを悔やむ。もっと良い返答があったのかもしれないから。この時は冷静になっていなかったから、どういう選択肢があるのか選ぶことを忘れていた。先生はそういうけど、本当に恥ずかしい。友達じゃないだけマシだけど、知り合いにこんなところで会うなんて。
「いや、今のくじってすごいですよ。屋台と違って当たりがあるんです」
私はふと嘘を言ったけれど、この状況で押し通せるはずない。だって私達の机には景品とかいろいろあるんだから。嘘をついてしまったことにまた恥ずかしくなる。もうどうにでもなれ……
「先生はあまり詳しくないけど、こういった日本の文化は大事だと思うよ」
「僕も古典の授業で少し習った程度だけの知識なので、詩乃さんが詳しく教えてくれて良かったなって思ってます」
「あれ、偶然じゃ……」
「日本の漫画やアニメはすばらしいですよね」
とりあえず話題をそらすことを考えるしかない。
「鎖国されている今も日本の作品は海外に出ているからね」
「それは僕も初めて知りました」
「その作品は面白いのかい?」
「はい、すぐ人が死んじゃうんですけど……」
先生がもしこのアニメを見るとして、ネタバレをするのはまずい。これは序盤は日常系だが、一気に世界が崩れるのがすごいと話題になったものだ。
「斎藤君、ネタバレはやめよう?」
私は無理して笑顔を作って言う。先生が見ないとしてもネタバレはいけないことだと私は思っている。どの程度のネタバレを許せるかが人によって違う。

「じゃあ、オタクの先輩の詩乃さんがやめろって言うので言いません」
「斎藤、お前そういう言い方はないだろ?今日だって付き添いで駅前来てやったのにさ!」
結局のところ、私は自分でついた嘘に答えを出す形になった。先生は笑っていて私について怒ってないようだ。笑いは呆れからくるものだろうか。それは分からないけれど、自分のミスが悔しい。学生時代の小テストのミスみたいに虚しい。
「まぁ、二人とも楽しんで」
そう言って、先生はトレイを戻して帰っていった。先生が小さかった頃はコンビニなんて来れるほど日本は豊かじゃなかっただろう。でも、先生になれるってことはやっぱり裕福な家庭で育って居るのだろうか。先生はマザーができたぐらいに今はなき就活だっただろうから、私にはマザーのない世界の生き方は分からない。
「詩乃さん、本当面白い嘘をつきますね」
こいつは私を見て笑っている。こいつのせいで嘘をつくことになって、保身のためについた嘘で私は身を削った。
「もう、あんたを居ると良いことがない」
「フィギュアあげたのに、それは酷いですよ」
「それはそうだけど……」
そもそも私が話しかけなければこいつはスマホゲームを始めなかったわけだ。話しかける原因になったのは元彼だ。そう思うと憎む対象はこいつじゃなくて、元彼とその周囲の人間とマザーだ。マザーを憎んだりしたら犯罪行為だけど。
「僕の前では嘘つかなくて良いって言ったのに」
「どうして、あんたの前で正直にならないといけないのよ」
「だって、詩乃さんはいつも悲しそうだから」
私の感じる虚無感をこいつが知っていることに私は驚いた。私は友達と明るくわいわいやってきたから、他人からは幸せに思われていると勘違いしていた。分かる人には本当の気持ちが分かるんだなって感じた。だって、そうじゃないか。でも、それが本音だと認めることはプライドが許さない。私は好きでこういう生き方を選んできたからだ。

「そんなことないよ。私は人生楽しいから。目が腐ってるんじゃない?」
「まぁ、くじ引きしてるとき楽しそうな顔してましたしね」
そんなところを見られていたなんて、私は思っていなかった。確かに私は下位賞だから戸棚から出せば良い。こいつはフィギュア賞とぬいぐるみを当てているから、バックヤードから品を持ってくる作業がある。その時に私のことを見ていたというのだろうか。やっぱりこいつは何を考えているのか分からない。
「オタク気持ち悪いなって思ったんでしょ?」
「いや、詩乃さんもこんな顔するんだなって」
「どういう意味で?返答によっては考え直したいこともあってさ」
人に見せたことのない弱みを握られた気がした。でも、私はこいつの弱みを持つ唯一の存在だ。ずさんな対応はしないだろう。
「いや、いい意味ですよ」
具体的な内容は聞けなかったが良しとしよう。今までの人生は悪い方に考えすぎていただけかもしれない。
「詩乃さんの部屋ってどんな感じなんです?」
「私の部屋はあれだよ、パソコンがあってベッドがある部屋だよ」
「やっぱり親が高収入だと住める世界が違いますよね」
「まぁ、私は塾以外で掃除なんてしたことないからね」
その分、やばい物とかを片付けるスペースがなくて、それで全年齢対象の同人誌しか買えなかったんだけど。
「僕とは大違いだなぁ」
「家庭のことなんて比べなくても良いじゃん」
こいつが大切に育てられたことは嫌なほど分かる。だから、私は羨ましいとさえ思っているぐらいだ。だから、貧富の差で決まることも多いことって理屈では多いと分かる。でも、精神のゆとりの育成にはお金だけでは駄目だ。
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