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竹田詩乃、斎藤福寿と遊ぶ。

5 バイト前の約束

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「今日からバイトだけど、あんたそれまで時間どうするの?」
「家帰ってこのフィギュア飾りたいですね」
そうか、戦利品を手にしたから飾りたいのか。その気持ちは分かる。私もアクリルボードを飾りたいし。アクリルボードはそこまで大きいものではない。なので持っていたエコバックに入った。
「でも、帰りに映画を観るつもりです」
「何の映画観るのさ?」
「昔見た怪獣映画のリメイクです」
あぁ、あのアニメ監督のか……と私は思ったけれど、こいつはそれに気付いていないようなので黙っていた。アニメで同じ声優だと気付くことがあっても、同じ監督だと分かるようになるまでは時間がかかる。私だって、詳しくは分からない。
「そういう映画が好きなんだ。私も気になってはいるけど」
「じゃあ、一緒に観ましょうよ」
「一緒に観るのは良いけど、その荷物持っては嫌だよ」
私は床に置いてある青のビニル袋を指摘する。この袋は本当に目立つと思う。どうしてこんな色にしたのだろうか。

「なら、レイトショーで観ましょうか?バイトに行く前」
「趣味の映画って一人で観るもんだと思ってた」
「詩乃さんも気になるんでしょ?」
気になることは事実だし、今日は一旦帰ってもどうせ一時半には家を出て庁舎に行かなくては行けない。マザーのある部屋の前で三時間過ごす仕事。その前に映画を観ることだって悪くないだろう。私はペンダントにも相談するが、【映画館のレイトショーで怪獣映画を観る】との選択が出た。
「私は夜のバイトには化粧していかないけど、それでも良いの?」
「え、そんなに変わるの?怖いなぁ」
「そりゃあ、それなりに変わるわよ。もう若くないんだし」
女子高生の頃はに私は大学生がもうおばさんだと思っていた。今の私は大学卒業している年齢なのだし、その頃の私からしたらもっとおばさんだ。
「別に気にしないですよ」
「そう?誰か分からないかもしれないよ?」
「女の人って怖いですね」
そう言われると、すっぴん風メイクするしかないじゃないか。歴代の彼氏と同じ対応をこんな奴に取ることになるとは思わなかった。私の足元に居るような、オタク入門者のこいつに。

「なら、さっそく帰りましょう」
「そうね、ちなみにバイト中は本当に暇だから」
「バイトといってもマザーを守る役割なのでしょう?」
「だから、こういうことを公の場で言わないで」
私はマザーの裏バイトを友達にも紹介してきたが、完全に信用していた人にしか教えてなかったつもりだ。最初はそうだったのに、私は裏バイトを教えてくれる人だという認識に変わっていった。私が信じていた誰かが裏切ったのだ。問い詰めることはしなかったけれど、裏切り者が居た。
「詩乃さん、ぬいぐるみも欲しいですか?」
「え、それはあんたの推しのぬいぐるみでしょう」
「でも、僕の部屋にぬいぐるみって合わない気がするんですよね」
「これから合う部屋になるわよ」
こんなにくじの引きが良かった奴のことだ。ぬいぐるみも欲しいけれどやっぱり私は不安になってペンダントに意見を求めた。【ぬいぐるみはもらわない】と出るからもらうことはやめた。これに従う人生もどうかと思うけれど。まぁ、この結果で良い引きをするかもしれないし。ガチャの方で運が欲しい。ガチャでも出なくて、くじでも狙いが出なかった自分が報われない。

「じゃあ、座席予約したら連絡しますね」
「あ、座席は前すぎも後ろすぎも嫌だから」
「思ったより注文つけるんですね」
こいつは明らかに嫌な顔をした。こいつにだって、いろんな顔がある。
「まぁ、公開してしばらく経ってるから座席は取れると思うよ。それにレイトショーならなおさらだと感じるけど」
「さては、詩乃さんはレイトショー行ったことないですね?」
「ないわよ。私は基本的に初日の朝行くから」
私は一人で映画館に一時間ぐらい前から並んで、混み合う中でパンフレットは通常と限定の二種買って、グッズも購入して……って感じだった。だから、レイトショーなんて行ったことがない。
「レイトショーは有名作品でも、大きいシアターを使わないこともあるんです」
「あの映画だったらきっと広いとこを使うわよね」
「そうです、でも公開から日も経ってるしそこまで良いところかと言うと……」
あぁ、こいつに教わることもあるのか。私はこいつに意見を押してつけてばかりだったのかなと思った。そして、こいつも意見するのだなと驚いた。
「まぁ、あんたの勝手にしてくれて良いから」
「じゃあ、勝手にしますよ」
「あと一0分で私の路線のバス来るから、じゃあ」
「間に合うと良いですね」
私はそう行って別れた。私は本当はオタクの部屋ってこんなんだよって見せても面白いかなとか思っていた。でも、これは男に対して危機感がなさすぎるだろう。それに私の部屋なんて見たら、こいつはどう思うか分からない。私はこの一0分を平和に歩くために、梱包や送料で一000円以上の追加金を払ったフィギュアを思い出す。そんなお金を払ってでも、私はオタクには見られたくなかった。
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