たおやかな慈愛 ~私の作る未来~

あさひあさり

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竹田詩乃、2回目のバイトをする。

3 試験管ベイビーの実態

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「飼い主は死んでも、ペットは死ねないんですもんね」
「あの政治家は問題になったけど、故人のペットの行方は考えものよ」
とある政治家は飼い主の死について、それがペットの死だと述べた。こういった発言について、議論がなされたのだけれど私もその意見に賛成だ。だって、負の遺産として代々受け継がれるペットは可愛そうだ。喜代也は健康な状態で死なないわけじゃない。死ねない体にするだけだ。だから介護が必要になる。それが人間と違って永遠なんておかしい。
「まぁ、昔の日本でもペットの安楽死って問題だったみたいですよ」
「今も昔も保健所には、前に飼われていた生き物は居るのよね」
「喜代也って昔は三000年の記念に作られた幸せになる薬のはずなのに、今はそう呼ぶのを嫌がる老人も多いですしね」
記念に作られたというが、実際喜代也が完成したのは三0三0年。遺書に死にたい年齢を書くことが義務になり任意接種になったのは三0五0年だ。それくらい昔の日本人は平和だったのだ。こんな残酷な未来が来るなんて考えていなかったと思う。マザーができたのは、それに比べるとまだ最近。だから今の老人はマザーのない時代も生きているすごい人だ。私の両親だって、マザーが転職しろと言ったから国家公務員になったけれど、マザーのできる前に受験も就活もしている。

「昔の日本人が現代を知ったらどう思うだろうね」
「僕は昔の日本人も受け入れると感じますけど」
「福寿はなんでそう感じたの?」
「だって、マザーが確実に幸せな未来を選択してくれるんですよ。日本人って、昔から流されやすいって言われてますし」
喜代也ができて不安になった政府がマザーを作った。マザーが国民に幸せを与えていくことで、喜代也を作った責任逃れをしようとした。日本政府はとても卑怯だと私は思った。鎖国をしたのだって、喜代也が作られたから。外国は倫理的にも経済的にもどっちも、人が産まれた分だけ人が死なないといけない事実も分かっていた。だから日本の喜代也の流出を自国へ防ぐために鎖国した。三0九0年にはマザーがすべてを決めるとパソコンとして発表されたそうだ。この時には国民に発表されてリアルタイムでみんなが聞いていたのだとか。どちらも歴史のマザーを作ると政府が決めたのは今から六0年前。その授業でしか知らないけれど、どちらも国家の大切な発表だったことは事実だ。それから三一二0年になった今でも、マザーは日本を支配しているしなんなら依存している。

「私はこんな世の中、間違ってると思うわけ」
「それをマザーの前で言うんですか?」
「だからと言ってマザーを変えたいとも思えないの」
どうせ私にはそんな力はない。就職先すら決めてもらえなかった、日本に居ても良いか分からない存在だ。でもマザーが日本に大切なことぐらいは分かる。
「詩乃さんは将来の夢ってあるんですか?」
「大昔の先生みたいなこと言うのね」
「もしかしたらの話です」
「そうね、普通の母親になりたいわね」
なんで私は福寿にこんなことを言ってるのだろう。私は試験管で過ごした幼少期が寂しかった。だから、こんな思いをする子どもは減って欲しいと感じただけ。
「珍しく平和なこと言ってますね」
「珍しくっていらないわよ。平和な世界が良いじゃない?それを叶えるためにはやっぱりマザーが必要なのよ」

私は試験管で育ってきた。それで寂しい思いをした。私より寂しい思いをしていたであろう女性を知っている。
「私の試験管の隣の人は一八歳まで試験管だったのよ」
「僕は試験管の中の生活が分からないのでなんとも……」
福寿は試験管の中での生活を知らない。そこは真っ暗で、たまに来てくれる両親が恋しくて、言葉は分かるけど会話できなくて。なんか知らないけれど、試験管の中に居る子ども同士の意思疎通はできる不思議な世界。子どもに戻りたいと思うことはあっても、この試験管の中に戻るなんてごめんだ。
「五歳でもこりごりと思ったわよ。それなのに私の三倍近いなんて考えられない途方も無い世界だと思うわ」
「試験管の中ってそんなに酷いの?」
「居心地は最高だと思う。でも、孤独なのよ」
隣にいた成人まで試験管の女性はいつも寂しそうだった。親の面会にくる姿も見たことがなかった。彼女には名前さえない。マザーが作るべきとされたから作られただけで、親からの愛情を受けてきたわけじゃない。
「その成人まで試験管の女性は名前すらなかった」
「それって虐待ですよ」
私が試験管から出ていく日、両親は可愛らしいワンピースを持ってきた。私はそこで初めて試験管の外に出た。五歳で初めて試験管の外に出て、実際に空気というものを吸った。私はこれからどうなるかは不安ではない。これから住む家のイメージや学校のイメージなどは、オプションによる教育で受けてきた。だからこれからここから出れるということに、不安などはない。期待もないって言うのはなんだか両親に申し訳ないと思うけど。
隣に居る一八歳になるまで試験管の女性は、私の本当の誕生を喜んでいるようだった。でも、私はその女性について可愛そうだという感情しか起きなかった。私の試験管には名前の書いてあるプレートもあったし、両親は詩乃という私の名前を呼んでくれた。その女性の試験管のプレートは私の試験管から死角になっていて、見たことがなかったからどんな名前か知らなかった。この時初めて未記入だと知った。
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