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竹田詩乃、4回目のバイト。

5 3回のキスで判断します

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「僕に対する気持ちはどうなんですか?」
「人間としては福寿のことは好きだよ」
「じゃあ、今度は僕が詩乃さんを試しても良いですか?」
「試すってどうしたいわけで」
私が困っていることを福寿は分かっている。でも、福寿は優しいから私との関係を拒否することができない。きっと、今日のことは忘れてくれと言ったのなら、福寿はすっかり忘れてくれるだろう。でも、私はそれができなかった。だって、福寿のことは人間としてよくできた人だと思う。だから友達としても人間としても好き。しかし恋愛提唱となるとどうだろう。
「詩乃さんは僕に三回キスできます。あ、一回目は終わってるので回数を正確に言うのならあと二回ですね」
「何言ってるんだ?福寿は……」
私はこの提案にびっくりしていた。私と福寿との関係は、私が告白する立場で福寿が告白の返事をする立場だと知ったから。いつも選ぶ側に居たから、自分が品定めをされる立場になるとは思っていなかった。
「僕も自分の気持ちが分からないんですよ。詩乃さんのことは友達以上だとは思っていました。これが親友なのかなとも……」
「とりあえず、福寿にとっても私は特別な存在なのね」
「はい、その通りだと思います」
福寿はにっこりと笑っていた。この提案にはきっと悪気はないのだろう。私のことを友達以上で親友以上だと感じる福寿は、恋人に値する人間か私を判断するのだ。私は今の特別な存在のままで傷つかないことも選べたはずだ。
それより私は傷ついてでも福寿の本当の気持ちが知りたい。もし福寿が私のことを好きっていってくれるなら、今まで出会ってきた彼氏と同じように、付き合うことができたのに。状態は変化したと思う。でも、福寿はそんな単純な提案はしなかった。友達の少ない人間というのは、そこまで他人を信用しないのだろうか。福寿には恋愛感情は産まれていないのかと思った。しかし好きだから私を殺したいと思うほど、福寿を追い詰めたことだって事実だ。福寿だって、好きの意味に揺らいでいる。私は気持ちはラブよりのライクだと確定したけれど、福寿はまだ確定できていないのだ。

「だから、私があと二回キスしたときに判断すると?」
「そうです。その時の詩乃さんに対する気持ちが僕の気持ちです」
「この私が選ばれる立場なの?今までの男は私を選んでくれたのよ?」
「なんかそれって昔のドラマの婚期逃した人の言い訳ですよ」
そう言われると、私は元彼達に対して酷いことをしていたのでは?と思った。こんなときに気付くなんて人生は分からない。あと二回のキスでもしかしたら、私と福寿の関係は終わるかもしれない。それかマザーが選ばない関係だとしても、私達の恋が始まる可能性だってある。ペンダントの選択肢を選ぶだけの迂闊な私の行動が、ここまで状況を進歩させた。これは福寿の決めたルールのおかげだろう。
「いや、生き物として詩乃さんのことは好きですよ」
「気持ち悪いとは思わないんだ?」
マザーじゃない恋愛について否定的な人が多いことも事実。その感情を意味のないことだとする人も多い。すべてがマザーに決められて、それで当たり前に世の中は動いている。だから本能は気持ち悪いとされる。私も恋愛もしてきたけれど、あまり良くは思われてなかった。だって、マザーの意見に反することだから。
「僕だって詩乃さんと心中しても良いと思ったんです。お互い様です」
「それね。私も本気で殺されると思ったわよ」
「僕は詩乃さんが人として好きなんだと思いますし、きっと、好きだという気持ちは確定していますよ?」
その言葉に私は安心する。でも、好きならどうしてここで私を選んでくれないんだろう。なんで先延ばしにするのだろう。【福寿の提案を受け入れる】と選択肢が出るけど、これ以外の方法がここであるだろうか。

「なら今、私を選んでくれても良いのに」
「どちらかの好きかなのか伝えられないって、卑怯じゃないですか。だからあと二回のキスで判断したいって思ったんです」
「そう思う福寿は律儀すぎるのよ」
私は大きなため息をついた。こんな頭の固い人間だとは思わなかったから。でもマザーのマッチングが当たり前の世の中で、恋についてこんなにも真剣に考えてくれる人が居るなんて思わなかった。だから少しだけ誇らしい。
「僕は、いろいろな方面から好きという気持ちに接したいと考えただけです」
「それは医者としていろんな視点を生命の感覚で持ちたいって意味?」
「多分、それもあるかもしれません」
そんなことを言う福寿は少し困っているように見える。マザーが居る今の世界では福寿の夢は叶うことはない。私の恋愛だってマッチングじゃないから同じようにマザーに否定されるようなものだ。だから就職と恋のどちらもマザーによって駄目になってしまう未来しかない。私は親友として酷いことをしてしまったと感じた。でも、あと二回も公認でキスができる。でも、それが終わったらどうなるのだろう。私を福寿は選んでくれるのだろうか。それに何故この三回という回数なのだろう。
「どうして三回なの?」
「仏の顔も三度までだし、三度目の正直とか言うし、昔から三って割り切れない良い数字だと思うんですよ」
「あぁ、その判断は福寿らしいかも」
「僕だって、好きって言われたら嬉しい気持ちの方が多いですからね」
好きだという気持ちを否定しないこいつは優しいんだ。お互いマザーが反応しなかったにしろ、好意はあったのだと思う。好きだから殺してまで独占したいとまではいかないけど、束縛したいという気持ちなら分からんでもない。だから私は福寿の考えは悪いとは感じない。

「でも、福寿の言う殺したいほど好きになるって分からないなぁ……」
「僕は好きになったその瞬間を奪われたくないんです」
「引き伸ばしして国民的な作品になるより、短期完結になって欲しいのね」
「あぁ、それです。僕の気持ちがしっくり当たってますよ」
こんなときまで、オタクな例えしか出ない自分達は文系としてどうかと思う。伝わったから良いけれども。でも、これなら私も分かる。ずっと引き伸ばしで作るより一期とか二期に別けている作品の方が、終わり方が綺麗なことが多い。
「それなら私に対して本気なんじゃないの?」
「それが親友としてか恋人としてのラブなのか分からないから、こうやって試そうとしてるんです」
私は自分の気持ちを伝えて良かったと思った。福寿のことは友達以上だということは分かっている。福寿の家族も知っている。この人と見る世界は明るい。でも、福寿は私の気持ちを否定もしなかったし肯定もしてくれない。私はラブの意味で好きなのか確定できない。でも、認めてはくれた。蔑まれたらどうしようかと思ったし、また友達を失ったらどうしようと思った。そんな私に福寿は猶予をくれた。猶予というのはおかしい。福寿が私を選ぶに値する人か考える時間だ。
私は福寿を人として好きだけど、殺したいとか殺されたいは違うと思う。私は気持ちを伝えることで、マザーには見捨てられたかもしれない。だって私のペンダントでも福寿との関係は変わっていないし今は選択肢は出ない。でも、好きと伝えたことで福寿には見捨てられなかった。それがこの上なく嬉しい。その代わり殺されそうになったし試されているけれども。ペンダントだって、こらからの選択肢を出してくれても良いのに無責任だ。

”@竹田詩乃バイト先でキスした。相手も私を嫌いではないと思うけれど、どうしたら良いのか分からない。#バイト#男友達#悩み#病み#相談#マザーのある生活”
”マザーが決めた人じゃないなら、それはいけないことだよ”
”@竹田詩乃やっぱりそうなのかなぁ?”
”だって、詩乃にはもっと合う人が居ると思うもの”
それが現れないから、私はこんなに戸惑っていると言うのに。
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