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竹田詩乃、母の日のプレゼントを選ぶ。

2 オタクは続編が怖い

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「福寿の家に行ったとき、女の勘で私達の関係を見破ったのよ?」
「僕が課金したことがバレてたんですね」
「そこまでバレるのはマザーかヘルスメーターにでしょ」
「それで、詩乃さんはどうしたんですか?」
「いや、奈々美さんが本当の結婚相手じゃないって言ったから、そうですって話をあわせていた。もちろん課金のことは言ってないよ」
福寿は安心したようだ。でも、私の嘘なんていうのもヘルスメーターからしたらすぐ分かることだろう。昔の嘘発見器の曖昧さとは違う。
「一緒にアニメ見てると、いつも母さんが詩乃さんを大切にしろって言ってて」
こいつの母親のことだ。私と違って子どもを大切にしているのだろう。正直言ってそれがとても羨ましい。
「そうよ、福寿も奈々美さんのことを大切にしなさいよ!」
「そうですね、またお年玉もらってる身ですし」
「大学院生になるのに?やっぱり福寿は馬鹿なの?」
「学生のうちはって言ってました。就職したらどうなるんでしょうね」
と言いつつも、私だってバイトから家賃を入れるわけでもない。まぁ、総合的な親の利益でみたら同じぐらいか?私の家の方がお手伝いさんを雇っているから、その分の経費は上かもしれない。
そうだ、私の両親とは最初から違う。奈々美さんは生後一ヶ月で試験管から出した、精神の強い一家なのだ。だから赤ちゃんから育てていて、子どもにも普通以上に愛情がいくのかもしれない。私なんてあの試験管の空間に五年も居た。もちろん忙しい中でも両親は会いに来てはくれたけれど、あの頃のことは思い出すだけで嫌になる記憶だ。私は試験管の中で物心ついた頃から、この今の日本に産まれて生きていくことが不安だった。それに今だって、マザーに選ばれないこの私の人生は立ちふさがっていて、世の中に居場所なんてない。

「それで、奈々美さんはどんな人なの?」
「どんな人って言われても。僕の母さんだとしか……」
こいつに趣味を聞こうとするって間違いだったかもしれない。でも、こいつと話していてどこか楽しい自分が居る。今日も会えて良かった。この日々はいつまで続くのだろうか。福寿にとって残るものでも良いのでは?
「コントロールベーカリーじゃなくて料理するなぁ……」
「そうよね、そこが一般家庭とは違うところよね」
「あと畑仕事もしますよ」
「あの家にそんな庭があったのね」
今は食材は昔と比べて手に入りやすい。でも、香辛料などはちょっと問題で胡椒などの、昔の食卓にあったものは高級品だ。
「そうめんのつゆを買いたいって言ってました」
「そうめんをプレゼントするのは分かるよ?高級なものを選ぶことできし。でもつゆを選ぶってどうかと思うわ」
「そんなもんですかね」
「めんつゆはあれば便利って聞くけど……」
レストランで食べたたまごかけご飯を思い出す。あのときは大豆から作られた茶色い液体ととちょっとのごま油で食べたけれど、これをめんつゆにしてもいける。私は塾で流しそうめんの経験があるから、めんつゆの良さは知っていた。

「あんた、アイデアないわけ?」
「ないですねぇ……」
私達のプレゼント選びは難航していた。だって、奈々美さんが今の日本社会でイレギュラーな存在だったから。私も母親と一緒にアニメを語ることができたら良かったのになと感じていた。
「あの、アニメは続編決定ってありましたよね」
「そうね、だけどアニメの続編って微妙になることもあるのよ」
「どうして?」
「まず、監督が違うと根本が変わるでしょ。それに制作会社によっては声優を変えちゃうこともあるから、違和感があるって話」
「やっぱり詩乃さんは詳しいんですね」
福寿は私の知識で詳しいと思うらしい。私なんか、こんなにわかオタクだ。だからそのうちしっかりしたオタクになった福寿は私を嫌うかもしれない。この関係が終わる前に離れていってしまうかもしれない。
でも、私にはまだ福寿を繋ぎ止める切り札があるから。だからあと二回のキスでどうか、私の方を振り向いてほしい。ペンダントに聞いても私の選択肢は表示されない。あってはいけない未来なのだと、青いプラススティックの石に判断されている。
「私なんか、詳しい方じゃないよ」
「僕と母さんよりは詳しいですよ」
「今はそうかもしれないけど、そのうち追いつくよ」
連載漫画のストックがなくて引き伸ばしになるアニメの末路を思う。私はそうなる前に綺麗に身を引くか、それかしっかりとした形で福寿の元に居たい。この心の動きはどうすることもできない。ただ寂しかっただけ、それできまぐれで話しかけただけの存在だったのに。こういうときに選択肢を活用したいのに出てくれない。
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