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竹田詩乃、斎藤福寿と最後のバイトをする。

1 最後のバイトぐらいは平和に

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何事もなく一週間が過ぎた。私はイベントのガチャで良い引きをしたので気持ちも晴れている。それにあと一回でバイトが終わる。バイトが終わることは良いことなのだけれど、もう福寿に会う意味がなくなる、会う価値のない私に福寿は会ってくれるだろうか。私達はマザーを信じる世代なのだし、やっぱり利益で人間関係を誰でも考えるところがある。私だってそうだ。

庁舎の暗い廊下。毎回見る窓から見える風景。いつものようにマザーの分裂したものがある管理室の扉の前。私達が守る平和な夜。それがこれで終わりなんだと感じてため息をついた。そして新しく引いたキャラのために素材を集めている。
「入浴剤のフィギュア、全種類揃わなかったんですよねぇ」
「え、未開封のボックスを買ったんでしょ?」
だいたいは未開封のボックスを買えばダブらず揃うことが多い。揃わない可能性があるとは書いてあるけれど、そんなことは私は体験したことがなかった。
「そうです、ダブっちゃった」
「何がダブったのさ?」
「それが、レアがダブってメインヒロインが出なかったんです」
じゃあ、私が気を利かせなくても良かったわけだ。なんだか損をしてしまった感じになる。だって、あのデフォルメは好きだからもらえば良かった。
「普通は未開封を買えば揃うんだけどね」
「じゃあ、僕らみたいに異常だったんですか」
「そうね、このおかしい私達の関係も今日で終わるし」
私はスマホ画面を見る。だって、この無意味な関係は終わるしかない。マザーに選ばれない相手なら、私は選ぶなんてやっぱりできない。私には度胸がないから、マザーに頼って生きる道しかない。初恋がうまくいかないって迷信じゃないんだな。

「僕は今の生き方が楽しいですよ」
「それは私も同じ」
「それで、全種類揃えようと思ってフリマアプリ見たんですよ」
「やっぱり、ここまできたら揃えたくなるよねぇ」
ガチオタの道に引きずり込む結果となったこの家族の話を聞く。私のもう関わることのない人の話。私が離れるべき世界の人達。
「それが相場を見ると思ったよりヒロインの人気ないなって」
「だから人気って偏るのよ」
「僕はこのヒロインは好きですけどね」
こうやって、オタクの話ができる人は私には居なかった。こういう友達も作れば私の人生は変わっていたのかもしれない。
「それでいくらで買ったの?定価は七00円でしょ?」
「ヒロインを九00円で買いました」
「まぁ、妥当な金額よね」
「二つ買って出ないよりお得だと思います」
福寿だって趣味にも利益を考えるのだから、人間関係ならもっとマザーによる幸せな未来を考えるだろう。そう思うと、私も福寿にわがまま言えない。私の気持ちを押し通すことなんてやっぱりできないかも。

「人間関係も利益って考える?」
「ある程度は考えますよ」
「じゃあ、このバイトが終わったら私との縁も切るんだよね」
ずるい女だと思う。だって、こんなことは確かめなくても利害関係がなくなってはなれていった人はたくさん居るから、当たり前に離れていく。福寿にはそうはならないと否定して欲しかった。その淡い期待というものが隠せなかった。私は福寿と一緒に居ることが楽しかった。
「せっかくできた人間関係を切るなんてもったいないですよ」
「そう、ありがとう」
「それに詩乃さんは特別な友達です」
「特別な友達?」
「だって、詩乃さんは僕に新しい世界を見せてくれたし。普通の友達だとは思えませんよ」
私は特別と聞いて、それが恋愛感情だったら良かったのにと思った。それでも、福寿の心の中に例外として残るなら、それはそれで良い。
「私は福寿との生活は楽しかったよ」
「僕だって、母さんだって同じように思ってる」
「マザーがなくても幸せな出会いってあるよね」
「もしかしたらマザーを脅かす存在だったかもしれませんよ?二000人の未来予測を消しちゃうようなこともしたし」
そう言って私達は笑う。だって、マザーが選ばない人でもこんなに楽しい会話ができる。まぁ、本当のことを言うならば私のペンダントの選択肢で、福寿に話しかけろとあったのげ原因だけど。きっとマザーがなくても、私は今の日本で生きていけるはずだと思う。マザーがない世界なら、恋人になっていたかもしれない。
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