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何かが始まる何でもない日
しおりを挟む日々というものは漫然と進みがちですが、何もしないということは確実に何かを失っていることに我々はあまり気づきません。
この高校生時代に作る友達というのは今後一生の友になり得るもので、高校の友達は高校でしかできないということに気が付いている人がどれほどいるのでしょう。
私ですか?
当然気づいています。というか、身に染みています。
だって現在高校2年生西野春香、友達なしですから。
今日も今日とて、退屈な休み時間。
授業の合間に楽しそうな声を聴くくらいならもういっそ時間割をギッチギチに詰めてくれた方がよっぽどいい。
私は決してこのうるさい声に羨望を向けることはないが、自分の周りには仲間がいるという感覚が当たり前だと思っているんじゃじゃねーぞ。
と心の中で野次を飛ばしておく。
そんなことを考えていると、誰かがこっちに向かって歩いてきている。
あれは、おそらく、高野美冬だ。
クラスの人をすべて把握しているわけではないが、彼女を知らないというのは少し無理のある話だ。
茶色っぽいセミロングの髪。こじんまりとした身長。
ゆるふわっぽい彼女は、才色兼備であり、人当たりもよく男女問わず好感度が高い。
他人が敵に見えてしまう症候群を持っている私でも悪い印象は持っていないので、彼女は本質的に日なたにいる人なのだろう。
しかし、私に用はないはずだ。
ほとんど、というより全く喋ったことはないし認知されているかも危うい。
まさかさっきの野次が聞こえていたのか。心の声なのに!
もしかしたら人違いかと思ったけど、確実に違う。
明らかに私をロックオンしている。
心なしか顔も強張っているように見える。
席を立つこともできず肩をすぼめたまま断罪の足音を待っている小動物がそこにはいた。
だから、その一声は私の心に全くそぐわないものだった。
「あの、その本面白いですよね!」
少し張ったような声だった。
私は手元にある本に目を落とす。面白いか?この本。
彼女には悪いが正直この本はそんなに面白くない。
本屋さんがすごく売り出していたから、という理由で買ったのが良くなかった。
ちなみに売り文句は必ず涙するとかなんとか。
いや、問題はそんなことではない。
今重要なのはこの本が面白いかどうかではなくて、私が私にこの本が面白いと信じ込ませて同調することだ。
内なる催眠術を覚醒させることだ。彼女が欲しい言葉を返すことだ。
私はそう意気込んでこの場に最もふさわしい言葉を選ぶ。
「そうね……」
目も当てられない返答。もう恥ずかしすぎて顔も上げられない。
向けた目線は顔まで届かず、胸のあたりで止まった。
割とあるな…
「すみません、変な声のかけ方をして。 本を読んでいるのをよく目にしていたので好きなのかなと思って」
「え、あ、好きですよ、読書」
邪なことを考えていたせいで思いっきりコミュ障を発揮してしまった。
穴があったら入りたい。むしろその上から土をかけておいて欲しい。
それはそうと、彼女の言葉をもう一度反芻してみる。
「本を読んでるのをよく目にしていた」という言葉。
これはもう告白みたいなものなのでは?
言外に、「ずっとあなたを見ていました」と伝えているのを私はしっかりと受け取った!
ラノベを取られるオタクくんの図も同時に浮かんできたが、すぐにおもりを付けて沈めておいた。
二度と上がってはこれまい。
今度は私から言葉を返す。
「帰りに本を見に行きませんか」
急に先刻の熱が引いていく。
話して初めて放課後デートに誘うというのはどうなんだろうか。
なれなれしいと思われた?
そもそも彼女はたまたま同じ本を持っていた私に声をかけただけで、特に深い意味はなかったんじゃないか?
距離の詰め方なんてわからないよ!どうにかしてくれよ文部科学省!
吐いた言葉は元には戻らないことを嫌というほど知っていたはずなのに、発言してから後悔する。
「ぜひ! ご一緒させてください!」
その言葉場が胸に刺さって浄化してしまいそうだった。
「満開の笑顔」と形容するのがふさわしい顔で、キラキラとした瞳でこちらを見つめてくる。
返事が返ってきたときに驚いて顔を上げたが眩しすぎて見ていられなくなって少し目線を落とす。
ちょうど胸だったのでもう少し落とす。
すると空気の読めないチャイムが鳴ったので彼女、いや、高野さんはひらひらと手を振って自分の席に帰ってしまう。
その後の授業の内容はやけに頭に入ってこなくて、頭がぽわぽわして、まるで自分がだれかと入れ替わってしまったような不思議な感覚を味わった。
もしかしたら、私の人生は今日より前と後に分けられるかもしれない。
そんな幸せな妄想が頭をよぎって、消えていった。
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