君と歩んだ地獄手記。

秋月

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第二章

保護対象特定

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ユリアとクララが日本旅行に来て二日目となる。一日目は東京の観光が主であったから、京都を本格的に回るのは二日目の今日であった。未だ、ユリアの前に亡者が現れたとの連絡はない。第一、ユリアを追って亡者が日本まで来るということ自体考えにくいものであった。


「おはようユリア」
クララはユリアより先に起きていており、窓近くにある椅子に座っている。
ユリアは布団の中で、はだけた浴衣をさっさと直し、寝具から出て言った。
「おはようクララ。日本人はみんなこんな浴衣を着てはだけずに寝れるのかな」
「きっと日本人だけの特殊能力だよ」
クララは笑いながら冗談を言った。

「さぁ、今日はどうする?」
クララはユリアに尋ねる。ユリアは彼女の鞄の中をゴソゴソとかき回して、ようやく見つけたロシア語で書かれた観光ガイドをパラパラと開く。
そして、クララの方へ行きクララの前にある背の低い机の上にガイドブックの京都の地図のページを開いた状態でそのページに指を置きながらクララに説明した。
「そうだなぁ。まずは京都の有名なカフェでモーニングを食べに行くでしょ、そこから金閣寺に行った後に嵐山のほうにいこう。多分その時点でお昼だから、京都には湯豆腐っていうのがあるらしいからそのレストランに行って、京都所司代、二条城、最後に清水寺に行きたいかな。夜の清水寺ってすっごく綺麗なんだよ。今は紅葉の時期だから特に綺麗だと思う」

その音声はユリアたちの部屋にコンセントに挿された機機械を伝って、司法省の獄卒によって盗聴されていた。その情報はもちろん特急に乗りながら京都へ向かう麟太郎たちにも伝えられる。



特急車両内 数分前
席に着いた麟太郎と獄卒は周りに聞かれないように極力小さな声で話す。
「君も知っての通り、日本に来る前に軍服からスーツに着替えたが、これでもユリアたちの周る観光地に行くにはどうしても悪目立ちをしてしまう。だから京都に着いたら着物をレンタルしよう。あと、君にはこれを渡そう。いわば現代人の魔法の杖だ」
そういうと、司法省から日本に着いたときに開封するようにと渡されていた封筒からスマートフォンを取り出した。
もちろん麟太郎は使い方が全くわからない。ボタンを軽く押してみたり、画面を指ではじいてみたり、息を吹きかけてみたり、激しく振っても変わらない黒い画面を見て麟太郎はこんなの役に立つのかと思った。
「ほら、おじいちゃん。側面のボタンを長く押して見な」
「誰がおじいちゃんだ」
と言いつつも麟太郎は獄卒の指示に従い側面のボタンを長く押した。
真っ暗の画面に不思議な模様が浮かび上がった。
しばらくの間、麟太郎と獄卒が初期設定をしていると車両がゆっくりと動き出した。
その車両は徐々に速度を上げてゆく。
麟太郎の気づいたころのには窓に映る景色は目にもとまらぬ速さで流れていた。
どう考えても早すぎると思った麟太郎は、堪らずにこの汽車大丈夫なのかと獄卒に尋ねた。
必死に笑いをこらえて獄卒は答える。
「これが汽車だって?違うよ。これは電車って言うんだ。君の生きていた時代と違って電車はもう石炭じゃ走らない。代わりに電気を使って走る」
そうか、だからこんなに静かでしかも煙も出ていないのか。
「しかも、この車両は特急だから普通の電車に比べて早く走れるんだ。だから脱線の心配はない」
そんなことを言われても気になってしまうと思い、麟太郎はユリア保護の任務への不安を忘れ、目の前に広がる不思議な光景に目をくぎ付けにされた。



10:30
麟太郎と獄卒は京都に着いた。京都駅まではスーツでいて全く違和感ないのであるが、観光地に潜入するとなると話は変わってくる。麟太郎たちはユリアたちが金閣へ向かうまでに着物を揃えようとし、スマホで出てきた一番近い着物レンタルの店に入った。
店内は服以外はどこを見ても一面、白である。獄卒は大きな声で店主を呼び出した。
「すいません!誰かいらっしゃいませんか!」
すると奥の方からゆっくりと老婆が現れる。
「すみません。着物をレンタルしたいんですけどよろしいですか」
「そうじゃなきゃうちに何をしに来たんですか?」
嫌味なババアだと思った。とりあえず、獄卒は顔には出さずに着物をレンタルしたいという旨を伝え、お目当ての着物は手に入れることができたのではあるが、
「高すぎるだろ!ぼったくりにもほどがある」
と店を出てから怒りをあらわにしている。麟太郎は獄卒が怒っているところを初めて見たのでコイツにもこんな一面があったのかと思った。
「ああ、当り前さ。俺にも感情はある」

そんなことはさておき、二人はスーツから着物に切り替えた。麟太郎は藍色の着物に灰色の袴を着て雪駄を履く、さらに着物の上には黒の羽織をもう一枚羽織っている。一方、獄卒は濃い緑の着物を黒の帯で締めるだけの簡素なものであった。


ユリアたちが金閣に到着する前から金閣に張り込んでいたいという目標があったため急いで市営バスに乗って金閣に向かう。
京都駅周辺からは長い間揺られながら市営バスに乗らなければならなかった。京都の市営バスは一律230円だから獄卒は麟太郎の分を含めた460円を握りしめて早くついてくれと願い貧乏ゆすりをしている。
「落ち着けよ」
麟太郎は焦ってもどうにもならないことを獄卒に言う。
「そうだね」
獄卒は貧乏ゆすりを止め、外を眺めることにした。しかし、どうしても気分を紛らわすことができない。
バスのアナウンスが「次は金閣寺」といった瞬間、獄卒は席を離れて運転手の方に向かって歩き出した。
しかし、すぐに運転手から座ってくださいと言われ、獄卒はしぶしぶ席に座るのであった。
バスが金閣寺前のバス停に停まった時、麟太郎は駆け足で獄卒の方まで向かい、獄卒といっしょにバスを出る。
それからキョロキョロとあたりを見渡し、金閣寺門前まで二人は競歩で向かう。門前に着いた頃には獄卒が懐中時計を見ると11時を回っていた。完全に出遅れたと思いながら次の案を講じる。そうするとすぐに一つの案が浮かび上がってきた。まず、獄卒は金閣寺の出口に構えてユリアを待つ。その間、麟太郎は中に入ってユリアを探すというものであった。しかし、これには大きな問題点がある。そもそも、麟太郎も獄卒もユリアの特徴を知らない。せいぜい、司法省を通して送られてきたユリアが金髪の髪の毛を持っていて青い瞳であるぐらいのことしかわからないのである。しかも、麟太郎にその情報はまだ言っていない。しかし、時間がなかった。獄卒はその案を採用し直ちに麟太郎に中を探ってもらうことにした。獄卒は麟太郎に入場料金の四百円を手渡し、中にいるはずのユリアとクララを探してくるように言った。




11:05
俺が金閣寺の裏門に立ってからかなりの時間が経った。しかし、一向にユリアもクララも麟太郎も現れない。



11:10
あまりにも長すぎる。この永遠に続くような不安はユリアが俺の目の前に現れてくれるだけで解消するはずなのに彼女は現れない。



11:15
やっと麟太郎が現れた。
「どうだった麟太郎ユリアは見つけられたかい?」
「それらしい人は見当たらなかったぞ」
獄卒は困った。まるで彼一人だけが大海原で小さな手漕ぎ船で遭難したような気分になった。
「どうして司法省の連中はしっかりお前に情報を教えないんだ?」
純粋な疑問であった。
「簡単なことだ。俺に情報を教えて麟太郎が亡者を殺したら司法省の捜査係と執行係の面目が丸つぶれになる。あと、一応だけど君に伝えとく。司法省のほとんどの連中は、君が執行官を拝命することを良いことだとは思っていない。俺の直属の上司が君を執行官にする推薦をくれただけでそれも今回だけのものだ。だから俺たち二人と司法省の捜査係とじゃ全く連携が取れていないんだ。俺の上司が捜査係がつかんだ情報の一部をこっちに回してくれてはいるけど、それも君の知っての通り完全な情報じゃない」
獄卒はもう一度、金閣寺の中に入ろうと判断を誤りかけようとしたその瞬間、金髪で青の瞳を持つ女性が現れた。しかもその隣にはもう一人の女性もいる。
麟太郎はあれじゃないかと思った。
「驚いた、もっと幼い子が来るかと思ったらあんなに大人だったのか」
獄卒は続けて言う。
「いや、でも断定するにはまだ早い。もしこれで彼女たちの行き先が嵐山のほうと違えば……」
「金閣寺すごかったね!次は天龍寺に行こう!」
麟太郎と獄卒の横を通り過ぎる彼女たちは、獄卒の話を遮るように言った。獄卒と麟太郎の疑問が確信へと変わる瞬間であった。

「よし、俺じゃ目立ちすぎるから麟太郎が後をつけて」
獄卒は麟太郎に小声で言って、獄卒は麟太郎と彼女ら二人から距離をとっていく。
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