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勇者である前に漢

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 昼にドアがノックされ目覚める。


「勇者様、間も無く迎えが来ますので支度して下さい。」

 ガラスの様に透き通っているイチの声で目が覚めた。
 俺の声なんて目の前で話してるのに『えっ何っ』とよく言われる。
 声質は喉に存在する微生物が関係していると本で読んだ事がある。それが事実なら、俺の微生物は間違いなく仕事をサボっている。

 まだ迎えが来ないから、リビングでしりとりをしている。
 俺の順番の前に知力が高いサンが座った所為で、執拗なタ攻めに遭っている。
 まだ知っている単語で攻められるなら納得出来るが、聞いたこともない異世界の単語の嵐は辛い。

 ミゼルタ
 ボロッタ
 ゲタ
 ・・・・

 負けず嫌いな俺は空想の果物を創造し、サンと戦っている。

 タクピ
 タマト
 タナナ
 タクルス
 ・・・・

 途中からサンは俺の空想の果物に疑問を感じ始めた様で、どんな味がする果物ですかとか、何色ですかとか質問し始めた。
 初回は適当に答えれば良いから簡単だった。
 サンの恐ろしい所は、忘れた頃に同じ質問を繰り返してくる事だ。

 勿論、同じ質問を繰り返してくるとは予想してないから、タナナの特徴なんて一切覚えていない。
 とりあえず適当に回答したところ、間違っていた様でサンが冷たい目で俺を見ている。

 あと、もう一人俺の心を揺さぶってくる存在に気が付いた。
 ロクが空想の果物に興味を持ってしまい、俺が果物の特徴を話す度にメモを取っている。
 もう勘弁してよ。

 そこからは空想の果物の特徴を記憶する必要があり、俺だけハードモードに突入。

 幼い頃に神経衰弱で鍛えた俺の記憶力を甘く見るな。

 永遠に続くかと思われた攻防も終わりを迎える時がきた。

 タッタパ(赤いザクロの様な見た目で酸っぱい)
 ダツポ(梨の様な見た目で甘さ控えめ)
 タラパン(果物の薬と言われるほど・・ンンッ)

 俺の脳は許容量を完全にオーバーしていた。
 そして、あっさりとンが付いて負けたのだ。
 空想した果物は五十を超えてたと思う。

「勇者様、ンが付いたぁ。」

 俺の次に順番が回るロクが手を叩いて喜んでいる。
 サンはお腹を抱えて笑いを堪えていた。
 負けはしたが全力を出し切った戦いは満足のいく物だった。

 戦いの余韻が残る中、黒豆茶をすすっているとガチャンという激しい音と共にメイド土偶がガラス戸を突き破って来た。

 襲撃かと思ったが土偶はゆっくりと立ち上がり、自身の胸元を指差している。
 そこには真っ赤な文字で『少し遅れます』と書かれていた。

 恐らく加藤の元に冒険者が来たのだろう。
 今までも冒険者は来ていただろうから、心配する事では無いのかも知れない。
 だが俺は躊躇なく二階へ登り、ゴオと徹夜で作った覆面付きメイド服に着替えて拠点を飛び出した。

 メイド達は着いてきてないが、土偶は俺を案内する様に前を走ってくれている。
 昨日訪れた中華料理屋の前を通った時、爆音と共に巨大な火柱が見えた。

 初めて見る攻撃魔法は恐ろしく、体が小刻みに震えているのが分かる。
 どちらの攻撃かは分からないが、あんなの掠っただけで死亡確定だ。

 恐怖は人間の行動を制限するのに最も効果的なマイナス事象だ。
 逆に人間を動かすには愛や正義、友情等のプラス事象が必要になる。

 そして、追い詰められた人間はこの相反するプラスとマイナスを天秤に掛ける。

 多くの人間は恐怖側に傾き、理由を後付けする。
 普通は、一般的に、自分だけじゃない、後付け理由なんて星の数ほどある。
 でも、恐怖に負けた人間はどこかでそれを思い出し、必ず後悔する時が来る。

 それを知った後でも構わない。
 手足が震えてオシッコ漏らしていても構わない。
 恐怖に立ち向かえる人間を俺は漢と呼んでいる。
 目指せとは言わない。
 何にでも言える事だけど、なりたい奴がなれば良い。

 戦闘区域が見えてきた。
 土偶に待っていろと言うと頷いた。
 クソッ、加藤は既に倒れている。
 冒険者らしき奴らは四人だ。
 気づかれない様に後方から接近して行く。

「早くマスターコア抜いて帰ろうぜ。今回も楽勝だったな。」

 赤いバンダナをしたスキンヘッド男がナイフをキャンディーの様にベロベロ舐めながら話していた。

 すぐ殴り付けたいが、俺が腕力で優っているとは思えない。
 今は加藤救出が最優先事項だ。

 ゴアが作ってくれたのは覆面メイド服だけではない。
 戦闘能力が無さそうな俺にオモチャ的な武器を作ってくれていた。
 その内の一つが竹で出来た水鉄砲だ。
 この中には一滴でジャイアントオーガをも即死させる毒が入っている。それがコップ一杯分くらい鉄砲に入ってるんだぜ。まぁまぁだろ。

 スキンヘッドのナイフに狙いを定め、集中力が最高値に達した時にトリガーを引いた。
 噴射口から勢いよく毒水が発射されたが、目標地点よりも遥か上の方に向かっている。
 まるで女子が投げたドッチボールの様に、山なりに毒水は飛んでいた。

 外したかっ。
 しかし、毒水は冒険者達に降り注ぐ様な形となり、全員顔を抑えながら地面をのたうち回った後に動かなくなった。
 恐らく目、鼻、口から毒水を吸収してしまったのだろう。
 不思議と罪悪感は全く感じなかった。

 それよりも加藤は大丈夫なのかっ。
 加藤は生きていたが、俺の毒水が少し掛かっていた様で顔を抑えて足をバタバタさせていた。

 毒を持つ者、解毒も持つべしとゴオに言われて、臭い葉っぱをポケットに入れていた。
 加藤の口に葉っぱを握りつぶしてから放り込む。
 臭い臭いとさっきよりも暴れて、悪化した様に見えるがゴオを信じるしかない。

 こういう時は意識を保たせる為に声をかけ続ける事が必要だ。

「加藤さん聞いてください。俺がこの世界に来た初日に出されたティーセットは、この数倍臭かったです。」

「加藤さん聞いてください。しりとりで執拗にタで攻められました。苦肉の策で空想の果物を地球にはあったと言い張り対抗しました。変なフルーツっぽい名前を聞かれたら懐かしいと言ってください。約束ですよ。」

 懸命なる励ましによって加藤の症状は治まってきた。
 俺は治療系の勇者なのかも知れないな。

 やる事が無いので加藤の鼻毛の数を数えていると、加藤はヨロヨロと立ち上がり冒険者の亡骸に手をかざした。
 すると、亡骸から青い玉が飛び出して加藤の口の入っていった。

「いやぁ、今日は駄目かと思いましたよ。特に毒が掛かった時は消滅する寸前でしたよ。はっはっはっ。」

 青い玉が入った直後に加藤の傷は治り、黒のスーツまで修復されていた。

「申し訳ないです。まさかあんな事になるとは思わなかったんです。」

 水鉄砲を叩いてメッメッとして見せる。

「謝るのはこちらの方です。そんな格好をさせて、更に人間と戦わせてしまった事を深く謝罪します。」

 いや、覆面メイドは気に入ってたから謝られたくないな。
 すね毛もじゃもじゃのメイドは俺的に有りなんだ。

「では貸し借り無しという事にしましょう。しつこいかも知れませんが、最後にこれだけは言わせて下さい。変なフルーツっぽい名前を言われたら懐かしいと言ってください。」

「ダンジョン神に誓おう。変なフルーツっぽい名前を聞いたら懐かしいと答える事を。」

 ダンジョン神ってなんだろって思ったけど、疲れていたからスルーした。
 その後に加藤は土偶に担がれて、また明日と言いながら帰っていった。

「皆さん、俺達も帰りますよー」

 建物の陰からチラチラ見えているメイド達に声を掛けて拠点へ戻った。




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