禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

文字の大きさ
34 / 62
魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。

面会:紺碧師団・副師団長③

しおりを挟む

「そもそも何故、魔法学校へ? 本件の依頼ですと、こういう場所では動きが制限されるのでは……?」

 空気を和らげた少年につられ、素朴な疑問を口にする。
 その問いに、ティーカップに手を伸ばしながら、のんびりと答える少年。

「あぁ、一応これは別件。魔法学校の巡視だよ。訓練内容とか、指導者の質とか……問題がありそうなら改善が必要だからね」
「そんなことも近衛師団の任務の一つなのですか……」
「まぁね。気分転換にもなるし」

 左手にソーサー、右手にカップを持ち、優雅にお茶を飲んでいる様は、堂に入ったものだ。慣れた手つきで茶器を扱っているのを見ると、元来、貴族の出身だったのかもしれない、と思えた。これだけ自然な所作は、魔法士としての地位を確立してから、行儀作法を詰め込んだのでは遅いだろう。
 そう考えれば、少年の異様に威厳のある立ち居振る舞いも納得できる。

 だが、『峯月』なんて家名には、全く心当たりがなかった。副師団長にもなれば、それなりに社交を求められるのだが、そんな自分が聞き及び無いということは、爵位のある家柄でないことは確かだ。

 考えれば考えるほど、少年のバックボーンが皆目見当もつかず、正体不明の掴めない人物、という事実が積み上がっただけだった。

「そう言えばさ、折り入って聞きたいことがある、って聞いたけど」

 殆ど音を立てずにソーサーをテーブルに戻しながら、少年がアルノルドを覗き込んだ。

 アルノルドには、どうしてもお願いしたい事があったのだが、いつ切り出そうかとタイミングを計りかねていたので、これは有難い渡りに船だった。

「はい、あの……非常に私的なことなのですが、宜しいでしょうか……?」
「え、うん、いいよ? とりあえず話しを聞いてみて、力になれそうじゃなかったら申し訳ないけれど……」
「いえ、大したことではないのです。可能でしたら、ご学友から話を聞いていただければ、と思いまして」
「話……?」
「はい。実は、数週間前に、この学校に通う甥……ヘルベルトが行方不明になりまして——」

 ヨーク家の傍系にあたる甥は、アルノルドから見ればそこそこの出来で、本科の3年生である今年、入団試験は間違いなくストレート合格が見込めていた。本人も意欲的に訓練に励んでおり、家族や友人関係での深刻な悩みも無さそうだった。
 なのに突然、寮の自室に1枚の書き置きを残したっきり、行方をくらませてしまったのだ。

 学校側はその時点で、訓練規定の逃亡により、退学として扱った。それ自体は致し方ないことと納得している。
 しかし、失踪する理由がわからないのだ。

 甥の家族も心労が続いている事から、友人関係に話を聞けるツテを探していた。流石に、近衛魔法士相手に失礼だろう、とは思ったのだが、この好機を逃しては行方が掴めないと思い、アポの段階で前振りしておいたのだ。
 聞き届けてくれるかは、目の前で真剣に話に耳を傾けてくれている、この少年次第なのだが……、

「それは心配だね……。わかった、周りに聞いておく」

 あっさりと了承し、安心させるように柔らかく微笑む少年に、アルノルドは肩の力を抜いた。

「大変感謝いたします。少しでも話が聞ければ、家族も気の持ちようがあるでしょう」
「いえいえ。こっちの別件としても、調べる必要がありそうだからね」
「は……いえ、ですが……任務のお手を煩わせてまでは……。結局、情けない理由で身を隠しているだけかもしれませんし……」

 そんなことは無いと思うから、失礼を承知で、世間話程度の情報提供をお願いしたのだが、調査と言われてしまうと、今度はその仰々しさに腰が引けてしまう。もし、外聞の悪い理由でも発覚しようものなら、ヨーク家にとって不利益しかない。甥の失踪理由が、パンドラの箱になってしまう。
 一族を継ぐ当主として、世間体や利害が脳裏をよぎった。

「でも、それならそれで、安心できるじゃない? 近衛師団としては、魔法士の拡充の為にも、才能のある子には便宜を計ってあげたいと考えているからね」
「……それはもしや、陛下が憂いておられる、平均的な『魔法士生命』の短さ、の問題に、学生を含めるというご判断なのでしょうか?」
「そう思ってくれて良いよ。現場判断に委ねられているからね」

 サラリと言うその言葉は、要は陛下から、絶大なる信頼と権限を与えられている、ということに他ならない。
 この世界を統べる皇帝陛下が、それ程までに重用されているというのならば、彼の言葉は陛下の言葉と同義だ。アルノルド程度が口を出して良いわけがない。

 改めて、目の前の少年が背負う大きすぎる権力に、生きている世界の違いを感じた。雲の上の、更に上にいる、神聖不可侵な存在に、手が届く距離にいるのだ。アルノルドが、生涯の間に一目だけでも拝謁したいと願っている陛下の、ご尊顔を拝する事だって出来ているのだろう。

「陛下の御心として、有り難く頂戴いたします」

 自然と、深い礼をしていた。
 この少年が真に信頼出来る人間だと、納得できたからだろう。

 魔法士として至高の座にいながらも、下の者の相談に耳を貸し、たった1人の学生をも気に掛ける姿勢。高位の立場の人間が、魔法士の見本となる信条を持って動くだけで、他の全ての魔法士や民たちの希望になる。それを認識した上で実行し、更に成し遂げる実力があるのだ。

 類い稀なる才能を持った少年と、それを見抜いた陛下の慧眼が、この世界の秩序と安寧の礎になっているのを実感する。

「そんな大したものじゃないから……。期待を裏切ったら申し訳ないな……」

 だというのに、何故かアルノルドの礼に、困ったような笑みを浮かべる少年。
 立場は遥か高みにあれど、面と向かった謝儀には慣れていないのかもしれない。

 そう思うと微笑ましかった。

「陛下がお認めになっているのです。それで十分で御座いましょう」
「……それはどうだろ。人間誰しも間違いはあるからね」
「過去を見据え、未来を見つめ、そして今を導いてくださる我らが陛下です。恒久なるその座に、問いは不要でしょう」

 そう。
 そのような不遜な考えを持つのは、間違いなく不敬だ。

 若干気分を害したアルノルドは、努めて丁寧に、だがしっかりと諭してみるも、しかし、少年は更なる暴言を続けた。

「…………呪われてるからね」

 どこか遠くを見ながら、呟くような声音だったが、アルノルドの耳は一言一句を確実に拾っていた。

 一瞬の絶句の後、声を荒げて抗議する。

「っ陛下を侮辱する気か!? その身一つで、この世界の民の希望を一身に集めておられる、大いなる翼である、陛下をっ!」

 失望だった。
 よりにもよって、最も陛下に近しい近衛魔法士が、陛下を否定する発言をなさるなど、言語道断だ。

 築いたばかりの少年に対する信頼感は、一瞬で崩れ去った。

「いや、ごめん、気分を害したのなら申し訳ないです。ただの独り言と思って、聞き流してくれれば……」
「不可能です! これだけハッキリ聞いてしまったものを、無視する事など出来ません。私的な相談に乗っていただいたことには感謝致しますが、この件は、然るべき場所に報告させて頂くこと、ご承知置き下さいっ。——失礼します」

 言い捨てるように宣言し、荒々しく立ち上がった。
 もう少年へ視線を向ける事もなく、身を翻す。

 すぐに従者の男が、顔色すら変えず扉を開けたのを見て、更に怒りが込み上げた。せっかく有能さを認めた使用人達も、主人の失言に何ら進言しない、イエスマンの給仕ロボットだったのか、と。

 非常に高く評価出来る相手だと思っただけに、その失望感はひとしおだった。
 信頼に足る近衛魔法士だ、と感心した矢先の裏切りに、言葉も出ないまま、大股でその場を後にしたアルノルド。

 怒りに頭が沸騰しているアルノルドは、だから気付かなかった。

 少年が、シニカルに、しかし何かを諦めたように微笑んでいたことに——。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ

黒崎隼人
ファンタジー
人事コンサルタントの相馬司が転生した異世界で得たのは、人の才能を見抜く【才能鑑定】スキル。しかし自身の戦闘能力はゼロ! 「魔力もない無能」と貴族主義の宮廷魔術師団から追放されてしまう。 だが、それは新たな伝説の始まりだった! 「俺は、ダイヤの原石を磨き上げるプロデューサーになる!」 前世の知識を武器に、司は酒場で燻る剣士、森に引きこもるエルフなど、才能を秘めた「ワケあり」な逸材たちを発掘。彼らの才能を的確に見抜き、最高の育成プランで最強パーティーへと育て上げる! 「あいつは本物だ!」「司さんについていけば間違いない!」 仲間からの絶対的な信頼を背に、司がプロデュースしたパーティーは瞬く間に成り上がっていく。 一方、司を追放した宮廷魔術師たちは才能の壁にぶつかり、没落の一途を辿っていた。そして王国を揺るがす戦乱の時、彼らは思い知ることになる。自分たちが切り捨てた男が、歴史に名を刻む本物の英雄だったということを! 無能と蔑まれた男が、知略と育成術で世界を変える! 爽快・育成ファンタジー、堂々開幕!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

幼子家精霊ノアの献身〜転生者と過ごした記憶を頼りに、家スキルで快適生活を送りたい〜

犬社護
ファンタジー
むか〜しむかし、とある山頂付近に、冤罪により断罪で断種された元王子様と、同じく断罪で国外追放された元公爵令嬢が住んでいました。2人は異世界[日本]の記憶を持っていながらも、味方からの裏切りに遭ったことで人間不信となってしまい、およそ50年間自給自足生活を続けてきましたが、ある日元王子様は寿命を迎えることとなりました。彼を深く愛していた元公爵令嬢は《自分も彼と共に天へ》と真摯に祈ったことで、神様はその願いを叶えるため、2人の住んでいた家に命を吹き込み、家精霊ノアとして誕生させました。ノアは、2人の願いを叶え丁重に葬りましたが、同時に孤独となってしまいます。家精霊の性質上、1人で生き抜くことは厳しい。そこで、ノアは下山することを決意します。 これは転生者たちと過ごした記憶と知識を糧に、家スキルを巧みに操りながら人々に善行を施し、仲間たちと共に世界に大きな変革をもたす精霊の物語。

処理中です...