禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

文字の大きさ
35 / 62
魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。

和久・リーゲンバーグ

しおりを挟む


 その日、不運にも歓迎会と称した食事会に巻き込まれた和久は、緊張の面持ちで席についていた。

 白を基調とした柔らかい調度品でしつらえられているこの部屋は、ユーリカの自室として割り当てられたうちの一室だ。普段は客間として使われているらしいが、一般棟の和久の自室よりも広い。初めて特別棟に足を踏み入れたのだが、同じ寮とは思えない豪華さに、唖然の一言だ。

 レースのクロスがかけられたテーブルの上には、細かい装飾の施されたグラスやカトラリーが準備されていた。想像に難くない、正餐のコース料理なのだろう。ナイフもフォークも、1本ずつあれば十分だろうに、何故こんなにも必要なのか理解に苦しむ。

 目の前には優雅に座るユーリカと、隣には和久と同じく挙動不審気味のニイナ。部屋の隅には、何人かの使用人が静かに立っていて、リラックスできる余地なんてまるで無かった。

 俺の知っている『歓迎会』はコレじゃねぇっ……なんて、累に八つ当たりしたい気分なのだが、当の主役はまだ来ていなかった。

「今日は来てくれてありがとうね、和久、ニイナ。2人とこうやって食事をするのも、よく考えたら初めてだものね」

 ニコリと人好きのする笑みを浮かべて話し始めたユーリカは、普段通り、見本のように美しい制服姿だ。頭頂部で高く結い上げられた栗色のポニーテールも、いつも通り紺碧校のシンボルカラーである、青いリボンが巻かれている。
 ドレスアップしていたらどうしよう、と若干不安だっただけに、昼間と変わらない格好には一安心だった。

 和久自身は昼からの自主訓練で、汗だくの泥だらけになっていたから、急いでシャワーを浴びてきていた。生乾きの髪には目を瞑ってもらうとして、クリーニング済みの制服に着替えたのは正解だった。この場にヨレヨレの制服で着席していたら、悪目立ちもいいところだったろう。

 ニイナも気合を入れて準備してきたのか、色素の薄い綿菓子のようなふわふわの髪が、今は若干落ち着いて見える。
 が、しかし心情は落ち着いていられないようだった。

「はいっ、あの、呼んでくださって嬉しいです! けど、あの、私、本当にマナーが……」

 おろおろと訴えるニイナは、憧れの会長と食事をする嬉しさに赤くなったかと思えば、目の前のテーブルセッティングに青くなったり、忙しそうだ。それでも姿勢を正しておくのを忘れないあたりは、真面目なニイナの美点だろう。

 思わず、ボソッと助け舟を出してみる。

「ニイナ、困ったらとりあえず会長の真似だ。これなら絶対間違いないぞ……」
「そ、そうだね……。志は低いけど、その作戦で進めよう……」
「ちょっとそこー。これは任務か何かかしら?」

 真剣に決意を固めるニイナに、わざと意地悪くツッコんだユーリカ。しかしニイナの肩がぎくりと揺れたのを見て、すぐに破顔した。

「ふふふっ、冗談よ。マナーなんてあまり気にしないで。基本的に、外側のカトラリーから使っていけば良いんだし、ね?」
「…………はい……」

 さも簡単そうに言うユーリカに、たっぷり数秒は固まったニイナが、半泣きの笑顔のままで一番短い返事をした。

「会長、それが難しんですってー」
「えー? 間違えて使っても、必要な時には補充してくれるわよ? ほんと気楽に構えてくれたら良いんだけど……」

 和久の言葉に、困ったように眉を下げるユーリカ。彼女に、これ以上の同意を求めるのは酷だろう。本質的に貴族であるユーリカには、まったく理解できない感覚なのだ。
 しかし、そこに嫌味を感じさせないところが、ユーリカの魅力といえる。大げさに言えば、貴族である天然さがキャラクターなのだ。

「——ご歓談中失礼します。ユーリカ様、峯月累様が来られました」

 控えめな侍女の声が、主役の到着を告げた。
 仰々しく扉が開かれると共に、当然のようにユーリカが席を立って出迎える。

「峯月くん、いらっしゃい」
「お招きありがとうございます、会長」

 周りの使用人とか、テーブル上の複雑怪奇なセッティングとか、そういう雰囲気を全く頓着せずに歩み寄って来た累。和久やニイナへも小さく挨拶をしつつ、ユーリカが手で示す席へと向かうと、当然のように使用人が引いてくれた椅子へと腰を下ろした。

 不自然さも緊張感も全く無い、滑らかな仕草でディナーテーブルへとつく姿は、この場に慣れていないと絶対に無理だろう。
 自分で椅子を引いた和久らとは、目線の動きから違っているのだから、一朝一夕のものじゃない。

「お前、ぜったい、中流家庭の出身じゃねぇだろ……」
「いやいや、ごくごく平凡な家で育ったって」

 笑って否定する累は、模擬訓練の疲労感はすっかり消え去っていた。和久と同じく風呂にも入って来たのか、スッキリした顔で、綺麗に折り目のついた制服に着替えている。
 着こなしている感のある制服姿は、ユーリカと通ずるものがある、と思っていると、当のユーリカが累の服装を眺めながら、残念そうに息を吐いた。

「……タキシードで正装して来てくれるかな、って楽しみにしてたんだけど……」

 伏せ目がちの流し目で累を見るユーリカ。

 ……なんだこれ。
 もしかして俺とニイナはお邪魔虫だったのだろうか、と思ってしまうほど、柄にもなく積極的に攻めている。……ように見える。

 累もさぞ困惑しているだろう、と思いきや、至ってナチュラルに躱していた。

「いやいや、学生の正装といえばコレでしょう」
「む。そんな返事が聞きたいんじゃ無いわ。ねぇ、ニイナも見たかったわよね?」
「え、え、私ですかっ?」

 突然ユーリカに話を振られたニイナは、焦ったように返事をしつつ、チラチラと累を見る。こいつはガチで、脳内に累のタキシード姿を思い浮かべてるに違いない。はわわっ、と回答に困っているらしいが、聞かなくてもわかるからもういい……。

 こういう態度を取られると、いたたまれんよなぁー……と累の心境を慮ったのだが、

「あれ。ニイナ、髪、良く似合ってるね。自分で編んだの?」

 無用の心配だったようだ。

 累も累で、マイペースに思ったことを口に出している。

「えっ!? こ、これ? うん、変じゃない、かなぁ?」

 自分の髪を掴みながら、照れたように頰を染めて笑うニイナ。
 累が指摘して初めて気づいたのだが、ニイナの綿菓子のような髪が小さくカチューシャのように編まれていた。本当に気合が入ってんじゃん……とは心の中だけでの呟きだ。

 しかし、ここで問題になるのはもうお一方。

「いいなぁ、ニイナは褒めてもらえて。私には何のご挨拶もくれないの?」
「あはははは、じゃあ手を取ってご挨拶した方が良かったですか?」
「そうね。今からでも間に合うわよ?」

 そう言って艶やかに微笑み、右手を累へと向けるユーリカ。
 まさかそんな返しが来ると思ってなかったらしい累は、一時停止した後に、ちらりとこちらを見た。

 勿論、俺はしていない。

 その意味を込めて真剣な眼差しで首を振っておく。
 万一、そんな事をして冬馬に知られたら、ゴミにたかるハエ以下の扱いをされること間違いない。ただでさえ、今日の親睦会だって良い顔をしていなかったのに、これ以上ユーリカが累に親近感を抱いたら大変だ。……既に遅い気がしないでも無いが……。

 固まった累がどう切り抜けるのか、と思っていると、予想外にユーリカの方から手を戻した。

「もうっ、本気にしないでよねー。あ、実は半分本気だったけど……。でもまぁ、こんな感じで気安い食事会にしましょ。楽にしてちょうだいね」

 からからと笑いながら、使用人へ向けて食事の開始を合図するユーリカ。
 静かに動き出す使用人の数は、テーブルについている人間より多いだろうことがわかる、仰々しさだ。

 3人は、というと。

「……気安い……」
「……楽に……」
「…………言葉のニュアンスには、個人差があるってことだね」

 和久、ニイナ、そして深く納得しているらしい累。

 ひたすらに楽しげなユーリカだけは、そんな3人を不思議そうに見つめていた。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ

黒崎隼人
ファンタジー
人事コンサルタントの相馬司が転生した異世界で得たのは、人の才能を見抜く【才能鑑定】スキル。しかし自身の戦闘能力はゼロ! 「魔力もない無能」と貴族主義の宮廷魔術師団から追放されてしまう。 だが、それは新たな伝説の始まりだった! 「俺は、ダイヤの原石を磨き上げるプロデューサーになる!」 前世の知識を武器に、司は酒場で燻る剣士、森に引きこもるエルフなど、才能を秘めた「ワケあり」な逸材たちを発掘。彼らの才能を的確に見抜き、最高の育成プランで最強パーティーへと育て上げる! 「あいつは本物だ!」「司さんについていけば間違いない!」 仲間からの絶対的な信頼を背に、司がプロデュースしたパーティーは瞬く間に成り上がっていく。 一方、司を追放した宮廷魔術師たちは才能の壁にぶつかり、没落の一途を辿っていた。そして王国を揺るがす戦乱の時、彼らは思い知ることになる。自分たちが切り捨てた男が、歴史に名を刻む本物の英雄だったということを! 無能と蔑まれた男が、知略と育成術で世界を変える! 爽快・育成ファンタジー、堂々開幕!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...