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紺碧校:編入2日目
翌朝②
しおりを挟む「——峯月累。教室はこっちだ」
累の目の前で立ち止まった冬馬は、一切の愛想もなく用件だけを切り出すと、先導するように累の少し前を歩き始めた。直接の会話すら初めてだというのに、挨拶すらない唐突さに、一瞬面食らった累だったが、迎えに来てくれたのだと分かるとすぐに隣へ並んだ。
「おはようございます、副会長。わざわざ迎えに来てくださったんですか?」
「あぁ。そろそろ始業時間なのに、まだ登校していないようだったからな……」
「うわ、すみません、有難うございます」
淡々と話す冬馬は、ユーリカを相手にしている時とはまた違った雰囲気だ。ユーリカの側にいると、ただの従者という印象しか残さないが、こうやって1人で行動していると、十分に見栄えのする男と気付く。
挨拶のためだけに寄ってくる生徒たちを、返事の一言だけで下がらせるあしらい方も、慣れたものだった。
「副会長、すごい人気ですね……」
廊下を歩くだけで、どれだけの生徒から挨拶をされるのか、と思わず唖然としてしまう。が、そんな累の感想に、軽く眉を顰めたのは冬馬だ。
「ただの挨拶だ。ユーリカ様の従者である私に取り入ったところで、なんら利点はない」
「いやぁー、普通に副会長と仲良くなりたいだけっぽいですけど」
特に女子。目の輝きが違う気がする。
率直に思ったことを口にした累の言葉にも、
「…………そうか」
たったそれだけの相槌で、再び前を向いて歩き出してしまった冬馬。
これは照れてるのだろうか、不快だったのだろうか……。
難しい……と思いつつ、そういえば昨日の礼を言っておこう、と口を開いた。
「昨日は有難うございました。とても楽しい食事会でした」
「それなら良い。ユーリカ様も非常に楽しまれたようだ。また開催したいとおっしゃられていたから、誘われたら快諾してくれ」
カケラも気持ちのこもっていない誘い文句に苦笑してしまう。
ユーリカのことになると、結構わかりやすい男なのかもしれない。
「あははは、はい、その時はよろしくお願いします」
「あぁ……だが、あまり遅くまでは感心しない。今日みたいに翌朝に影響するようなら、誘ったユーリカ様の評判にも関わるからな」
歩きながらチラリとこちらを見る表情に、言いたかったのはこの事だろうと察した。大事な主人の名に傷が付くかもしれない状況を、前以て回避しておこうという事なのだろう。感心する程に有能だ。
だが、昨日の歓迎会のせいで寝不足になったわけじゃないので、すぐに訂正する。
「流石に遅くまでお邪魔するなんて失礼はしてませんよ。昨日も早めにお暇させて頂きました。……ただ、寝ようと思っても目が冴えちゃって、夜中まで散歩してたんです」
少しのつもりが、結構遅くなっちゃったんですけどね、と笑うと、さもありなん、と頷く冬馬。
「私も良く、少しだけ魔法の復習をしようと思って、気が付いたら深夜になっていることがある。意外と外で行動していると、時間の経過を早く感じるものだな」
実感の言葉を零しながら、メガネのフレームを押し上げる冬馬。
その持ち上げた腕の動きから、魔力の香りがふわりと漂ってきた。
力の漲る、密度の高い魔力の気配は、冬馬らしい硬質さを兼ね備えている。
「——あぁ……副会長だったんですね……」
「…………?」
「いえ、昨日の夜の散歩で、敷地外の一角に張られた結界を見つけて、誰のだろうと思ってたんです」
鋭敏すぎる感覚は、時に不要なほどの正確さで、魔力の持ち主を識別した。
「…………っ!?」
驚愕に息を飲む冬馬。
その反応に、口が滑った、と気付いた。
確かに外を見回っている最中、結界で保護された空間を見つけていた。
それは、結界内で発動した魔法が、外部に漏れ出ないようにする為のもので、それ自体は珍しいものじゃない。模擬訓練場にも設置されているように、魔法士が訓練中、予想外の暴発で周囲に被害が及ぶのを防ぐために、一般的に用いられる手法だ。
しかし、微かな魔力の香りだけで、結界の主人を判別するなんて、普通はありえないことだった。何を根拠に、と驚かれるのは当然だ。
だからすかさず、話の流れでの言葉だと付け加える。
「いや、結界があるのを遠目に見つけた、ってだけです。会長から、副会長は夜に訓練している、っていう話を聞いたんで、そうなのかな、と」
「あ、あぁ、そうか……。……いや、しかし、あの時間にそんな場所まで来ていたのか……。それじゃあ寝不足にもなるだろう」
「そうなんですよー。ちょっと学校の敷地外を探索してみようと思ったら、歩き過ぎちゃってたみたいで。……でも副会長も凄いですね。あんな時間まで訓練をして、朝から生徒会もあったんでしょう?」
その前には、ユーリカの従者としての仕事だってあったかもしれない。多忙すぎる……。
「日頃の習慣だ。元々従者として、早朝から深夜までの仕事には慣れているからな。夜を自分の時間に使わせて頂けているだけ、有難いんだ」
ユーリカへの感謝が滲んだ言葉には、その分まで強くならねば、という強い決意が伝わってくる。
「……それに、深夜に1人で魔法の訓練をした方が、集中できるからな」
「あははは、それはその通りですね。周りに人がいると、副会長クラスの魔力じゃあ、あまり本気を出せないでしょう」
「あぁ。それが悪いとは言わないが、周囲を気にせずに魔法を扱うことも、己を知ると言う意味で大事だと思っているからな」
その考えは、ユーリカにこそ必要だと昨日話したばかりだった。冬馬がそう思っていたのなら、ユーリカにも進言するなり、誘うなりすればいいのに……。
クラスメイトで主従って難しいんだろうなー……と他人事な感想を抱いたところで、そういえば昨日、結界の中には、2人分の魔力を感じたことを思い出した。硬質な魔力と、だいぶ弱まるが、確かに別人の気配があったのだ。
1人と言いつつ、実は誰かと特訓でもしていたのだろうか……?
ユーリカが好みそうな、楽しい話かもしれないが、そういう事を言い触らしたくないらしい性格なのは把握していたので、野暮な質問を口にすることは控える。
誰にだって、内緒にしたい秘密の、1つや2つはあるものだ。
隠し事だらけの自分が何を言ってるんだ、とそんな自分に呆れつつ、冬馬の言葉に頷いておく。
すると、軽く振り返った冬馬が、廊下の先に見える階段を指差した。
「ここを上がった先だ。……特別棟から教室までは、少し距離があるからな。明日からはもう少し早めに部屋を出られるよう、従者に言いつけておくといい」
「ご親切に、ありがとうございます。一応早めに起こして貰ってたんですけどねぇ」
全然起きられませんでした、と笑うと、苦笑が返された。
「やっぱり緊張してたんですかねぇ。編入初日に立派な食事会でしたし」
「そうなのか? うちの使用人からは、特に緊張した様子もなく、カトラリーの扱いも文句なかった、と報告を受けたが」
「報告……いえいえ、そりゃあもう気を張ってましたから……」
そんな繊細さなど微塵も持ち合わせていないクセに、我ながら良く言う。
冬馬にしても、不在にした間の報告をしっかり耳に入れているあたり、本当に抜け目ない仕事っぷりだ。
「……それもそうか……しかし、それだけの教養をどこで身につけたんだ? うちの目の肥えた使用人たちが太鼓判を押すなんて、相当だぞ」
さり気ない探るような目つきを、笑ってかわす。
「そうなんですか? じゃあ喜んでおきます。覚えておくと役に立つもんですねぇ」
「……覚えると言っても、手つきの慣れは一朝一夕で身につくようなものじゃない。日常的にそんな機会が?」
その通り。
もちろん、年季が違うのだ。
しかしそれを言葉にする事は無く、小さく笑った累の表情に、冬馬の方が口を噤んだのだった。
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