44 / 62
紺碧校:編入2日目
基礎訓練の前の準備運動
しおりを挟む「——そろそろ良い時期なので、全体での実地訓練へ移行しますか」
累が編入して2日目の授業は、オスヴィン・ヴェラー教師のそんな一言から始まった。
「おい累、しっかり柔軟しとけよ」
「……柔軟すればっ、マトモに、立ち回れるので、しょうかっ……」
「んなわけねぇだろ。怪我しにくくなる程度だ」
「あ、大丈夫だよ、累くん。怪我しても回復魔法かけてあげるし!」
「……怪我する、前提っていうのが、もうっ……ぅぐぐぐっ……痛い痛いっ、和久、ギブ……!」
長座体前屈をする背中を容赦なく押された累は、姿勢を崩しながら腿の裏をさすった。
涙目の情けない姿に、和久が呆れたように笑う。
「お前身体が硬すぎんだよ。柔軟なんて痛いくらいやんねーと効果ねぇぞ?」
「いやぁー……ほんとに痛い……」
「回復魔法、いる?」
「さっそくかよっ!」
笑顔のニイナは、余裕で綺麗な二つ折り状態だ。今日も柔らかい髪がふわふわと揺れていて可愛らしい。
今日は基礎訓練ということで、運動着に着替えて訓練場に集合していた。
というのも、教室で通達された、全体での実地訓練に向けた準備なのだ。
教室でそれを伝えたヴェラーは、どよめく生徒達を見渡し、更にこう続けた。
『実地訓練と言っても、ノクスロスの殲滅戦ではありません。ちょうど魔法士部隊が人手不足のようなので、軽い治安維持の仕事を手伝って欲しいそうです。……魔法士というのはノクスロスと戦うだけが仕事ではありませんからね。予定としては、明日からです。なので今日は、対人を想定した基礎訓練を行います』
穏やかな表情でそう告げるヴェラーの言葉に、穏やかじゃなかったのは累だった。
うわぁ……一番苦手なやつ……。
思わず苦い顔をしてしまう程には、避けたい内容だった。基礎訓練が少ないだろうという打算があったからこそ、本科の3年生に編入したのに……。
『会長以下、既に実地訓練に出ている者は、未経験の者にアドバイスしてあげて下さいね。では着替えて基礎訓練場に集合です』
というわけで、準備運動にいそしんでいるのだ。
シンプルな黒の上下服姿になった累は、久しぶりのラフな格好を堪能する余裕もなく、バキバキに硬い身体にムチを打っていた。
「ほら、次は腕立てだ」
「えぇええぇ……それ準備運動……?」
「こんぐらい、当たり前だろ。さっさと済ませちまえよ」
「腹筋も背筋もやったんだから……ちょい休憩……」
「累くん、この疲れてる時に頑張ると、筋肉がつくらしいよっ!」
涼しい顔をして腕立てを始める和久は良いとしても、キラキラ笑顔のニイナまで、ゆっくりとした深い腕立てをこなすから凄い。
見かけと違って、基礎科をクリアした魔法士のタマゴなのだから当然かもしれないが、累からすれば別次元だ。
ニイナの顎を伝う汗が、健康的で美しい。
2人が軽く30回こなすのを、だらけた体勢で眺めつつ、一応気持ちだけストレッチをしておく累。
周囲では、同じように運動着に着替えた生徒たちが、思い思いに身体を動かしていた。
和久らのように筋力トレーニングをする者や、組手をする者、あとは……と観察していると、2人の女子生徒と目が合った。
片方はショートカット、もう片方は髪をひとまとめに束ねている。どちらも運動が得意そうなスポーティーな姿で、念入りに柔軟をしていた。
朝からの例では、すぐに視線を逸らされて終わりだったのだが、この2人は一瞬顔を見合わせた後、再び照れたようにこちらを見た。
それならば、と小さくペコリと挨拶をする。
「…………どうも」
すると、それに喜色を浮かべた2人は、おもむろに柔軟をやめて立ち上がった。どうしたのかと見ていると、周囲を気にするように小走りで近付いてくる。
「——あのー、おはよう、峯月くん」
「あ、はい、おはよう……」
「あのっ、昨日、挨拶出来てなくてゴメンね。うちらニイナの友達なの。だから何か困ったこととかあったら、遠慮なく話し掛けてねっ!」
「基礎体術とか魔法の訓練相手を探してたら、いつでも協力出来るし!」
「え、ホントに? ありがとう」
座ったまま、にこやかに礼を言うと、更に頰を紅潮させる2人。そして、アレやコレやと世話を焼こうとしてくれる。
編入生に優しいなぁ……と思いながら笑顔で聞いていると、真剣に自主トレをしていたニイナが顔を上げた。
「ん……? あれ、おはようみんなー」
「おはよ、ニイナ! 今、峯月くんに挨拶してたんだっ」
「良かったねー! ……って、2人? 柚ちゃんは?」
額の汗を拭いながら体勢を戻したニイナは、2人の背後をキョロキョロと確認する。
「柚、まだ来てないのよ」
「えーっ、また寝坊ー?」
「昨日のニイナの話を聞いて、興奮して寝られなかったんじゃない?」
「もうっ、罰則訓練して反省文提出するの、何度目なのよー」
「ねぇー! ……せっかく話しかけるチャンスだったのにねっ」
一応最後の言葉は、ニイナの耳に顔を寄せ、内緒話のように声を潜めていた。が、完全に丸聞こえだ。そんなに編入生が珍しければ、気にせず話しかけてくれたらいいのに……。
ニイナと含み笑いをしつつ、こちらを見てくる2人に愛想笑いを返すと、更に満面の笑みが返ってきた。朝から珍獣扱いが続いていたから、打てば響くような反応には安心してしまう。
「おい人気者。あんま勘違いさせんなよ……」
「え、珍しい編入生に声をかけてくれただけじゃん」
「そりゃ珍しかろうよ、世間知らず……」
呆れたように遠い目をする和久。その理由がわからず、問うように首を傾げると、
「好物件ってこ——……」
「おぉっとー、和久くん、おはようおはよう!」
「今日も調子良さそうだねー! いいねいいねー、良いことだよー!」
「ぐぇっ……はいはいっ、黙ります黙ります……!」
慌てたように和久に近づいた2人が、笑顔でヘッドロックをかました……。
突然のバイオレンスな光景に、呆気にとられる累。
しかし、和久も本気で苦しがっていないのを見ると、ただのじゃれ合いのようだ。
みんな仲が良いんだなぁとほのぼのした気持ちで眺めていると、そんな累の視線に気付いた2人が、動きを止め、取り繕うような笑顔で口を開いた。
「……ぁ、ぇっと——」
……とタイミングを同じくして、
「——こらー、そこー! ちゃんとアップしてよー!」
「っ、会長だっ!」
「すみませーんっ、ランニングしてきますー! じゃね、峯月くん」
軽い叱責の言葉に声の方向を向くと、広い施設の中でも、一際目立つ存在である鷺ノ宮ユーリカが、颯爽と歩み寄って来ていた。
ニイナの友達2人は、ぺろりと舌を出してから、わざわざ名指しで手を振って走り去っていく。
その好意に、笑顔で手を振り返すと、大げさ過ぎる溜息が聞こえた。
「……なにか」
「いやー、先が思いやられますねー」
「なんだよ、その意味深な棒読み」
「だって累くんだからねぇ」
「ニイナまで!?」
さらりと和久の味方をするニイナにショックを受けつつ、すぐ目の前に来たユーリカへと視線を移した。
昨日の制服姿も非常に似合っていたが、シンプルな運動着も、スタイルの良さが際立っている。ショートパンツから覗くスラリとした素足は、鍛えられたしなやかさが露わだ。
「おはよう、3人とも。昨日は楽しかったわね」
にこりと笑いかけてくるユーリカに、和久やニイナが口々に礼を言う。その言葉に朗らかに返答しながら、累の側にしゃがみこんだユーリカ。
何か落ち着いて話したいことでもあるのかと、笑顔のままのユーリカを見つめていると、
「——で、君は何をサボってるのかしら? さっさと腕立てやっちゃいなさいな」
バレていたようだ……。
笑顔の裏に鬼が棲んでいる……。
「いや……ちょっとしたインターバルタイムなんです……」
「それは1セットやり終えてから言おうね」
にっこりと有無を言わせない笑みで、累の腕をとるユーリカ。そのまま腕立ての態勢に誘われてしまう。
「ほら、いーち……って、全然腕曲がってないわよー!」
「曲げたら戻ってこれないですもん……」
「泣き言言わない。出来ないから練習するんじゃないのー」
反論の余地がない言葉に促され、それから数度挑戦するも、腕がプルプルしてまともに戻れない。
そんな累を笑顔で応援するユーリカ。
和久とニイナも、自分で設定した分は終わっていたのか、揶揄いながらアドバイスを投げてくれている。
「……っ……はぁっ、はぁっ、もう、絶対無理……っ」
全力で数回、何とかこなすも、べちゃりと潰れたままになる累。
こんなに頑張って腕立てをしたのなんて、本当に久しぶりだ。
地面に転がる累を、苦笑するように見つめるユーリカ。
「うーん、ま、苦手にしては頑張ったかしら……。この調子で続けてね。——さぁ……そろそろ時間だわ」
訓練場に入って来たヴェラーを見つけたユーリカは、表情を引き締めて立ち上がった。
好戦的にも見える弧を描いた唇が、非常に魅力的だ。
中央に立ったヴェラーの周りに、生徒達が集合し始める。
「——みなさん揃ってますね。……では、戦闘訓練を始めましょう」
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ
黒崎隼人
ファンタジー
人事コンサルタントの相馬司が転生した異世界で得たのは、人の才能を見抜く【才能鑑定】スキル。しかし自身の戦闘能力はゼロ!
「魔力もない無能」と貴族主義の宮廷魔術師団から追放されてしまう。
だが、それは新たな伝説の始まりだった!
「俺は、ダイヤの原石を磨き上げるプロデューサーになる!」
前世の知識を武器に、司は酒場で燻る剣士、森に引きこもるエルフなど、才能を秘めた「ワケあり」な逸材たちを発掘。彼らの才能を的確に見抜き、最高の育成プランで最強パーティーへと育て上げる!
「あいつは本物だ!」「司さんについていけば間違いない!」
仲間からの絶対的な信頼を背に、司がプロデュースしたパーティーは瞬く間に成り上がっていく。
一方、司を追放した宮廷魔術師たちは才能の壁にぶつかり、没落の一途を辿っていた。そして王国を揺るがす戦乱の時、彼らは思い知ることになる。自分たちが切り捨てた男が、歴史に名を刻む本物の英雄だったということを!
無能と蔑まれた男が、知略と育成術で世界を変える! 爽快・育成ファンタジー、堂々開幕!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる