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紺碧校:編入2日目
戦闘訓練③
しおりを挟む「君……っじゃない……峯月くん……!」
その声に、ニイナが身体をずらした。
座ったまま顔を上げた累は、気まずそうな表情のユーリカを見つめる。
凪いだ瞳に映る彼女は、普段の自信に満ちた生徒会長ではない。
「……ごめんなさい。やりすぎだったわ。反省してる」
「いえ……こちらこそ、期待外れだったようで申し訳ないです」
苦笑気味に返事をすると、ほっとしたように肩の力を抜いたユーリカ。
小さく数歩近づいてきて膝をついた。
「本当にごめんなさい。その、怪我は……」
不安げに瞳を潤ませながら、累の手を取るユーリカ。
ひんやりとした細い指が、申し訳なさそうに累の手の甲を撫でた。
「腕なら、大丈夫ですよ」
「嘘っ! だって、絶対に……折れた感触が、したわ……」
尻すぼみになるユーリカを安心させるように笑いかける。
「本当に大丈夫ですよ。……ホラ」
そう言いながらユーリカの手を握り返し、小さく腕を振った。
「え……でも……」
「折れるギリギリで、会長が引いてくれたんですよ? さすがに加減がお上手ですねぇ」
「いえ、私は……」
「あ、でも関節は外れてました。すぐに自分で入れ直したんで、今はちょっと痛むぐらいですよ。もー脂汗が出るぐらい痛かったです」
見てくださいよー、この汗。
そう軽い口調で額に浮かぶ汗を指差すと、訝しげに見つめた後、そろそろと累の肘を撫でるユーリカ。
まだ押しが足りないか、と彼女の手を外し、腕をぷらぷら振ってみせる。
「まだじんじん痛みは残ってますけどね。ほら、もう気にしないで大丈夫です。訓練には怪我がつきものでしょう?」
「……そう、なの? 本当に折れてない……?」
「折れてたら動かせませんって」
「……それもそうね。うん、大丈夫だったなら、良いの。……って、違うわね……必要以上に痛めつける行為は訓練じゃ無い。感情的になりすぎて、逸脱してしまった事については、本当にごめんなさい。会長失格ね……」
「いや、ホントお気になさらず。致命的に戦闘が苦手なのは自覚してるんで……」
ははは、と乾いた笑いをしたところで、ユーリカが勢いよく身を乗り出した。
「っそれなんだけどね! ……累くんって、実は攻撃魔法の才能があるんじゃないかしら?」
「…………?」
「私、感じたのよ。相当な魔力を持ってる、と思うわ……。だからもっと鍛えれば、絶対に……!」
ヒートアップするユーリカは、四つん這いの姿勢で話しながら、徐々に距離を詰めてくる。
それに合わせて少しずつ上体を仰け反らせるしかない累。
「……ぁの、会長……」
「冬馬も、去年の今頃なんて全く成績の振るわない、平均レベルだったんだけどね。寝る間を惜しんで訓練して、今じゃ副会長よ? だから絶対、君だって強くなれるはずなの……!」
「ぇっと……」
いつの間にか、もうすっかり累の上に跨っている状態のユーリカ。
仰け反りすぎて肘をついている累は、この体勢から逃れる方法が見つからず、別の意味で嫌な汗が流れている。
「さっきみたいに、危機的な状況になれば——」
「——おーい、お2人さん。何してるんすか」
真剣な表情で言い寄るユーリカの言葉を遮って、呆れたような声が割り込んだ。
「周りを見ましょうねー。……すげぇ悪目立ちしてますよ」
大袈裟に溜息を吐きながら近づいてきたのは、口元に赤い痣を作った和久だ。
その言葉に周囲を見渡せば、確かに。固唾を飲んで見つめてくるニイナを筆頭に、離れた場所でも、手合わせをしていた数人が、動きを止めてこちらを見ている。
「……っごめんなさい!」
ようやく自分の大胆な姿に気付いたのか、顔を赤くし、慌てて立ち上がるユーリカ。累から距離をとり、火照った頬に手を当てて、狼狽えるように視線を彷徨わせている。
累は目の前の圧迫感が無くなったことに安堵し、反らしていた上体を戻すと、和久が差し出した手を取った。
「よっ……と。累は結構ボロボロだな。……でもまだまだ、これからもっとボロボロになるんだろうなー」
「え、なんで?」
和久に引き起こされ、少しよろめいた足に力を入れつつ、軽く問い返す。
「お前の訓練相手は、副会長だろ?」
和久が顎で示した先を見れば……、
「——では峯月累。ユーリカ様も成長に期待なさっているようですから……時間を惜しんで訓練しよう」
見た事ないぐらいに絶対零度の微笑をした冬馬が、累に向かって構えをとった——。
***
「累様! なんて、おいたわしい……」
その日の午後、訓練が終わって部屋に戻った累を見たスズメは、開口一番にそう嘆いた。
「あぁ、服? ごめんね、もうボロボロだ」
「お召し物ではございません! お怪我は……っ」
オロオロと、累の身体を検分しようとするスズメを、笑って制しながら室内を進む。
「まさか。怪我なんて、もう治ってるよ」
軽く言いながらソファに座った。
怪我はないが、ヘトヘトなのだ。
あの後、何度も冬馬からの熱意ある指導を受けてしまった。ようやく落ち着いて座れる嬉しさには涙が出そうだ。
「……っ、治れば良いなどということでは御座いません。どうぞ、ご自愛くださいと……」
顔を曇らせて言い募るスズメに苦笑する。
しとやかに寄ってくる少女を、更に近くに呼び寄せて手を伸ばした。
累の意図を察して、小さく頭を下げるスズメの、柔らかい金髪を撫でる。絹のように触り心地の良い金糸が、さらりと指の間を流れた。
「大丈夫だよ。……だって、その為にお前たちがいるんでしょう?」
「…………っ!」
その言葉に、ハッと累を見上げるスズメ。
不安そうに揺れていた瞳が、みるみる輝きを取り戻した。
「……仰せの通りに。我らが禍羽根の王」
真摯な眼差しでそう告げたスズメは、自らの頭に乗っていた主人の手を取り、恭しく頬に押し当てる。
「累様は、近衛魔法士ごときではないのですから……」
そう呟くスズメ背後には、いつの間にか集まった【止まり木】達が、列を成して平伏していた。
累はその光景を、色をも吸い込む漆黒の瞳で、無感動に見つめていた……。
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