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第一頁:発つ鳥の跡
序
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2019年9月1日、都内某所。
住宅街の中、壁に蔦が絡まり、道路に沿うように尖った形になっている、白く古いビルの二階で、奇妙な集会が今日も行われていた。
おおよそ100人前後の、年齢性別バラバラな人たちが、同じだぼついた白い上下に身を包み、ほとんど三角形のようになった部屋の広くなっている方向、少し床の高くなったステージに向かって正座をしている。
そのステージ中央には、四方を御簾に囲われた空間があった。継ぎ目の布は白地に金の刺繍で飾られ、黒檀の支柱には螺鈿の装飾がちりばめられている。御簾には人型の蜃気楼のような影がぼんやりと映るばかりで、その内側を窺い知ることは出来ない。
人影が、ゆっくりと右手を上に伸ばす。すると同時に、正座をしていたメンバーのうち、右前方最前列にいた中年の女性が叫んだ。
「サルタメア様、万歳!!」
直後、前述の人々が一斉に両手で万歳をし始めた。体制を崩さず、目も逸らさず、ただ、笑顔で声を張って。
十秒ほどして、サルタメアと呼ばれた人影が手を下ろしたような形に直ると、万歳の合唱は止み、後方から30代とおぼしき痩身の男女二人がサルタメアの元へ駆け寄り、跪いた。
「サルタメア様、先月の"救済の書"の頒布について、ご報告にあがりました。」
ほぼ同時に言う。すると御簾の中から、風の唸るような音がした。よく聞くと、それと混じって少年のような声が、こちらに問いかけている。
「ほう。して、その成果のほどは?」
「先月は書を受け取った者が44名、救済を受けたのが13名、断罪を受けた者が7名、という結果でした。」
「なるほど。それだけの民を救うことができたのは喜ばしいことです。」
「しかし、断罪を受けるに至ってしまった者は......。もし我々が、彼らをもっと早くに認識できていれば」
悔しげな顔を見せる二人を、サルタメアとおぼしき声が宥める。
「仕方がない。それが運命なのですよ。それよりも、大事なのはこれからのことです。」
「は、仰る通りでございます。あのような被害者を再び出さぬよう、より積極的に活動してゆく所存でございます。」
御簾から聞こえる風の音は少し穏やかになり、それと共に、サルタメアの声は先刻よりも優しくなった。
「よろしい。それでは、共に祈りましょう。この度救済された者たちに幸あらんことを、また断罪された者たちに、平穏のあらんことを。」
信者たちは上を向いて目を閉じ、両手で祈りを捧げた。
そうして暫くの黙祷の後、サルタメアの声と風の音が、再び強く響いた。
「私は君たち全員に、人々を救済する力を与えました。君たちは最早、私という存在の一部です。これからも誇りを持ち、共に地球人類を救ってゆきましょう。」
白装束の全員から威勢のいい返事が聞こえたところで、影は満足そうに揺らいだ。信者たちは各々着替えを始め、普段着になった後に、出入り口に積まれた黒いボストンバッグを持って外へと足を踏み出す。
日が登り、世界が色づき始めた頃のことだった。
住宅街の中、壁に蔦が絡まり、道路に沿うように尖った形になっている、白く古いビルの二階で、奇妙な集会が今日も行われていた。
おおよそ100人前後の、年齢性別バラバラな人たちが、同じだぼついた白い上下に身を包み、ほとんど三角形のようになった部屋の広くなっている方向、少し床の高くなったステージに向かって正座をしている。
そのステージ中央には、四方を御簾に囲われた空間があった。継ぎ目の布は白地に金の刺繍で飾られ、黒檀の支柱には螺鈿の装飾がちりばめられている。御簾には人型の蜃気楼のような影がぼんやりと映るばかりで、その内側を窺い知ることは出来ない。
人影が、ゆっくりと右手を上に伸ばす。すると同時に、正座をしていたメンバーのうち、右前方最前列にいた中年の女性が叫んだ。
「サルタメア様、万歳!!」
直後、前述の人々が一斉に両手で万歳をし始めた。体制を崩さず、目も逸らさず、ただ、笑顔で声を張って。
十秒ほどして、サルタメアと呼ばれた人影が手を下ろしたような形に直ると、万歳の合唱は止み、後方から30代とおぼしき痩身の男女二人がサルタメアの元へ駆け寄り、跪いた。
「サルタメア様、先月の"救済の書"の頒布について、ご報告にあがりました。」
ほぼ同時に言う。すると御簾の中から、風の唸るような音がした。よく聞くと、それと混じって少年のような声が、こちらに問いかけている。
「ほう。して、その成果のほどは?」
「先月は書を受け取った者が44名、救済を受けたのが13名、断罪を受けた者が7名、という結果でした。」
「なるほど。それだけの民を救うことができたのは喜ばしいことです。」
「しかし、断罪を受けるに至ってしまった者は......。もし我々が、彼らをもっと早くに認識できていれば」
悔しげな顔を見せる二人を、サルタメアとおぼしき声が宥める。
「仕方がない。それが運命なのですよ。それよりも、大事なのはこれからのことです。」
「は、仰る通りでございます。あのような被害者を再び出さぬよう、より積極的に活動してゆく所存でございます。」
御簾から聞こえる風の音は少し穏やかになり、それと共に、サルタメアの声は先刻よりも優しくなった。
「よろしい。それでは、共に祈りましょう。この度救済された者たちに幸あらんことを、また断罪された者たちに、平穏のあらんことを。」
信者たちは上を向いて目を閉じ、両手で祈りを捧げた。
そうして暫くの黙祷の後、サルタメアの声と風の音が、再び強く響いた。
「私は君たち全員に、人々を救済する力を与えました。君たちは最早、私という存在の一部です。これからも誇りを持ち、共に地球人類を救ってゆきましょう。」
白装束の全員から威勢のいい返事が聞こえたところで、影は満足そうに揺らいだ。信者たちは各々着替えを始め、普段着になった後に、出入り口に積まれた黒いボストンバッグを持って外へと足を踏み出す。
日が登り、世界が色づき始めた頃のことだった。
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