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矛盾する思考
しおりを挟む逮捕から7日目。月曜日は引き続き取り調べが行われたが、取り調べには今までの供述を徒労に帰す資料が持ち込まれていた。
「今日からデータと照らし合わせて検証したいと思います。スマホやカメラのデータから犯行日時や時間がある程度わかりました。そうすると今までの供述と矛盾するところが出てくるんですよ。そのことに関してお伺いしたいんですけど。」
それを聞いてすぐ、警察の操作手順に対する怒りが湧いてきた。データがあるなら初めから持って来いよ。そんなの二度手間ではないか。何故最初からデータに基づいた取り調べをしなかった。今まではうろ覚えの中なんとか正確なことを思い出そうと頑張ってきた。何故その供述が記録媒体と一致しないからといって責められなければならないのか。それともわざと捜査を長引かせて拘束時間を長くしようとでもいうのだろうか。もしそうだとしたら真面目にやるだけ無駄ではないか。だがそんな態度を出してしまい心証を悪くしてしまうことは為にならないとわかっていた。打算的に考え大人しく従わざるを得ない。また同じ取り調べが繰り返されるということに肩を落とした。
それからは提示されたデータに目を通し、曖昧な部分の修正と補完という作業をひたすら繰り返した。データがあるので今までよりも鋭い追及をいくつもされた。1日1日の行動を振り返り供述内容を絞っていく。私達は自供内容と記録媒体に矛盾がないかと頭をひねっていた。かたや早く捜査を終わらせるため、かたや真実を導くために。それも2つの事件に対しての供述となるのでその労力は相応に大きかった。
翌日の午前はフリーであり、その日の午前中は今までの出来事を文書に書き起こす作業をしていた。というのは基本的に取り調べは事前告知がなくいきなり呼ばれるため刑事の業務時間中は集中して読書できないということに加え、昨日から取り調べの質問が鋭くなってきたため自供内容を詳細に記録しておこうと考えたためだ。カレンダーをまっさらなメモ帳に書き、犯行に関わる日の行動を一時間単位で記載していった。そのようにして頭の整理をしていた。その作業と並行して、母から言われた今の気持ちを忘れないでほしいという願いを聞くために、日記と事件を起こすに至った心情について綴ることにした。いつかは家族に全てのことを伝えなければならないだろう。だが言葉だけで伝えるには些か複雑な内容でもある。だからいつかこの文書を整理して形にしようと思った。今後家族と正面から向き合うために今までのことを伝えよう。そう考えるとどうしても胸に引っかかる出来事があった。いや、残っていた。
実を言えば、私はまだ全ての罪を自白したわけではなかった。土曜日取り調べに呼ばれた際焦っていたのは、そのことが明るみに出てしまったのではないかと勘繰ったからである。結局その懸念は取り越し苦労に終わったのだが。この隠している事実には証拠と断定できるものがないので、自供がない限り明るみに出ることは十中八九ないだろうと思っていた。それは今までの取り調べにより肌で感じていたことだ。だが、自供しなかったという事実を背負ったままの自分は家族と正面から向き合えるのであろうか。これを打ち明けるかどうかという選択は今後の私の人生を左右し得るのではないか。当然だがその選択が人生を左右するという根拠などない。罪を軽くしたいのであれば黙っているべきだ。私はペンを握りしめながら自供するか否か逡巡していた。
――恒さん。実はまだ隠していたことがあります。
逮捕8日目の午後。机を挟んで向き合った恒さんへ開口一番言った。恒さんは怪訝そうな顔をしていた。
「隠していたこととは何ですか?」
――実は侵入した家から文庫本を1冊窃盗していました。このことは自供しない限り明るみに出ないと思っていたため今まで言ってませんでした。それ以外のことは今までお話しした通りです。もうこれ以上の隠し事はありません。
文庫本の1冊程度、証拠がない限りはどこかに紛失したということで片が付く話だろう。そう考えていた。それ故犯罪逃れのためにずっと自供を避けてきたのだ。警察に捕まる覚悟をし、正直に自供すると息巻いていた人間のすることがこれなのである。これは私がいかに芯のない人間であるのかを如実に表していた。
恒さんはそれを聞き大きく息をついた。
「詳しく聞かせてください。」
その後は目的、自供するに至った理由等を訊ねられ、後日改めて取り調べに応じることを誓約書にて約束した。
「他には本当に何もしていないんですね?信じますよ。」
恒さんは全く信用していないだろう。だがこれで本当に犯行事実に関しては洗いざらい自供した。それと同時に少し頭の霧が晴れたように感じた。この選択が正解であったのかどうかは今考えてもわからない。自供しなければ処罰も変わったかもしれない。結局のところ、当初から睨んでいた通り窃盗被害があるということについて警察は突き止めていない様子だった。だが、この行為は間違いではなかったと信じている。後に恒さんはこの自供がなかったらまた道を踏み外していただろうと語った。所詮それはたらればの話でしかないが、少なくともこの選択により私の視界が開けたことは間違いなかった。
取り調べに水を差す形となったが、当初の予定通り引き続き自供内容と客観的なデータの突き合わせを行った。記録に残らない間の行動に関してはデータの情報を基に記憶を探り、なんとか確からしい行動履歴を作ることに成功した。恒さんはおかしい部分がないか食い入るように行動履歴を見ていたが、しばらくすると問題ないと判断したようだった。これでようやくデータとの突き合わせが終わると思い一息付いたが、この先の取り調べはある意味ではさらに苦痛を伴うものとなった。
「ありがとうございます。おかげで事件の状況が大分わかりました。データを見て思い出したこともあるかもしれないので、これからは改めて犯行動機など確認をさせていただきます。」
私は加害者なのでこのような考えを持つことは非難されるかもしれないが、正直犯行当時のことを話すことは大きな苦痛を伴った。逮捕され、刑事と話していると犯罪行為による影響の大きさに嫌でも気が付いた。とりわけ、被害者に与えた精神的苦痛は生涯消えることのないものであるということを考えると逃避して投げ出したい気持ちになる。取り調べ中は常にその意識が付きまとってくるし、さらに犯行動機に関わる内容となると過去の自分と向き合うことが必須となる。動機についての取り調べは犯罪者になるまでの経緯を自分で深堀りし、または他者から深堀りされる。自分をこのような人間に形作っていった過去、環境、思考に向き合う。それはさながら心の解剖を受けているようなものであった。
動機の聞き取りは翌日まで続いた。この聴き取りは今まで受けてきたものよりもより答え辛い質問が多かった。犯行動機が弱いと見るやそれを補強するためにいろいろな経験を掘り返された。自分の性格に関する質問は勿論のことだが、聴かれることは性癖にまで至りとても他人に話せないようなことまで聞き取られた。黙秘権を行使するという選択も可能なのだが行使しなかった。言いたくないことは山ほどあったが、隠したところで自分の有利に働くとは思えなかったからだ。それ以外では被害者に対する感情を話すのも辛かった。一筋縄では説明しにくい複雑な心情を抱いていたためだ。当然その心情を打ち明ける際も私という人間の在り方を説明しなければならない。自分を構成している言わばスピリチュアルな部分を他人にさらけ出すのは背筋が凍り付くような気分だった。
逮捕10日目の午前中は検事から取り調べの要望を受け検察庁に呼ばれていた。わざわざ呼び出すので何かしら特別な質問があるのかと思ったが何ということはなかった。今まで刑事から受けた取り調べ内容と変わり映えしない質問で、淡々と答えるだけであった。もしかすると警察から報告を受けている内容と照らし合わせて虚偽の有無を調べようとしていたのかもしれない。だが自供内容をメモに残して逐一確認していた自分からは、供述の食い違いは出なかったであろう。結局その日は検察庁で調書を作られることもなく、すんなりと留置施設に返された。捕まっている間はこのように時々検察に呼ばれては同じやり取りが繰り返された。
同日の午後はまた恒さんからの取り調べがあったが、取調室に入るとノートパソコンが置かれていることに気づいた。
「今日もよろしくお願いします。いつもとは見慣れないものが置いてあることはお気づきでしょう。聞き取りもある程度できたので今日はパソコンに今までのことをまとめようと思います。それで、まとめてる最中に疑問点が出てきたらすぐに質問できるようお呼びした次第です。」
恒さんは自分の視線に気が付いたのだろう。先回りするようにノートパソコンの用途と呼び出した理由を説明し、席に案内してくれた。供述のまとめ作業に入るということでようやくゴールが見えてきた。一度は振り出しに戻ったと落胆していたが、捜査が次の段階へ進んだ様子が見て取れ安堵した。検察で躓いていたらまたやり直しになっていたかもしれないと思うと、供述内容のメモをしておいてよかったと思う。
まとめ作業は基本的に恒さんが読み上げる記載内容を聞いて、事実関係に誤りがないか指摘する形で進行した。中には自分の心情面に触れるようなことも含まれていたため、微妙な表現の修正や時には文章の組み立て方なども一緒になって考えた。
またその日には兄から面会の申し出もあった。片道6時間くらいはかかるような場所だったがわざわざ面会に来たようだ。居ても立っても居られなくなったのだろう。面会に来た兄は神妙な面持ちで座っていた。仏頂面で睨んでいるようにも見える。兄はメモを片手に話し始めた。話すべきことをまとめてきたのだろう。話の内容は家族みんなが心配して混乱したこと。私に対し何もできなかったのかという罪悪感に苛まれたこと。兄自身はやり場のない思いで数日間泣いてしまったこと。私の行動で家族みんなを不幸に陥れてしまったことを反省しろということなどを限られた面会時間の中で言われた。兄は今まで私の人生を狂わせるような振舞いをしてきてしまったのではないか、ということに葛藤を抱いていたようだった。
兄はことあるごとに私に対してちょっかいをかけてくる人間だった。そんな兄に対し私はずっと疎ましい存在である思っていたが、同時に大抵の行いは相手のことを思いやった末の行動であるということも理解できてはいた。だが如何せん口が悪いしその上、私を傷つける余計なことをいくらでも言われ続けてきた。相手を傷つけるような物言いは十中八九わざとであると断言できる。実に深い愛憎が入り混じった存在だ。仮に兄が思いやりを持たないような人間であったならば単純に憎たらしい相手とだけ認識できたのだが、そうではなかったため余計に始末の悪い相手だった。昔は私だって逆らうことがあったかもしれないが、5つも歳が離れているのだから口や身体でも肉薄できるような相手ではなかった。最も口に関しては私の頭の悪さのせいであったかもしれないが。そのうち私は兄に逆らうという愚かな行為を一切合切封印した。私にとって兄は半ば絶対的な存在であり、恐れの対象であった。家族でなければ関わり合いになろうと思わない人種だ。
だがそんな兄の姿を見た時、何故か涙が出た。訳が分からなかったし今でも理解できない。私は未だに兄が苦手なのだ。それでも面会時、あまり提案することがない私から、いつか事件の顛末を伝えると言ったがそんなものは聞きたくないと返す刀で断られてしまった。私の意見を聞かないで自己主張を通すところも相変わらずだった。
逮捕11日目も引き続き調書作成が続いたが記載内容の多さからか、結局調書の完成は後日に持ち越しとなった。この日は一次勾留の最終日ではあったが、当然ながら勾留延長の決定が下ることになった。これで少なくともまた10日間拘束されることになる。
その翌日の取り調べでは実際の証拠品を用いた取り調べが行われた。警察に押収された証拠品を見ながら、犯行時、どのように使用していたのかを説明して調書にまとめる。また物品の入手経路や値段、購入日時などに対する聞き取りも行われた。クレジットやアマゾンの購入履歴でわかるものはその説明が容易なのだが、何年も前に現金で購入したものはさすがに答えに窮した。というより、もはやわからなかった。だが何かしらの記録を取る必要があるようなので、無理やり信憑性の低い情報を垂れ流すよりなかった。
その後は休日を挟み、逮捕15日目になって調書が完成した。その日の恒さんは珍しく慌てているように見えた。調書自体はこれまでのまとめ作業でほぼ仕上がっていたようだが、上司から設けられた期限が迫ってきていることが関係していたようだ。どうやら明日を目途に全ての供述調書を書き終えるように指示が下ったようだ。しかし、私のしでかしたことが色々あったため調書1種類では収まらず、その日だけで3種類の供述調書を書き上げた。だが、それでも十分ではなく後日さらに調書を書く必要があるようだった。結局その日記載した供述調書は、犯行内容と動機に関する調書と証拠物品に関する調書、また犯行現場等の写真が添付された事件当時のことを説明するための調書の計3種類であった。各調書はだいたい10から15ページに渡り、時間もなかったため、多少駆け足で調書の内容に目を通し署名をすることとなった。さらにその日は両親からの面会もあったためタイトなスケジュールであった。
供述調書を確認した後は留置施設に戻り、面会に応じた。逮捕後に父と顔を合わせるのは初めてのことである。会うことに対する緊張があったかというと、多少の緊張こそあったものの既に家族が受け入れてくれるということがわかっていたため、ある程度は平常心で臨めたように思う。父の方はというとがっくりとうなだれていた。私は父があれ程まで意気消沈している姿を今まで見たことがなかった。父にこのような思いをさせることなど私の本意ではなかった。少し考えれば、逮捕されたという報せを受ければそうなるであろうということなど簡単に想像がつきそうなものなのだが、あの頃の自分はそのような思考さえ放り投げてしまうくらいに人生が虚無なものであると思っていたのだ。両親に苦痛を強いるということを理解しながらその行動に移すほどに自暴自棄になった自分の性質こそが、今この状況を作り出しているということに疑いようはなかった。逮捕されてから幾度となくその考えに至ったが事あるごとに再確認させられる。その機会は幾らでも訪れるのだった。
今回の面会は顔を合わせるということ以外に、事務的な手続きを進める目的があるようだった。元職場に対する保険証の返納や引っ越しに伴うライフラインの解約、また自宅の鍵の受け渡し等。引っ越し先に関しては一度実家に身を寄せるように提案された。身柄が開放された後どのように生きていくのか、その展望が全く見えていなかったため、実家が引き入れてくれるというのは願ってもいない提案だった。そのような事務的な話があったためあまり近況報告はできなかったが、父親からは昔に伝えた「一つの嘘が七つの嘘を生む」という話を思い出してほしいという助言を受けた。
私はその話をよく覚えていたし、かつて身をもってそのことを経験していたため極力嘘をつかないように努めるようにしていた。ただしその適用は客観的事実が確認できることのみであった。今回に当てはめると、動機などといった事柄については多少の嘘も織り交ぜた。というのは動機があったことは事実だが、その原因を客観的に提示する材料を持っていなかったためである。残念ながら怨恨を抱いた理由が公的に証明可能ではないのだ。それに私にはよくわかっていた。私の犯行動機など常人から考えれば実に些細なことであるということが。大多数の人間がその程度のことで犯罪を犯したのか、と私を嘲笑うであろうということが。それ故に犯行動機に関しては、疑問が生じえない範囲で歪曲したものを伝えていた。
逮捕16日目。その日は恒さんが上司に言われていた期限日なのだが、なぜか取り調べに呼び出される気配がなかった。ようやく1つ目の事件に蹴りがつけられるという私の希望は儚いものであった。その日は終日、予定を裏切られてしまったという酷く理不尽な被害妄想に駆られた。被疑者は取り調べがないと静かに独房で過ごすこととなる。裁判が終わり解放されるか刑務所に収監されるまではずっとこのような生活が続くのだ。そのため、取り調べが進展しないと時間を無為に消費しているという耐え難い焦燥感に苦しめられた。停滞しているという現実がストレスになる。留置場生活に慣れてきたとはいえ、著しく不自由を強いられ、また虚無な場所なのだ。このような状況では刑務作業でも何でもいいのでこの退屈を紛らわす何かを欲するのだ。やっとゴールが見えてきた状況でお預けをくらってしまったのだから、その日のストレスはかなりのものであった。何度も壁に頭をぶつけたいという衝動に駆られた。しかしそんなことを見越してか、留置場内には自らを傷つけてはならないという遵守事項があるためそのような行動はできないのだ。壁と頭の衝突音が響いたら一瞬で察知される。情念のやり場がなく私は拳を固く握り勢いよく振り上げ、数秒停止した。だが結局この数秒ではこの感情を律することがかなわず、拳を頭に叩きつけた。ばれないように何度だって叩きつけた。警察の仕事がスムーズに終わるようにできる限り取り調べには協力してきたつもりだ。罪が重くなることを理解してたのに、窃盗に関してもしっかり話した。本当は他人に話したくなかった自分の過去や性格のことだって大部分は包み隠さずに供述してきた。それなのに延々と続いている。わざと取り調べを長引かせて苦痛を与えているのではないのか。そのような根拠のない考えを拳に宿しながら頭を殴りつけていた。
結局その翌日も検察庁へ呼び出されていたため、供述調書を書くことはなかった。これも遅延行為の一環なのであろうか。生憎既に私の胸中は飽和している。溢れるエネルギーは自傷行為へと変換されるだけだ。
検察からの質問は基本的には今まで通り警察側から聴き取られた内容を再確認するものであったが、いくつか変わった質問もあった。今までは犯行当時ないし犯行以前のことを重点的に取り調べされていたが、この時は逮捕後の動向に関する聞き取りがいくつか含まれていた。そのうちの1つがすぐに罪を認めた理由に対する質問である。検察によると最初から罪を認めるという事例は比較的珍しいそうだ。個人的には不思議な理屈など何もない。というのはカメラという物的証拠もあり、状況証拠も十分揃っていることを理解していたし、何よりも逮捕されても構わないと思っていたので初めから罪を自白する心づもりであった。別に共犯がいて庇ったりするようなことなどはないし、誰かのスケープゴートというわけでもない。だからすんなりと自白したのだ。とはいえ犯行の痕跡を入念に消していたとしたら、同じように自白したか不明であるが。他には示談の意思があるのかといったことや、社会に戻った後どうやって生きていくのかということを問われた。これらの問いは求刑を決める際の参考にする事情なのであろう。示談に関しては弁護士にも話していた通り希望している。社会生活に関してはハローワークを活用しつつ今後の仕事を模索するつもりであった。職種については贅沢を言える立場ではないのだが、可能ならば前職に関係する仕事はやりたくなかった。
逮捕18日目。ようやく最後の調書が書き終わる。内容は犯行日以外の行動記録に関してであった。文書に問題がないことを確認し署名、指印した。これで1件目の事件に関する取り調べは終了となり、引き続き2件目の取り調べに移ることとなった。こちらの事件の内容も今までの取り調べ中にある程度伝えていたため刑事も大要は把握していた。そのためこの日は今までの内容を再確認することに費やした。私は別件調査に移るのだからこのタイミングで再逮捕されるものだと思っていたが、この日に再逮捕されることはなかった。おそらく勾留日時限界まで引っ張って再逮捕する腹積もりなのだろうと勘づいた。これで勾留期間を短くするという目的はどうせ果たされないのだということを悟り、もう諦めた。逮捕されている人間が拘束時間を短くするなど、所詮は過ぎた願いなのである。
その翌日から土日になったため、暇な時間を使い家族への手紙を書くことにした。伝えるべきことはいくらでもあると思うが、今回は再就職に関して考えていることを手紙の内容とした。手紙には農業に興味があり前職の関連業界に勤める気がない旨、専門の大学出たのに畑違いの進路を志すことへの謝罪を書いた。給料は下がるかもしれないがそれでもかまわなかった。人のためになっているのかがよくわからない上に税金泥棒しているような業界にこれ以上居続けるのは御免であった。それに、10年近く働いていた業界に対して価値を見いだせなかったことは、自分にとって不向きな職種であったということを示唆しているだろう。私はそのような業界がある一方で、第一次産業のような生きるために必須である業界が日の目を浴びないということに憤りを覚えていた。農家も漁師も人類へ大きな貢献をしており立派であると常々感じていた。そのような業界に貢献することこそが本当に尊いのだと、この時の私は強くそう思っていた。職業には貴賤があるのだということを信じて疑わなかった。
逮捕から21日目。この日は延長期間含め最後の勾留日になる。ただしそれは再逮捕されないという条件付きでの話だ。再逮捕された場合は、改めて最大23日間の勾留延長がありうる。できるだけ長く勾留して事情を聴きたい場合は、逮捕され続ける。起訴前の勾留期間だけでこの長さなのである。起訴後から裁判の間も考えると身体拘束はさらに長期間にわたる。国連からはこの長い起訴前勾留(逮捕後最初の72時間以内の勾留決定期間を含め最大23日)が人権侵害に当たるとしてたびたび是正勧告をされているようだ。とはいえ勾留期間が1年超になる場合があるフランスや無制限で認められるドイツという例もあるようなので、日本の制度だけというわけではないようだが。まあ普通の社会生活を行っていた身からすると3週間超にもわたる身柄拘束は十分長いと感じていた。しかし、まだ勾留は続くようだ。取調室に呼ばれた私は、3週間前と同じく逮捕状が差し出されていた。
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