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面会
しおりを挟む逮捕3日目。その日は週に1回の自弁購入が認められた日である。尤も何でも買えるわけではなく留置所が指定している物品に限られており、朝の点呼終了後に手渡される購入品リスト記載の物に限られる。リストに記載されている品物は大きく分けると3種類に分類される。1つ目は菓子類及び飲料。菓子は塩せんべいかじゃがりこ、バウムクーヘンのいずれか。飲料はコーヒー牛乳か野菜ジュース又はフルーツジュース。2つ目は日用品。歯ブラシや櫛、石鹸やシャンプーといった洗浄剤、タオル類やケア用品、便箋や封筒などの取り扱いもある。刃物や鋭利なものの購入はできないため、ハサミや筆記用具の購入は認められていない。3つ目は週刊誌である。官本以外では唯一の娯楽である。金なら自宅から持っているため色々と購入できる物はあったが、この日は様子を見て自弁購入を見送ることにした。漫画はほとんど読まないし最低限暮らすだけなら留置施設の設備で事足りるためだ。唯一購入を迷ったものは便箋と封筒、それと切手であったが誰に対しても手紙を出す勇気がなかったため結局購入できないでいた。
午前10時を過ぎた頃、取り調べ要請を受けた。取調室に入ると恒例となっている黙秘権説明の後、恒さんが訪ねてきた。
「おはようございます。勾留となってしまったのですが、もう少し詳しいことを聞かせていただきたいということなのですよ。単刀直入に言うとあなたが他に何かやったのではないかと疑っています。何か伝え忘れているようなことはありませんか?」
――ありますよ。
私が躊躇無く答えたら恒さんは少し前のめりになったように見えた。
「それはどのような内容でしょうか?」
――侵入をしたのは1回だけではなく複数回です。あと、侵入したのは一軒だけではありません。他の所にも侵入しました。
「ああ……そうなんですね。正直に話してくださってありがとうございます。もう一軒侵入したと言いましたが一体何処の家か教えてください。」
その後は以前の取り調べと同じく住居のことや侵入日時、その手段等一通り聞き取りが行われた。ただしこの日、その事件には軽く触れただけでそれ以上の掘り下げはなかった。その代わり後日詳細を説明する旨の誓約書を書かされた。これ以上隠していることはないか刑事から問われたが、自分が行った疚しいことはこれ以上思い出せない旨を伝えこの話題は終わりとなった。
その後、今回の逮捕事案である件について詳しい聞き取りが行われた。侵入回数、日時、目的といった内容で中には4週間ほど前のことも話さなければならなかったため曖昧なこともあったが可能な限り思い出しながら伝えた。かねてより私は腹芸などできるような人間ではなかったため、ごまかすようなことは一切言わないように心がけていた。刑事は手書きでメモを取りながら疑問点を洗い出しているようだった。昼食の時間まで取り調べが続いたが、途中弁護士の接見のため中断となる。清木先生は正式に国選弁護人となったということを伝えに来たようだった。私の方からはもう一件住居侵入したという事実と再逮捕が考えられること、その覚悟はできているという私見を述べた。先生はその事実を聞いた時少し眉を潜ませ神妙な顔つきとなったが、すぐに普段通りの表情になり2件目の被害者情報を求めてきた。今後の交渉のためにそのような情報を聞いておきたいとのことだった。平時ならば個人情報を求められても話す必要はない。ましてや他人の情報を伝えるなど以ての外だ。だが、今は平時でないためやむを得ないと判断した。その原因を作った当の本人がそうやって情報漏洩する行為を正当化をするのだから悪辣な話だ。話がひと段落ついた後、示談交渉について先生に切り出してみることにした。
――先生、少しよろしいでしょうか。今回の件、私はできることなら示談を望んでおります。当然相手方の了承あってのことだということは理解していますが、示談交渉を進めていただくことはできますか?
「示談の意思はあるんですね。わかりました。それでは示談交渉を引き受けさせていただきます。ただし、交渉を行う際に相手の連絡先が必要です。連絡先はご存じではありませんよね。その場合は私の方から検察官に情報開示を依頼して連絡先を聞くことになります。当然検察官は相手の意見を聞いてから判断するので、拒否されるということもあり得ます。そのことは了承しておいてください。あと最初に逮捕された事件の示談は進めますが、もう一件の方はまだ逮捕されていない上罪状も確定していないので、まだ示談交渉できません。ところで示談金のことですが、値段はどのようにお考えでしょうか?」
――200~300万円を考えています。ですが金額の提示は被害者の方から行うべきだと思うので、それを私が受けて交渉するという流れでお願いします。
示談金を考える上で一番参考になるのは相場だ。だが示談金の相場に詳しい人などそうはいないだろう。例に漏れず私もそうなのだが、頭が鈍いなりに示談金算出に関わるであろう事情を勘案してみた。まずは罪状(住居侵入)、物的被害、精神的な損害やそれに関わる治療費等、私の謝罪感情の大きさ、示談成立時に私が刑事裁判で有利になるという事情、以上のことは頭に浮かんできた。その中で確実にわかっていることは、物的被害がないということ、事件発覚後に被害者は家から離れて病院にかかっていたという事実である。もし向精神薬の内服等治療が必要になる場合、精神的な損害は重大なものであることが予想されるし、そうでなくとも医者にかかるという状態にしてしまっているためやはり重大であろう。それと私の謝罪意識だが、病院送りにしてしまったという事情からかなり大きいものであると自覚している。
素直に相場を尋ねてから考えてもよかったのだが、相場を基に今回の行為を母集団化してしまう行為は何というかさもしい感じがすると思った。そのためあえて相場を聞かず、先生に金額を伝えた。このような矜持を掲げているのだから私は頭が悪いのだろうな。
200~300万円という金額は今まで触れてきたテレビや小説知識を踏まえると高めだと考えられる。だがそれは反省の意思表示によるものだ。尤も示談金の金額を加害者側から提示するという行為は僭越であろうと感じたため、示談金の提示は被害者側からしてもらうように誘導したのだが。
「その金額は結構高めかと思いますが、それでも大丈夫ですか?」
――刑事裁判前の示談であるならこの金額で問題ありません。それだけのことをしてしまったのだと思っています。
しれっと裁判前という条件付きでの金額であるということを伝えたら先生は納得した様子だった。とりあえず以上の条件を念頭に入れた上で示談交渉にあたっていただけることとなり、接見は終了となった。
昼休憩後は取り調べがなかったため比較的ゆっくりとしていたが、また弁護士が接見に来たことを知らされた。伝え忘れたことでもあったのだろうかと思いながら面会室に入ると、そこには初対面の弁護士が座っていた。年齢は30から40代くらいに見える。人違いかと思ったが、自己紹介して反応をみることにした。
「初めまして。実はあなたのお父さんから連絡を受けてこちらに伺いました。弁護人がどうなったのかとすごく心配していてね。早速だけど今の状況を話してもらっても大丈夫かい?」
父の関係者と聞き体が冷えた。この時は何故父が自分のことを心配するのか、それが理解できなかった。犯罪者となってしまった子供一人くらい縁切りをしてしまったほうが明らかに益があるではないか。そもそも自分は家族で最も愚鈍な人間だ。少なくとも私は自身をそのように評価している。兄弟は立派なものだ。私は兄と姉がいる3人兄弟だが2人とも学業優秀で今はしっかりと所帯を持っている。一昔前には一般的に幸福――優秀な大学を卒業し所帯を持つ――とされていた人生を歩んでいる。そんな中私だけは学業が劣り、所帯も持てずに独り身なのだ。仕事だって私の就いていた仕事は国民から徴収した保険料を食い潰す生産性に乏しい仕事で、下手をすれば人類を不幸にしている可能性すらあるものであった。税金泥棒と揶揄されても言い返す言葉がない。そのような考え方では当然仕事に情熱など持ちようがない。自分は間違いなく人を不幸にしている人間だ。端的に言えば私は自身のことを社会生活が送れない欠陥品であると考えていた。少なくとも犯行に至った時には取り返しのつかないほどやさぐれた考え方をしていたのだ。
――心配をしてくれているんですか?親には勘当してもらってもいいですって伝えてください。
うまく声が出せなかったと思う。親のことを思うと頭が真っ白になる。私は薄情な人間なんだから動揺することなど何も無いのだ。そう自分を鼓舞して手先の震えを抑え込もうと拳を握る。
「うん。まあそのことは伝えておくよ。それはそうと弁護人選定の件でお父さんと話した時、資力があるから私選弁護人を頼むしかないって話になってね。あなたに頼れる弁護士がいるのかとか随分と悩んでいて、資力があったとしても国選弁護人を依頼することができるから問題ないって説明したんだけど、どうしても心配だったみたいでね。あとはあなたの持病に関しても不安があるって言ってたよ。」
――そうですか。弁護士は当番弁護士でお会いした先生に国選弁護人として付いてもらうことになりました。持病に関しては発作が起きやすい時期ではないので問題ないと思いますが、刑事さんたちには持病があることとその対処法について伝えています。
「やっぱり弁護士は問題なかったよね。じゃあ、犯行のことを少し聞かせてもらえる?」
刑事への取り調べ内容をかいつまんで伝える。まだ刑事には話せていない動機についても粗方伝えた。特に弁護士の方を驚かせたのは、住居侵入の強力な証拠であるカメラをばれやすい場所にわざと仕掛けたという事実であった。
「わざとわかりやすい場所に置いたの?捕まることは想像しなかった?」
――わざとわかりやすい場所に置いたのは精神的ショックを与えたかったからです。犯罪ということは理解していました。被害者が家を空けるようになってからは通報されたと思ったので、捕まるだろうということもわかっていました。捕まりたかったのかどうかはよくわかりません。ただ、証拠になる指紋や頭髪、靴跡といったものですけど。それは思い当っても隠蔽する気分にはならなかったです。
当時の心境はしっかりと覚えている。侵入した住居2軒の内少なくとも1軒は明確に相手に対する攻撃を狙ったものだった。
「最後は嫌な人を追い出したくて犯行を行ったということね。そんな人のせいで犯罪を犯して捕まるって物凄く損だね。話を聞いた感じだけど多分勾留延長になるから長くなると思うよ。あと普通の人間って捕まった時のことを考えてどこかで犯罪にブレーキがかかるものなんだよ。家族のこととか自分のこととか考えるとなおさらね。それでも犯罪をやってしまうというのは、どこかしら精神に異常があるんだと思うよ。手口を聞いたけど異常な執着心だと思うよ。悪いこと言わないから落ち着いたら心療内科に行った方がいいよ。」
説教など聞きたくなかったが反論はしなかった。どうせ私は精神異常者だし他者を思いやることができないしブレーキの壊れた欠陥人間でしょうよ。あなたは家族と言っていたけどね、家族という存在は必ずしも心の拠り所というわけではないんだよ。世の中には家族によって不幸がもたらされる人もいくらだっているではないか。家族愛を押し付けてくるような意見はそこら中に転がっているがいい加減辟易としている。とにかく投げやりな気持ちで話を聞いていた自分にはこの一連の言葉が説教に聞こえた。まあ今にして思えば、説教ではなく諭してくれていたのだろうと思うが。当時の私はとにかく幸福とは程遠い今までの人生のこととまたその人生がこれからも長く続いていくということを考えるとその度に打ちひしがれた。一人で解消することが難しかったこの問題を抱え続けた結果、人間として生まれたことに強い憤りを感じていた。私は人間など大嫌いだ。人間に関わると不幸を押し付けられる。そんな中で幸せそうにしている人間を見るのはただただ苦痛だった。
「最後に伝えておくけど、明日お母さんが面会に来る予定みたいだよ。あなたも辛いと思うけど、元気な姿を見せてあげてよ。」
母が面会に来ると聞いて体が冷えた。私は昔からストレスを受けるとしばしば末端と頭にめぐる血液が冷めるような症状に苛まれた。会わないわけにはいかない。家族に対して並々ならぬ思いはあれど、両親だけは別だ。彼らだけは私の大切な存在なのだ。
独居房に戻った私は読書を再開することなく母親との面会について考えていた。何を話すべきだろうか。親への謝罪と現在の自分の気持ち、それと勾留に関しこれから予想される展開に関しては話すべきことだろう。他は一応肉親であるし心配しているであろうから兄弟の反応を聞いておかなければならない。最低限話すことは以上だ。事件に関することは現在取り調べ期間のため口外しない方がいいだろう。母親は自分の子供が他人様に危害を加えてしまったことをどう受け止めたのだろう。最初の報告を受けた時は夢だと思ったのだろうか、それとも冷静に受け止めたのであろうか。報告を聞いた直後はやり切れない気持ちになったのであろうか、または怒りが先行したであろうか。どのような思いで面会に来ることを決めたのだろう。居ても立ってもいられなくなったのだろうか。それとも、世間体を気にした故の行動なのであろうか。面会の時には勘当を言い渡されるだろうか。そのような可能性をあれこれ頭に浮かべていると気が滅入ってきた。しばらくの間黙考していたが、結局のところ出たとこ勝負をするしかないので気持ちをリセットして読書を再開することにした。
留置所に入ってからは近代史の本を読んでいる。大正デモクラシーから第二次世界大戦に至るまでの日本の歴史本である。私はいつからか思い出せないがこの時代の日本の動き方を注目するようになった。この歴史の遷移が現在の日本の立ち位置、ひいては自分の立ち位置を形作っているのだと思ったからだ。今にして考えればずっと自分を苦しめているものの根源を探していたのではないかと思う。自分が苦しい立ち位置にいる原因を歴史の中に見出そうと躍起になっていたのではないだろうかと。とにかくそのような視点で近代史を見た時、以前は見えてこなかったものが見えてきた。私はかねてより大戦中は全ての日本人が必死になって戦っていたと無条件に信じていた。しかしのうのうと暮らしていた有力者も確実に存在していたようなのだ。庶民の視点で見ると戦前の有力者達は戦争のため重税を課し、強制的に武器を作らせ、さらに敗北必死とわかっている戦場へ消耗品のように送る存在である。しかも救いのないことに戦地でやりあう斃すべき相手も同じように国からの命で仕方なく戦地へと赴いている人々も含まれている。そのことに思い至ると筆舌に尽くしがたい気分になる。外交の失敗が戦争という結果であるのにその尻ぬぐいは庶民が行ったのだ。一応選挙制度――戦前では女性の選挙権がなかったが――を採用していたので時の権力者を選んだ国民にも非はあったかもしれない。だがあまりにもむごい仕打ちではないか。それを考えると有力者の権利を縛るための憲法の存在意義もよく理解できた。同時にその束縛するための憲法をしきりに変えたがっている現政党への嫌悪感も相当なものになった。特に緊急事態条項は有事の際に内閣独裁を許容するようなものだ。無能な独裁政権が出来上がれば再び地獄を見ることになりかねない。このことは歴史から考えうる推論に過ぎないが、今この国で起こっている現実に目を向けると庶民には重税を課し権力者は脱税をしている。しかも不公平なことに権力者は逮捕されないか逮捕されたとしても略式起訴で済ますという特典つきだ。庶民は必ず逮捕され裁判にかけられるだろうに。
また政治家は支援団体に寄付すれば相続税が免除される。政治家を志そうにも供託金という高い壁がある。今の有力者も貴族意識という点で見れば戦前と変わりないのではないかと思えてくる。税金の使い道も果たして適切なのか怪しい。予算委員会では数の暴力で与党の案がまかり通る。無駄に税負担だけ増えているのではないか。国民は奴隷なのであろうか。国は国民を苦しめるために存在しているのか。国とは元々人々の安全な生活を保障するためにできたのではないか。何故違法行為を続ける人が選挙で選ばれ続けるのか。そんな特権意識のある連中ばかりが決める予算や法律など国民に寄り添っているはずないではないか。いい加減に目を覚まして政治に目を向けろ。しかしそのような私の思いもむなしく、選挙の投票率は低いまま変わらない。私一人が吠えたところで何も変わりはしない……。私が苦しいのは国民も含めたこの国全体のせいなんだ。いくら税金をむしり取られれば気が済むんだ。だが残念なことにそんな私も税金で飯を食っている。所詮自分も同じ穴の狢だと思っているのに、それでも国への批判はやめられなかった。私の頭の中は常にもやがかかっており、やりきれない思いが渦巻いていた。
逮捕4日目、母との面会日であり、また身柄拘束後初めて入浴が認められた日であった。留置場では原則5日に1回しか風呂に入れてもらえない。原則というのは平日しか風呂に入れないため月→金→水→月曜というサイクルとなっているためだ。基本的に室内で過ごしているため汗をかくことはほとんどないにしても、今まで毎日入浴していた人間には耐えがたい環境だろう。入浴しないことによる弊害は徐々に出てくる。まず抜け毛が日増しに増えていき、掃除で集められる抜け毛の量がそれに現れる。そして2日も経てば頭が痒くなり、頭を掻くことによりより多くの髪が抜ける。さらに毛穴に溜まった皮脂のせいで髪の生え際を中心にニキビが大量に出てくるのだ。服も下着を含め5日間着っぱなしなのだから嫌悪感も凄まじい。このような環境に身を置かれているため風呂の時間は大変待ち遠しかった。入浴時間は着替えを含めて20分。案内された浴場はかなり広く、シャワーが2台設置されている。湯加減を調べるため浴槽に手を入れるととんでもなく熱かった。通常42度程度の湯に浸かっているが茹蛸になると感じるほどに熱いのだ。45度くらいあるんじゃなかろうか。これでは満足に入浴できない。嫌がらせではないことを信じたいが、留置場内は何をするにもいちいち癇に障ることが多い。シャワーの温度も例の如く熱かったが、我慢しながら体を洗う他なかった。因みに体洗い用のタオルやスポンジなどといった高尚な物はないので体は素手で洗うしかない。所々にできた吹き出物を素手で撫でる度、自身の不潔さを自覚した。排水溝に数えるのも嫌になるくらいの髪が流れるのを見てまた気が滅入った。長湯などできなかったため適当な時間で入浴を切り上げ、バスタオルを差し入れてくれるように依頼する。しかし差し入れられたタオルはバスタオルではなく今まで留置場内で使用していたハンドタオルのみ。ハンドタオル程度の面積で身体を十分に拭けるはずもない。体を拭いてはタオルを絞る。何度も何度も。最終的には濡れたタオルで体を拭くという本末転倒な事態に陥った。自然乾燥しようにも制限時間があるため断念せざるを得なくて、水滴まみれの体で服を着るしかなかった。大量に汗をかいた後の背中、そのような状況を入浴後に味わうこととなりとにかく不快だ。
午前中は取り調べがあり、捜査で使用するためスマートフォンのパスワードや各種契約で使用しているアカウント名の確認が行われた。絶対に悪用しないのでという詐欺にしか聞こえない文句でお願いされたが私はいとも容易く篭絡されアカウント情報を一切合切伝えた。因みに調子に乗って口座取引の暗証番号も伝えようとしたが、恒さんに強く止められた。曰く警察は銀行の暗証番号だけは絶対に聞かないからだそうだ。取り調べと称して銀行の暗証番号を訊ねてきたら絶対に詐欺だと判断してもよい、と教えてくれた。詐欺って凄いんだなという幼稚な感想が頭に浮かんだ。警察を名乗られて近づかれたら絶対に詐欺被害に遭うという謎の自信が付いてしまった。
その後は使用許可の書類を作成することとなったが、如何せんプライベートから仕事で使用しているサイトに至るまで全てのアカウント名とパスワードを手書きで書いていくものだからそれだけでかなりの時間がかかる。警察に来てから感じていることだが、大抵のことが手書きである。パソコンが使えればコピー&ペーストで手間が減るのに。それこそ今回のパスワードやアカウント名のような使い回しが多い場合は特に。とはいえ午前中の取り調べ時間いっぱいまではかからなかったため、その後は引き続き聞き取り調査に移行した。取り調べ内容は引き続き犯行状況の確認だ。私は犯行時間の詳細までは覚えていなかったもののイベント事などと関連して思い出せそうな出来事を軸として自供していった。当然だがいくつかの供述は状況から考えて類推したものも含まれていた。そのようなものに対しては念のため断言することは避けるように気を遣った。尤も自供頼りの捜査というのはそんなものなのかもしれない。結局この取り調べで1件目の事件に対する状況確認はある程度終えた。あと何日取り調べの時間がかかるのだろうか。勾留期間は最短ならあと7日だが勾留延長される公算が高いのでまだまだ先は長いだろう。
面会は昼を跨ぎ、14時からと知らされていた。久しぶりに母と会うのだが私といえば肌の手入れなど全然できていないため小汚く酷い顔だ。とても人に会うような状態ではない。尤も食事だけはしっかりと摂るように心がけていたため、げっそりとしているということはないだろうが。私は部屋の隅を見ながらそのようなことを考えながら時間を待っていた。時間が迫るにつれて気持ちが落ち着かなくなっていく。もしも勘当を言い渡されたら将来どのように生きていこうか。吐いた唾は呑み込めない。この時の私は父から寄越された弁護士に言い放った勘当しても構わないという言葉を後悔していたのだろうか。家族に自分という異物を排除して生きてほしいと願って吐いた言葉だったが、結局それは自分の事しか考えていない傲慢な考え方だ。本当に人のことを考えているならその人の想いに応えられるように努力するしかない。そう、私の発言は拒絶に他ならない。1人で生きていけるはずもないのに人間を拒絶し、自ら孤独に身を置こうというのだ。それは自殺とも言うべき行いだ。ただ自分の存在が家族に不幸をもたらし、かつ家族の存在が私に苦痛を与えるような感覚は昔からどこかに燻っていた。端的に言えば家族というものに対して相容れない関係であるという疎外感があった。家族に対する訣別の言葉が口から出たのはそれに端を発したというのもあった。だが両親のことは愛しているのだ。それが家族という単位になると混沌としてしまうのである。この煮え切らない思いを理解でき得る人間は、果たしてどれほどいるだろうか。
「面会の準備ができたようです。面会者の名前を確認してください。念のため伝えておきますが面会を拒絶することもできますよ。」
時間が来たようで担当官から声がかかった。書類を一枚見せながら面会者氏名の確認を取ってきた。そこには間違いなく母の名前が記載されている。会う以外の選択肢はない。今から戦地に赴くような心持で目に力を入れ、面会室へと足を運んだ。弁護士以外の面会には担当官が付き添う。余計なことをしないように見張るためだ。加えて15分間の時間制限が課せられている。面会室のドアが開錠され母の姿を視界に捉えた。少し微笑んでいることがわかった瞬間私は崩れた。怒るでも悲しむような表情でもなかった。慈しむような表情がそこにはあった。気が付いたら涙を流しながら謝罪をしていた。この母をこのようなところに来させてしまった。それを考えるとひたすらに自傷行為に走りたくなった。
――ごめんなさい。……もう勘当しても構いません。
やはりこの親の子供でいることは辛い。みじめな私は許しを請うことなどしません。どうか罰を与えてください。
「家族はみんなあなたのことを追い出そうなんて考えてないよ。いつまでかかるかわからないけど、みんな支えてくれるって。あの口の悪いお兄ちゃんでさえそう言ってるから。」
ただただうつむきながらその言葉を聞いた。なんだかんだ言っても家族は私を見捨てないだろうと思っていた。そのような良い家庭であると理解していたからこそ、家族に対してただならぬ思いを抱いている自分という存在が人間として欠落していると思っていたのだ。私はいつから自分に向けられる好意を素直に受け止めることができなくなってしまったのだろうか。その卑屈さが自分を不幸にし続けてきた大きな原因であったことが少し解かりかけてきた。
「思ったより元気そうでよかった。けど少し痩せた?」
――痩せたかどうかはわからないけど、食事は残さずに食べています。自分が体調崩してたら反省どころではないから。それと寝つきはよくないけど、6時間以上は眠れています。
とりあえず、食事睡眠は問題ないことを伝えると母は安心したと漏らした。
「あなたがこうなってから家族会議を開きました。最初はみんなすごく驚いて、お兄ちゃんなんてあなたの人生を歪めてしまった原因が自分にあるんじゃないかって。けど起こってしまったことはどうしようもないからしっかり反省してやり直してもらいたいって。家族もサポートするから立ち直してほしいってみんな言ってました。あなたは既に罪を犯してしまったことをいろいろ反省しているかもしれないけど、まずは被害者さんのことを一番に考えること、それだけは忘れないでほしい。」
迷惑をかけてしまっている私に対して、まだ手を差し伸べてくれる家族がいる。私は恵まれた環境にいるのであろう。だが卑屈な私はまだそのことに気が付かなかった。自分を助ける価値などあるのだろうか、と未だに厚意を受け止める素直さと人を信じる寛容さを持てていなかった。ただ会話の中で出た被害者のことを一番に考えてほしいという願いはしっかりと受け止めようと思った。
自分が被害者の為にできることは何だろうか。直接できることは慰謝料の支払いと謝罪文を書くことだろう。後はしっかりと取り調べに応じることも罪を償うことに繋がるはずだ。他にもできることは沢山あるかもしれないが思いつかない。それをずっと考え続けることも犯罪者に架される十字架なのだろう。
家族や事件に関する話が終わり、話題が変わった後はいつも話すような世間話をしてくれた。母はおそらく事件に関わる話ばかりしないように気遣ってくれたのだろう。他には留置場内でやることがないだろうからと本を3冊差し入れたいと申し出があった。古い文庫本2冊と新書っぽいハードカバーの本1冊。あとは手紙用の便箋も差し入れてもらうように頼んだ。謝罪文と家族宛の手紙を書くためだ。差し入れを頼んだ後はまもなく面会終了の時刻となった。
「あなたには、ここから出た後も今の気持ちをずっと忘れないようにいてほしい。何を考えて、何を思って、どうなってしまったのか。それを絶対に忘れないでほしい。」
別れ際に母がそのように述べた。この言葉を聞いている時は久しぶりに素直に受け止めることができた。そのシンプルな願いを実行に移すことは、将来の私にとっての金科玉条となりえると肌で感じたからかもしれない。いずれにしてもこの一言は私の、形は何でもいいからこの一連の出来事を残そうという決心へと繋がるのだった。
留置場に戻った後、担当官からもう一件面会希望の申し出があることを知らされた。面会相手は元職場の責任者と顧問弁護士とのことだ。懲戒免職の件だとすぐに察した。無責任なことだが事務処理のみの淡々としたやり取りで済めばいいなと願っていた。このような迷惑を掛けてしまっても職場に対する謝罪の気持ちよりも責められたくないという保身ばかりが頭に浮かんだ。結局逮捕される覚悟はあったなどと格好つけても大した覚悟などできていないのだ。とりあえず、面会する意向を伝えた。
面会して話を聞くと、訪問理由は予想通り退職手続きだった。話はもっぱら顧問弁護士が行っている。懲戒解雇になることはわかっていたのでそのつもりで話を聞いていると、どうやら別の処分を考えているらしいということがわかった。相手方の話によると今まで貢献してくれたから懲戒解雇ではなく、諭旨解雇の方向性で考えているとのことだった。諭旨解雇は会社側からの退職提案を受け入れるという形で行うもので、懲戒ほどの重い解雇ではない。もともと懲戒解雇されるものだと思っていた自分にとっては青天の霹靂であった。ひょっとしたら会社の体裁もあるのかもしれないが有り難い申し出だ。会社というものはただただ末端社員から稼ぎを搾取するだけの存在だと思っていた。それだけにこのことは私の穿った考え方を改めさせてくれるきっかけとなった。
面会終了後は手紙を書き始めることにした。便箋は差し入れ品を使用するがペンは留置場からの貸し出し品しか認められていない。貸し出し品は黒のマジックペンであり便箋に使用するには少々太い。そのため慎重に書かなければならない。因みに手紙の内容に関しては検閲されるため事件に関わることや証拠隠滅の依頼、共犯者への連絡などといったことは書けない。まあ元々事件に抵触することなど書くつもりはないのだが。家族に対する謝罪と今まで胸中に秘めて言い出せなかったことを書くことにした。
手紙を書き始めて一番困ったことは、漢字をすっかり忘れてしまっていたということだった。学校を卒業して以来手書きの文章を書く機会がほとんどなくなってしまったことも原因だろうが、小学生レベルの漢字でさえ平仮名や片仮名を使用せざるを得なかったという事実はかなり堪えた。小学生レベルの漢字も書けない者がお硬い文章を書くことなど滑稽なので、それに見合う文章を書いたら実に稚拙になってしまった。しかし私など所詮この程度なのだろう。このように自分で自分を貶めたことで、今までは取り繕っていたせいで言葉に出し辛かった事でも家族に伝える決心がついた。その躊躇していた内容だが、落ち着いたらカフェ巡りしたいということや一緒に釣りをしたい、アンサンブルをしたいなどといった真に小さなことだった。だがとにかくプライドが高く、否定されることを嫌がっていた自分は家族に対してすらそのような些細な提案ができなかった。私には常に提案を否定されるか、若しくは受け入れられても馬鹿にされるだろうという根強い不信感が渦巻いていた。
手紙を書き終えるまでに要した時間は30分程であった。出来上がった手紙は便箋2枚程度。下書きなしで書いたため記載ミスもあった。気が付いた箇所には二重線を引いて訂正している。不格好な便箋であったがこれで構わない。この不格好さは演出なのだ。愚かな考えだと思えるかもしれないが、とことん自分を貶めることで自らを罰し罪悪感を和らげようとしていたのかもしれない。検閲の結果問題はないようだったが、昨日の自弁購入で封筒や切手を購入しなかったため差し出しは1週間以上先となってしまった。
その後は特に予定が入らなかったため普段通りに過ごした。勾留期間も4日目となっていたこともあり、不本意ながら少しずつ留置場の生活にも馴染んでいた。まあ相変わらず不便なことは多かったのだが。最初のころはスマートフォンやゲーム、楽器もない生活でとにかく息苦しかったが、無ければ無いなりに暇など潰せるものだった。読書の間はもちろん充実した時間ではあったが、黙考することにも多くの時間を充てていた。たいていは被害者に与えてしまった影響と自分にできる償い、それと取り調べに対してしっかり受け答えができるように当時の状況を振り返ることに充てていた。行き詰まった時は家族や職場、友人のことを考えていた。そのように考える時間が今の自分には必要なのかもしれないと思えば集中できた。このように気の持ちようを工夫して乗り越えようとしていたが、留置場内の冷房が直接吹き付けてきて寒いことと、就寝時に歯を食いしばってしまい顎を痛めてしまうこと。この2つだけは精神論とは別の次元に存在していた。
逮捕5日目。土曜日の午前中、取り調べに呼ばれた。何故なのだろうと私は胸がざわついていた。公務員は土日休日のはずなのに取り調べに呼ばれたということが気に障った。急に取り調べなければならないことが出てきたのだろうか。動揺してあれこれ考えるのだが結局は徒労であることを悟り、冷静になって刑事と話し合いをしようと何度か深呼吸をした。気持ちを落ち着けようと努め、今までよりも警戒心を持って取調室へと向かった。取調室で恒さんを見たが、傍目には変わった様子が見られない。朝の挨拶を取り交わした後ある疑念を払拭するために、いかにも雑談の範囲内で自分の常識を確かめるという体裁で問いかけてみた。
――今日は土曜日ですが勤務日なんですか。公務員なので土日は休みだと思い込んでいました。
もっともらしい理由をつけて相手に探りを入れてみる。
「ええ。土曜日は通常休みなんですが、仕事を抱えているときは出勤して仕事することもあるんです。この出勤分はどこかで代休を取ることで相殺するんですよ。だから休日が減るということはないので心配しないでください。」
素直に受け取れば私の取り調べを早く進めるために休日返上したということである。確かに1件目の事件に関してはある程度話せたが2件目に関しての聞き取りはほとんど行われていない。こちらとしても取り調べが早く終わるのに越したことは無い。恒さんには自分のせいで休日返上までさせてしまっているという罪悪感もあり早く取り調べが終わるように集中して取り調べに応じた。取り調べ内容は今まで話した犯行日時と侵入先で行った行動の再確認である。繰り返し同じことを聞かれていたことなので正直うんざりしていたが、今まで話した内容と矛盾が生じないように考えながら回答を重ねていった。特に日時や時間帯の自供に関しては、内容をノートに書いて忘れないようにしていたため齟齬はなかっただろう。元々嘘などついていないので堂々とすればいいのだが記憶を頼りに供述していることもいくつかある。もし話が食い違って偽証であると言われては堪らない。結局これまでとあまり変わり映えのしないまま取り調べは終了となった。土曜日の取り調べということで身構えていたが拍子抜けしたし正直安堵した。恒さんからは終わり際に本日の午後と明日の取り調べはないためゆっくり過ごすように伝えられた。自分が気にしていたため気を遣ってもらったのだろう。
晴れて月曜日までは自由となったので、その自由時間は被害者への謝罪文を書く時間に充てようと計画した。当然ながら謝罪文を受け取ってくれるかどうかは被害者次第なのだが、自分の気持ちを整理する上でも書いておいて損はないと考えていた。日曜日は午前中から謝罪文の作成に取り掛かった。当然ながら謝罪文など書く機会がなかったためルールなんてものはわからない。謝罪文全体の構想は浮かんでいるが、頭書きはどのようにするか悩んだ。冒頭から謝罪の一言を入れようか。しかし相手方も手紙を読み始めて、前置きもなくいきなり謝罪の言葉をみてしまっては面食らうかもしれない。もし自分が被害者の立場で謝罪文を受け取った時にいきなり謝罪文が目に入ったら命乞いをしているように感じてしまうだろう。まあそうでなくとも命乞いをしている事実に変わりはないかもしれないが。こんな時にインターネットが使えれば助かるのに。勘案した結果、最終的に感謝の言葉を冒頭に据えることとした。何に対する感謝でしょうか。それは、犯罪者からの手紙を受け取ってくれるという寛大さに対する感謝だ。本題の記載内容は予め考えていたため冒頭を決めた後は謝罪文を書き終えるまであまり躓くことはなかった。謝罪文には今回の罪に対する謝罪とできる限りの償いをしたいこと、謝罪や刑罰だけで償いが終わるとは考えておらず自分はずっとこの十字架を背負って生き続けていくつもりであるということを記述した。念のため逮捕直後から反省の意思を持って、自主的に謝罪文を書いたということがわかるように手紙の最後には記載日を残しておいた。
これで何とも少ない仕事が終わり、午後は親から差し入れてもらった単行本の小説を読むことにした。主人公は自分の境遇に行き詰ってしまった結果、窃盗未遂事件を起こし逮捕されてしまった青年であった。逮捕されたという共通点がある主人公を見て、人生を考え直してほしいという母からのメッセージなのかもしれない。幸いにも主人公は知り合いの口利きで示談が成立し不起訴になり、さらに新たな仕事まで紹介され早々に社会復帰していた。最もその小説の本筋は主人公が新しい仕事を通じ葛藤を抱えながらも人の想いを感じ取り変化していくことにあったため、逮捕というのはキャラクター付けの手法のようであった。自分もなんとか示談を成立させて不起訴処分にしてもらえたらどれほどありがたいだろうか。起訴された場合私には執行猶予がつく保証などないのだ。自分の行く末を他人の胸三寸で決められるということに対し尋常ではない悍ましさを覚え、同時に被害者ぶっているのを自覚し憂鬱な気分になった。だが私は親から見捨てられていないだけまだ幸運だったのである。そのありがたみは時が経つに連れ、より実感することになった。
小説には多様なメッセージが含まれており、そこには人の生き方に関わることがいくつも含まれていた。人はしばしば保持しているものの存在を自覚することなく、分不相応な欲求を持ってしまう。そしてその過大な欲求が遠因となり手痛い思いをした時、ようやく自分の持っていたものの尊さに気が付くということ。また他者に失望し、人間が嫌いになることは誰にでもありうることだが、それで他者を省みなくなってしまえば取り返しのつかない選択をしてしまうので、たとえ気の置けない間柄であったとしても過度に求めることなく汚さを許すことが生きる上では必要であるいうことなど。いずれも耳にしたことがあるような戒めだ。しかしながら、そのような常識を理解していると高をくくっている人間ほど本当に身についているかよく考え直してほしい内容でもあった。常識というのであれば、私はかねてより「人には各々の事情があるのだから自分の考えを強制したり、いたずらに他者へ危害を加えてはならない。」ということを理解して生きてきたつもりだった。だがこの小説を読みながら強く自問していた。果たして自分は常にその常識とやらを常に当てはめながら生きてきたのか、常とあるように片時も忘れたことが無かったのか、今まで思っていた常識は言われてから思い出す程度の認識だったのではないかということを。
400ページ超にわたる物語の中で、特に胸に刺さったエピソードがある。それは神童と言われたピアニストの物語である。彼は幼少からピアノが上手だった。好きだったのでよく練習をしたし、何より上手になると母親が喜んでくれるのでより一層ピアノに打ち込みコンクールで賞を取るようになった。そしていつしか神童と呼ばれるようになった彼は家族の後押しもあり音楽大学へ進学することになる。母親もかつてはピアノを習っていてプロを夢見ていたので、彼は大いに期待されていた。しかし、音大は神童と呼ばれるような人材が集う場所である。彼は大学で埋もれてしまい大きな挫折を味わってしまった。それからは簡単にピアノという道を捨ててしまい、自分の居場所を求めて演劇や大道芸などあれこれと手を出すが何もうまくいかない。ついに大学を中退してしまい彼は父から勘当を言い渡されてしまった。そんな状態ではあったが母親は息子のことを想いお忍びで会いに行っていた。母親も期待を裏切られ酷くショックを受けていたはずなのに。父親も勘当こそしたものの生活が心配だったようで、もう一人の息子に生活資金を持たせて様子を見に行かせることもあった。結局元ピアニストはプライドもあり生活資金の受け取りを断るのだが結局人生が思うようにいかず、彼は酒にその逃げ道を敷いた。そして父親が病気で斃れてしまった時には、重度のアルコール中毒になってしまい施設に身を置き通夜の出席さえできない状態となってしまっていた。後遺症により認知機能も落ち、全聾になりながら介護されている状態である。それでも母親だけは献身的に息子のもとへ通い続けていた。こんな風になってしまった自分にまだ母親は尽くそうとしているのだ。その姿を見てようやく彼は悟った。ピアノを捨てて以来ずっと自分の居場所を探していた。自分の居るべき場所をずっと探していた。だが、居場所は元からあったのだ。母をはじめ、家族こそが自分の居場所であったのだと。それを捨ててしまった。また同時に気が付いた。母は自分がピアニストとして大成することを望んでいたわけではなく、ささやかでも構わないから幸せな人生を送るということを望んでいたのだと。
そのエピソードを読んでいる最中、堪らず本を置いてしまった。私は頬を伝い畳に落ちる涙を止められずに体を硬直させ蹲ってしまった。私はふと高校、大学の合格発表のことを思い出していた。合格の報せを受けた時、親は喜んでいた。だが、それとは対照的に私は合格という報せに対して何の感慨も湧かなかった。その親との温度差を克明に記憶している。その温度差を感じれば感じるほどに形容しがたい虚しさを覚えてその場に居辛いと思ってしまった。何故親は大して優秀でもない二流の学校に合格したことを喜んでいるのだろうか。他の家族に比べて明らかに劣っているのに。果たしてこのような惰性で受けて惰性で受かったような学校に行くことは幸福なのだろうか、そう考えていた。劣等感を募らせ続けた結果だと思うが、私はずっと学歴であれ給料であれ人よりも優れているということが幸福であるための条件であると思い続けてきた。高い立場に収まり権力を持つことが幸福の必要十分条件であると妄信していた。
しかし今にして思えば、親はそのように考えておらず、私がささやかでもいいから幸せになって欲しいと願っていたのだと思う。そう理解すると今更だが申し訳ない気持ちでいっぱいになった。当然だが被害者にも家族がいる。世の中には関係が冷え切っていて無関心を決め込む家族も少数いるかもしれないが、大多数の家族は今回のような件を受け筆舌に尽くしがたいほどの心配をするだろう。我が子が被害に遭ったという報せを受けた時どのような思いだったのだろうか。また家族だけではなくその友人に対しても計り知れないショックを与えてしまっただろう。同様に職場に対しても。人を呪わば穴二つなんてものは嘘っぱちだ。掘ってしまった穴は数えきれないほどに多いではないか。私が引き起こしてしまった事態は想像をはるかに上回る影響力を持っていた。
このままでは私は社会に戻れない。家族のもとへは戻れない。ここで吐き出さねばならない毒を全部出さなければいけない。数奇にも母が差し入れてくれた小説は、私が最後まで包み隠そうとしていた秘密の箱を開くカギとなった。だがその秘密を打ち明ける決心を下すにはもう少しだけ時間を要したのだった。
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