25年後に選ばれた画家

フォロワーと3拍子のリズム

絵を描き続けてから、五年が経った。


朝は弁当、昼はパート、夜は絵。寝る前の十分が、唯一絵に集中できる時間だ。


スマホのＳＮＳ画面に、今日の一枚を投稿する。



ハッシュタグは、いつもの「古城」「ボタニカルアート」「挑戦」。揺らぐことを知らない、安定の三拍子。
　

その様子を見た玲音が、彼女のスマホ画面を指で覗き込む。


「ママ、フォロワーってなに？」

「うーん。お友達みたいなものかなぁ」

「じゃあ、ぼく、フォローするね！」


その日から、彼女のフォロワーは「一」になった。三年後、玲音の友達が二人、おもしろがってフォローした。


「ねぇママ、三人って少ない？」

「ううん。三人もいるってすごいことよ」


顏は笑っていたけれど、彼女の心の奥は、少しだけ、泣いていた。


それでも彼女は諦めず、描いた。彼女が織りなす安定の三拍子は決して崩れず、小さくも前進している。まるで、ワルツのように。


彼女は、三という数字がとても愛おしかった。


乾いた絵の具のにおい、指で紙をめくる感触、スズムシの声、ときどき雲間から彼女を照らす月。その感覚だけが、彼女の背中を押す。その追い風に身を任せ、筆を走らせると、彼女の心はすぅっと軽くなってゆく。


彼女が眠りに落ちたあと。スマホの画面は、通知音とともに光った。


「あなたの投稿にコメントが届きました」



そこには短く、たった一行。

「光の使い方がすてきですね」


朝起きて、スマホ画面に彼女は、涙をこぼしていた。


これまでに「いいね」の一つすら付かなかったのに、自分の絵を褒めてくれる人ができた。

その事実だけで、幸せ者だと思える。




のちに、そのコメントの主が二十五年後、彼女を奇跡へ導くとは、まだ彼女はしらなかった。