推し彼は、浅葱色。

ひつじの夢

文字の大きさ
1 / 4

日常が非日常になった日~浅葱色の君、目の中葵紋~ 前編

しおりを挟む
「でさ~、今日やべぇイケメンを見かけたんよ!!しかも、何か侍っぽいやつ!!」

「え⁉なにそれー、ロケか?いーな~。オレも見たかった~」

「おはよ」

「おぅ!なぁ三井《みつい》ー、聞いてくれよ~!!長谷部《はせべ》のヤツ、何かヤバい人見たんだと」

「ふぁぁあ~……っ」

「そ、侍!!」

「……っ、え⁉」

あくびしようとしていた彼女の顎は、半開きで止まり、そっと手で戻す。
いつもと変わらぬ、朝の教室。いつも喋っているミーハー男子・長谷部が放った噂で、私の眠気は消え去った。

「…長谷部」

「おっ?どうした?」

「……ありがと。目、今の噂でかっ開いた。助かった」

「え、マジ?けどよ、ソイツと写真撮ったヤツ、いるらしいぜ?」

目を丸くしていると、ドドドっと血相変えて走って女子が一人、彼女に抱き着いた。

「おっはよ~☆」

「おっ、ニコ。この時間に来るとか、運がいいね!」

「でしょ~☆」

「今日ね、イケメンと写真、撮っちゃいました♡キャッハー!!」

ほら、見て~☆と言ってニコは、スマホ画面を誇らしげに差し出す。その横からゼーゼー息を枯らして、ヨロヨロしながらリコが歩いてきて、事情を説明している。

「ね、これ、SNSに上げよ?めっちゃ尊いし♪」

「うっわ、ずりぃ~!!オレも並びてぇー!!」

「マルはアンタ、ピアス多いから、斬られるかもな?」

「え⁉マジ⁉絶対やだ!!」

その噂は、またたく間に広がる。

でも、それだけ大事なのに騒ぎになっていないのは、何故?
……気になる。だけど、本当にソイツが侍だったら?きっと、普通に誰かが通報している。
なのに、先生は何も言っていなかった。
葵は、自問自答していた。モヤモヤして2時限目を終え、のちの昼休み。
葵はニコとリコと一緒に、ウワサがあった交差点に行く。半信半疑でコンビニから辺りを見回す。
交差点のど真ん中に寒空の下、和装の青年が呆然と立ち尽くす様子が見えた。
黒い長髪を高めに結った頭、鮮やかな羽織。足元は、薄っぺらい草履。

どう見ても不自然な人物なのに、目が離せない。
「あ、あの人!!……葵、アレだよ、あの人!!」

「うん。……確かに、侍っぽいヤツ、だな」

「いや、そうじゃなくて!!どうする?通報する?それとも--」

小声でニコとリコが青年を見つけ、指をさす。遠目から状況を読めず、葵は立ち上がった。

「ちょ、葵⁉どこ行くん⁉」

「ちょっとだけ、話してくる。写真を撮れたってことは、敵意がないってことだし」

「気ぃ付けろよ?一応ウチら、先生に伝えておくから。何かあれば、戻って来いよ?」

「うん、ありがと。行ってくる」

ニコとリコが心配する中、葵は青年にズカズカ躊躇なく歩み寄る。
ひらひら手を振る背中には、不安の二文字はどこにもない。

「こんにちは~☆あなたがウワサのお侍さんですか~?」

「…はて?侍とは、私のことであろうか?」

「うん、そ!アンタのこと。ぱっと見……新選組で、合ってる?」

「ええ。……私のことを存じているのですか?」


否定していない。ヤバい人ではないか、コイツ。普通のコスプレイヤーではなそそうだな……


葵はポケットのスマホ通知音に気付き、スマホを手に取る。画面には、にわかに信じがたい二行。

「葵~☆朝の写真、2万いいねがついたよ~♡」

「てか、何もされてない⁉大丈夫か⁉」

葵がスマホ画面を見ている隙に、青年は近づき、葵の顔を覗き込んでいた。

「……君。名は?」

「……っ⁉ち、近すぎだろっ!!ま、いっか……葵って言います…」

「そうか。葵殿…良い名だ。…私の名は、沖田総司」

あー……やっぱりこの人、本当に絵に描いたようなお侍さんだ……
腰に刀を差してないし、とりあえず敵意はなさそう……
何でここにいるか、聞いてみるか…


「つかさぁー、アンタさぁー」

「総司、とでも呼んでください」


葵は、興味津々で総司の羽織をまじまじと見ている。
その視線に気づき、総司はふふふっと微笑み、得意げに浅葱色の羽織を翻す。
くるりと一周回ると、よろけてお腹が鳴った。

ぐぅ~

「…ちょっと待ってて?」

苦笑して葵は、ポケットから三つキャンディーを取りだし、総司の手に握らせる。キャンディーを見たことがない総司は、訝しげにキャンディーを見つめ、匂いを嗅ぎ始めた。


「……コレは、何でしょうか。……薬?」

「あめ。…うーん、お菓子。甘い物」

クッソ~。アタシの語彙力、泣けてくる~。つか和風変換って、こんなに難しかったっけ?
ジェネレーションギャップって、こういうのを言うんだな……


「……くしゅんっ」

総司が、北風と同時にくしゃみをした。困ったように葵は笑って、総司にブレザーを被せる。

「……あ、ごめん。つい、反射で」

「え……ええ」

総司はブレザーを被せられ、火が灯ったように耳を赤く染めた。

「てかさぁ、アタシもお腹空いた~!!とりま、飯、行こー?」


ほら、行くよ?と涼しく笑って総司の手を引き、学校へ駆けていった。

葵はまだ、気付いていない。
--その視線が、葵だけを見ている、とは。



「先生、コンビニ近くの交差点で困っている人がいてさー」


校門近くを歩いていた体育教師・三竹《みたけ》に、声をかける。
先生は総司を見た瞬間、手の書類を落としてしまった。

「え⁉……うわっ⁉り、リアルに侍じゃねぇか!!」

さり気なく落ちた書類を葵が拾っていると、先生は総司を上下に二度見して、手をポンっと叩き、
ウワサを思い出したようだ。


「あ!!もしかして、お前。…生徒がウワサしていた2万いいねのアレか⁉」

「え?先生、この人を知ってるの?だったら話が早いね!!」

「お侍さん!!」

「はい?」

「どうだい?俺とひと勝負、していかねぇか?」

「よろしく頼む」


……ダメだ。この人たち、話聞こえていない。葵は総司を遮るように立ち、話に割って入り、総司の素性を明かす。

「ちょ⁉ふたり共、話聞いて‼」

「先生!!この人はね寒空の下、食べ物もお金もなくて困っているんですっ‼」


「…なるほど。で、助けた……ということか」

「…では、こっち来い。食べ物とは言っても、カップ麺だがな」

「ありがたいです!!何とお礼をしたら良いか……」

「いいってことよ」


葵は総司を先生へ送り届け、後ろ姿を見守って、教室へ戻った。

「三井」

「なーに、先生」

「良い行いをしたな。お前はきっと、幸せになれるぞ」


三竹先生は一瞬だけ葵に振り向き、ひと言残して総司と肩を組んで職員室へ向かった。



やがて昼休みが明け、午後の一時限目が終わりを迎える頃。

「何だ、アレ?」


丸山が廊下に騒がしい気配を感じ、窓から身を乗り出す。
その脇で、長谷部が手元のスマホ画面と、廊下を歩く校長ではなく、その横の人物を交互に見ている。


「あ、アレ‼朝の侍ボーイじゃね⁉」

「なにそれー!!見たい‼」

クラスがざわめき、生徒はゾロゾロ、これ見よがしに廊下へ雪崩れていく。

「おーい‼皆、席に着け?」


担任の女性・稲田は生徒に着席を促し、ドアを引く。
生徒全員、視線がドア一点に集まる。葵には、その様子がセミ磁石に見えた。
稲田の合図で、校長先生と長身のイケメンが足を踏み入れる。


「新しい転入生だ。よろしく頼む」

「沖田総司と申します。……よろしく」


総司はふわっと微笑み、一礼した。女子が黄色い声を上げ、クラスの空気がライブ会場へ、早変わり。

「ね、今こっち見た!!目、合ったかも⁉」
「めっちゃ尊い~♡」


うっわー……コイツ、逃げ場ないじゃん。
……しゃーないな。



「やめなよ。……困っているだろ、コイツ」

「え⁉なになに?三井、お前の彼氏?」

女子が、棘のように嫉妬深い眼差しを葵に向ける。
丸山はいら立った様子で舌打ちし、わざと葵を茶化した。


「は⁉違うし!!」

「んじゃ、何なの?」

「…ったく、コレだから女子は……」

丸山はムッとして、面倒くさそうに腕を組む。


「はいはいはい!!静かに~、君も席に着こうな?」

「…あそこ。三井の後ろに座って」

稲田が、葵の後ろの空席を指さす。歩き出した総司を女子が、かじりつくように目で追っていた。
席に着いた総司に、一斉に視線が止まる。

だが、周囲がざわついていても、本人は首をかしげていた。

空気が止まったように、クラスが静寂に包まれる。
彼の醸し出す浅葱色は、クラスを一瞬にして嵐を巻き起こしたようだった。
生徒、だけではない。担任・稲田も開いた口がふさがらず、手で隠している。


「先生ー、大丈夫ー?」

「え……ええ。願わくば、心臓をあと五個くらい欲しいです……」

「先生?顏、赤いよ⁉」


後編へ続く。

「推し彼は、浅葱色。」作→二度寝 小町《にどね こまち》






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

精一杯のエゴイスト

宮内
恋愛
地方都市で地味に働く佐和。以前の恋のトラウマに縛られて四年も恋愛から遠ざかる。そんな佐和に訪れた出会い。立ち止まる理由ばかりを探しても止まらない想いの先にあるものは。

一条さん結婚したんですか⁉︎

あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎ 嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡ ((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜 ⭐︎本編は完結しております⭐︎ ⭐︎番外編更新中⭐︎

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

処理中です...