【R18】セーフワード 狂気、増殖。

てっぺーさま

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第一部

落ちた女 ⑤

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「……田島君。もう一度聞くけど、何をしようとしているの?」
 田島が失言を悔いていたところで、彼女が再び問いかけてきた。こんなはずじゃなかった。緊張をともなう会話など望んでいなかった。当然、真実は語れない。しかし、三十年ぶりに再会したというのに、ここで話を打ち切り、別れを告げる気にもなれなかった。
「勝野さんは、神の存在って信じてる?」
 彼女はとまどった顔をした。
「え、神……? 神って、神様のこと?」
 勝野小百合が左目を向けて問い返してくる。彼女の目の下のほくろを見て田島はふと思う。そうやってほくろを強調しながら話す癖は昔のままだな、と。
「……田島君は、いると思ってるの?」
「いるんじゃないかって思ってる。だけど……」
「けど、何?」
 結局、自分がやろうとしていることを仄めかしたいという誘惑には勝てなかった。田島はテーブルの水を一口飲んでから続けた。
「ぼくは、ときどきこう思うんだ。正しく生きてる人間が、必ずしも幸せとは限らないってね。むしろ、他人に迷惑をかけようが好き勝手やってる連中のほうが楽しそうに生きてるように見える。非常識な人間は、気を遣うってことをしないからね。彼らはどこにいたって我が物顔だろ? まわりに気を遣っている人だけがいやな思いをして損な役回りを演じるんだ。理不尽な話だけど、それが現実なんだと思う。もし神がいるなら、さじ加減一つで、常識人が生きやすい世の中にできると思うんだ。でも実際そうなってないから、神が存在しないのか、もしくは神にとってぼくたち人間は、アリにも等しい存在なのかもしれない。誰も、地面を歩くアリになんか注意を払わない。だから、アリに等しいぼくらなんかに、神がいちいち関心を寄せるわけはないんじゃないかって思ってる。この考えは、ぼくが過去に一度、神の助けを切望したときに、何の助けも得られなかったという経験からきてるんだけどね。最悪のときに、神は見て見ぬふりだったよ。だから、アリであるぼくらは、自分たちのことは自分たちだけで解決するしかないのかなって。世の中って、必ずしも正義が行われてるわけじゃないよね? だったら神に代わって、誰かが正義を行う必要があるのかなって」
 語り終えると沈黙が降りた。彼女の顔は明らかにこわばっていた。田島はゆっくりと水の入ったグラスを口に運んだ。
 やがて、勝野小百合が緊張気味に聞いてきた。
「……それって、田島君が、神様に代わって正義を行うってことなの?」
 その質問には答えず、田島は皮肉っぽい笑みを浮かべるだけにとどめた。水では物足りなく感じ、すっかり冷めたコーヒーを口に運ぶ。ただ無駄に苦いだけの泥水を——。
 田島はあの四人の顔を思い浮かべた。彼らはあれだけのことをしたにもかかわらず、その罪を償うことなく今ものうのうと暮らしている。被害者であるこちらが事件後も苦しみ続けているというのに、加害者は何食わぬ顔をして普通の生活を送っているのだ。その許しがたい現実を改めて思い出し、激しい怒りで身体が震えた。
 おそらく憤怒で顔が醜く歪んでいたのだろう。勝野小百合が怯えた顔をしていた。目が合うと彼女はすぐに視線を外し、気を紛らわすかのように目の前のコーヒーカップに手を伸ばす。すでに、まともな会話ができるような雰囲気ではなくなっていた。
 怒りで身体が震える中、勝野小百合との再会は正解だったと感じた。あの悪夢の間接的な当事者と会ったことで、怒りの炎がこれまで以上に燃えさかったからだ。彼ら四人の運命はすでに決まっている。だが、今ではない。それがもどかしかった。できれば今すぐにでも、彼らをなぶり殺しにしてやりたかった。
 怒りのあまり、胸に強い圧迫感を覚えて息苦しくなった。うまく呼吸ができない。どうやら過呼吸になったようだ。生まれてはじめての経験だ。気づけば軽いパニック状態になっていた。目の前が白くかすみ、周囲の景色が曖昧になる。平衡感覚が失われ、まわりが揺れ動いているのか自分が揺れているのかわからなくなる。自分を心配しているらしい女性の声が遠くのほうから聞こえてくるが、どことなくそれは他人事のように感じられた。自分を呼ぶ声がひときわ大きくなったところで、視界が怯えた女性の顔をとらえた。相手が勝野小百合だと認識すると、突然我に返った。思わず喉から振り絞るように、すまない、と謝罪の言葉を口にした。
 身体全体が熱く火照る中、人前で我を失ったことを恥じた。心臓が早鐘を打っている。胸に手を当て、乱れた呼吸をなんとか静めようとする。やがて、いくぶん落ち着いてきたところで、残っていたグラスの水を一気に飲み干した。
 目的は果たせた。勝野小百合と再会したことで、復讐は正義だと確信することができた。
「今日はありがとう。会えてよかったよ」
 田島は立ち上がると、伝票を手にレジへと向かった。
「あ、待って。田島君」
 彼女の声は耳に届いていたが、振り返りはしなかった。



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