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第一部
Xデー前夜
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マイカーのハンドルを握る藤原は、割と空いた公道を時速六〇キロほどで走らせていた。Xデーを数日後に控え、気分はかなり高揚していた。景気づけに女でも呼んで、ぶっ倒れるまで腰を振ってやろうかという気分だった。
設定したXデーは、終日雨予報だった。雨の日は犯罪の証拠が残りにくいという大きなメリットがある。雨音で物音が聞こえにくくなる上、外出者が減り、さらに傘や雨具で視界が遮られるため、犯行自体が目撃されにくくなるからだ。そのため、あえて雨の日を選んだのだ。
ハンドルを握るトヨタのセルシオが、低速で地階の駐車場へ滑り込んでいく。空手スクールの帰りにラーメン店に寄ったせいで、時刻は午後九時を回っていた。
所定の位置にセルシオを駐車してエンジンを切ると、空手着が入ったリュックを持ってマイカーを降りる。このとき、妙な寒気を覚えて身震いする。
「……ん? 風邪でも引いたか?」
肩をいくぶん萎縮させながらドアを閉めたそのときだ。ふと殺気を感じて思わず下を向いた。すると、乗用車の下から手に握られた黒い物体がすっと現れ、右の足首に触れた。
次の瞬間、短い電子音が空気を切り裂いた。と同時に、足首から突き上がってきた激しい痺れに思わず飛び上がった。「スタンガンだ!」と心の声が叫ぶ。腰から落下し、硬い地面に尾てい骨を打ちつける。激痛で目の奥に火花が散る。間髪入れずに今度は腰のあたりに電流が走る。喉の奥から声が漏れ、仰向けに倒れ込む。コンクリートの無機質な天井が視界に映る。続いて首にも電流が走り、意識が半分飛んだ。
藤原が涎が垂れた口をパクパクさせていると、車の下から黒ぶちの眼鏡をかけた若い男がゆっくりと這い出てきた。涙に濡れた目で若い男を見つめる。男は姿勢を低くしたまま無表情にこちらを見下ろしてくる。あふれた涙が目尻を伝って耳の中に垂れていくのを感じ取りながら、同僚の鈴木貴子に想いを馳せた。
貴子、あとは頼んだぞ——。
身体の自由が利かない中、若い男は被っていたブルーのワーキングキャップを目深に被り直すと、注射器のようなものを首筋に突き刺してきた。すぐに吐き気が込み上げてきて意識が混濁しはじめる。ドス黒い死の恐怖が胸を圧迫してくる。駐車場内に足音が響き渡る。すると、新たな人影が現れた。あとから現れた男もブルーのワーキングキャップを被っていた。男はしゃがみ込むと、こちらの顔を乱暴につかんで薬の効果を確認するかのように強く揺さぶってくる。少しも力が入らないから、されるがままだ。すでに、心の中ですら相手を罵倒する気力も残っていなかった。
意識がもうろうとしたまま、セルシオのトランクに身体を押し込まれた。そのとき、うちわと雑誌が目にとまる。うちわは盆踊りをしている女性の写真が印刷されたもので、職場近くの夏祭りで配布されていたものだ。雑誌はグラビアアイドルが表紙の、『週刊アサヒ芸能』だ。トランクが閉じられると、瞬時に暗闇が広がった。やがてエンジン音が響いてきて、セルシオが動き出したことがわかった。
意識が死の淵に引きずり込まれそうになるのを、意志の力でどうにか踏みとどまる。だがしかし、小さな段差か何かを乗り越えたかしたのだろう。車体が小さく弾んだ拍子に、抵抗虚しく藤原の意識はすとんと闇に落ちていった。
◈
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設定したXデーは、終日雨予報だった。雨の日は犯罪の証拠が残りにくいという大きなメリットがある。雨音で物音が聞こえにくくなる上、外出者が減り、さらに傘や雨具で視界が遮られるため、犯行自体が目撃されにくくなるからだ。そのため、あえて雨の日を選んだのだ。
ハンドルを握るトヨタのセルシオが、低速で地階の駐車場へ滑り込んでいく。空手スクールの帰りにラーメン店に寄ったせいで、時刻は午後九時を回っていた。
所定の位置にセルシオを駐車してエンジンを切ると、空手着が入ったリュックを持ってマイカーを降りる。このとき、妙な寒気を覚えて身震いする。
「……ん? 風邪でも引いたか?」
肩をいくぶん萎縮させながらドアを閉めたそのときだ。ふと殺気を感じて思わず下を向いた。すると、乗用車の下から手に握られた黒い物体がすっと現れ、右の足首に触れた。
次の瞬間、短い電子音が空気を切り裂いた。と同時に、足首から突き上がってきた激しい痺れに思わず飛び上がった。「スタンガンだ!」と心の声が叫ぶ。腰から落下し、硬い地面に尾てい骨を打ちつける。激痛で目の奥に火花が散る。間髪入れずに今度は腰のあたりに電流が走る。喉の奥から声が漏れ、仰向けに倒れ込む。コンクリートの無機質な天井が視界に映る。続いて首にも電流が走り、意識が半分飛んだ。
藤原が涎が垂れた口をパクパクさせていると、車の下から黒ぶちの眼鏡をかけた若い男がゆっくりと這い出てきた。涙に濡れた目で若い男を見つめる。男は姿勢を低くしたまま無表情にこちらを見下ろしてくる。あふれた涙が目尻を伝って耳の中に垂れていくのを感じ取りながら、同僚の鈴木貴子に想いを馳せた。
貴子、あとは頼んだぞ——。
身体の自由が利かない中、若い男は被っていたブルーのワーキングキャップを目深に被り直すと、注射器のようなものを首筋に突き刺してきた。すぐに吐き気が込み上げてきて意識が混濁しはじめる。ドス黒い死の恐怖が胸を圧迫してくる。駐車場内に足音が響き渡る。すると、新たな人影が現れた。あとから現れた男もブルーのワーキングキャップを被っていた。男はしゃがみ込むと、こちらの顔を乱暴につかんで薬の効果を確認するかのように強く揺さぶってくる。少しも力が入らないから、されるがままだ。すでに、心の中ですら相手を罵倒する気力も残っていなかった。
意識がもうろうとしたまま、セルシオのトランクに身体を押し込まれた。そのとき、うちわと雑誌が目にとまる。うちわは盆踊りをしている女性の写真が印刷されたもので、職場近くの夏祭りで配布されていたものだ。雑誌はグラビアアイドルが表紙の、『週刊アサヒ芸能』だ。トランクが閉じられると、瞬時に暗闇が広がった。やがてエンジン音が響いてきて、セルシオが動き出したことがわかった。
意識が死の淵に引きずり込まれそうになるのを、意志の力でどうにか踏みとどまる。だがしかし、小さな段差か何かを乗り越えたかしたのだろう。車体が小さく弾んだ拍子に、抵抗虚しく藤原の意識はすとんと闇に落ちていった。
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