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第三部
謎の訪問者 ②
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麻里子はテレビの音で目を覚ました。からだを起こした瞬間、背中に鈍い痛みが走る。ソファの骨組みが長時間当たっていたせいだ。こんな安物しか買えない自分の境遇に、今さらながら怒りがこみ上げてきた。
「あ、そうだ……!」
藤原たちの失踪を刑事から聞かされたことを思い出し、麻里子は慌てて立ち上がった。
玄関の鍵を閉めてベランダ側の窓の施錠を確認すると、少しだけ肩の力が抜けた。再び安物のソファに腰を下ろす。どれくらい気を失っていたのだろう。窓の外はまだ明るい。時間を確認する。どうやら、二時間近く気を失っていたようだ。
麻里子は無性に煙草を吸いたくなった。けれど、何年も前に禁煙していたため、手元に用意はない。今から買いに行くだけの気力も残っていなかった。
「はあぁ、最悪……」
麻里子は大きなため息を漏らすと、自らの惨めな境遇を静かに呪いはじめた。
バブル経済の崩壊後、それまで順風満帆だった生活は一変した。父親が背負った多額の借金のせいで大学は中退せざるを得なくなり、家族仲はそのせいで一気に悪化した。定期的に海外旅行に出かけていたのが、まるで嘘のように感じられるほどの変わりようだった。
麻里子は実家を飛び出してすぐに、池袋のキャバクラ店で働きはじめた。社交的ではなかったため接客業はあまり得意としなかったが、高収入で給与が日払いという点が宿無しの身には何よりもありがたかった。
当初はウィークリーマンションを利用していたが、金がある程度貯まると、勤務地に近い板橋区のワンルームマンションへ移り住む。このころから、かつては毛嫌いしていた煙草を吸うようになり、自宅での深酒も習慣となりつつあった。部屋にいるときは、低俗なバラエティ番組を見ながらバカ笑いし続けるか、大音量でJ-POPを聴くかのどちらかだった。隣人に壁を叩かれようが気にも留めなかった。人に迷惑をかけようが、自分の快楽を優先させるのが当時のポリシーだったからだ。職場の仲間たちと明け方までどんちゃん騒ぎを繰り広げては、騒音に迷惑した近隣住民から警察を呼ばれたことも一度や二度ではなかった。さらには、玄関ドアに〝死ね!〟と書かれた張り紙を貼られたことさえあった。それでも酒が入ると歯止めが効かなくなり、真夜中だろうが気にせず友人たちとバカ騒ぎを続けた。
荒れた生活は仕事でのストレスも原因していたであろう。人格を否定してくる客、えんえんと暴言を吐き続ける客、執拗に身体を触ってくる客など、金さえ払えば何でも許されると思っている連中に精神を少しずつ削られていった。同伴や指名本数などのノルマもプレッシャーで、決して楽な仕事ではなかった。「酒飲んで客と話すだけで金がもらえるなんて楽な仕事だね」と笑いながら言ってくるような客には本気で殺意を覚えた。そんな連中には、一度キャバクラで働いてみろと言ってやりたくなった。
キャバクラでの仕事に嫌気がさしてくると、ほどなくして風俗で働くことを選ぶ。今度は場所を渋谷に移し、制服にルーズソックスが売りの店舗型ファッションヘルスで働きはじめた。そこでは大して接客態度がよくなかったにもかかわらず、容姿のおかげか指名や延長も多く、けっこうな稼ぎになった。ただし、仕事でのストレスをホストクラブで発散していたせいで、手元に残る金はいつも少なかった。
「一日に何本のAVが出てると思ってんの? 何十本、何百本と出演しない限り、身バレなんて絶対にないよ」
知人男性のこんな口車に乗せられ、企画物のアダルトビデオに出演したこともあった。ギャラは十万円ほどで、AVの仕事でその金額は安いようにも思えたが、金に困っていたこともあってその金額で了承し、街中でナンパされる素人女性を演じた。撮影中、男優役の男がベッドの上で、「気持ち良かったら声出していいんだよ」としつこく言ってきてうんざりさせられた。しかも明るい照明の下での撮影とあって気分も乗らず、まったく感じるということはなかった。本当に、ただの仕事だった。とはいえ、一、二時間程度の撮影で十万はボロいバイトだと思い、その後も金に困ると自ら出演を望み、何度か素人女性を演じた。
二十四歳のとき、妊娠を機に風俗の仕事を辞めた。肉体的にも精神的にも限界にきていたころだったから、むしろ歓迎すべきタイミングではあった。ところが、籍を入れたホストの男に妊娠中に逃げられたせいで、出産後はシングルマザーとして子どもを育てるはめになる。当然、逃げた男が養育費を払うはずもなく、仕方なく麻里子は安アパートに引っ越し、区からのわずかな援助に頼りながら近隣の物流倉庫で働きはじめた。
しばらくは平坦な日々が続いた。ところが、五歳になった息子が重い免疫系の疾患を抱えていることがわかると事態は一転する。完治がむずかしい病気で、体調を崩すたびに、息子は数日から数週間の入院を強いられた。もともと身体の弱い子どもだったが、原因は妊娠中の喫煙と飲酒にあったのではないかと思うと、麻里子は自分を呪うしかなかった。とはいえ、悔やんだところで過去は変わらない。そこで麻里子は、自分の不幸を少しでも他人に味わわせたいと願い、鼻からチューブを出している入院中の息子の写真を年賀状にして、細々と関係のあった者たちに送りつけて溜飲を下げた。
当然のことながら、子どもの医療費は家計を大きく圧迫した。親や別れた夫も当てにできなかったため、不本意ではあったが、再び風俗の世界に戻るしかなかった。だがそのころには、長年の不摂生と加齢の影響で、自分でもわかるほどに女としての商品価値は落ちていた。
新たな職場は、五反田の激安ソープランドだった。店の指示で年齢を七歳サバ読みし、店頭に飾る写真は大幅に加工された。そのため、写真指名した客は対面した瞬間落胆し、露骨に不機嫌になった。だが、そんな客の表情も、何度か見ているうちに何とも思わなくなった。
激安を売りにした店だけあって、当然客の質など望めるわけもない。たちの悪い客たちを相手に、麻里子はからだを売り続けた。心身ともに疲弊していく生活は、息子が十歳で他界するまで続いた。息子が死んだとき麻里子は涙を流したが、それが悲しみの涙なのかさえも、よくわからなくなっていた。長年のストレスで、心はすっかり消耗しきっていたからだ。それから十年が経った。今はパート勤めをしながら、安アパートでの独り暮らしだ。
クラスメートへの行為に対して、これまで罪の意識など感じたことはなかった。ちょっと度が過ぎただけの、ただの悪ふざけとしか思っていなかった。だが、藤原たちの失踪を伝え聞いた今、その考えを改めざるを得なくなっていた。
「あの四人が消えたのは、偶然のはずがない……。次は、自分なのか……」
麻里子はここにきてようやく、クラスメートへの行為を悔やみ、さらには他者を顧みることなく生きてきた自分の人生そのものを後悔した。
◈
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「あ、そうだ……!」
藤原たちの失踪を刑事から聞かされたことを思い出し、麻里子は慌てて立ち上がった。
玄関の鍵を閉めてベランダ側の窓の施錠を確認すると、少しだけ肩の力が抜けた。再び安物のソファに腰を下ろす。どれくらい気を失っていたのだろう。窓の外はまだ明るい。時間を確認する。どうやら、二時間近く気を失っていたようだ。
麻里子は無性に煙草を吸いたくなった。けれど、何年も前に禁煙していたため、手元に用意はない。今から買いに行くだけの気力も残っていなかった。
「はあぁ、最悪……」
麻里子は大きなため息を漏らすと、自らの惨めな境遇を静かに呪いはじめた。
バブル経済の崩壊後、それまで順風満帆だった生活は一変した。父親が背負った多額の借金のせいで大学は中退せざるを得なくなり、家族仲はそのせいで一気に悪化した。定期的に海外旅行に出かけていたのが、まるで嘘のように感じられるほどの変わりようだった。
麻里子は実家を飛び出してすぐに、池袋のキャバクラ店で働きはじめた。社交的ではなかったため接客業はあまり得意としなかったが、高収入で給与が日払いという点が宿無しの身には何よりもありがたかった。
当初はウィークリーマンションを利用していたが、金がある程度貯まると、勤務地に近い板橋区のワンルームマンションへ移り住む。このころから、かつては毛嫌いしていた煙草を吸うようになり、自宅での深酒も習慣となりつつあった。部屋にいるときは、低俗なバラエティ番組を見ながらバカ笑いし続けるか、大音量でJ-POPを聴くかのどちらかだった。隣人に壁を叩かれようが気にも留めなかった。人に迷惑をかけようが、自分の快楽を優先させるのが当時のポリシーだったからだ。職場の仲間たちと明け方までどんちゃん騒ぎを繰り広げては、騒音に迷惑した近隣住民から警察を呼ばれたことも一度や二度ではなかった。さらには、玄関ドアに〝死ね!〟と書かれた張り紙を貼られたことさえあった。それでも酒が入ると歯止めが効かなくなり、真夜中だろうが気にせず友人たちとバカ騒ぎを続けた。
荒れた生活は仕事でのストレスも原因していたであろう。人格を否定してくる客、えんえんと暴言を吐き続ける客、執拗に身体を触ってくる客など、金さえ払えば何でも許されると思っている連中に精神を少しずつ削られていった。同伴や指名本数などのノルマもプレッシャーで、決して楽な仕事ではなかった。「酒飲んで客と話すだけで金がもらえるなんて楽な仕事だね」と笑いながら言ってくるような客には本気で殺意を覚えた。そんな連中には、一度キャバクラで働いてみろと言ってやりたくなった。
キャバクラでの仕事に嫌気がさしてくると、ほどなくして風俗で働くことを選ぶ。今度は場所を渋谷に移し、制服にルーズソックスが売りの店舗型ファッションヘルスで働きはじめた。そこでは大して接客態度がよくなかったにもかかわらず、容姿のおかげか指名や延長も多く、けっこうな稼ぎになった。ただし、仕事でのストレスをホストクラブで発散していたせいで、手元に残る金はいつも少なかった。
「一日に何本のAVが出てると思ってんの? 何十本、何百本と出演しない限り、身バレなんて絶対にないよ」
知人男性のこんな口車に乗せられ、企画物のアダルトビデオに出演したこともあった。ギャラは十万円ほどで、AVの仕事でその金額は安いようにも思えたが、金に困っていたこともあってその金額で了承し、街中でナンパされる素人女性を演じた。撮影中、男優役の男がベッドの上で、「気持ち良かったら声出していいんだよ」としつこく言ってきてうんざりさせられた。しかも明るい照明の下での撮影とあって気分も乗らず、まったく感じるということはなかった。本当に、ただの仕事だった。とはいえ、一、二時間程度の撮影で十万はボロいバイトだと思い、その後も金に困ると自ら出演を望み、何度か素人女性を演じた。
二十四歳のとき、妊娠を機に風俗の仕事を辞めた。肉体的にも精神的にも限界にきていたころだったから、むしろ歓迎すべきタイミングではあった。ところが、籍を入れたホストの男に妊娠中に逃げられたせいで、出産後はシングルマザーとして子どもを育てるはめになる。当然、逃げた男が養育費を払うはずもなく、仕方なく麻里子は安アパートに引っ越し、区からのわずかな援助に頼りながら近隣の物流倉庫で働きはじめた。
しばらくは平坦な日々が続いた。ところが、五歳になった息子が重い免疫系の疾患を抱えていることがわかると事態は一転する。完治がむずかしい病気で、体調を崩すたびに、息子は数日から数週間の入院を強いられた。もともと身体の弱い子どもだったが、原因は妊娠中の喫煙と飲酒にあったのではないかと思うと、麻里子は自分を呪うしかなかった。とはいえ、悔やんだところで過去は変わらない。そこで麻里子は、自分の不幸を少しでも他人に味わわせたいと願い、鼻からチューブを出している入院中の息子の写真を年賀状にして、細々と関係のあった者たちに送りつけて溜飲を下げた。
当然のことながら、子どもの医療費は家計を大きく圧迫した。親や別れた夫も当てにできなかったため、不本意ではあったが、再び風俗の世界に戻るしかなかった。だがそのころには、長年の不摂生と加齢の影響で、自分でもわかるほどに女としての商品価値は落ちていた。
新たな職場は、五反田の激安ソープランドだった。店の指示で年齢を七歳サバ読みし、店頭に飾る写真は大幅に加工された。そのため、写真指名した客は対面した瞬間落胆し、露骨に不機嫌になった。だが、そんな客の表情も、何度か見ているうちに何とも思わなくなった。
激安を売りにした店だけあって、当然客の質など望めるわけもない。たちの悪い客たちを相手に、麻里子はからだを売り続けた。心身ともに疲弊していく生活は、息子が十歳で他界するまで続いた。息子が死んだとき麻里子は涙を流したが、それが悲しみの涙なのかさえも、よくわからなくなっていた。長年のストレスで、心はすっかり消耗しきっていたからだ。それから十年が経った。今はパート勤めをしながら、安アパートでの独り暮らしだ。
クラスメートへの行為に対して、これまで罪の意識など感じたことはなかった。ちょっと度が過ぎただけの、ただの悪ふざけとしか思っていなかった。だが、藤原たちの失踪を伝え聞いた今、その考えを改めざるを得なくなっていた。
「あの四人が消えたのは、偶然のはずがない……。次は、自分なのか……」
麻里子はここにきてようやく、クラスメートへの行為を悔やみ、さらには他者を顧みることなく生きてきた自分の人生そのものを後悔した。
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