【猟奇的サイコスリラー】イミテーション

てっぺーさま

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第二章 見え始めた悪意

打ち上げ ②

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 居酒屋の前に、拓海が呼んだタクシーが停まった。
 後部座席に乗り込んだ麗子に拓海が声をかける。
「本当に、いっしょに帰らなくていいんだね?」
「ええ、だいじょうぶ。でも、ごめんなさい。余計な心配をさせちゃって……」
 麗子が申しわけなさそうにうつむく。
「そんなことないよ。帰ったらすぐ休んだほうがいい。ぼくもなるべく早く帰るようにするから」
「そんな悪いわ。わたしのことは気にしないで。いつも最後の打ち上げは朝までカラオケで盛り上がるって言ってたじゃない。拓海さんが楽しんでくれたほうが、わたしもうれしいから」
「……わかった。じゃあ、気をつけて帰るんだよ」

       *  *  *

 麗子を見送ったのち、拓海は店内に戻った。
 座敷に上がろうとしたところで、ふと足が止まる。自分のことが話題に上っていたからだ。財布が入ったリュックを置きっぱなしにしているため他の席に行くわけにもいかず、仕方なく拓海は靴を履き直すふりをしながら、座敷の壁に背を向けて腰を下ろした。
「拓海さんって、結婚式はハワイですよね? いいなぁ、ハワイ。憧れるなぁ」
 みのりの弾んだ声が耳に届く。
 続いて、リョウの声が聞こえてきた。
「でもハワイで挙式って、いくらかかったんだろ? 拓海さん、貯金なかったよね? きっと、全額麗子さんが出したんだよ」
 あまりにも露骨な会話に、拓海は動くに動けなくなった。仕方なくスマホを取り出し、画面を眺めるふりをしながら戻るタイミングをうかがった。
「拓海さんって、見事な逆玉だよね」
 これはリョウの声だ。
 みのりの声が続く。
「確か、奥さんのコネで広告代理店に入社したんですよね? でも、毎日定時で帰れる広告代理店なんてあるんですかね?」
「あるんじゃないの」
 拓海は、広告代理店で働いていることになっていた。実際、麗子の知人の会社に、幽霊社員として籍を置いている。
「でも、いくらくらいもらってるんですかね?」
「わかんないけど、月に四、五十はもらってんじゃない?」
「ええっ、そんなに!? やばっ!」
「あくまで、あたしの予想だけどね。でもきっと、それくらいもらってると思うよ。今日の打ち上げ代もさくっと払ってくれるわけだし、最近は稽古帰りの食事も気前よく奢ってくれるじゃん」
「ですよねー。でも、そんなにもらってたら、わたしだって奢っちゃいますよー」
 そこへ、ナガタの声が割り込んできた。
「じゃあ、拓海君の奥さんは〝あげまん〟だね」
「ん? あげまん?」
 聞き返すみのりの声に、ナガタが驚いたような声で返す。
「え、知らないの? あげまん?」
「うん。リョウさんは知ってます?」
「知ってるよ。上げるの略でしょ」
「やだぁ、リョウさん、まんこってー」
 みのりがうれしそうにはしゃぐ声が聞こえてきた。ナガタのにやけた顔が目に浮かぶ。
「あげまんの人とエッチすると、男の人が出世するってやつですよね?」
「そうそう」
「じゃあ、間違いなく麗子さんはあげまんですね」
 みのりの納得したような声が聞こえてきた。
「ちょっとおれ、トイレ行ってくる」
 ナガタの声が聞こえ、やがて彼は拓海の横でサンダルを履くと、ふらつきながらトイレへ向かった。かなり酔っているようで、拓海に気づくことはなかった。
 これを好機とばかりに拓海は座敷へ戻ろうとしたが、そのタイミングでリョウの低い声が耳に飛び込んできた。
「ここだけの話、麗子さんって、ただのOLじゃないと思うんだよね」
「えー、どうしてですかぁ?」
「だって、佇まいが普通じゃないじゃん。食べ方だってめっちゃ上品だし、どっかのいいとこのお嬢さんって感じしない?」
「ああ、確かに。お金持ちっぽい雰囲気ありますよね」
「でしょ? まあ、お金持ちじゃないにしても、拓海さんに仕事を紹介できるくらいだから、コネとかいっぱい持ってる人だと思うよ」
「じゃあ拓海さんは、本当にいい人と結婚できたってことですね」
「まあそうだね。でも、麗子さんみたいな人を射止められたのも、拓海さんの魅力あってこそだからね」
「ですです! 拓海さん、イケメンで脱力系だからモテるんですよね」
「そう、それ! 成田凌みたいに、イケメンで脱力系って最強だよね」
「ですねー」
「話変わるけど、イケメン風ってイラッとしない?」
「あー、わかりますー。前髪で誤魔化してるタイプですよね?」
「そう、それそれ!」
「でも拓海さんは、リアルなイケメンだからありですよね」
「だねー。あー、あたしも、拓海さんみたいなリアルなイケメン彼氏ほしいわぁ」
 自分の話題が尽きそうになかったので、仕方なく拓海は、何食わぬ顔で座敷に戻った。
 拓海が姿を見せたとたん、リョウとみのりの会話がピタリと止まる。心なしか、二人とも気まずそうな表情を浮かべている。
 拓海は平静を装いながら、先ほどまでいた自分の席に腰を下ろした。
 リョウが何事もなかったかのように口を開いた。
「麗子さん、だいじょうぶですか?」
「ああ、だいじょうぶ。少し具合が悪くなっただけみたい」
「あの……、おめでたとかじゃ……ないですよね?」
 リョウの問いに、拓海は笑って答えた。
「それはないよ。子どもを作る予定はまだないんだ」
「えー、どうしてですかぁ?」
 みのりが驚いたように聞いてくる。
「話し合って決めたんだ。しばらくは、二人でいる時間を大切にしようって」
「あー、なるほどですね。それも素敵かも」
 納得した様子のみのりは、「わたしもお手洗い行ってきまーす」と言い残して席を立った。
 リョウが再び問いかけてきた。
「でも麗子さん、少し痩せましたよね? それに、前より元気がない気が……」
「それはぼくも気になってたんだ。一応、人間ドックを勧めてるんだけど」
「それがいいですよ。若くても癌になる人いますし、女性なら乳がんとか心配ですよね」
「そうだね。でも今は、癌も、早期発見できれば怖い病気じゃないっていうし」
「ですね」
 するとリョウが、ふと思い出したように言った。
「あ、そうだ。さっきは麗子さんがいたから聞けなかったんですけど、今日、元カノさん、来てませんでした?」
「え……?」
 グラスを持つ手が思わず止まる。
「気づきませんでした?」
「いや、気づかなかったな……」
「そうですか……。帽子に眼鏡、それにマスクもしてたんですけど、たぶんそうじゃないかなって」
 拓海はやんわりと反論する。
「でも、帽子にマスクに眼鏡じゃ、体型が似てたら誰でもそう見えるんじゃない?」
「まあ、そうかもですけど……」
「それに、元カノとは別れてから一度も連絡を取ってないよ」
「そうなんですね。じゃあ別人だったのかも……。てっきり元カノさんのほうに未練があって、こっそり見に来てたのかなって」
「それはそれで、ちょっと怖いけどね。リョウちゃんが見たのが元カノじゃないことを願うよ」
 拓海は冗談めかして言い、グラスを口に運ぶ。
「でも、拓海さんと元カノさん、すっごくいい感じでしたよね。麗子さんと違って可愛い系っていうか。それに、いっつも最前列に座って、拓海さんのこと応援してましたよね。なんで別れちゃったんですか?」
「価値観の違い……かな」
 拓海は当たり障りのない言葉で返した。
「ふーん、価値観の違いかぁ……。でも、すっごくお似合いだったのになぁ」
 リョウはいまだ煮え切らない様子だったが、ここでナガタがふらふらと戻ってきたため、彼にリョウの相手を任せて、拓海は別のテーブルへと向かった。



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