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第四章 闇堕ちする男
まるで監獄
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「また何かございましたら、お気軽にお問い合わせくださいませ」
拓海は、ふうと息をついてヘッドセットを外すと、管理者に一言告げて小休憩に入った。
休憩時に喫煙所へ向かう者は多かったが、拓海は煙草を吸わないため、同じフロアにある休憩室へとまっすぐに向かった。
休憩室に入って腰を下ろすなり、顔を上げて白い天井を見上げた。もううんざりだった。生産性のない仕事で時間を浪費している毎日に——。
働き始めた当初は、今よりいくらかましだった。新鮮な気持ちで取り組めていたから、時間が過ぎるのも早く感じられ、八時間労働もさほど苦にならなかった。だが、仕事に慣れるにつれて時間が過ぎるのが遅く感じられるようになり、今では八時間の労働が生き地獄でしかなかった。さらに追い打ちをかけるように、家では電話を取る夢を繰り返し見てしまう。そんな夢を見た日の朝の気分は最悪だ。寝ている時間でさえ仕事をしていたようなものなのだから。夢にまで出てくるのだから、コールセンターの仕事で受ける日々のストレスは相当なものなのだろう。そんな仕事を六年も続けている自分を褒めてやりたいくらいだった。
役者として本気で成功したいと思っていたから、コールセンターで電話など取っている場合ではないと感じていたが、生きていくためには生活の糧が必要で、日々ジレンマに苛まれていた。
まさか、自分が三十を過ぎてからもコールセンターで働いているなんて夢にも思わなかった。学生時代は漠然とではあったが、二十代半ばまでには何かしらで成功していると固く信じて疑うことはなかった。
テレビなどでよく、小学生の『将来なりたい職業ランキング』が紹介されるが、逆に『なりたくない職業ランキング』があったらどうだろう。コールセンターのオペレーターは上位にランキングされるのではないだろうか。他にも、介護士、警備員、清掃員、土木作業員、タクシー運転手あたりが並びそうだが、いずれにせよ、小学生が敬遠しそうな職業に自分が就いているという事実に絶望感を覚えてしまう。今の自分は、十代のころに思い描いていた理想の三十代とはあまりにもかけ離れていた。
同じフロアで働く四十代、五十代の男たちを見ては、ああはなりたくないと強く思った。彼らは一様に、常に死んだ魚のような目をしており、顔に生気がなかった。その無気力さは声にも表れていた。
慇懃無礼——という言葉を見事に体現していた。ていねいな言葉遣いではあるが、明らかに悪意のこもった声色で客を不快にさせる。おそらく、卑しい心が声帯を不協和音で震わせ、それが声に乗って伝わるのだろう。
そんな彼らからは希望はまったく感じられず、この先どうあがいても落ちていくだけの人生が待っているのは明らかだ。転職したくても年齢的に清掃員か警備員くらいしか選択肢はなく、仕方なく今の仕事にしがみついているといった感じだ。とはいえ、自分もこのままだと彼らの仲間入りだ。自分が彼らに近づきつつあるのは紛れもない事実だった。
三十を過ぎたというのに、年収は三百万にも満たない。いつぞやの打ち上げの席では、IT企業に勤めるイシバシという男から年収と肩書きでマウントを取られたが、そのときは本気で殺意を覚えたものだ。麗子の心証を損ねないよう何とか怒りを抑えて寛容さを示したが、あんなクズから見下されるのも、売れない俳優として燻っている自分が原因なのだ。
今、自分は底辺にいる。最底辺ではないかもしれないが、それに近い場所にいるのは確かだ。浮上する見込みはなく、緩やかに下降している感覚しかない。こんな不安定な生活がいつまで続くのか。終わりが見えず、それが死ぬほど辛かった。
そんな八方塞がりのときに舞い込んできたのが、佐藤からの提案だった。それは神からの救済のように感じられた。うまくいけば、宝くじの高額当選並みの幸運を自ら引き寄せることができる。
今の苦境を脱するには、佐藤の計画に乗るしかなかった。当然、危険な橋を渡ることになるが、人生を好転させるにはこのチャンスに賭けるしかない。そして、計画を絶対に成功させるためにも慎重に行動する必要があった。
慎重さの中には、「美穂に会わない」ことも含まれる。しばらく彼女に会えないのは辛いが、計画を成功させるためには我慢するしかなかった。
拓海は腕時計で時間を確認する。休憩時間が終わりに近づいていた。
「はあ……」
あと六時間もここに拘束されるのかと思うと、ため息しか出なかった。まるで監獄にいるような気分にさせられる。やはり、こんな毎日に終止符を打つ必要があった。
もうじき、新庄麗子が顔に火傷を負ったと偽り、こちらの気持ちを試してくるはずだ。そこで、迫真の演技で永遠の愛を誓えばいい。だまされたふりをしながら、腹黒くだまし返すのだ。
「麗子、こっちは準備ができてるぞ。さあ早く、子どもじみた嘘をつくがいい。このぼくが、お前の嘘を偽りの言葉で覆い尽くしてやる」
◈
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拓海は、ふうと息をついてヘッドセットを外すと、管理者に一言告げて小休憩に入った。
休憩時に喫煙所へ向かう者は多かったが、拓海は煙草を吸わないため、同じフロアにある休憩室へとまっすぐに向かった。
休憩室に入って腰を下ろすなり、顔を上げて白い天井を見上げた。もううんざりだった。生産性のない仕事で時間を浪費している毎日に——。
働き始めた当初は、今よりいくらかましだった。新鮮な気持ちで取り組めていたから、時間が過ぎるのも早く感じられ、八時間労働もさほど苦にならなかった。だが、仕事に慣れるにつれて時間が過ぎるのが遅く感じられるようになり、今では八時間の労働が生き地獄でしかなかった。さらに追い打ちをかけるように、家では電話を取る夢を繰り返し見てしまう。そんな夢を見た日の朝の気分は最悪だ。寝ている時間でさえ仕事をしていたようなものなのだから。夢にまで出てくるのだから、コールセンターの仕事で受ける日々のストレスは相当なものなのだろう。そんな仕事を六年も続けている自分を褒めてやりたいくらいだった。
役者として本気で成功したいと思っていたから、コールセンターで電話など取っている場合ではないと感じていたが、生きていくためには生活の糧が必要で、日々ジレンマに苛まれていた。
まさか、自分が三十を過ぎてからもコールセンターで働いているなんて夢にも思わなかった。学生時代は漠然とではあったが、二十代半ばまでには何かしらで成功していると固く信じて疑うことはなかった。
テレビなどでよく、小学生の『将来なりたい職業ランキング』が紹介されるが、逆に『なりたくない職業ランキング』があったらどうだろう。コールセンターのオペレーターは上位にランキングされるのではないだろうか。他にも、介護士、警備員、清掃員、土木作業員、タクシー運転手あたりが並びそうだが、いずれにせよ、小学生が敬遠しそうな職業に自分が就いているという事実に絶望感を覚えてしまう。今の自分は、十代のころに思い描いていた理想の三十代とはあまりにもかけ離れていた。
同じフロアで働く四十代、五十代の男たちを見ては、ああはなりたくないと強く思った。彼らは一様に、常に死んだ魚のような目をしており、顔に生気がなかった。その無気力さは声にも表れていた。
慇懃無礼——という言葉を見事に体現していた。ていねいな言葉遣いではあるが、明らかに悪意のこもった声色で客を不快にさせる。おそらく、卑しい心が声帯を不協和音で震わせ、それが声に乗って伝わるのだろう。
そんな彼らからは希望はまったく感じられず、この先どうあがいても落ちていくだけの人生が待っているのは明らかだ。転職したくても年齢的に清掃員か警備員くらいしか選択肢はなく、仕方なく今の仕事にしがみついているといった感じだ。とはいえ、自分もこのままだと彼らの仲間入りだ。自分が彼らに近づきつつあるのは紛れもない事実だった。
三十を過ぎたというのに、年収は三百万にも満たない。いつぞやの打ち上げの席では、IT企業に勤めるイシバシという男から年収と肩書きでマウントを取られたが、そのときは本気で殺意を覚えたものだ。麗子の心証を損ねないよう何とか怒りを抑えて寛容さを示したが、あんなクズから見下されるのも、売れない俳優として燻っている自分が原因なのだ。
今、自分は底辺にいる。最底辺ではないかもしれないが、それに近い場所にいるのは確かだ。浮上する見込みはなく、緩やかに下降している感覚しかない。こんな不安定な生活がいつまで続くのか。終わりが見えず、それが死ぬほど辛かった。
そんな八方塞がりのときに舞い込んできたのが、佐藤からの提案だった。それは神からの救済のように感じられた。うまくいけば、宝くじの高額当選並みの幸運を自ら引き寄せることができる。
今の苦境を脱するには、佐藤の計画に乗るしかなかった。当然、危険な橋を渡ることになるが、人生を好転させるにはこのチャンスに賭けるしかない。そして、計画を絶対に成功させるためにも慎重に行動する必要があった。
慎重さの中には、「美穂に会わない」ことも含まれる。しばらく彼女に会えないのは辛いが、計画を成功させるためには我慢するしかなかった。
拓海は腕時計で時間を確認する。休憩時間が終わりに近づいていた。
「はあ……」
あと六時間もここに拘束されるのかと思うと、ため息しか出なかった。まるで監獄にいるような気分にさせられる。やはり、こんな毎日に終止符を打つ必要があった。
もうじき、新庄麗子が顔に火傷を負ったと偽り、こちらの気持ちを試してくるはずだ。そこで、迫真の演技で永遠の愛を誓えばいい。だまされたふりをしながら、腹黒くだまし返すのだ。
「麗子、こっちは準備ができてるぞ。さあ早く、子どもじみた嘘をつくがいい。このぼくが、お前の嘘を偽りの言葉で覆い尽くしてやる」
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