イカロスの騎士【帝国篇】

草壁文庫

文字の大きさ
18 / 32
第2章

第16話 王女のブローチ

しおりを挟む
「燕のブローチ、せっかくあなたにもらったのに。譲れって、弟に。母上が……そう言うから。弟に、あげてしまった……」

 ライラは、顔を隠すように俯く。

「今日、つけたかった。本当は。でも、シエルがとても喜んだから、言えなくて」

 プロクスはライラを抱き寄せる。

「ごめんなさい、プロクス。我慢したけど、できなかった」
「謝ることはない。大丈夫だよ、ライラ。よく我慢した」

 ライラは、プロクスの胸で静かに泣く。誰かに抱きしめられるのも久しぶりだった。

「さぁ、ライラ。そろそろ時間だ。君にはこれを」

 プロクスは胸のスズランのブローチを外すと、ライラのドレスに付けた。

「母上から子どもの時に贈られたものだ。守護の祈りが込められている。また私が君に美しい鳥を贈るから、それまで預かっておいてくれ」

 ライラはぼんやりしていたが、ややあってそのブローチにそっと触れた。

「……ありがとう、大切なものなのに……。困らせて、ごめんなさい」

 プロクスはライラの鼻をちょんとつつくと、乱れた髪を撫でた。

 プロクスは、壁に立っていたウェールスに合図する。ウェールスは口元に笑みを作ると、侍女を部屋に招いた。心配そうな顔をした侍女が、すぐさま部屋に飛び込んでくる。

 プロクスとウェールスは部屋を出た。準備ができるまで、二人は中庭で待つことにした。

「燕のブローチ、せっかくあなたにもらったのに。譲れって、弟に。母上が……そう言うから。弟に、あげてしまった……」

 ライラは、顔を隠すように俯く。

「今日、つけたかった。本当は。でも、シエルがとても喜んだから、言えなくて」

 プロクスはライラを抱き寄せる。

「ごめんなさい、プロクス。我慢したけど、できなかった」
「謝ることはない。大丈夫だよ、ライラ。よく我慢した」

 ライラは、プロクスの胸で静かに泣く。誰かに抱きしめられるのも久しぶりだった。

「さぁ、ライラ。そろそろ時間だ。君にはこれを」

 プロクスは胸のスズランのブローチを外すと、ライラのドレスに付けた。

「母上から子どもの時に贈られたものだ。守護の祈りが込められている。また私が君に美しい鳥を贈るから、それまで預かっておいてくれ」

 ライラはぼんやりしていたが、ややあってそのブローチにそっと触れた。

「……ありがとう、大切なものなのに……。困らせて、ごめんなさい」

 プロクスはライラの鼻をちょんとつつくと、乱れた髪を撫でた。

 プロクスは、壁に立っていたウェールスに合図する。ウェールスは口元に笑みを作ると、侍女を部屋に招いた。心配そうな顔をした侍女が、すぐさま部屋に飛び込んでくる。

 プロクスとウェールスは部屋を出た。準備ができるまで中庭で待つことにした。

 春の庭は穏やかで、王の誕生日が晴れで良かった、とプロクスは思った。

「……久しぶりに爆発しました」

 ウェールスは小さく呟いた。

「よくここまで我慢している」

 プロクスはまだ十三歳の娘が心配で仕方がない。他の子ども同様甘やかしたいが、彼女は将来サンクトランティッド帝国の宗主となる。国の安寧を守るために祈りを捧げ、前線に立つ可能性もある。時に厳しく接してきたが、彼女の泣き顔を見ると胸が苦しくなる。

「そうですね。私が十三の時とは大違いだ」
「君はとても気が短かったね。すぐケンカするし」

 あぁ……とウェールスは照れたように笑ったが、ふと真顔になってプロクスを見た。

「こんなところでお話するのも申し訳ないですが、王に申し上げたことは真ですか?王が私におっしゃいました。退官後、あなたが国を出て行くと」

 プロクスは、ベール越しにウェールスを見つめた。

「あぁ、そうだよ」

 こともなげに答えたプロクスに、ウェールスは肩を落とした。

「……どこへ?」
「海の向こうへ」
「子どもの頃、不死身の者たちが旅だったという楽園があると聞いたことがありますが……サーティス=ヘッドを散歩するあなたのことだ。魔窟も飽きられたということですか。生きたまま、向こうへ行くなど――不可能に近いのに」

 ウェールスは、ため息をついた。

 この国の人々の魂は、死後空を渡る帚星のごとく、天を駆け上っていく。魂には魔力があり、約束された地へ行くのだとされていた。

 海を行く船はあるが、それは沿岸のみ。大陸を囲む海の周囲には壁があり、遙か向こうには異界があるとされ、人が生きたまま行ける場所ではない。

 自らの肉体を保ったまま海を渡る者は、体中に精霊紋マーブルと呼ばれる複雑で美しい紋様を持つ精霊人マーブルスのみだった。

 精霊人は、他の人々と違って死ぬとその魂は大地に還り、風や植物、土になるとされている。
 伝説に残る精霊族は精霊人の祖だが、今のサーティス=ヘッドと呼ばれる魔界で起きた大規模な災害が原因で滅んだ。

 生き残った精霊人は最初こそ崇められたが、その力を恐れられ時には迫害され、捕らわれ奴隷とされ、その紋様の美しさを愛でられて狩りの対象となった。

 精霊人であるとしても、多くの者がそれを隠す。時には大地の精霊に愛でられ、突然変異により生まれる場合もあった。

 ウェールスは、静かにプロクスを見つめる。

 騎士王の魔力の高さを彼は知っている。精霊人は常人とは桁違いの魔力を有し、再生能力も高く、不老不死だと彼は聞いていた。

 (――閣下は精霊人だろうか)

 そのような噂を聞き、ウェールス自身もそれをずっと疑ってきたが、それを口にはしない。
 それを抜きにしても、騎士王の存在は彼にとって大きかった。

「あなたを失うことに、耐えられそうにない。私だけでなく、王女やジークも」

 プロクスはその言葉に、小さく笑う。

「上がいないのは楽だぞ。好き勝手できる」
「十分、今でも自由にさせていただいております。あなたのおかげだ」
「まだ三年ある。ライラの戴冠までは居座らせてもらう予定だ。勝手に殺すなよ」
「それは失礼いたしました」

 おどけて笑うウェールスの肩を、プロクスは「こら」とばかりに小さくこづく。

「ところで、団長の君がなんでここにいるんだ?指揮はどうした」
「もう一人の副団長アイビスに任せております。……話は戻りますが、さっきあなたの部屋の中で私の話をしていませんでしたか?」
「あぁ。君の暗殺計画を立てていたんだ」

 ウェールスはプロクスを二度見した。

「だが、君がここにいるとなると、目標はアイビスに変えた方が良いのかな。彼女もなかなかの遣り手だ」

 プロクスは、男にも勝る長身で立派な体躯のアイビスを思い出す。

「やめてください。貴重な人材を奪わないでいただきたい」

 頭が痛いと、ウェールスは左手で額を押さえている。

「まぁ、これは冗談だが。あの二人がどんな攻略法を出すか楽しみだ」
「賭けますか?攻略法を見つけるかどうか」
「良いだろう。見つけるに賭ける。まぁ、無理だろうが……勝ったら君の妻の刺繍入りハンカチを一枚」

 ふむ、とウェールスは顎を撫でる。

「妻の刺繍が随分評判なようだ。なら、私が勝ったらあなたの部屋に飾られているガーガリオンの槍をください」

 ガーガリオンの槍とは、三つの頭を持つ蛇を射止めたという槍だ。英雄アトラスが精霊王から得たという槍の話は、昔からこの国で語られる英雄譚の一つとして愛されている。

 実際にその槍は存在していて、今はプロクスのロバグッズと共に部屋の片隅に置かれていた。

「君は子どもの時からあれを欲しがるなぁ。さすがこの国一の槍遣いだ。引退するから別に構わんが」

 プロクスは幼い頃のウェールスを思い出してくすくす笑う。

 父親に連れられプロクスの元に訪れたウェールスは、部屋にある武器に興味津々であっちこっち引っかき回しては父親に怒られていた。

「約束ですよ」

 堂々と国宝と妻の刺繍入りハンカチを同格だと言ったも同然の近衛騎士団長は、不敵な笑みを浮かべた。


✧ ✧ ✧


 ライラは十三歳だが、すでに堂々とした立ち居振る舞いを身につけ、凜と背筋を伸ばして歩く。目線の遣り方、頷き方一つにしても、幼い頃よりプロクスにより指導を受けてきた。

 その様子を見ると、まだ子どもだと侮っていた貴族も沈黙し、彼女に敬意を払い、頭を下げた。

 ライラの眼差しは力強い。王の証である【夜】の目を見た者は、その美しさに息をのみ、或いはため息をついた。
【夜】は正統なる王家の血を引く者でも、魔力が非常に高く、優れた者のみが有する。ライラはすでに目の力を掌握しており、白目にその色が染み出すことなく、瞳にその色を収めている。

 彼女は玉座にいる王と王妃に優雅に一礼した。

 今日の王は、仮面を被り、痩せた体をゆったりとした服で隠している。普段寝付いているとは思えないほどしっかりと背筋を伸ばし玉座に座る。その隣では、美しい王妃がライラを微笑んで見下ろしている。

 ライラは、両親に挨拶をし、次いで誕生日の祝いの口上を述べる。その高らかな声はよく響いた。

 宰相が進み出て、宴の始まりの合図をする。
 
 音楽が賑やかに鳴り始めた。次から次へと王に対する祝辞を述べる者は続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...