月雨記 〜月詠と黒獅子〜

天王晴風

文字の大きさ
14 / 21

第十四話

しおりを挟む
まったく何を考えているんだろう
ピシャ
湯を肩にかける
考えてみれば冷の事は何も知らない
どうして商屋を営んでいるのかも
どうして腐谷までついて来たのだろう
どうしてこんな待遇を...してくれるのか
謎だらけだった

どうして構ってくれるのか、聞いてみたいがまた言われるのは分かっている
"嫁にする"
絶対にお断りだ

それが引っかかって上手く聞けないのだ
考えてみたら誰かと行動を共にするのは久々だった
乗り合いの馬車と聖堂の仮眠室以外はだが

一人に慣れすぎて戸惑うのだ
どう接したらいいのか戸惑うばかりだ

ぱしゃり
指で湯を弾いた
水滴が油面に文様を作る
これまでも男に絡まれた事は何度もある
甘い言葉に騙されて男娼館に売り飛ばされそうになった事も
お陰で騙そうと怪しげな考えを持つ輩は見分けわれるようになった
しかし、冷は違った
そう、空気の様に側にいてくれる
冗談はいうが、直接どうこうしようとはしない
不思議な男だ

腐界びとなのに...
警戒心はまだある
人間そっくりで人間であろうとしている
そう、店の使用人達も腐界びとだった
腐界びとの階級なら白級の上位になるだろう
望めば来世を思って浄土に旅立つ事が出来るのに
何故そうしないのか
ここまで苦労の連続だったろう
想像を絶する苦難を乗り越えて来た人達だ
いつか、聞いてみたいと思った

湯から上がると服棚から亜麻色の衣装を手に取った
湯上がり着から着替えて鏡台の椅子に座る
髪に髪油を丁寧にすり込んでから櫛で梳いた
髪を高く纏めて髪飾りで留めた

靴下を履いて玄関に向かうと、靴箱の中も靴でいっぱいだった
水色の靴を選んで履く
少しだけ街を見物しようと客間を出た

閑静な庭を一周してから勝手口から出るとまあ、賑やかだ
人人人、慣れないとぶつかってしまいそうだ
月詠は店に入った
使用人達は知っているのか声を掛けてこない
奥の帳場にいた冷に言った
「少し見物して来ます」
「ああ。迷子になるなよ」
「なりませんよ、ちゃんと犀形屋だって覚えていますから」
「そうか。気をつけてな」
「行ってきます」
何やらニヤけ顔が気に入らなかったが、月詠は自信満々に人混みに紛れ込んだ

そして、迷子になった
出店や好奇心で店に入っただけじゃない
何せ人が多すぎるのだ
人の波に流されて遠くまで来てしまった様に思う
自力で帰るのを断念した月詠は、停車場に停まっていた辻馬車に声を掛けて乗せてもらった
「犀形屋まで」

夕食には間に合ったが、しっかり冷に笑われた
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

処理中です...