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第十五話
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帝都の犀形屋に逗留して三日後に使者が訪れた
月詠に一礼した初老の使者は顔は上げずに丁寧に言った
「ご会談は二日後の正午となりました。いつも通りお迎えに参りますが、こちらでよろしいでしょうか」
月詠は微笑む
「はい。承知しましたとお伝えください。迎えはここ犀形屋にお願いします」
「畏まりました」
「燕茈、元気そうで何よりです」
「月詠様もご健勝のご様子、帝王にお伝え申し上げます」
畏まった使者は同席した冷にも一礼して帝城に帰って行った
「知り合いか?」
「ええ。彼が成人の儀を終えて配属されたのが私との連絡係でした。真面目で堅苦しいところは変わりません」
「そうか」
「彼の祖先も知ってますよ。初めて配属された者からずっと覚えています」
そう言った月詠の表情は懐かしさもあり哀しさも混じっていた
時間から切り離されている存在だと思い知る時でもあったからだ
「月詠は浄土に行きたいと思わないのか」
「私ですか?」
月詠は哀しげになった
「何度も思いましたよ。腐獣に飲み込まれそうになった時も、知り合いが寿命で亡くなった時も、腐谷で浄化して魂が引きちぎれそうになった時も、何度も浄土に行こうと思いました」
ふぅ、と小さく息を吐く
「でも、私がいなくなったら人間界は腐獣だらけになってしまう。それだけは嫌なのです」
「それで一人でいるのか」
「ええ。知り合いが亡くなっても浄土に辿り着けるように祈れる距離感の方がいいのです」
まるで自分に言い聞かせているようだと冷は思った
月詠は顔を上げ左手側の席に着いている冷へと顔を向けた
「貴方はどうなのですか?」
「何だ?」
「貴方は浄土に旅立つだけなのに、どうして腐界人のままでいるのですか?」
「それはな」
冷は皮肉げに左の口の端を上げた
「忘れてしまうからだ」
「忘れてしまう?」
「そうだ。俺が生きていた時、死んだ理由、闘いを生き抜いて来た道、全ての記憶を失ってしまうのが嫌なんだ」
「記憶...」
月詠は目を見張った
そんな事は考えても見なかった
冷にとっての記憶は忘れたく無いもの
では、自分にとっての記憶とは何だろうと思い巡らせた
少し考えて思い至った
「私も忘れたく無い。一緒に旅をした人達、親切にしてくれた人達、燕茈のように、ずっと覚えていたい」
正解が見つかった時のように嬉しそうに笑った
「月詠は優しいな。優しすぎる。腐谷で俺を守ってくれた。感謝する」
「これからはちゃんと話しますから...」
済まなかったと頭を下げた
そんな月詠を見つめて真剣な表情で冷は言った
「優しい月詠を守ると誓約する。いかなる時も傷つけないと誓約する。月詠が月詠である限り、月詠を尊敬し、愛すると誓約する」
月詠の顔が真っ赤になった
「またそれですか、やめて下さいっ」
ガタン、と椅子を蹴り立てて立ち去ろうとした月詠の手を冷は掴んだ
そして手の甲に口付けする
「全ての誓約を誓う。愛している、月詠」
「だからっ」
掴まれた手を取り戻すと、走って行ってしまった
一人残された冷は、月詠の手を掴んでいた手のひらに口付ける
幸せそうに笑っていた
月詠に一礼した初老の使者は顔は上げずに丁寧に言った
「ご会談は二日後の正午となりました。いつも通りお迎えに参りますが、こちらでよろしいでしょうか」
月詠は微笑む
「はい。承知しましたとお伝えください。迎えはここ犀形屋にお願いします」
「畏まりました」
「燕茈、元気そうで何よりです」
「月詠様もご健勝のご様子、帝王にお伝え申し上げます」
畏まった使者は同席した冷にも一礼して帝城に帰って行った
「知り合いか?」
「ええ。彼が成人の儀を終えて配属されたのが私との連絡係でした。真面目で堅苦しいところは変わりません」
「そうか」
「彼の祖先も知ってますよ。初めて配属された者からずっと覚えています」
そう言った月詠の表情は懐かしさもあり哀しさも混じっていた
時間から切り離されている存在だと思い知る時でもあったからだ
「月詠は浄土に行きたいと思わないのか」
「私ですか?」
月詠は哀しげになった
「何度も思いましたよ。腐獣に飲み込まれそうになった時も、知り合いが寿命で亡くなった時も、腐谷で浄化して魂が引きちぎれそうになった時も、何度も浄土に行こうと思いました」
ふぅ、と小さく息を吐く
「でも、私がいなくなったら人間界は腐獣だらけになってしまう。それだけは嫌なのです」
「それで一人でいるのか」
「ええ。知り合いが亡くなっても浄土に辿り着けるように祈れる距離感の方がいいのです」
まるで自分に言い聞かせているようだと冷は思った
月詠は顔を上げ左手側の席に着いている冷へと顔を向けた
「貴方はどうなのですか?」
「何だ?」
「貴方は浄土に旅立つだけなのに、どうして腐界人のままでいるのですか?」
「それはな」
冷は皮肉げに左の口の端を上げた
「忘れてしまうからだ」
「忘れてしまう?」
「そうだ。俺が生きていた時、死んだ理由、闘いを生き抜いて来た道、全ての記憶を失ってしまうのが嫌なんだ」
「記憶...」
月詠は目を見張った
そんな事は考えても見なかった
冷にとっての記憶は忘れたく無いもの
では、自分にとっての記憶とは何だろうと思い巡らせた
少し考えて思い至った
「私も忘れたく無い。一緒に旅をした人達、親切にしてくれた人達、燕茈のように、ずっと覚えていたい」
正解が見つかった時のように嬉しそうに笑った
「月詠は優しいな。優しすぎる。腐谷で俺を守ってくれた。感謝する」
「これからはちゃんと話しますから...」
済まなかったと頭を下げた
そんな月詠を見つめて真剣な表情で冷は言った
「優しい月詠を守ると誓約する。いかなる時も傷つけないと誓約する。月詠が月詠である限り、月詠を尊敬し、愛すると誓約する」
月詠の顔が真っ赤になった
「またそれですか、やめて下さいっ」
ガタン、と椅子を蹴り立てて立ち去ろうとした月詠の手を冷は掴んだ
そして手の甲に口付けする
「全ての誓約を誓う。愛している、月詠」
「だからっ」
掴まれた手を取り戻すと、走って行ってしまった
一人残された冷は、月詠の手を掴んでいた手のひらに口付ける
幸せそうに笑っていた
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