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第三話『目覚めたら、無能貴族の三男だったんだが?』
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静寂。
空間そのものが、音を拒んでいるような錯覚に陥るほどの沈黙だった。
風の音。葉擦れ。どこか遠くで響く鳥の鳴き声。
——それだけ。
ゆっくりと意識が浮上する。
暗闇の奥から引きずり出されるような感覚。重たいまぶたが震え、ひとすじの光が網膜を刺す。
目が覚めた。
それが自覚できたのは、光ではなく、音だった。
魔界では一秒たりとも訪れなかった静けさが、この世界に満ちている。
耳をつんざく悲鳴も、破裂音も、咆哮もない。
それだけで、自分がどこか“異質な場所”にいることを、皮膚が感じ取っていた。
「……どこ、だ……?」
喉がかすれる。
だが、声は出た。自分のものとは思えない、高く細い音。
違和感が、そこでようやく決定的になる。
——この身体、俺のじゃない。
ゆっくりと、首を動かす。
視界が少しずつ鮮明になっていく。
最初に見えたのは天井。白い漆喰に、規則的な木の梁。飾り気のある鉄製の照明具が吊るされていた。
明らかに、魔界の建築様式とは違う。
顔を横に向ける。
ベッド脇には小さな木のテーブル、窓辺に吊るされたレースのカーテンが、柔らかな風に揺れていた。
差し込む光。あたたかい。優しい。
目が痛いほどに——清潔だった。
ゆっくりと手を持ち上げる。
白い。細い。動きが鈍い。力が……まるで入らない。
肩の関節が軽く、骨が薄い。関節がゆるくて、神経が過敏。
「……これ、子供の身体か?」
俺が使っていた肉体と比べて、明らかに未成熟だ。
いや、それどころか——魔力の流れがほとんど感じられない。
本来なら体内を巡っているはずの魔力経路が、か細く、未発達で、意識を通そうとしても拒絶される。
「魔力回路が……ほぼ死んでる。こりゃまた、ずいぶん不便な素材に憑いたもんだな」
魂が転移するには器が必要だ。
つまり、この体の“本来の持ち主”は死にかけていたか、意識を手放していた。
魔力が絶たれたことから見ても、それは間違いない。
おそらくこの体の持ち主は何かしらの事故で瀕死になり、そこに俺の魂が滑り込んだ。
「理由も原因も、今はどうでもいい。生きてる。それだけで上等だ」
魔王だった俺が、自ら選んで転移門をくぐり、次元の深層を抜けて、今こうして別の肉体で目覚めた。
それが成功してる時点で、まずは一勝ってとこだろう。
……そのときだった。
「坊ちゃまっ!!」
扉が勢いよく開いた。
その気配に、反射的に上体を起こそうとして、思いっきり腹筋が悲鳴を上げた。
「っ、く……!」
うまく支えきれずに咳き込んだ俺の元へ、駆け寄ってきたのは、見知らぬ少女だった。
年は二十前後。栗色の髪を一つにまとめ、落ち着いた制服のような黒い衣装を身に着けている。
だが今はその整った表情も崩れ、目には涙すら浮かんでいた。
「良かった……目を覚ましてくださって……!」
そのままベッドの脇に膝をつき、俺の手を包み込むように握る。
……敵意も、悪意も感じない。魔力もほとんどない。純然たる“人間”だ。
だが、この異様なまでの感情の揺れ方は——初めて見るものだった。
「……お前、誰だ」
思わずそう訊いてしまった。
少女の顔が一瞬だけこわばった。
「……坊ちゃま……記憶が……?」
来た。やっぱりそうなる。
だが俺は、すぐに否定する。
「いや、少し頭がぼんやりしてるだけだ。場所も、人も、よく分からないんだ」
そう答えると、少女の表情が少し緩んだ。
完全な記憶喪失だと思われるのは面倒だ。なら、ぼかしておくのが正解だろう。
「そ……そうですよね。倒れたばかりですもんね……」
少女は自分に言い聞かせるように何度かうなずいた後、姿勢を正す。
「私は、ミレイア=フェルネ。ノクターン伯爵家付きの侍従で、坊ちゃまのお世話係をしております」
ノクターン伯爵家。初耳の名だが、口にしてみれば妙に馴染みがいい。
“坊ちゃま”という呼び方といい、どうやらこの肉体の持ち主は貴族階級の子供らしい。
「それで、俺の……名前は?」
「クロード=ノクターン様です。ノクターン家の三男でいらっしゃいます」
クロード。三男。
貴族の中でも末席ってことか。
ま、自由に動ける分、好都合だな。
「クロード、か……。ちょっとくすぐったいな。呼びづらいだろ。クロでいいよ」
「え……い、いえ、そんなこと……!」
「決めた。俺がクロって呼ばせる。いいな?」
ミレイアは一瞬戸惑いながらも、微笑んで頷いた。
「……はい。では、クロ様」
その笑顔に、少しだけ胸がざわついた。
魔界で見たことのない種類の表情だった。
心の底から、相手の無事を喜んでいる——そんな笑顔。
(人間って……こういう感情、普通に出せるんだな)
魔界では、笑顔は攻撃の前兆だった。
今のこれは、まるで逆だ。
「クロ様。お水をお持ちします。少しお待ちを」
ミレイアは立ち上がり、給仕台に向かってコップを取り出す。
その背中を見ながら、俺は息をついた。
この世界。
どうやら、本当に“人間たち”の世界らしい。
そして——俺は今、“ただの貴族の三男坊”として生きている。
魔力もなく、権力もなく、知名度もない。
だが、それが——心地いいと思った自分に、俺は少し驚いていた。
ミレイアが差し出した水は、陶器の器に入っていた。
冷たく、透き通っていて、喉に流すと身体の奥からじんわりと落ち着くような感覚が広がった。
この体が“人間”である証を、五感が静かに教えてくる。
「ありがとな、ミレイア」
「……えっ? い、いえ、そんな、お礼を言われるようなことでは……!」
慌てて首を振る彼女の様子が少し可笑しくて、口元が緩む。
俺は魔王として、数えきれないほどの忠誠を受けてきた。
だが、それは“恐怖”の結果でしかなかった。
こういう素直な反応が、なんだか妙に新鮮だった。
「なあ、ミレイア。少し話がしたい。今の状況が、どうにもよくわからないんだ」
「……はい。お答えできる範囲で、なんでもお話しします」
彼女は姿勢を正し、まっすぐこちらを見た。
誠実そうなその瞳に、嘘の気配はない。
信用できるかはともかく、“敵ではない”と判断するには十分だ。
「まず……この“ノクターン家”ってのは、どういう家なんだ?」
「はい。ノクターン家は、王国でも長い歴史を持つ伯爵家の一つです。王家とは血の繋がりこそございませんが、政治・軍事の両面において、代々の信任を得ております」
歴史ある家、ということか。
言い換えれば、それだけ“型”にうるさく、保守的ということでもある。
魔界で言えば、古い血族主義の一派みたいなものだろう。
「で、俺は……その家の三男?」
「はい。クロ様は、当主マルグリッド様の三男にあたられます。母君は正室様ではなく、側室として迎えられた方で……その……」
ミレイアは言葉を濁した。
だが、それで十分だった。
「なるほど。つまり、俺はあんまり重要な立場じゃないってわけか」
「い、いえっ……そのような……!」
否定の仕方が弱い。
間違っていないと、本人も分かっているからだろう。
だが、クロにとってはむしろ好都合だった。
責任も、期待もない。それは、自由を意味する。
「兄弟は、他に何人いる?」
「はい。お兄様はお二人いらっしゃいます。長男のジグヴァルド様、次男のサイファ様です」
「ジグヴァルドとサイファ……。どんなやつなんだ?」
ミレイアは少し表情を柔らげた。
「長男様のジグヴァルド様は、王国騎士団に所属されております。ご真面目なお方で、日々の訓練にも熱心に取り組まれていて……皆様からの信頼も厚い方です」
なるほど、努力型の騎士か。
たぶん、融通の利かないタイプだな。
言動がいちいち“正しさ”に縛られてそうだ。
「次男様のサイファ様は、魔法学院での成績が優秀で、現在は父君の政務を補佐しておられます。とても博識で、お話も……ええ、聡明な方です」
ふむ。知識型の策略家か。
こちらは利口なぶん、距離を取るタイプかもしれない。
いずれにせよ、どちらも“格上”として家の中で認識されているわけだ。
「……俺とは、どうだったんだ? あの二人と」
ミレイアの表情が一瞬だけ曇った。
でもすぐに笑顔に戻って、小さく首を傾げる。
「坊ちゃまは……あまりご自分からお話される方ではなかったですから。あちら様方もお忙しくて、あまりお顔を合わせる機会は……」
要するに、存在感ゼロ。
もしくは、“見えてないことにされてた”んだろう。
兄たちにとって、クロードは何の影響も及ぼさない、どうでもいい存在だった。
「……ほかに、兄弟は?」
「はい。末弟にあたるお方がひとり。リオネル様です」
来たな。
記憶こそないが、この名には何かひっかかるものがある。
「年は?」
「まだ十歳ほどでいらっしゃいます。とても……元気なお方です」
まただ。
言いにくそうに、遠回しな言い方をしている。
「元気ってのは……どういう意味だ?」
「いえっ、悪い意味ではございません。ただ……お年頃ということもありまして。お屋敷の中では……少々、手のかかる場面も……」
遠回しな表現。
でも、それだけで十分だった。
ミレイアが何を言いたくて何を言えないのか、もう分かってきた。
「なるほどな」
クロは静かに笑った。
だが、その目の奥には、すでに“予感”が宿っていた。
「それで……俺はなんで、寝てたんだ?」
ここが本題だ。
この肉体の前の持ち主、クロードがどうして“死にかけていた”のか。
ミレイアは目を伏せた。
「……昨日の午後、階段から……落ちてしまわれたんです。割と高い場所から……背を強く打たれて、気を失って……」
「自分で、落ちたのか?」
「そ、それは……申し訳ありません……おそばに誰もおらず……確かなことは……」
嘘だ。
言葉を濁すときの目の動きと、声の震え。
彼女は“確かなこと”を、知っている。
でも、立場上言えないだけだ。
つまり、突き落としたやつがいる。
ミレイアがはっきり言えないほど、“家の中で強い立場の相手”だ。
そして、話の流れからいって——十歳の“元気な”末弟、リオネル。
(なるほどな。そういう関係か)
クロは再びベッドに体を沈めた。
天井を見上げながら、深く静かに呼吸をする。
この世界は、静かだ。
でも、その下には、ちゃんと“悪意”がある。
なら、やることは一つだ。
(上等。まずは……身内から躾けていくか)
空間そのものが、音を拒んでいるような錯覚に陥るほどの沈黙だった。
風の音。葉擦れ。どこか遠くで響く鳥の鳴き声。
——それだけ。
ゆっくりと意識が浮上する。
暗闇の奥から引きずり出されるような感覚。重たいまぶたが震え、ひとすじの光が網膜を刺す。
目が覚めた。
それが自覚できたのは、光ではなく、音だった。
魔界では一秒たりとも訪れなかった静けさが、この世界に満ちている。
耳をつんざく悲鳴も、破裂音も、咆哮もない。
それだけで、自分がどこか“異質な場所”にいることを、皮膚が感じ取っていた。
「……どこ、だ……?」
喉がかすれる。
だが、声は出た。自分のものとは思えない、高く細い音。
違和感が、そこでようやく決定的になる。
——この身体、俺のじゃない。
ゆっくりと、首を動かす。
視界が少しずつ鮮明になっていく。
最初に見えたのは天井。白い漆喰に、規則的な木の梁。飾り気のある鉄製の照明具が吊るされていた。
明らかに、魔界の建築様式とは違う。
顔を横に向ける。
ベッド脇には小さな木のテーブル、窓辺に吊るされたレースのカーテンが、柔らかな風に揺れていた。
差し込む光。あたたかい。優しい。
目が痛いほどに——清潔だった。
ゆっくりと手を持ち上げる。
白い。細い。動きが鈍い。力が……まるで入らない。
肩の関節が軽く、骨が薄い。関節がゆるくて、神経が過敏。
「……これ、子供の身体か?」
俺が使っていた肉体と比べて、明らかに未成熟だ。
いや、それどころか——魔力の流れがほとんど感じられない。
本来なら体内を巡っているはずの魔力経路が、か細く、未発達で、意識を通そうとしても拒絶される。
「魔力回路が……ほぼ死んでる。こりゃまた、ずいぶん不便な素材に憑いたもんだな」
魂が転移するには器が必要だ。
つまり、この体の“本来の持ち主”は死にかけていたか、意識を手放していた。
魔力が絶たれたことから見ても、それは間違いない。
おそらくこの体の持ち主は何かしらの事故で瀕死になり、そこに俺の魂が滑り込んだ。
「理由も原因も、今はどうでもいい。生きてる。それだけで上等だ」
魔王だった俺が、自ら選んで転移門をくぐり、次元の深層を抜けて、今こうして別の肉体で目覚めた。
それが成功してる時点で、まずは一勝ってとこだろう。
……そのときだった。
「坊ちゃまっ!!」
扉が勢いよく開いた。
その気配に、反射的に上体を起こそうとして、思いっきり腹筋が悲鳴を上げた。
「っ、く……!」
うまく支えきれずに咳き込んだ俺の元へ、駆け寄ってきたのは、見知らぬ少女だった。
年は二十前後。栗色の髪を一つにまとめ、落ち着いた制服のような黒い衣装を身に着けている。
だが今はその整った表情も崩れ、目には涙すら浮かんでいた。
「良かった……目を覚ましてくださって……!」
そのままベッドの脇に膝をつき、俺の手を包み込むように握る。
……敵意も、悪意も感じない。魔力もほとんどない。純然たる“人間”だ。
だが、この異様なまでの感情の揺れ方は——初めて見るものだった。
「……お前、誰だ」
思わずそう訊いてしまった。
少女の顔が一瞬だけこわばった。
「……坊ちゃま……記憶が……?」
来た。やっぱりそうなる。
だが俺は、すぐに否定する。
「いや、少し頭がぼんやりしてるだけだ。場所も、人も、よく分からないんだ」
そう答えると、少女の表情が少し緩んだ。
完全な記憶喪失だと思われるのは面倒だ。なら、ぼかしておくのが正解だろう。
「そ……そうですよね。倒れたばかりですもんね……」
少女は自分に言い聞かせるように何度かうなずいた後、姿勢を正す。
「私は、ミレイア=フェルネ。ノクターン伯爵家付きの侍従で、坊ちゃまのお世話係をしております」
ノクターン伯爵家。初耳の名だが、口にしてみれば妙に馴染みがいい。
“坊ちゃま”という呼び方といい、どうやらこの肉体の持ち主は貴族階級の子供らしい。
「それで、俺の……名前は?」
「クロード=ノクターン様です。ノクターン家の三男でいらっしゃいます」
クロード。三男。
貴族の中でも末席ってことか。
ま、自由に動ける分、好都合だな。
「クロード、か……。ちょっとくすぐったいな。呼びづらいだろ。クロでいいよ」
「え……い、いえ、そんなこと……!」
「決めた。俺がクロって呼ばせる。いいな?」
ミレイアは一瞬戸惑いながらも、微笑んで頷いた。
「……はい。では、クロ様」
その笑顔に、少しだけ胸がざわついた。
魔界で見たことのない種類の表情だった。
心の底から、相手の無事を喜んでいる——そんな笑顔。
(人間って……こういう感情、普通に出せるんだな)
魔界では、笑顔は攻撃の前兆だった。
今のこれは、まるで逆だ。
「クロ様。お水をお持ちします。少しお待ちを」
ミレイアは立ち上がり、給仕台に向かってコップを取り出す。
その背中を見ながら、俺は息をついた。
この世界。
どうやら、本当に“人間たち”の世界らしい。
そして——俺は今、“ただの貴族の三男坊”として生きている。
魔力もなく、権力もなく、知名度もない。
だが、それが——心地いいと思った自分に、俺は少し驚いていた。
ミレイアが差し出した水は、陶器の器に入っていた。
冷たく、透き通っていて、喉に流すと身体の奥からじんわりと落ち着くような感覚が広がった。
この体が“人間”である証を、五感が静かに教えてくる。
「ありがとな、ミレイア」
「……えっ? い、いえ、そんな、お礼を言われるようなことでは……!」
慌てて首を振る彼女の様子が少し可笑しくて、口元が緩む。
俺は魔王として、数えきれないほどの忠誠を受けてきた。
だが、それは“恐怖”の結果でしかなかった。
こういう素直な反応が、なんだか妙に新鮮だった。
「なあ、ミレイア。少し話がしたい。今の状況が、どうにもよくわからないんだ」
「……はい。お答えできる範囲で、なんでもお話しします」
彼女は姿勢を正し、まっすぐこちらを見た。
誠実そうなその瞳に、嘘の気配はない。
信用できるかはともかく、“敵ではない”と判断するには十分だ。
「まず……この“ノクターン家”ってのは、どういう家なんだ?」
「はい。ノクターン家は、王国でも長い歴史を持つ伯爵家の一つです。王家とは血の繋がりこそございませんが、政治・軍事の両面において、代々の信任を得ております」
歴史ある家、ということか。
言い換えれば、それだけ“型”にうるさく、保守的ということでもある。
魔界で言えば、古い血族主義の一派みたいなものだろう。
「で、俺は……その家の三男?」
「はい。クロ様は、当主マルグリッド様の三男にあたられます。母君は正室様ではなく、側室として迎えられた方で……その……」
ミレイアは言葉を濁した。
だが、それで十分だった。
「なるほど。つまり、俺はあんまり重要な立場じゃないってわけか」
「い、いえっ……そのような……!」
否定の仕方が弱い。
間違っていないと、本人も分かっているからだろう。
だが、クロにとってはむしろ好都合だった。
責任も、期待もない。それは、自由を意味する。
「兄弟は、他に何人いる?」
「はい。お兄様はお二人いらっしゃいます。長男のジグヴァルド様、次男のサイファ様です」
「ジグヴァルドとサイファ……。どんなやつなんだ?」
ミレイアは少し表情を柔らげた。
「長男様のジグヴァルド様は、王国騎士団に所属されております。ご真面目なお方で、日々の訓練にも熱心に取り組まれていて……皆様からの信頼も厚い方です」
なるほど、努力型の騎士か。
たぶん、融通の利かないタイプだな。
言動がいちいち“正しさ”に縛られてそうだ。
「次男様のサイファ様は、魔法学院での成績が優秀で、現在は父君の政務を補佐しておられます。とても博識で、お話も……ええ、聡明な方です」
ふむ。知識型の策略家か。
こちらは利口なぶん、距離を取るタイプかもしれない。
いずれにせよ、どちらも“格上”として家の中で認識されているわけだ。
「……俺とは、どうだったんだ? あの二人と」
ミレイアの表情が一瞬だけ曇った。
でもすぐに笑顔に戻って、小さく首を傾げる。
「坊ちゃまは……あまりご自分からお話される方ではなかったですから。あちら様方もお忙しくて、あまりお顔を合わせる機会は……」
要するに、存在感ゼロ。
もしくは、“見えてないことにされてた”んだろう。
兄たちにとって、クロードは何の影響も及ぼさない、どうでもいい存在だった。
「……ほかに、兄弟は?」
「はい。末弟にあたるお方がひとり。リオネル様です」
来たな。
記憶こそないが、この名には何かひっかかるものがある。
「年は?」
「まだ十歳ほどでいらっしゃいます。とても……元気なお方です」
まただ。
言いにくそうに、遠回しな言い方をしている。
「元気ってのは……どういう意味だ?」
「いえっ、悪い意味ではございません。ただ……お年頃ということもありまして。お屋敷の中では……少々、手のかかる場面も……」
遠回しな表現。
でも、それだけで十分だった。
ミレイアが何を言いたくて何を言えないのか、もう分かってきた。
「なるほどな」
クロは静かに笑った。
だが、その目の奥には、すでに“予感”が宿っていた。
「それで……俺はなんで、寝てたんだ?」
ここが本題だ。
この肉体の前の持ち主、クロードがどうして“死にかけていた”のか。
ミレイアは目を伏せた。
「……昨日の午後、階段から……落ちてしまわれたんです。割と高い場所から……背を強く打たれて、気を失って……」
「自分で、落ちたのか?」
「そ、それは……申し訳ありません……おそばに誰もおらず……確かなことは……」
嘘だ。
言葉を濁すときの目の動きと、声の震え。
彼女は“確かなこと”を、知っている。
でも、立場上言えないだけだ。
つまり、突き落としたやつがいる。
ミレイアがはっきり言えないほど、“家の中で強い立場の相手”だ。
そして、話の流れからいって——十歳の“元気な”末弟、リオネル。
(なるほどな。そういう関係か)
クロは再びベッドに体を沈めた。
天井を見上げながら、深く静かに呼吸をする。
この世界は、静かだ。
でも、その下には、ちゃんと“悪意”がある。
なら、やることは一つだ。
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