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第二十六話 『そして、喰らうは獣の牙』前半
しおりを挟む城下の道は夕暮れの余韻に包まれていた。
石畳には茜色の影が伸び、往来する人々も徐々に減っていく。
「クロ様、さすがにもうお腹いっぱいでは……?」
「なわけあるか。さっきのクレープのあとは塩気が欲しくなるもんだろ」
「食い合わせの概念がありません……」
呆れたようにぼやくミレイアの隣で、クロはキラキラとした目で屋台の串焼きを見つめていた。
一本ずつ違う味が並ぶその光景は、彼にとってはまるで宝石のようだった。
(人間の街って、案外悪くないかもしれねぇな……)
そう思いながら、クロは焼き上がる肉の匂いに鼻を鳴らした。
香ばしい煙が立ち上り、彼の食欲を刺激する。
……だが、その時だった。
ふと、クロの視界が遠くの路地の影に引き寄せられる。
(……あれ?)
さっきまで賑やかだった街角が、妙に静かになっている。
遠くで聞こえていた楽器の音も、子どもたちのはしゃぐ声も、いつの間にか消えていた。
クロの表情がわずかに険しくなる。
口にしていた言葉が止まり、歩みも自然と止まった。
「……クロ様?」
ミレイアが振り返る。
「……静かすぎるな、この通り」
「え?」
「いや、なんでもねぇ」
そう言って、クロは一歩前に出る。
周囲に目を向けながら、彼は確かに“何か”を感じていた。
それは──本能の警鐘。
微かに漂う、鉄の匂い。
土埃とは異なる、火薬の痕跡。
何よりも──背筋を這う、“殺気”。
「……下がれ、ミレイア」
「えっ? 何を──」
「動くな」
クロの声色が変わった。
軽快さを失い、重く沈んだ声。
次の瞬間──
「ぐっ!」
クロがミレイアの頭をがっしと掴み、地面へと押し倒す。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと坊ちゃ──!」
ズバァッ!!
何かが空を裂いた音とともに、黒い矢が真横を通過した。
ミレイアのすぐ後ろにあった木製の柱に突き刺さり、“ビシィッ”と乾いた音を響かせる。
木片が飛び散り、地面に跳ねた。
「ひっ……!」
ミレイアの呼吸が止まる。
クロが目だけで上空を見上げた。
その視線の先には、屋根の上、影の中に溶け込んだ黒装束の気配──。
(やっぱり、いたな)
──狙撃手。
しかも、腕は確か。
間一髪で避けさせなければ、ミレイアの頭は確実に貫かれていた。
「クロ様……いま、矢が……!?」
「気づくのが遅ぇんだよ。だから早く隠れろ」
言葉と同時にクロは背後を見ずに手をかざす。
どこから矢が飛んできても遮れるように、“赫殻式”の防御姿勢を取った。
「ったく、どこのバカが……こんな街中で派手にやってくれんだよ」
その場から一歩進み、あたりを見渡す。
風は止んでいる。通行人も姿を消していた。
まるで──舞台の幕が下りる直前のような静寂。
「……殺気、ダダ漏れだっつってんだろ……」
呟くように言ったその瞬間、クロの姿がかき消えた。
ミレイアが一歩前に出ようとするも、そこにもうクロの姿はなかった。
「クロ様っ……!? どこに──」
その声も風に紛れていく。
──一方その頃、近くの廃屋の裏。
黒い装束に身を包んだ数人の暗殺者たちが、気配を殺して潜んでいた。
「どういうことだ……奴、消えたぞ」
「逃げたのか?」
「いや……あの気配、あんな静かに消える奴じゃねぇ。気を抜くな」
「報酬がかかってる。絶対に始末しろ。レイセラ様は失敗を許さないぞ……」
仲間の一人が口を開いた、その刹那。
「……へぇ、“失敗を許さない”ねぇ……」
その声が、真後ろから響いた。
背筋が凍り、反射的に全員が振り返ろうとする。
だが、それよりも早く──
“ズバァッ”
湿った音とともに、一人の男の胸から腕が突き出していた。
「が……ッ」
黒い服に血がにじみ、男の体が崩れ落ちる。
「逃げるわけねぇだろ、バカが」
クロがそこにいた。
血の滴る右腕を軽く振り払い、真顔のまま他の暗殺者たちを見据える。
「お前ら……」
そして、静かに、だが鋭く言い放つ。
「全員、皆殺しだ」
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