魔王に拾われた王子

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魔王の名付け

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バルゼウスは、ゆっくりと片膝をついた。

 この屈辱的とも言える姿勢を、彼はこれまで一度も取ったことがなかった。
 しかし今、この瞬間、彼は自らの意思でその膝を折っている。

 「……俺は、リリエル様に命を救われた。そして、お前にも救われた。」

 バルゼウスの赤い瞳が、王子レオネルを真っ直ぐに見据える。

 「俺は誓おう。お前の忠僕となると。」

 広間にいた悪魔たちは一様に驚愕した。

 「ば、バルゼウス様が……!」

 「“魔獣の災厄”が……人間の子供に忠誠を誓うだと……!?」

 「リリエル様にのみ仕える四天王の一角が……」

 驚き、動揺、反発——あらゆる感情が入り混じる中、当のレオネルはというと……

 「わぁぁ! ほんと!? じゃあ、お犬さんはずっと一緒にいてくれるの!?」

 無邪気な歓喜の声を上げ、バルゼウスの毛並みを撫で始めた。

 「……俺は、お犬さんではない……」

 バルゼウスの声はどこか虚ろだった。

 一方、城の奥の暗い広間では、残る三人の四天王が集まっていた。

 《深淵の炎》ヴァーシャ
 《千の影》グラトス
 《嘲笑う死》ネヴィロス

 彼らは、バルゼウスが王子に忠誠を誓う場面を遠くから見届けた後、すぐにこの場に集まっていた。

 「……まず、確認しよう。バルゼウスが正式にあの子供に忠誠を誓った。」

 影に溶け込むような低い声で、グラトスが言った。

 「ええ、信じられないけどね……」ヴァーシャがため息をつく。

 「忠誠というか、“お犬さん”になったように見えたが?」ネヴィロスがニヤリと笑う。

 「バルゼウスのことはともかく、問題はリリエル様だ。あのお方が本気であの子供を”後継者”にするつもりなのかどうか。」

 グラトスの言葉に、ヴァーシャとネヴィロスも黙り込む。

 「……私は認めないわよ。」ヴァーシャが冷たい視線を落とした。

 「魔王の隣に立つのは、ふさわしい者でなければならない。あんな人間の子供が、その資格を持っているとは思えないわ。」

 「まあまあ、そんなに怒るなよ。」ネヴィロスが肩をすくめる。

 「でもよ、もし本当に”契約者”だったら?」

 「……それなら話は変わるわ。でも、まだ確証がない。」

 グラトスは考え込む。

 (このままでは、我々の立場も揺らぐかもしれない……)

 「……ならば、一つ確かめる必要があるな。」

 グラトスの瞳が鋭く光った。

その夜、王子レオネルはリリエルの寝所へと呼ばれた。

 そこは、奈落の城の最も奥深くにある「魔王の間」と呼ばれる場所だった。

 豪奢な黒い絨毯、天井に浮かぶ赤黒い魔法の灯火、そして、奥に鎮座する巨大なベッド。

 リリエルは、椅子に座りながら静かに王子を見つめていた。

 「……お前は、自分が何者かを覚えているか?」

 リリエルの問いに、レオネルはきょとんとした顔をした。

 「えっと……」

 彼は頭を抱えながら、必死に考えようとする。

 しかし——

 ズキン……!

 「う、うぅ……」

 突如として頭痛が走る。

 レオネルは痛みに顔を歪め、無意識のうちにリリエルに寄りかかってしまった。

 「……っ!」

 リリエルは、目を見開く。

 (なぜ私に……?)

 彼の小さな体が、自分の胸にしがみつく。
 その温もりを感じた瞬間、リリエルは思わず突き放そうとした。

 「……離れろ。」

 しかし——

 レオネルは、さらに強く抱きついた。

 「……だめぇ……痛い……」

 幼い声が、胸元に埋まる。

 リリエルは静かにため息をついた。

 (……どうして、私はこいつを突き放せない?)

 仕方なく、彼を抱きかかえるようにして、ベッドに横たえる。

 「……もう寝ろ。」

 彼の黄金色の髪を撫でながら、リリエルはぼんやりと考えた。

 (“王子”……“レオネル”……)

 「……お前の名前は、長すぎるな。」

 王族の名は、代々格式高いものがつけられる。
 しかし、ここは奈落の城。

 「……レオン。」

 リリエルは静かに囁いた。

 「これからは、そう名乗れ。」

 すると——

 「……レオン……?」

 王子は、眠たげな声でその名を復唱した。

 「レオン……いい名前……」

 そう呟くと、安心したようにリリエルの腕の中で眠りに落ちていった。

 リリエルは、しばらくその寝顔を見つめた後、ふっと目を細める。

 (……私は、何をしている?)

 自分が何を考えているのか、もはや分からなかった。

 こうして、魔王の寝室で、王子は新たな名を授けられた。
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