私は弱虫令嬢ではいられません! 〜時の魔女の復讐代行〜: 死時計の令嬢

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《時の魔女探偵録》

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時は流れない。止まってもいない。ただ、飽きもせず私の周りを回っている。

 私はその中心で、今日も紅茶を淹れていた。
 香りは上出来、色も申し分ない。だが口に含めば、やはり――味がしない。

「ふふ、つまらない世界」

 退屈が過ぎると、紅茶さえ灰色に感じる。
 そんな私の前に、それは突然、現れた。

 小さく震える光の球。人の形をした青白い魂。
 言葉は発さない。けれどその姿勢、その瞳の奥にあるもの――それは強い、強すぎるほどの怨念。

 私は、口の端だけを動かして微笑んだ。

「ようこそ、“死者の願い”」

 私は時の魔女。名前はクロノ。
 不死で、異能で、ヒマすぎて魔法をひとつ作ってしまった。

 それがこの、《怨念誘引の魔法》。
 この魔法は、死してなお“復讐したい”と願う魂を、自動的に私の元へ導く。

 つまり、この魂の持ち主――リディア・ヴァインバーグは、
 自殺ではなく、他殺だったということ。

「何も言わなくていいわ。魂って、黙ってても喋りすぎるくらいよ。とくに未練が強い死者はね」

 クロノは立ち上がり、指先で空間を撫でた。
 虚空に、ひとつの円が浮かぶ。転移の魔法陣。

「事件の現場は……異世界、魔導国家“レヴァルティア”。貴族の令嬢であるあなたが、魔法学園の寮で投身死――ほぅ、これはまた」

 ページをめくるように、世界が反転する。
 光と影がねじれ、視界が裏返る。

 クロノはひとこと、退屈そうに告げた。

「調査、開始ね」



 転移先は、灰色の空に囲まれた、石造りの学園だった。

 その中央――円形の中庭を囲むように、講堂・寮・教員棟が配置されている。
 魔法学園。名門の名にふさわしい威圧感。だが私には、そう見えなかった。

「建物がよく喋るわね。誤魔化すのが下手なタイプ。秘密を抱えてる匂いがする」

 クロノは一枚の書類を取り出し、魔力で空中に固定する。
 封蝋には“魔導審問会”の紋章。肩書きは《監査官 クロノ=ヴァルデス》。

 つまり、私はこの世界において、“公式な調査員”ということになる。
 もちろん、偽名と偽装魔法のおかげだけれど。

「死んだのは、名門ヴァインバーグ家の娘。リディア。成績優秀、評判も良好。ある晩、寮の屋上から投身死。遺書なし。動機不明」

 記録上は“精神的不安定”という一言で片付けられていた。
 だがそれは、都合のいい大人たちがよく使う言葉。

 私が知っているリディアの魂は、そんな簡単な感情で震えてはいなかった。

 ――その死には、何かがある。

「さて、じゃあ探偵役を演じましょうか。
 私の魔法が使えるのは、“黒幕を名指し”できたときだけ。つまり、犯人がわからなきゃ、何もできないのよ」

 クロノはゆっくりと歩き出す。目指すは、学園の女子寮。
 リディアが死を遂げた現場。そして、最初の鍵が眠っている場所。



 リディアの部屋は封鎖されていた。
 だが監査官の権限を使えば、そんなものは飾りに過ぎない。

 部屋に入ると、空気がピクリと揺れた。

 ベッドの上に、少女が座っていた。黒髪の、細い肩。
 彼女はクロノの視線に気づくと、ゆっくりと振り向く。

「あなたは……誰?」

「監査官よ。死者の名誉を守るために来たの。あなたは?」

「サラ・ミレス。リディアの……同室だった」

「なるほど。じゃあ、聞かせてもらえる?」

 クロノは、部屋の中央にある机の上に“白紙の本”を置いた。

 それが、リディアの遺品。日記帳。

「彼女は、自分で死を選んだと思う?」

 サラは答えない。唇を噛んだまま、黙っていた。

「じゃあ、こう言いましょうか――
 彼女は、死ぬ数日前から“誰か”と会っていた。それは誰?」

「……知らない。私は、何も……」

 嘘だった。けれど、その震える声と視線の動きが、すべてを物語っていた。

「大丈夫。私は探偵。あなたを責めるためじゃない。
 死者の声を聞くために、今ここにいるのよ」

 クロノは、白紙の日記帳を軽く撫でた。

 ほんの少しだけ、紙の上に“何か”が浮かび上がる。

 次にこの本を開くとき――最初の真実が現れる。

ページをめくっても、インクの一滴も見えない。
 けれど、私にはわかる。ここには、“強い言葉”が刻まれていた。死に至るほどの、思いが。

 私は指先でページをなぞる。表面に、ごく微細な凹凸。手書きの文字が、かつてそこに存在した痕跡。

「視えない記憶なら、時間に語らせればいい」

 私は静かに、魔法を一つ使う。
 “時間遡行式残響検出(リワインド・ミュート)”――紙に刻まれた過去の筆圧、魔力の残滓、書いたときの速度。すべてを感知し、再構成する。

 淡く、文字が浮かび上がる。



《彼がまた来た。もう、何度目だろう。》
《夜の廊下で待っていた。誰にも見られていないと思ってる》
《あのとき、拒めなかった。拒んだら、全部が終わると思った》
《私が黙っていればいい? でも、それで済むの?》
《もし私が死んだら、それは――事故じゃない》



 最後の文字が、魔力の焦げ痕で途切れていた。
 誰かが、記録を完全に消す前に、ページの一部だけを破壊している。

「……見せたくなかったのね。誰かに、もしくは“彼”自身が」

 その人物は、リディアにとって恐怖だった。
 けれど、完全な拒絶もできないほどの――近さがあった。

「恋人……にしては、感情が重すぎる。教師か、家族か。もしくは、もっと別の立場?」

 仮説はまだ霧の中。だが、この日記の存在だけで“自殺”という言葉は崩れた。



 再び、サラの元を訪ねた。
 扉をノックすると、彼女は窓際の椅子に腰掛けていた。手には、リディアが愛用していたというハンカチ。

「その香水……リディアの?」

「……うん。彼女、香りにはうるさかったから。
 毎晩、枕に香りを染み込ませてた」

「彼女、夜に誰かと会っていた?」

「……たぶん。でも、名前までは聞いてない。彼女、私を巻き込みたくないって。
 “私が話したら、その人が終わる”って言ってた」

「その人、何か問題を抱えていた?」

「わかんない。けど、リディアが笑わなくなったのは、その人と関わってからだった」

 その一言に、魔女の目が細められる。

「誰かの秘密を守るために、自分を壊した――リディア。あなた、本当に優しすぎたのね」

 香水の香り。夜の会話。見えない恐怖。
 それらが指し示す“彼”の存在。

 ここで浮かぶのは――“行方をくらませた教師”だ。



 私は、魔導記録を洗い直す。
 数週間前から休職した教員――シルヴェスト・クラーレン。

 実戦魔導学を担当し、厳格で知られていた。
 しかし、急な休職届けと共に、連絡も途絶えている。

「消えた教師。リディアの最後の関係者候補。
 “彼”にしては、あまりにも分かりやすいわね」

 分かりやすすぎる――それはつまり、“怪しすぎる”ということ。

 けれど、ここで無視するわけにはいかない。
 彼の部屋に、次の鍵があるかもしれない。

 私は教員棟へ向かう。
 すでに日は傾き、空に長い影が差していた。

「リディア。あなたが残した“消された記憶”、ちゃんと拾ってるわよ」
クラーレンの部屋は、教員棟の三階。
 鍵は魔力で封印されていたが、その封印は形式的なものに過ぎなかった。破るには、私のような魔女である必要すらない。

「扉のロックが甘いのは、隠す意思がないから……あるいは、“隠したつもりになってる”だけ」

 私は指先で空間をなぞり、封印を無力化する。
 鍵がカチャリと外れ、扉が静かに開いた。

 室内に一歩踏み込んだ瞬間、違和感が走った。

 整然としすぎている。

 机の上には何もなく、棚の本はまるで装飾品のように並んでいる。
 生活感が、まるでない。けれど、それが逆に――不自然。

「綺麗すぎる部屋は、“過去を消そうとした”人間の痕跡よ」

 私は机の引き出しに手をかける。
 鍵はかかっていたが、軽く魔力を流すだけで開いた。

 中には、一通の手紙。封筒には宛名があった。

 《リディア・ヴァインバーグへ》

 封は切られていない。けれど、封筒の裏にほんのりと香る花の匂い――これは、リディアの使っていた香水。

 私は躊躇なく、封を切った。



《君が誰かに口外するつもりなら、それはやめてくれ。
 僕も、君も、破滅する。
 君のためだ――信じてくれ。》



「……なんて便利な言葉。『君のため』。
 人は誰かを支配したいときに、これを使う」

 内容は、簡潔で、脅しめいた懇願文。
 彼女が何かを知っていて、それを話すことが“彼”にとって致命的だった――それが伝わってくる。

 つまり、この手紙が本物なら――
 クラーレンはリディアと関係があり、彼女の死の動機を握っていた可能性がある。

「でも、ここで“この手紙だけ”が残ってるっていうのは、どうなのかしらね?」

 すべてを整理し、消したつもりの部屋に、こんなにも“わかりやすい証拠”が一つだけポツンと残っている。
 あまりに不自然。

 まるで、「ここに犯人がいる」と言わんばかり。

「わざと、じゃないの? これは“誰かが置いたもの”の可能性もある」

 思考が加速する。
 クラーレン本人が逃げたのではなく、“逃げさせられた”可能性。
 この部屋は、すでに誰かに“演出”されていたのでは?



 私はもう一度、部屋をぐるりと見回す。
 棚の本、窓のカーテン、床の色……その中に、違和感が一つだけある。

 ゴミ箱が空だった。

 教師の部屋で、これほど完璧に空っぽのゴミ箱があるだろうか。
 書き損じの紙も、飲みかけの薬も、何一つない。

 それはつまり、誰かが“生活の痕跡ごと消した”ということ。
 日常を削るように。

「綺麗な部屋は、記憶のない部屋。
 でも、クロノはね、記憶の欠片が大好物なのよ」

 私は指先をゴミ箱の縁に当て、小さく魔法を囁いた。

 “残響召喚(エコー・トレース)”
 ――この場所に、かつて置かれていたものの“記憶”を一瞬だけ呼び出す魔法。

 すると、空のゴミ箱の中に、焦げた紙片が一瞬だけ映った。
 そして、そこに記されていた文字は――

 《副校長の命令で処理。証拠は消した》

「……副校長?」

 クラーレンだけではなかった。
 学園の上層部も、“何か”を知っている。

 そして、すべてを“消した”のだ。
 リディアの死も、クラーレンの存在も、何もかも。



 私は再び、あの白紙の日記を開いた。
 時間の残響が、淡く浮かぶ。

 《私が死んだら、それは――事故じゃない》

 その言葉だけが、夜の空気に響いていた。
貴族の屋敷は、外観も内装も、すべてが“格式”で塗り固められていた。
 石造りの重たい門、磨き上げられた床、無機質な笑顔の使用人たち。

 そして何より、誰も“リディアの死”に触れようとしない。

 私は客間の椅子に腰掛け、紅茶を断った。味がしないのは、何も紅茶のせいではない。

「リディア・ヴァインバーグの監査について、いくつかお聞きしたいことがあります」

 対応に出てきたのは、継母――メレディス・ヴァインバーグ。
 整った美貌に冷たい瞳。
 喪服姿でも、その態度には悲しみのひとかけらもなかった。

「娘の死は、たいへん痛ましいものでした。ですが、もう済んだことです」

「済んだこと? 自殺と断定したのは、どなたの判断でしょう?」

「それは……医師の見立てです。遺言も残っておりましたし」

 私はゆっくりと眉を上げる。

「遺言?」

「はい。机の引き出しに、リディアの筆跡で」

 私は懐から、筆跡鑑定魔法の道具を取り出し、封筒ごと提示する。

「確認させていただけますか?」

 渋々ながら、メレディスは書類を差し出した。

 一見、丁寧に書かれた文章。

 だが、比べてみると――筆跡が違う。
 いや、それ以前に、リディア本人の筆跡は日記から既に取得していた。

 私の声が、ほんの少しだけ低くなる。

「この遺言、偽造です」

「……そんな、はずが」

「加えて、“彼女の遺品”に指輪の痕がありました。けれど指輪そのものは、遺品として提出されていません」

 継母の顔が、僅かに引きつる。

 この屋敷には、**“隠している何か”**がある。



 クロノは執務室に案内を求め、リディアの私室へと足を運ぶ。

 そこで目に入ったのは、日記と同じ香水の瓶。そして――

 双子用に作られた、名前の刺繍が“二つ分”入ったハンカチ。

「……リディアと、もう一人?」

 扉の外に、足音が近づいてきた。
 入ってきたのは、父親――ダミアン・ヴァインバーグ。
 長身で威厳がありながら、どこか“人形のような目”をしていた。

「娘の部屋に、何か?」

「いいえ。ただ、少しだけ引っかかるものがあって」

「そうですか。……彼女は、いい子でしたよ。とても静かで、従順で。理想の娘でした」

 その言葉に、私は小さく笑った。

「静かで、従順。なるほど、言い換えれば“何も言わない”子ですね」

 それは、“見えない檻の中にいる娘”への最上の賛辞。
 この家は、娘に“名家の顔”を演じさせていた。

 けれど、じゃあ本当に死んだのは――“リディア本人”なの?



 私は再び、学園に戻る。
 サラ・ミレスの部屋をノックすると、彼女は窓辺に座っていた。

「思い出したの。……リディアが、何度か口にしてた言葉」

「どんな?」

「“私じゃないのに”って。泣きながら、そう言ってたの。……ずっと、意味がわからなかった」

 クロノは息を止める。

 “私じゃないのに”――その言葉が、すべてを一変させる。

「サラ。あなた、彼女に双子の姉妹がいたことは知ってる?」

「え……? そんなの、聞いてない……」

「たぶん、家族は隠してた。リディアの“もう一人”を。
 でも、言ってしまったのよ――死んだのは、“私じゃないのに”って」



 私は再び、魂の空間に立った。

 リディアの魂が、そっと揺れている。
 その瞳の奥にあるものは、哀しみでも、怒りでもない。

 ただ――誰かのために黙っていた“愛”だった。
真実は、往々にして静かに転がっている。

 それに気づけるかどうかは、観察と推理。
 そして何より、“聞こえない声を拾う力”だ。

 私、時の魔女クロノは、確信し始めていた。

 ――この事件の本質は、「誰が殺したか」ではない。
 **「誰が“死んだことにしたか”」**なのだ。



 あのハンカチにあった“二つの刺繍”。
 名前は確かに同じだった。けれど、微妙に字体が違っていた。

 リディア・ヴァインバーグと……もう一人の、リディア。

「まさか……“双子に同じ名前”を?」

 そう、“名を分け合う”という狂気。
 世間には“完璧な娘”が一人いればいい。だから、家はこうしたのだ。

 一人を表に出し、一人を“存在しなかったこと”にした。

 そして、死んだのは――影として育てられた“もう一人”のリディア。



 私は屋敷に戻り、父・ダミアンの書斎に侵入する。
 そこには、鍵付きの書棚。開けてみると、数年前の戸籍記録が保管されていた。

 その中に、一枚の破られかけた登録証。



名前:リディア・ヴァインバーグ(抹消)
続柄:長女
備考:死亡証明提出済



「……やっぱり、あなたたち、最初から“殺してた”のね」

 彼女は何年も前に“死んだ”ことにされていた。
 けれど、生きていた。影として、声を上げずに。

 そして、ようやく“本物のリディア”に呼ばれたのだ。
 姉の死を、世に知らしめてほしいと。



 そして、つながる。
 あの教師――クラーレンは、“影のリディア”と心を通わせていた。
 だが、彼女が双子であることを知った時、彼は恐れた。

 “家の狂気”に巻き込まれることを。

 ――だから、逃げた。
 証拠を残し、リディアに謝罪の手紙を出して。

 けれど、彼女はもう――存在ごと消される寸前だった。



 クロノは立ち上がる。
 口元には冷たい笑み。心には、確信。

「名を告げれば、魔法は動く。
 そして――罰が下る」



 その夜。
 ヴァインバーグ家の大広間。私は彼らを集めた。

「調査の結果、事件の真相が明らかになりました。
 リディア・ヴァインバーグを殺したのは……あなたです、メレディス・ヴァインバーグ」

 継母の瞳が細くなる。

「証拠はあるのかしら?」

「もちろん。戸籍記録の改ざん、双子の存在の隠蔽、遺言の偽造。
 そして何より、“あなた自身の発言”」

 私は指を鳴らす。空間に、時間魔法が揺れる。

 昼下がりの応接間。メレディスの声が、記録から再生される。



「“影”の子なんていらないのよ。あの子は死んだことにしていたのに、なぜまた出てきたの?」



 空気が凍りつく。

 私は魔導法の証明を取り出し、魔法詠唱の準備を始める。

「名は告げた。罪は確定した。ならば――」

 魔法が発動する。
名は告げた。罪も明らか。
 ――あとは、罰を与えるだけ」

 魔法陣が、音もなく床に広がっていく。
 空間がひび割れ、世界の“縫い目”が軋みを上げる。

 その中心に立つのは、メレディス・ヴァインバーグ。
 クロノの冷たい視線を受けて、彼女はようやく、顔をゆがめた。

「……待って。話を聞いて。あの子は、間違いだったのよ。最初から“必要なかった”。
 夫も、家も、誰も……あの子を望んでいなかった!」

 声が震えていた。けれど、それは恐怖からではない。
 “正しさを否定された怒り”――つまり、まだ自分を悪いとは思っていない。

「ご安心を。これは、あなたのための拷問ではありません。
 これは、あなたの中の“自分勝手さ”に与える罰です」

 クロノは手を振ると、魔法陣の中心から黒鉄の椅子が現れた。
 細く、冷たく、人体の形にぴったりと沿った拷問椅子。

 名前は――“記憶を剥がす椅子(リメンブラ・スティール)”



「この椅子に座った者は、人生のすべての記憶を、順番に見せられるわ。
 恨み、愛、嘘、欺き、欲望――そして、そのすべてが“他人の目”で再生される」

 メレディスは無言のまま引きずられ、椅子に縛りつけられる。
 魔力の鎖が、その手足をやさしく、けれど決して外れぬように固定した。

 光が差し込み、記憶の断片が空中に浮かぶ。



「お義母様、見て!今日は満点だったの」
「へぇ、よかったじゃない。……でもね、それは“あなた”の役割じゃないのよ」

「もう一人? ……わたし、そんな子知らないわ。いなかったことにすればいいでしょう?」

「家の名前を汚すな。静かにしていなさい。
 ……誰も、お前のことなんて見ていない」



 浮かび上がるのは、リディアの姉――**“影のリディア”**が歩んできた人生。
 誰からも名前を呼ばれず、存在を与えられず、それでもただ――生きていた。

 クロノの表情は、変わらない。

「これは彼女のための魔法じゃない。
 あなたが、“奪った命の重さ”を理解するための魔法」

 記憶が終わるたび、椅子に座った者は“痛み”を受ける。
 精神が、自分の罪で焼かれていく。

 悲鳴が漏れ始める。それでも、魔法は止まらない。
 クロノは、ただ静かに立ち尽くしていた。



 魔法が終わったのは、正確に7分33秒後だった。

 メレディスは、完全に意識を失い、椅子にぐったりと垂れ下がっていた。
 それでも命はある。
 拷問とは、壊すためではなく、“自覚させる”ためのものだから。



 クロノは、そっと目を閉じた。

 その瞬間、空間が淡く光る。

 ――リディアの魂が、現れた。

 今度の彼女は、笑っていた。
 とても穏やかに、ふわりと微笑んで、クロノに向かって小さく頭を下げる。

「……礼なんていらない。あなたが、あなたで在りたかっただけでしょう」

 魂は光に包まれ、ゆっくりと消えていった。

 その場に残ったのは、静寂だけ。
 そしてクロノの元に――新たな“死者の気配”が届く。



 クロノは小さく笑う。

「休む暇もないわね。ま、いいわ。
 次はどんな物語を聞かせてくれるのかしら」

 彼女の周囲に、再び空間が反転し始める。

 “時の魔女”は、再び新たな謎へと歩き出す。



《第3事件・完》
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