7 / 17
第七節:微笑みは嘘? 知らないうちに疑われてるんですが!?
しおりを挟む「ねえ、聞いた? “あの手紙”のこと……」
「ええ、届いたわ。うちにも」
「私もよ。“神の微笑み”は、作られた演出だって……」
王都の貴族たちの間で、ある噂が密かに広がっていた。
それは、王家の第六皇女――リアナ・グランツェル・ヴァルトルート。
“奇跡の御子”と称され、王国中から崇拝されていたその少女の、
“聖女伝説”が虚構である可能性を示唆する、匿名の手紙だった。
『第六皇女の微笑みは、王妃クラリスの計画である』
『民衆を操る偶像を作り出し、実権を握る陰謀』
『目を覚ませ。真の支配者は、別にいる』
それらは、どこか理性的で、冷静で、説得力のある筆致で書かれていた。
誰が書いたのかも、どうやって配られたのかもわからない。
けれど確かに、それは届いた。
屋敷に、机に、寝室に、“自然に紛れ込むように”。
「まさか……あの可愛らしい皇女様が……?」
「いやでも、たしかに……出来すぎてると思ってたのよね」
「笑っただけで聖女なんて……子どもを持ち上げすぎじゃないかしら」
波紋は静かに、しかし確実に広がっていく。
一方、その渦中の人物――
私は、今日も元気に兄姉授業をこなしていた。
(泣きそうになりながら)
「リアナ、よく見て。この“毒入りの”お茶と、“毒抜き”のお茶、どちらが安全か分かる?」
「なんで“毒入り”を選択肢に含めるの!? 毒抜き一択だよ!!」
「暗号:いちばんやさしいのは“風”。さて、意味は?」
「うーん……ふわふわ……?」
「……よし、今日の石膏像は前回より精度が上がったな」
「彫刻の精度、求めてないの私だけだと思う……」
でも、今日の王宮は――なんとなく、いつもと違う気がしていた。
廊下を歩く使用人たちが、どこかよそよそしい。
お辞儀の角度が微妙に浅くて、笑顔が固い。
(……? なんか、変だな)
「リアナ様、今日のご機嫌はいかがでしょうか」
「うん、ふつうだよ?」
「……そ、そうですか。失礼いたしました」
(あれ、今、ちょっと目をそらさなかった?)
クラリス母のいる部屋に行けば、そんな空気は一掃される。
母はいつも通り、私を見て「ふふ、今日も可愛いわね」と笑ってくれるし、
兄姉たちも過剰なまでに構ってくれる。
でも――廊下の空気、侍女たちの声のトーン、外から聞こえてくる噂話。
(……もしかして、私、なんか言われてる?)
違和感だけが、じわりじわりと広がっていく。
夕方、部屋に戻ると、ゼクス兄が言った。
「リアナ、最近“風当たりが強くなった”と感じるかい?」
「えっ……うん、ちょっとだけ」
「ふむ。……君の周りで何かが動いている。そう感じているのは、僕だけじゃない」
そして、彼はそっと小さな紙片を差し出した。
そこには、見慣れない文字と印が刻まれていた。
「貴族たちにばら撒かれていた“手紙”の一部さ。……これは、僕が回収した」
「えっ……なにこれ……」
その紙には、こう書かれていた。
『女神の微笑みは、作られた幻想。目を覚ませ。』
(……は?)
(……なにそれ)
(私、ただ普通に暮らしてただけなんだけど!?!?)
目の前に置かれた手紙。
ゼクス兄が持ってきた“噂の手紙”の実物だ。
紙は上質で、文字も整っている。だが内容は――
『第六皇女の慈愛は演出である』
『民を操る偶像として育てられている』
『真実を知らぬまま、盲信するな』
……なるほど。
(いや、待って? なにこれ。マジで何これ!?)
(私、ほんっっっとうに何もしてないんだけど!?!?)
ゼクス兄は、淡々と告げた。
「王都の貴族の屋敷十数か所に、同様の手紙が届いている。しかも全部、送り主不明」
「これ、ただの嫌がらせとかじゃないよね?」
「うん。“計画性”がある。組織的なものだ」
兄の横顔は、芸術家らしい美しさを持ちながら、どこか冷たい。
「リアナ。君が“人の心を動かす存在”になったという証だよ」
「……心を動かす?」
「君の“普通”が、帝国にとって“異常”だった。その異常が、美しくて、優しくて、だからこそ――目障りなんだ」
(……ああ)
(そうか、私は――目立ってしまったんだ)
(やりたい放題“してるつもり”だったけど、周りから見たら、“変革”に見えてたんだ)
自由に生きるつもりだった。
好きなことをして、嫌なことはしない。
でも――
その“好き”や“普通”すら、この国では“革命”だったのかもしれない。
「でも……私、戦いたいわけじゃないよ?」
そう言うと、ゼクス兄はゆっくりと笑った。
それは、どこか寂しそうで、あたたかい笑みだった。
「君が戦わなくても、君の存在が“戦いの引き金”になる。……それが、“王族”というものさ」
(……王族って、めんどくさい……)
その夜。私は、久々にひとりきりで眠れなかった。
天井を見上げながら、思った。
(自由に生きたいだけだったのになぁ……)
(でも、もう、ただの“自由”じゃすまないのかもしれない)
でも――
「それでも、私は私のやり方で生きる」
静かにそう呟いて、目を閉じた。
次の日。
クラリス母に、こっそり聞いてみた。
「ねえ、母様……私、悪く言われてるって、知ってた?」
クラリスは、ティーカップを置いて、私を見た。
その表情は、少し驚いて、でもすぐに柔らかく微笑む。
「ええ、知ってるわ」
「……怖くないの?」
「いいえ。むしろ、“リアナがそこまで影響力を持つようになった”ことが、誇らしい」
「でも、どうして黙ってたの?」
「だって、あなたが“気づいた”時にこそ、あなた自身が一歩進めると思ったから」
私は、少しだけ黙ってから、笑った。
「ずるいよ、母様」
「ふふ、よく言われるわ」
(……でも、ありがとう。ちゃんと、信じてくれて)
そして、その日の夕方。
第一王子・シグルド兄が、ひとことだけ告げた。
「敵の尻尾をつかみ次第、叩き潰す。……それだけだ」
(うん、やっぱり家族、こわい)
(でも、ちょっとだけ……心強い)
──その頃、王都の外れ。
黒いフードを被った集団が、次なる作戦を練っていた。
「手紙は撒いた。次は“証拠”をでっち上げる番だ」
「宮廷内部に、“偽の協力者”を立てる」
「“神格化の裏側”を知る者が現れれば、民は疑い始める」
「揺らせ、“聖女”の足元を――」
陰謀は、静かに、しかし確実に動いていた。
12
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。
【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜
よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」
ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。
どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。
国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。
そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。
国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。
本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。
しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。
だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。
と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。
目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。
しかし、実はそもそもの取引が……。
幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。
今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。
しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。
一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……?
※政策などに関してはご都合主義な部分があります。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる