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外交編:他国王族、リアナに接触す
第一節:来訪の知らせは、静かで、でも嵐の匂いがした
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アルステリア王国・王宮。
午後の陽が斜めに差し込む玉座の間で、カレル・アスヴェルド三世は心底うんざりしていた。
机の上には、帝国から届いた一通の通達。
そこには、こう書かれていた。
『第六皇女・リアナ・グランツェル・ヴァルトルート殿下、各国王族との親善謁見を希望される』
さらに目を滑らせると、文末に小さな文字でこう添えられていた。
『発言の経緯:「それぞれの国のお菓子ってどんなのがあるんだろう」――以上を外交的関心と判断』
「……お菓子……」
カレル王は、額に手をあてて小さくうなだれた。
「娘が甘い物に興味を持っただけで、各国を巻き込むとは……あのクラリスという女狐、容赦がない」
ヴァルト帝国。
鉄と血で成り立つその国家は、表向きには礼節と秩序を重んじた理想国家として知られている。
だがその裏では、たった一言の“何気ない呟き”ですら――
外交戦略に変換され、世界を動かす。
(第六皇女・リアナ――“無垢な聖女”とも、“天使の微笑み”とも称される、謎だらけの少女……)
カレルはその名に、警戒と興味を隠せなかった。
(本当にただの少女なのか? それとも、“何か”を背負わされた存在なのか……)
とはいえ、通達を無視するわけにはいかない。
謁見は形式上“自由意思”に基づくものだが、実質的には“呼ばれた”のだ。
アルステリア王国としても、帝国の意向を無視すれば、それはすなわち“外交的軽視”と見なされる。
ならば、誰かを代表として送らなければならない。
……という、実に単純な話で終わるはずだった。
「――なぜ、二人とも行くと言い張るんだ、お前たちは!」
王の怒声が、静かな会議室に響いた。
正面の長椅子に座るのは、第一王子ルシアン・アスヴェルド。
その向かいに、脚を組んで座るのは第二王女セシリア・アスヴェルド。
二人の目は、まるで刃と刃が交わるように鋭く交錯していた。
「論理的に考えて、帝国がこのタイミングで“親善”という名目を掲げる理由が分からない。
おそらくこれは、次代の外交主導権を握るための試金石だ。
ならば、帝国が最も重要視する我が国に、“観察される義務”が発生する」
ルシアンは冷ややかに言い切った。
彼の口調は、明快かつ冷徹。
理路整然としていて、一切の隙がない。
「“観察される義務”? そんなもの、国の代表なら誰にでもあるわ。
でも、私たちが向かうのは“少女”よ?
政治ではなく、“心”を扱う存在。
ならば、読み解くべきは数字や文脈ではなく、感情のゆらぎよ、兄様」
セシリアはゆるやかに微笑みながら、だが言葉の芯は鋭く反論する。
「それに、帝国の王女が“何も考えずにお菓子の話をした”と、あのクラリスが素直に言うとでも?」
「では貴様は、“少女の気まぐれに国家が揺らぐ”と本気で考えているのか?」
「ええ。ありうるわ。
人の感情は、数字よりずっと簡単に揺れる。
特に、かわいくて、笑顔が綺麗で、優しい子だったら……ね?」
ルシアンの目が細くなる。
「……感情論だ。無意味だ」
「そして兄様のは、冷たすぎて人間味がない」
カレル王は頭を抱えた。
毎回これだ。
会話になるのが奇跡だと思えるほど、二人は性格もアプローチも正反対なのだ。
兄は冷徹な合理主義者。
妹は鋭利な感性主義者。
だが、どちらも一国を導けるほどには才がある。
だからこそ、どちらかを退けることができない。
そして、どちらも譲らない。
「――行くのは、どちらか一人で十分だ。外交儀礼上も、それが最も妥当だ」
カレルが静かに告げる。
すると、二人は同時に口を開いた。
「「それでは、この任務は成立しません」」
……同時に同じことを言うな。
王は内心で机を叩いた。
だが、彼らの視線はそれぞれ譲る気配がなく、
もはやこれは“喧嘩”というより、戦略上の攻防だった。
「……よい。もういい。行け。両方行け。だが別行動だ」
カレルは疲れた声で言った。
「現地では接触するな。帰国後に報告を聞く。それ以上は……勝手にしろ」
静寂が落ちる。
そして、二人は同時に立ち上がり、それぞれ深く礼をした。
「「ご配慮、感謝いたします」」
(……これが本当に“普通の兄妹”だったら、どれだけ助かったことか……)
カレルは心の底から、神に祈った。
この兄妹を変えるものが、もしこの世界にあるとしたら――
それは、もはや神のような存在しかないのではないかと。
だが。
彼はまだ知らない。
このあと二人が出会う相手――
第六皇女・リアナは、神ではない。
ただの少女。
ただ、普通に笑って、
普通に紅茶を入れて、
普通に人を見つめるだけの――
“最も異常な、普通”だった。
午後の陽が斜めに差し込む玉座の間で、カレル・アスヴェルド三世は心底うんざりしていた。
机の上には、帝国から届いた一通の通達。
そこには、こう書かれていた。
『第六皇女・リアナ・グランツェル・ヴァルトルート殿下、各国王族との親善謁見を希望される』
さらに目を滑らせると、文末に小さな文字でこう添えられていた。
『発言の経緯:「それぞれの国のお菓子ってどんなのがあるんだろう」――以上を外交的関心と判断』
「……お菓子……」
カレル王は、額に手をあてて小さくうなだれた。
「娘が甘い物に興味を持っただけで、各国を巻き込むとは……あのクラリスという女狐、容赦がない」
ヴァルト帝国。
鉄と血で成り立つその国家は、表向きには礼節と秩序を重んじた理想国家として知られている。
だがその裏では、たった一言の“何気ない呟き”ですら――
外交戦略に変換され、世界を動かす。
(第六皇女・リアナ――“無垢な聖女”とも、“天使の微笑み”とも称される、謎だらけの少女……)
カレルはその名に、警戒と興味を隠せなかった。
(本当にただの少女なのか? それとも、“何か”を背負わされた存在なのか……)
とはいえ、通達を無視するわけにはいかない。
謁見は形式上“自由意思”に基づくものだが、実質的には“呼ばれた”のだ。
アルステリア王国としても、帝国の意向を無視すれば、それはすなわち“外交的軽視”と見なされる。
ならば、誰かを代表として送らなければならない。
……という、実に単純な話で終わるはずだった。
「――なぜ、二人とも行くと言い張るんだ、お前たちは!」
王の怒声が、静かな会議室に響いた。
正面の長椅子に座るのは、第一王子ルシアン・アスヴェルド。
その向かいに、脚を組んで座るのは第二王女セシリア・アスヴェルド。
二人の目は、まるで刃と刃が交わるように鋭く交錯していた。
「論理的に考えて、帝国がこのタイミングで“親善”という名目を掲げる理由が分からない。
おそらくこれは、次代の外交主導権を握るための試金石だ。
ならば、帝国が最も重要視する我が国に、“観察される義務”が発生する」
ルシアンは冷ややかに言い切った。
彼の口調は、明快かつ冷徹。
理路整然としていて、一切の隙がない。
「“観察される義務”? そんなもの、国の代表なら誰にでもあるわ。
でも、私たちが向かうのは“少女”よ?
政治ではなく、“心”を扱う存在。
ならば、読み解くべきは数字や文脈ではなく、感情のゆらぎよ、兄様」
セシリアはゆるやかに微笑みながら、だが言葉の芯は鋭く反論する。
「それに、帝国の王女が“何も考えずにお菓子の話をした”と、あのクラリスが素直に言うとでも?」
「では貴様は、“少女の気まぐれに国家が揺らぐ”と本気で考えているのか?」
「ええ。ありうるわ。
人の感情は、数字よりずっと簡単に揺れる。
特に、かわいくて、笑顔が綺麗で、優しい子だったら……ね?」
ルシアンの目が細くなる。
「……感情論だ。無意味だ」
「そして兄様のは、冷たすぎて人間味がない」
カレル王は頭を抱えた。
毎回これだ。
会話になるのが奇跡だと思えるほど、二人は性格もアプローチも正反対なのだ。
兄は冷徹な合理主義者。
妹は鋭利な感性主義者。
だが、どちらも一国を導けるほどには才がある。
だからこそ、どちらかを退けることができない。
そして、どちらも譲らない。
「――行くのは、どちらか一人で十分だ。外交儀礼上も、それが最も妥当だ」
カレルが静かに告げる。
すると、二人は同時に口を開いた。
「「それでは、この任務は成立しません」」
……同時に同じことを言うな。
王は内心で机を叩いた。
だが、彼らの視線はそれぞれ譲る気配がなく、
もはやこれは“喧嘩”というより、戦略上の攻防だった。
「……よい。もういい。行け。両方行け。だが別行動だ」
カレルは疲れた声で言った。
「現地では接触するな。帰国後に報告を聞く。それ以上は……勝手にしろ」
静寂が落ちる。
そして、二人は同時に立ち上がり、それぞれ深く礼をした。
「「ご配慮、感謝いたします」」
(……これが本当に“普通の兄妹”だったら、どれだけ助かったことか……)
カレルは心の底から、神に祈った。
この兄妹を変えるものが、もしこの世界にあるとしたら――
それは、もはや神のような存在しかないのではないかと。
だが。
彼はまだ知らない。
このあと二人が出会う相手――
第六皇女・リアナは、神ではない。
ただの少女。
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