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第12節:触れてはいけないものに触れたという事実だけが、ひたひたと迫ってくる
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最初に消えたのは、エルメアの娘だった。
ただ、いつも通り通学路を歩いていただけ。
近くに護衛もいた。
馬車も遅れてはいなかった。
なのに、到着したのは空になった車両だけ。
扉も鍵も開いたまま。
中には座布団の温もりだけが残っていた。
血は流れていなかった。
叫び声も聞かれていない。
「おかしいな……」と、最初は誰もが思った。
けれど、三日経ち、五日経ち、
そして一週間が過ぎたあたりで、誰もが口を閉じるようになった。
まるで――誰かの手で、“何もなかったこと”にされているかのように。
次に壊れたのは、ロドリーの妻だった。
夜中、突然発作のように笑い出し、
そのまま言葉にならない声で何かを叫びながら床に爪を立て、
明け方には静かに微笑んだまま――
**「この家、見られてる」**とだけ言って、口を閉ざした。
医者を呼んでも、神官を呼んでも、魔導師を呼んでも原因は不明。
彼女はその後、一言も話さなくなった。
ただ、毎日、王宮の方向を見て、微笑み続けている。
そして次。
第三の中核、“ブラム卿”が朝、目を覚ましたとき。
家族が――全員、抜け殻のようになっていた。
目は空を見ていたが、呼びかけにも反応しない。
言葉を発しても、誰も返事をしない。
ただ、そこに“いる”だけ。
彼らは生きている。
けれど、もはや“人間”ではなかった。
「……これは、偶然じゃない」
誰かが呟いた。
「いや、罰だ」
「罰?」
「“あの子”に、手を出したことの――」
その瞬間、空気が凍った。
部屋にいた全員が、無意識に“その名”を出さなかった。
リアナ。
あの“王女”。
本当に、ただの少女だったのか?
さらに異変は続いた。
書類が燃えた。
金庫が空になった。
屋敷の壁に、見覚えのない“赤い手形”が現れた。
朝になると、屋敷の前に、“王家の紋章が描かれた石”が一つだけ、置かれていた。
誰が置いたのかは、分からない。
けれど、その日から、屋敷の周囲に誰も近づかなくなった。
協力者たちは、最初は強気だった。
「我らは正しい。あれは偶像だ。神の敵だ」
「理性で語る我らに勝てるはずが――」
だが。
一人が黙った。
次に、一人が姿を消した。
そして、一人が、突然何の連絡もなく国外へ逃げた。
残された者たちは気づく。
誰も何もしてこない。
剣も、兵も、言葉も、抗議も、ない。
けれど、確かに何かが削れている。
失われている。
壊れている。
誰のせいかは、もうわかっていた。
“リアナという名前”に触れた、それだけで。
王宮は、何もしていない。
王家は、何も語っていない。
なのに、“世界”だけが、彼らの周囲で沈んでいく。
やがて、最後に残ったひとり――
〈審問の光〉の最長老であり創設者のひとり、“カイ=エスタブレム”は、
夜明け前の書斎で、手紙を認めていた。
震える手で、筆を取りながら。
「我々は、間違っていた」
「“あれ”は――触れてはいけないものだった」
「神に似せた偶像ではない。
神そのものより、恐ろしい“家族”の中心にいた何かだ」
「どうか、もう“あの名”を口にしないでくれ。
どうか、あの子が私の存在に気づきませんように」
その手紙が封を閉じられる前に、
カイの影が、書斎から消えた。
まるで――最初から存在しなかったように。
そしてその頃。
王宮の花壇で、リアナは花に水をやっていた。
「ふふ、綺麗に咲いてるねぇ……」
小さな手で、花びらをそっと撫でる。
その後ろには、クラリス母が立ち、
そのまた後ろでは、シグルドたち兄姉が、黙って“すべての報告”を聞き終えていた。
「……終わったか」
「中枢、すべて沈黙。
一人残らず、記録から“消えた”状態」
「目撃証言も、遺体も、抗議の声もなし」
「……完璧だな」
リアナが、くるりと振り返る。
「兄さま、姉さまたち、聞いてる? このお花ね、春咲きだって」
「ああ。知っているよ」
シグルドが、微笑んだ。
「君が教えてくれたからね」
リアナが微笑む。
まるで何も知らないまま、幸福の中に生きているように。
けれど、彼女の背後には――
“王家”という、この国で最も触れてはならないものたちが、微笑みを携えて立っていた。
ただ、いつも通り通学路を歩いていただけ。
近くに護衛もいた。
馬車も遅れてはいなかった。
なのに、到着したのは空になった車両だけ。
扉も鍵も開いたまま。
中には座布団の温もりだけが残っていた。
血は流れていなかった。
叫び声も聞かれていない。
「おかしいな……」と、最初は誰もが思った。
けれど、三日経ち、五日経ち、
そして一週間が過ぎたあたりで、誰もが口を閉じるようになった。
まるで――誰かの手で、“何もなかったこと”にされているかのように。
次に壊れたのは、ロドリーの妻だった。
夜中、突然発作のように笑い出し、
そのまま言葉にならない声で何かを叫びながら床に爪を立て、
明け方には静かに微笑んだまま――
**「この家、見られてる」**とだけ言って、口を閉ざした。
医者を呼んでも、神官を呼んでも、魔導師を呼んでも原因は不明。
彼女はその後、一言も話さなくなった。
ただ、毎日、王宮の方向を見て、微笑み続けている。
そして次。
第三の中核、“ブラム卿”が朝、目を覚ましたとき。
家族が――全員、抜け殻のようになっていた。
目は空を見ていたが、呼びかけにも反応しない。
言葉を発しても、誰も返事をしない。
ただ、そこに“いる”だけ。
彼らは生きている。
けれど、もはや“人間”ではなかった。
「……これは、偶然じゃない」
誰かが呟いた。
「いや、罰だ」
「罰?」
「“あの子”に、手を出したことの――」
その瞬間、空気が凍った。
部屋にいた全員が、無意識に“その名”を出さなかった。
リアナ。
あの“王女”。
本当に、ただの少女だったのか?
さらに異変は続いた。
書類が燃えた。
金庫が空になった。
屋敷の壁に、見覚えのない“赤い手形”が現れた。
朝になると、屋敷の前に、“王家の紋章が描かれた石”が一つだけ、置かれていた。
誰が置いたのかは、分からない。
けれど、その日から、屋敷の周囲に誰も近づかなくなった。
協力者たちは、最初は強気だった。
「我らは正しい。あれは偶像だ。神の敵だ」
「理性で語る我らに勝てるはずが――」
だが。
一人が黙った。
次に、一人が姿を消した。
そして、一人が、突然何の連絡もなく国外へ逃げた。
残された者たちは気づく。
誰も何もしてこない。
剣も、兵も、言葉も、抗議も、ない。
けれど、確かに何かが削れている。
失われている。
壊れている。
誰のせいかは、もうわかっていた。
“リアナという名前”に触れた、それだけで。
王宮は、何もしていない。
王家は、何も語っていない。
なのに、“世界”だけが、彼らの周囲で沈んでいく。
やがて、最後に残ったひとり――
〈審問の光〉の最長老であり創設者のひとり、“カイ=エスタブレム”は、
夜明け前の書斎で、手紙を認めていた。
震える手で、筆を取りながら。
「我々は、間違っていた」
「“あれ”は――触れてはいけないものだった」
「神に似せた偶像ではない。
神そのものより、恐ろしい“家族”の中心にいた何かだ」
「どうか、もう“あの名”を口にしないでくれ。
どうか、あの子が私の存在に気づきませんように」
その手紙が封を閉じられる前に、
カイの影が、書斎から消えた。
まるで――最初から存在しなかったように。
そしてその頃。
王宮の花壇で、リアナは花に水をやっていた。
「ふふ、綺麗に咲いてるねぇ……」
小さな手で、花びらをそっと撫でる。
その後ろには、クラリス母が立ち、
そのまた後ろでは、シグルドたち兄姉が、黙って“すべての報告”を聞き終えていた。
「……終わったか」
「中枢、すべて沈黙。
一人残らず、記録から“消えた”状態」
「目撃証言も、遺体も、抗議の声もなし」
「……完璧だな」
リアナが、くるりと振り返る。
「兄さま、姉さまたち、聞いてる? このお花ね、春咲きだって」
「ああ。知っているよ」
シグルドが、微笑んだ。
「君が教えてくれたからね」
リアナが微笑む。
まるで何も知らないまま、幸福の中に生きているように。
けれど、彼女の背後には――
“王家”という、この国で最も触れてはならないものたちが、微笑みを携えて立っていた。
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