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外交編:他国王族、リアナに接触す
第三節:王女のお出迎えは、愛情たっぷりクッキーで
しおりを挟む「えっ!? 手作りでお出迎え?」
第一声を上げたのは、キッチンにいた侍女のライナさんだった。
大きな目を見開いて、手に持っていた木のスプーンがカランと床に落ちる。
「えっと……それって、“クッキー”とかを、ですか?」
「うん!」私はにっこりと笑う。「せっかく遠くから来てくれるんだから、わたし、なにか作ってお出迎えしたくて」
ライナさんの口元が引きつる。
「……ご自分で?」
「もちろん!」
「……王族として、ですか?」
「うん?」
(ちょっと待って、なんでそんなに固まるの!?)
(今の言い方、まるで“王族=手を動かさない神像”みたいなニュアンスだったよね!?)
「え、もしかして、ダメ……?」
不安になって聞いてみると、ライナさんは慌てて首を振った。
「い、いえっ! ただその……帝国の王女が、客人のためにわざわざ“手作りする”ということが、外交上……あの……重すぎるといいますか……!」
(えっ、クッキーってそんなに重かったの!?)
「でも、手作りじゃなきゃダメなんだよ」
私はそっと手を胸に当てる。
「だって、“自分で作ったおいしいもの”を渡すって、すごくあったかいことでしょ?」
「……リアナ様……」
ライナさんが目を潤ませた。
(あれ? 感動されてる?)
(いや、感動じゃなくて“諦め”の目かもしれない……!)
その日の午後、キッチンはちょっとした騒動になった。
料理長「王族が手を使うなど……!」
副料理長「でも、陛下の命令ではなくご本人のご意志だそうで……」
下働きの少年「やばい、あれ……普通にうまい……」
侍女「これ……売れる……」
そんな中で私は、
もくもくとクッキー生地をこねながら考えていた。
(どんな王女様なのかな……)
(甘いの、好きかな?)
(そもそも、“クッキーもらってうれしい”って思ってくれるかな……?)
ちょっと不安になる。
だって、相手は他国の王族。
それこそ、私と違って立派で、賢くて、しっかりしてるのかもしれない。
(わたしの“ふつう”って、通じるのかな……)
それでも、手を止めなかった。
だって、誰かに何かを渡すって、
**“わたしの気持ちを伝える手段”**だと思ってるから。
クッキーの丸い形を整えながら、ぽつりと呟く。
「“ようこそ”って気持ちと、“仲良くなれたらいいな”って気持ち。
それが、ちゃんと届くといいな……」
焼き上がったクッキーを見て、ちょっとだけ満足。
ほんのり甘いバターの香り。
すこしだけカリッとして、口に入れるとほろっと崩れるように。
(これなら……大丈夫かな)
(たとえ“王族”でも、心は同じはずだよね……?)
――その頃。
王宮の迎賓館では、セシリア王女がすでに到着していた。
護衛を従え、ドレスの裾を優雅に揺らしながら、
しかしその視線はひどく鋭く、冷静だった。
「ふふ……“第六皇女・リアナ”」
彼女は口元に笑みを浮かべながらも、瞳の奥では探っていた。
(一体、どんな“顔”をしているのかしら)
(この目で見極めてみせるわ。帝国が“聖女”とまで呼ぶ少女の、本当の姿を――)
だが彼女はまだ知らない。
このあと彼女の前に現れるのは、
どこを探しても“裏”のない――
ほんとうにただ、相手に喜んでほしくて、
手作りクッキーを差し出す少女だということを。
それがどれほど、
彼女の心を“かき乱す”ことになるのかも――
まだ、何も知らないままで。
王宮の応接間は、暖かく、静かで、どこか穏やかな空気が流れていた。
セシリア・アスヴェルドは、ドレスの裾を整えながら、部屋の香りをさりげなく嗅ぐ。
(……バターと、蜂蜜。それから――シナモン?)
微かに漂う甘い香り。
香水ではない。これは……焼き菓子の匂い。
(出迎えに香りの演出? それとも……偶然?)
油断はしない。
帝国が何を仕掛けてくるかなんて、わからない。
相手は“第六皇女・リアナ”。
謎だらけの少女。
――微笑むだけで、世界がざわつく存在。
「どんな“顔”を見せてくれるのかしら」
言葉には、わずかに棘が混じっていた。
セシリアは、生まれつき“人の感情”を読むのが得意だった。
目の動き、声の震え、呼吸のリズム、指先のクセ。
それらを無意識に拾い上げて、“相手の本音”を感じ取る。
だからこそ、嘘は見抜けるし、誠意のなさもすぐに分かる。
この能力で、何人もの政敵を黙らせてきた。
(けれど――)
(この少女は、“笑っている”という情報しか入ってこない)
リアナは、扉の向こうからふわっと現れた。
ふわりと揺れる淡い水色のワンピース。
きちんと編まれた三つ編み。
そして、花のような微笑みを浮かべて、まっすぐにセシリアの方へと歩いてくる。
「ようこそ、アルステリアの王女様。お越しいただいて、とってもうれしいです」
「……!」
セシリアの呼吸が、一瞬止まる。
声に嘘がない。
言葉に裏がない。
気配に駆け引きがない。
――読めない。
読めない、のではない。
“読むべきものが、何もない”
それが、一番怖かった。
「わたし、リアナです。よろしくお願いします」
リアナが丁寧に頭を下げる。
その仕草ひとつにすら、作られたものを感じない。
「アルステリアの……セシリア・アスヴェルドと申します」
セシリアは、ほぼ反射的に応じた。
そしてその直後――
「これ、よかったらどうぞ! わたしが焼いたんです!」
差し出されたのは、小さなカゴに入った焼きたてのクッキー。
ラッピングも手作業だろう。
花柄の薄紙と、柔らかいリボン。
一つひとつ形が微妙に違っていて、たしかに“誰かが心を込めて作った”ものだった。
「……あなたが……?」
「うん。お菓子って、国によって好みも違うって聞いたから、どんな味が好きかな~って思って、いろいろ作ってみたの」
リアナは、それだけ言って、にこにこと笑っていた。
「わたし、初めて会う人に何か渡したくなるんです。ちょっとでも“ようこそ”って伝えたくて」
セシリアは、クッキーを見つめたまま、反応に困っていた。
(待って……待って……)
(“計算”じゃない……?)
(いやでも、これだけのものを自分で焼いて、“渡そう”って発想になる王女って……)
「……いただきます」
セシリアは、無言でひとつ口に入れた。
――サクッ。
優しい音とともに、香ばしい香りが広がる。
バターと蜂蜜の甘さ、そしてほんの少しだけ塩気がきいていて、まるで……
“ほっとする”味だった。
(……おいしい)
自分でも驚いた。
美味しいだけじゃない。
この味に、“人の心”がこもってる。
「……ふふっ」
リアナが、小さく笑った。
「よかった……変な味だったらどうしようって、ちょっと緊張してたんです」
その言葉に――
セシリアの中で、何かが崩れた気がした。
(なんなの、この子)
(こんなふうに、真っ直ぐで、裏がなくて、優しくて……)
(――“人間”って、こんなに“優しいまま”でいられるの?)
この瞬間、セシリアの“読み”は崩壊した。
「……リアナ様」
「はい?」
「あなた、ほんとうに……」
「うん?」
「……いえ、なんでもありません」
まだ認めたくなかった。
でも、分かってしまった。
この子は、“見抜けない相手”じゃない。
“見抜く必要がない相手”なんだ。
そしてそれが――
セシリアにとって、人生で初めて出会った、そんな人だった。
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