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第二十三話:願いの在処
しおりを挟む風が静かに止んだ。
村外れ、古い桜の木の下。
地中から掘り出された折れた剣が、俺の手の中でかすかに重みを帯びていた。
刃は深く錆び、鞘は失われ、柄の巻き革もほとんどが朽ち果てている。
けれど、不思議と“死んだ”という感じはしなかった。
まだ──この刃は、生きている。
宿に戻った俺は、リノに短く言った。
「火を借りる。少しだけ、時間が欲しい」
リノは深く詮索しなかった。ただ静かにうなずき、
宿屋の一角にあった古い炉に薪をくべ、火を起こしてくれた。
「ひとりでやる?」
「……ああ」
「わかった。終わったら、声かけて」
そう言って、彼は静かに席を外した。
火を入れる。
赤々と燃える炉の熱に、刃を晒す。
ゆっくりと──まるで記憶が目を覚ますように、錆びた金属の奥から熱が立ち上った。
──その瞬間だった。
視界が、音もなく揺らぐ。
まるで世界がひっくり返るように、風景が変わった。
鉄と火と時間──それが重なったとき、極まれに起きる現象。
鍛冶師の間では、**《想刻(そうこく)》**と呼ばれている。
かつて鉄に刻まれた記憶を、火の熱で解きほぐす技。
魔法でも、霊視でもない。
ただ、鉄が“忘れられなかった”想いを、誰かに託す奇跡。
──今、その中心にいた。
俺は、村を見下ろす丘に立っていた。
目の前には、一本の剣を手にした青年。
まだ若い。顔もあどけなさを残している。
だがその瞳は、何かを決意した者のものだった。
風車が折れ、家々が炎を噴いている。
村の至るところに、戦いの痕があった。
村人たちが逃げ惑い、倒れていく。
青年の足元にも、斃れた男や女、年老いた者や子どもたちがいた。
それでも、青年は立っていた。
剣を握るその手は、血にまみれて震えている。
けれど──その背だけは、決して折れていなかった。
「……みんな、逃げてくれ。頼む……っ」
その声は、掠れていた。
けれど必死に、生きている者たちへ向けて、最後の力を振り絞るように響いていた。
「この剣が折れても……俺が倒れても……時間さえ稼げれば……誰かが……!」
視線の先には、“それ”がいた。
黒く、歪んだ影。
人の形に近いが、曖昧で、触れるたびに形が変わっていくような魔物。
その目だけが、真紅に光っていた。
生き物の姿をしていながら、そこには“命”の気配がなかった。
ただ、破壊と、殺意だけが形になったような存在。
それが、村へ向かって歩いてきていた。
青年は剣を振るう。
力任せの一閃。
だが、刃はしっかりと魔物の身を裂く。
反撃。
魔物の腕が青年を薙ぐ。
血が、飛んだ。
剣が、震えた。
それでも──青年は倒れない。
歯を食いしばり、足を踏みしめ、もう一度、剣を振るう。
刃がうなる。
風が巻き上がる。
魔物の身を深く抉るその一撃。
──だが、同時に、魔物の爪が青年の胴を貫いた。
世界が、静かになった。
次の瞬間、鋼の音が裂ける。
刃が──折れた。
鋼の芯が悲鳴をあげる。
それは、痛みというよりも、“哀しみ”だった。
青年は崩れ落ちる。
その目の奥に、絶望はなかった。
どこか、安堵に近い微笑みさえ、浮かんでいた。
「……頼んだぞ。誰か──きっと、この剣を拾ってくれる」
その言葉が、胸の奥に突き刺さった。
──守りたかった。
──届いてほしかった。
──未来に、誰かが引き継いでくれれば、それでよかった。
それだけの、切実で真っ直ぐな願い。
剣は、折れた。
時間は止まった。
それでも、願いだけは残り続けていた。
それが、《想刻》が見せた記憶だった。
──気がつくと、俺は膝をついていた。
手には、熱を帯びた折れた剣。
目の奥が焼けるように熱く、頬に、ぽたりと一滴、雫が落ちた。
涙だった。
いつから流していたのか分からない。
けれど、止まらなかった。
火の前で、何百年も刃を打ってきた。
だけど──これほど、深く“刃の願い”に触れたことはなかった。
たった一人の青年が、命と引き換えに託した想い。
剣に刻まれ、錆びてもなお、誰かを待っていた願い。
「……拾ったよ」
声が震えた。
「お前の剣、ちゃんと、受け取った」
目を閉じる。
鉄の匂い、火の熱、命の重さが、まだ胸の奥に残っていた。
これはもう、“修理”なんかじゃない。
──これは、“継ぐ”んだ。
あの青年の剣に、もう一度、立ち上がる理由を与えるために。
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