極上Dr.の甘美な誘惑―罪深き深愛の果てに-(旧題:sinful relations)

雛瀬智美

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第二章「chain of love」

番外編「五年前の葛藤と現在」(三月の終わりごろ)

 五年前。
 一月の終わりの日曜日、実家に呼び戻されていた。
 家庭教師のバイトもあるしプライベートを
 浸食されたくないので泊まらず短い滞在だ。
 父はリビングで悠長にお茶をすすり俺を待っていた。
「……話ってなんですか。
 電話じゃなできないと言われたから
 渋々帰って来たんですけど」
 対面のソファに腰を下ろす。
 壮年の男は、足を組みもせず堂々と腰を下ろしていた。
「声に不機嫌がダダ洩れしてるよ!
 クールビューティーが台無し」
 久しぶりに会った父は相変わらずだった。
 プライベートのゆるさを誰も知らない。
 詐欺かと思うくらい人が違う。
 昨日、藤城総合病院を訪れたが院長の息子だと知っている
 医療関係者には、話しかけられた。
 昔の知り合いもちらほらいる。
 目の具合を診てもらうのに年に一度訪れている
 眼科の医師とは一番親しいかもしれない。
 子供の頃度なしのカラーコンタクトを
 作ってくれた人だ。
 40代後半のベテラン医師の彼は診察中に関係のない雑談をしてきた。
『卒業後の実習先はここにしないんですか。
 葛井先生のようにここで実習をしてそのまま勤務されても……』
『義兄(あに)と俺は違うので。
 10年も経たないうちにはお世話になると思いますから
 その時はよろしくお願いします。
 今回も診察ありがとうございました』
「青、無理せず頑張りなさい」
 親子年齢が違うせいか気安く接してくる。
 下の名前で呼ばれるのは親や親族、長年のパートナーしかいない。
 頭を下げて診察室を出た。
「……昨日、藤城総合病院に行ってきた。
 目の診察をしてもらったが、
 いつも通り問題はなかったよ」
 間を置いて話を続けても父は気にしていなかった。
「うんうん。別の所で診てもらってもいいのに
 律儀だね」
「秘密を知ってる人にしか診てもらえないだろ」
「……まあ、そうか」
「時間がないのでさっさと話してもらえるとありがたいです。
 昨日、病院でお会いすることもできたのに実家に呼び出されて、
 時間の無駄なんですから」
「プライベートのことだから家がいいと思ったんだよ。
 本当に大学を出ても東京に残って就職するの?」
「は? 今更だろ。
 眼科の先生にも藤城総合病院で実習しないのか
 訊ねられたけど。大学を出たら付属の病院で
 研鑽をつむ。それからあなたの病院で勤務させていただくつもりです」
「産婦人科の専門医になって、うちを継ぐ。
 そこまで拘らなくてもいいんだよ。
 継ぐにしろずっと先だし、青は自由に生きてほしい」
「俺は宿命から逃げるつもりはありません。
 地方に出て医師になって、いつか帰ってくる。
 その自分の姿が想像できないんだ。
 スタートは切らないけれど、
 長く勤務するのはあなたの病院と決めてる」
「……自ら縛られすぎだよ。本当にうれしいけど」
「小さいころ、叔母と母を近い時期に亡くしたし、
 その後、お姉さまも流産した。
 お姉さまの時は俺も中学生でしたし、よく覚えています。
 そういうのもあり産婦人科医を選択することを
 決意したわけですが……。
 これからの生き方も自分で選んで決めますから」
「……これだけは約束してほしい。
 もし愛を失って忘れても、
 思い出して。
 眠っている感情を呼び起こして生きて。
 仕事以外でも充実してほしいからね」
 父の至言を胸に刻むことにした。
「ありがとうございます……帰ります」
 肩を叩かれた。
 抱擁は求めていないと知られているのでその日はやめてくれた。
 自分で選んだ道でも時々歯噛みしたくなったが、
 確かにその日に道を決めたのだった。

 昨日は実家に戻る前、沙矢と一緒に従姉妹の篠塚愛璃と夫が住む家を訪れた。
 沙矢が入浴している間に電話をすることにして、昔話をしていた。
「沙矢ちゃんと出逢えてよかったよ。
 君が東京以外で生きられるはずないし」
「昔話に付き合わせて悪いな。五年も前の話だから許せ」
「笑いながら話せるくらい時間は過ぎたと思うよ。
 あ、青は笑ってないか」
「幸せすぎて毎日笑ってるけど?」
「声を上げて笑ったりするのは想像できない」
「そんなキャラじゃねぇよ」
「……何かごめんね。
 無理して僕達と付き合う必要ないからね」
 先日は沙矢と一緒に従姉妹夫婦の家を訪れた。
「会える時は会う。
 無理をしない距離感でいいんじゃないか」
「そうだね。これからもよかったらよろしくね」
「よろしくな」
「そうだ。その内ウェディングチェック
 受けるなら……裏の手が」
「……いらんこと言うな!」
 何やらもうすぐ俺に会いたいという
 男性患者が来るとは聞いたが、
 蒼宙からもその話題を出されるとは思わなかった。
「これって真面目な話でしょう」
「……すまない。取り乱した」
 裏の手とやらを使うのは目に見えていた。
「むかつくくらいかっこいいんじゃなくて可愛いの間違いだった。
 さすが斎賀先生のお気に入りのおもちゃ」
「……どうでもいい。AB同士で勝手につるんでろ」
「ABとOは相性いいんだよね」
 蒼宙はABで愛璃はOだった。
「そうだな。姉もABだ。あそこもABとOか」
「血液型でどうこう言わないでいいとは思うけど」
「それはまあそうだな」
「ウェディングチェック、友達にもすすめたら
 とっくに受けるつもりだったみたい。
 将来有望の愛妻家……かっこいいよね」
 見た目は知らないが内面で既に男前ではある。
「……最近、その話題多いな。
 そういう男性が増えてくれるといいとは思うが」
 俺に会いたいという人物とは結局、カフェでお茶をすることになるのだろう。
 俺がいるのは産婦人科だから。
「そういえば沙矢ちゃんに君づけとちゃんづけで呼び合ってるの羨ましがられたっけ。
 青も呼び合ってみるといいよ!」
「……もう切る。おやすみ」
 容赦なく電話を終了した。
 とことこと浴室から戻ってきた俺の沙矢が、
 可憐な笑みを向けている。
「青ちゃん、お風呂あがったわ」
(そっちかよ)
「後でどうなるか分かっているんだろうな」
 口元を歪める。
「お二人の真似よ。私がちゃんづけだとつまんないから
 ちびっこの青をイメージして呼んでみたの」
「そう考えるお前が可愛いな。
 お仕置きじゃなくてとっておきのご褒美やるよ」
 艶のある黒髪を撫でて頬を摺り寄せる。
 耳元でつぶやくと頬を赤く染めた。
 照明の下でわかりやすい表情の変化だ。
「冷凍庫に入ってたバニラアイスをお夜食で食べるのね」
 嬉々とした声。
「……そういうことにしておけ」
 ぽん、と肩を叩きリビングを出た。
 浴室で独りよがりの禊(二人じゃない時はこれだ)をして、
 ダイニングキッチンに向かう。
 冷蔵庫からバニラアイス、食器棚からスプーンをそれぞれ二つずつ
 用意しリビングに向かう。
 俺の気配を感じた沙矢が満面の笑みで振り返った。
「やっぱり青くんの方がよかったね。
 もし中学の同級生だったなら絶対呼んでたもの」
「沙矢ちゃん……中学生だとキスしかできないよ。いいのかな?」
 沙矢の頬にアイスを押し当てる。
「……バカ」
 ソファの背もたれ越しに肩を抱きしめる。
 頬を指先でつついたら少しむくれていた。
「そんなかわいいバカならいくらでもどうぞ」
 沙矢が高3の時、俺は25で医師一年目だった。
 そんなに前ではないが、あれからも色々あった。
 恋愛事以外では。
「そんなこと中学生が言ってたら怖い」
 俺の腕に腕を添えてくる沙矢がいとおしい。
 沙矢ちゃんと呼ぶなら、俺も一人称が違ったかもしれない。
 闇に溺れていた頃も、最初から「沙矢」、「青」だった。
「アイス……おいしい。
 お部屋があったかいからこの冷たさが贅沢ね」
「ああ」
 隣に座ってアイスを食べる。
 たまには甘えて来いと思いながら、
 華奢な身体を引き寄せた。
「もたれてもいい?」
 健気に聞いてくる沙矢の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
 ドライヤーで乾かした髪からはシャンプーの香りがした。
 もたれてきた頭をかき抱く。
「……何でこんなにかわいいんだよ。反則だろ」
「ええ!?」
 やけくそでつぶやいたら後ろを振り仰いできたので、唇をふさいだ。
 アイスを食べたばかりだが我慢できなかった。
 


 


















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