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第42話「決意を胸に抱いた土曜日」(☆☆☆)
正社員になることができて気分も新たに仕事に向かう日々。
私は携帯のカレンダーで親友のお誕生日を確認した。
「日曜日は陽香のお誕生日だから
明日はプレゼントを買いに行こうと思って」
「行ってこい。
俺は仕事からまっすぐ帰って妻を待ってるから」
「お昼ご飯を食べてから出るね。
青の分は冷蔵庫に入れておくから」
「わかった」
一緒にランチを食べられないのは残念だが、
別々の時間を持つことも大事だ。
一緒にいる時間が当たり前でも、
それぞれのプライベートはある。
『譲れない一線に干渉してはよくない。
お互いのすり合わせを大事にするのよ』
母がメッセージで伝えてきた。
せっかく付き合えて結婚できたんだから、
今更こじれたくない。
私が年相応でしかないのは自覚していた。
少しでも追いつきたくて、
医師である青の隣で誇らしくいたくて
正社員になろうと思った。
試験が一段落した私は、のんびりできていても
彼は毎日勉強していたり
仕事のことで忙しくしている。
少し落ち着いたら子供のことを話したい。
青は私を応援してくれているけれど、
彼は家族が欲しいのではないか。
二人の問題だからこそ、身勝手に突っ走ったりはしない青は本当に素敵な男性。
恐ろしくかっこいいのに気取ることもなく、可愛らしさもある。
自分のことだけじゃなくて、青のことも尊重したい。
寄り添い合うベッドの中で私はしばらく考え事をしていた。
腕の中に引き寄せられるとまぶたが重くなる。髪を撫で頬を指が辿る指の感触。
吐息が首筋に触れて胸がきゅんとなる。
足を絡ませたら腰を抱かれた。
肌を交わさなくても青の愛は伝わってきた。
どこかから鳥のさえずりが聞こえる。
瞼をゆっくりと押し開く。
視界いっぱいに映るのは端正な面差し。
朝からドキドキするし心臓にかなり悪い。
透明感のある青い目は私を案じているように見える。
「沙矢、おはよう」
頬を擦り寄せられた。
起きてすぐのキスはない。
歯磨きをしていないからだ。
壁かけの時計は5時半を指し示している。
少し話す時間はありそうだ。
「おはよう……青」
抱きついたら背中を撫でられた。
「朝から甘えてくれるのか?」
「……私、もっとちゃんと大人になりたい。
こんなことしててよく言うわよね。
大好きって伝えたい衝動に勝てなかったの」
髪を撫でられた。
「一つだけ聞かせて欲しい。そしたらご飯にしよう」
「なんでも言え」
お互いに起き上がって向かい合う。
青の方を見つめて目を逸らしかける。
着替える前にパジャマのボタンを三つも外しているのが気になるところだ。
「本当は、子供が早く欲しいと思ってる?」
虚をつかれた顔をしたが一瞬で表情を変えた。
「できれば結婚式までに授かりたいかな」
具体的な答えだった。
こちらを愛おしそうに見つめながら言われるとたまらなくなる。
(大丈夫。もう決めたから)
「教えてくれてありがとう。本当はもう少し
ちゃんと話せる自信がついてから聞こうと思ってたの。帰ったら話そうね!」
「沙矢……」
「元気が出る朝ごはんを作るわ。青はゆっくり起きてきて」
青はにっこりと微笑んでくれた。
朝食を食べ、身支度のできた青を送り出す。
掃除をしたり部屋の整理整頓をして、
午前十一時頃、昼食を作った。
青の分を皿に分けて自分の分を食べる。
「温めて食べてね。沙矢より」
テーブルの上に書き置きを残す。
薄めのメイクをして家を出た。
5月も下旬になり汗ばむ陽気だ。
最近、とても綺麗になった親友の陽香。
彼との恋は上手くいったのだろうか。
青との不透明な恋愛が始まったばかりの頃は、
私はまだ19歳だったが彼女は先に大人になった。
何度となく助けてくれ心の支えになってくれた彼女に心を込めた贈り物をあげたい。
そんなことを考えながら電車に乗っていた。
駅で降りた私は街を歩く。
青とふたりで行動する時より早めのテンポで歩いていた。
外から香水が陳列されているのが見えた店に飛び込んだ。
初めて訪れるお店は緊張したが、店員さんに話しかけたら笑顔で応じてくれてほっとする。
「ヘアコロンって言うんですかね。
お友達にあげるものを探してるんです」
「分かりました。お友達はどんな感じの香りがお好きでしょう?」
「好みというかイメージは甘くなくて爽やかで、
大人っぽい感じでしょうか。 凛とした美人で永遠の憧れなんです」
店員さんの優しい眼差しを感じる。
「スイートよりクール寄りかしら?
お客様はスイートでフェミニンな感じが似合いそうですね」
店員さんに案内されヘアコロンの棚を見る。
陽香に似合うものではなく、
彼女がつけたいと思うもの。
「スイートとクールの中間くらいのものってどれですかね?」
「……それでしたら」
店員さんがいくつかの商品を選んでくれたので、それぞれの匂いを嗅がせてもらった。
「これにします」
手に取ったヘアコロンの瓶を包装してもらう。
支払いをして店を出たところで、
親友の姿を見つけた。
(……陽香?)
眩しい笑顔を浮かべ誰かの腕を取る。
距離があるので顔は分からないがとても長身の男性だった。
はにかむ陽香の顔が可愛くて見とれていたが、知らぬ間に二人は通り過ぎていた。
玄関を開けて中に入る。
青は寝室で休んでいるかもしれないと思い、静かに行動するのを心がけた。
リビングのソファーにプレゼントの袋とバッグを置いて座る。
青の気配を感じて振り向いたら彼はぼんやりとしている様子だ。
(寝起き!? )
「おかえり」
「ただいま」
肩に腕が回り半身をもたれさせてくる。
頼られてる気がしてうれしい。
「……少し寝てしまってた。昼食、美味しかったよ。ありがとう」
「お疲れさま。 起こしちゃったわね」
「俺こそお前が帰宅した気配に気づかないなんて」
こんな姿を見せられたら誰もめろめろになって危険だ。
「無防備な青は珍しいかも」
「男は弱っている時に種の生存本能が高まる生き物らしい」
首筋に唇が触れた。
「お前がいないと広い部屋は寂しい……沙矢」
キスされそうな距離感に顔が近づいている。
「陽香の誕生日プレゼントは、ヘアコロンをあげることにした。
普段使いしやすくて彼女が好きそうな香りのものを」
青は、小さくあくびをしている。
家でくつろぐ時は、素顔の彼だから偽りの瞳で過ごした時間は少ない。
(やっぱり疲れてるんだろうな)
「ヘアコロンか。いいんじゃないか?
陽香さんは大人びた雰囲気だが可愛いのも
合いそうだ」
数回あった青もわかるようだ。
客観的イメージだろうから嫉妬とかはない。
「うん。クールとスイートの中間にしたわ。
私の分も勧められそうだったけど、遠慮した。
今日はあくまで陽香の誕生日プレゼントを買いに行ったわけで」
「……沙矢はヘアコロンじゃなくて香水かな。また一緒に選ぶか?」
「……青と一緒に選びたい」
「お前の好きなものを買えばいいよ」
髪をひとすくいして口づける。
見つめる視線が極甘だ。
「朝の話なんだけど」
「聞くよ」
「あなたの気持ちを無視して突っ走ってた。
正社員になって誇らしく隣に立ちたいって言ってたこと」
「お前がそうしたいって思ったのならそれでいい」
いつだってそう。
あの頃踏み出せなかったのは彼だけのせいじゃない。私だって動けなかった。
私ばかり気遣ってくれている青にもっと早く気づきたかった。
「あなたの子供を産みたい。あなたとの家族が欲しいの」
青の手を握りしめる。
「沙矢」
握り返された手の力は強く熱を感じる。
私の手を押し抱くみたいに頬を寄せる。
(私なら……あなたの子供を授かれるから)
「正社員になれたから出産や育児休暇も取りやすいわ。
もし復帰したくなった時も大丈夫だと思う」
実際は不安もあるけどそれよりも
青との家族を作り未来に向かいたい想いが強かった。
この人と結婚して妻として支える。
なんて奇跡なんだろう。
(青の周りの人はみんな優しくて私を受けいれてくれる人ばかりで……)
ちょっとだけ強がってみせる。
「……沙矢、ありがとう」
「10月の結婚式の頃よりもっと早くてもいいよ」
「授かりやすい日に頑張ればいい」
「私に本当の気持ちを教えてくれてありがとう」
抱擁し合いキスを交わす。
夕食を食べてから陽香に連絡しようと思ったがやめとおいた。
明日はきっと会えないだろう。
月曜日に会社で渡せばいい。
「子供が子供を産むなんてって言われないように気をつけたい」
「それは二人ともだ」
私よりずっと大人な彼は、優しく微笑んだ。
「今日は体調大丈夫か?」
「絶好調よ」
その言葉が合図だった。
夕食を食べ少し経った頃、二人で寝室に向かう。
肌を重ね愛しさを伝えあう。
何度も啼いて背中に爪を立てた。
目を覚ました私は腕枕をされていて、
端正な面差しに見つめられていた。
直に感じる彼は想像以上だった。
眉をしかめて汗を散らす彼が、覆いかぶさり
わたしのナカに全部を注ぎ込んだ。
避妊具を使っていてもできることはあると、
慎重だった青は想いを伝えるとすぐに抱いてくれた。
すべてを受け止めて背筋が震えた私は、
震える背中に気づいて腕を伸ばす。
「青……だいじょうぶ?」
「気持ち良すぎて苦しいかな。余韻に浸っているよ」
「……余韻」
胸元に頬を摺り寄せる。
明るい場所で見るととんでもない色香がある。
胸元から腹筋まで美しい筋肉を備えていた。
青は繋がりを解いて私を抱きしめている。
境い目もなく生身の身体をくっつけていた。
私は呆然としていたけれど彼はいたって普通。
普段は照れるがこういう時はやはり余裕なのだ。
そうでなければ初対面で送り狼はしない。
「感動したの」
ぎゅーっと抱きしめられる。
「本当に初めてを迎えた気分だ」
青は私の肌を拭い始めた。
意識を保っている時に気づくと恥ずかしい。
「……シャワー浴びた方が早くない?」
「ほてりが冷めない間に触れたい」
脳内で反芻すると全身が熱くなる。
身体を丁寧に拭う旦那様に逆らえるはずもなかった。
「ありがとう。私でよかったら触りまくっていいよ」
「……ご褒美すぎるだろ」
清められている内に火照りも冷めてきた。
腕を引かれて起き上がる。
裸のまま横抱きにされ浴室に連れて行かれた。
全部が晒されているが、意識していられない。
シャワーの飛沫に打たれる。
青がぼそっとつぶやいた言葉をどうにか聞き取った私は、
彼が彼でよかったと強く思った。
「理性で押さえてたのかもしれない」
「うん。真面目な青に私も考えなしの
提案したしあなたのことを言えないわ」
「沙矢は不安だっただけだろ」
シャワーで洗い流しお風呂の中に浸かった。
「……行動が早い」
「嫌だったわけじゃないよな」
青はタオルで巻いた髪に触れている。
「この先は私だけをずっと抱いてほしい」
胸元にもたれたら青はくすっと笑った。
「頼まれなくてもお前しか抱かない。
結婚したばかりで不穏なことを言うな」
「あの子が出てきた時だって、別に余裕たっぷりじゃなかった。
これからも色々あると思う……。
気にしないでいるのは無理だから」
「昼間は別の場所にいるし、
不安が大きくなるのはしょうがない。
どれだけ相手を信じていられるかだ」
唇をついばむキスをしてお風呂から上がった。
「陽香、おはよう」
「おはよう」
バスを降りて歩いていると陽香が歩いてきた。
今日は少し早めにバスに乗ったので、
ちょうどいいタイミングで彼女と会うことができた。
会社の敷地内に入る前の短い時間で
どうしても渡したかった。
「誕生日おめでとう。素敵な一年になりますように」
「……これ」
「ヘアコロンなの。よかったら使ってね」
包装されたヘアコロンを渡す。
「ありがとう。気にしなくていいのに……もう」
「大好きな親友の誕生日はお祝いさせて」
「ああ……来年は沙矢に何をあげればいいのかなあ。
もしかしたら子供もお腹にいるかもだし」
辺りに人がいないのを見計らい、話を続けた。
少しボリュームは抑え気味で。
「正社員になろうと頑張った気持ちは嘘じゃない。
実際、なることができたのはうれしい。
それ以上に青と一緒に未来を作る方が大事だって気づいたの。
人の考え方は変わるものね」
「変わるものよ。青さまとの結婚なら
何も憂いもないんだし二人の幸せを考えて。
私も私で頑張るわ」
青を隣で支えることが私の幸せ。
そう考えが決まったらもっと仕事も頑張れる。
午後七時過ぎ。
勤務を終えた俺は長年の同僚と共にいた。
車に乗ろうとしていたところを呼び止めたら、
奇異なものを見る眼差しを向けてきた。
(いや夜だから顔はよく見えてないが)
「……あんたが私を呼び止めるなんて驚いたじゃない」
「沙矢に俺の子供が欲しいと言われた」
「のろけを言うために私を呼び止めたのか。
いい身分になったわね……藤城くん」
「子供が早く欲しいと思ってる?
って聞かれた時にできれば結婚式までに
授かりたいと口にしていたんだ……。
その日の夜に沙矢から伝えられたのが、
子供が欲しいだったんだよ」
「心でずっと思ってたのよ」
「……胸の中にあった本心が
出てしまった感じだ。
驚いたよ。このまま未来に進むことを選んだ自分にも」
「応援してるわ」
「ありがとう……斎賀」
「やっぱりあんたって別に女性と話せないとかじゃないわよね」
よくわからないことを言われたのでひらひらと手を振った。
エンジンをかける。
「また明日な。斎賀も身体に気をつけろよ」
「お互いでしょ」
斎賀も車に乗り込んだようだ。
沙矢に訊かれ子供を欲している自分に気づかされた。
昔からの繋がりを捨てて東京から消えなかった
選択はきっと間違いではなかった。
今なら望むことができる。
恵まれた環境で育った俺は、それ以上に大きなものを背負っていた。
二度と何も諦めなくていい。
悔しさで歯噛みすることもない。
その事実は心に光を灯してくれた。
私は携帯のカレンダーで親友のお誕生日を確認した。
「日曜日は陽香のお誕生日だから
明日はプレゼントを買いに行こうと思って」
「行ってこい。
俺は仕事からまっすぐ帰って妻を待ってるから」
「お昼ご飯を食べてから出るね。
青の分は冷蔵庫に入れておくから」
「わかった」
一緒にランチを食べられないのは残念だが、
別々の時間を持つことも大事だ。
一緒にいる時間が当たり前でも、
それぞれのプライベートはある。
『譲れない一線に干渉してはよくない。
お互いのすり合わせを大事にするのよ』
母がメッセージで伝えてきた。
せっかく付き合えて結婚できたんだから、
今更こじれたくない。
私が年相応でしかないのは自覚していた。
少しでも追いつきたくて、
医師である青の隣で誇らしくいたくて
正社員になろうと思った。
試験が一段落した私は、のんびりできていても
彼は毎日勉強していたり
仕事のことで忙しくしている。
少し落ち着いたら子供のことを話したい。
青は私を応援してくれているけれど、
彼は家族が欲しいのではないか。
二人の問題だからこそ、身勝手に突っ走ったりはしない青は本当に素敵な男性。
恐ろしくかっこいいのに気取ることもなく、可愛らしさもある。
自分のことだけじゃなくて、青のことも尊重したい。
寄り添い合うベッドの中で私はしばらく考え事をしていた。
腕の中に引き寄せられるとまぶたが重くなる。髪を撫で頬を指が辿る指の感触。
吐息が首筋に触れて胸がきゅんとなる。
足を絡ませたら腰を抱かれた。
肌を交わさなくても青の愛は伝わってきた。
どこかから鳥のさえずりが聞こえる。
瞼をゆっくりと押し開く。
視界いっぱいに映るのは端正な面差し。
朝からドキドキするし心臓にかなり悪い。
透明感のある青い目は私を案じているように見える。
「沙矢、おはよう」
頬を擦り寄せられた。
起きてすぐのキスはない。
歯磨きをしていないからだ。
壁かけの時計は5時半を指し示している。
少し話す時間はありそうだ。
「おはよう……青」
抱きついたら背中を撫でられた。
「朝から甘えてくれるのか?」
「……私、もっとちゃんと大人になりたい。
こんなことしててよく言うわよね。
大好きって伝えたい衝動に勝てなかったの」
髪を撫でられた。
「一つだけ聞かせて欲しい。そしたらご飯にしよう」
「なんでも言え」
お互いに起き上がって向かい合う。
青の方を見つめて目を逸らしかける。
着替える前にパジャマのボタンを三つも外しているのが気になるところだ。
「本当は、子供が早く欲しいと思ってる?」
虚をつかれた顔をしたが一瞬で表情を変えた。
「できれば結婚式までに授かりたいかな」
具体的な答えだった。
こちらを愛おしそうに見つめながら言われるとたまらなくなる。
(大丈夫。もう決めたから)
「教えてくれてありがとう。本当はもう少し
ちゃんと話せる自信がついてから聞こうと思ってたの。帰ったら話そうね!」
「沙矢……」
「元気が出る朝ごはんを作るわ。青はゆっくり起きてきて」
青はにっこりと微笑んでくれた。
朝食を食べ、身支度のできた青を送り出す。
掃除をしたり部屋の整理整頓をして、
午前十一時頃、昼食を作った。
青の分を皿に分けて自分の分を食べる。
「温めて食べてね。沙矢より」
テーブルの上に書き置きを残す。
薄めのメイクをして家を出た。
5月も下旬になり汗ばむ陽気だ。
最近、とても綺麗になった親友の陽香。
彼との恋は上手くいったのだろうか。
青との不透明な恋愛が始まったばかりの頃は、
私はまだ19歳だったが彼女は先に大人になった。
何度となく助けてくれ心の支えになってくれた彼女に心を込めた贈り物をあげたい。
そんなことを考えながら電車に乗っていた。
駅で降りた私は街を歩く。
青とふたりで行動する時より早めのテンポで歩いていた。
外から香水が陳列されているのが見えた店に飛び込んだ。
初めて訪れるお店は緊張したが、店員さんに話しかけたら笑顔で応じてくれてほっとする。
「ヘアコロンって言うんですかね。
お友達にあげるものを探してるんです」
「分かりました。お友達はどんな感じの香りがお好きでしょう?」
「好みというかイメージは甘くなくて爽やかで、
大人っぽい感じでしょうか。 凛とした美人で永遠の憧れなんです」
店員さんの優しい眼差しを感じる。
「スイートよりクール寄りかしら?
お客様はスイートでフェミニンな感じが似合いそうですね」
店員さんに案内されヘアコロンの棚を見る。
陽香に似合うものではなく、
彼女がつけたいと思うもの。
「スイートとクールの中間くらいのものってどれですかね?」
「……それでしたら」
店員さんがいくつかの商品を選んでくれたので、それぞれの匂いを嗅がせてもらった。
「これにします」
手に取ったヘアコロンの瓶を包装してもらう。
支払いをして店を出たところで、
親友の姿を見つけた。
(……陽香?)
眩しい笑顔を浮かべ誰かの腕を取る。
距離があるので顔は分からないがとても長身の男性だった。
はにかむ陽香の顔が可愛くて見とれていたが、知らぬ間に二人は通り過ぎていた。
玄関を開けて中に入る。
青は寝室で休んでいるかもしれないと思い、静かに行動するのを心がけた。
リビングのソファーにプレゼントの袋とバッグを置いて座る。
青の気配を感じて振り向いたら彼はぼんやりとしている様子だ。
(寝起き!? )
「おかえり」
「ただいま」
肩に腕が回り半身をもたれさせてくる。
頼られてる気がしてうれしい。
「……少し寝てしまってた。昼食、美味しかったよ。ありがとう」
「お疲れさま。 起こしちゃったわね」
「俺こそお前が帰宅した気配に気づかないなんて」
こんな姿を見せられたら誰もめろめろになって危険だ。
「無防備な青は珍しいかも」
「男は弱っている時に種の生存本能が高まる生き物らしい」
首筋に唇が触れた。
「お前がいないと広い部屋は寂しい……沙矢」
キスされそうな距離感に顔が近づいている。
「陽香の誕生日プレゼントは、ヘアコロンをあげることにした。
普段使いしやすくて彼女が好きそうな香りのものを」
青は、小さくあくびをしている。
家でくつろぐ時は、素顔の彼だから偽りの瞳で過ごした時間は少ない。
(やっぱり疲れてるんだろうな)
「ヘアコロンか。いいんじゃないか?
陽香さんは大人びた雰囲気だが可愛いのも
合いそうだ」
数回あった青もわかるようだ。
客観的イメージだろうから嫉妬とかはない。
「うん。クールとスイートの中間にしたわ。
私の分も勧められそうだったけど、遠慮した。
今日はあくまで陽香の誕生日プレゼントを買いに行ったわけで」
「……沙矢はヘアコロンじゃなくて香水かな。また一緒に選ぶか?」
「……青と一緒に選びたい」
「お前の好きなものを買えばいいよ」
髪をひとすくいして口づける。
見つめる視線が極甘だ。
「朝の話なんだけど」
「聞くよ」
「あなたの気持ちを無視して突っ走ってた。
正社員になって誇らしく隣に立ちたいって言ってたこと」
「お前がそうしたいって思ったのならそれでいい」
いつだってそう。
あの頃踏み出せなかったのは彼だけのせいじゃない。私だって動けなかった。
私ばかり気遣ってくれている青にもっと早く気づきたかった。
「あなたの子供を産みたい。あなたとの家族が欲しいの」
青の手を握りしめる。
「沙矢」
握り返された手の力は強く熱を感じる。
私の手を押し抱くみたいに頬を寄せる。
(私なら……あなたの子供を授かれるから)
「正社員になれたから出産や育児休暇も取りやすいわ。
もし復帰したくなった時も大丈夫だと思う」
実際は不安もあるけどそれよりも
青との家族を作り未来に向かいたい想いが強かった。
この人と結婚して妻として支える。
なんて奇跡なんだろう。
(青の周りの人はみんな優しくて私を受けいれてくれる人ばかりで……)
ちょっとだけ強がってみせる。
「……沙矢、ありがとう」
「10月の結婚式の頃よりもっと早くてもいいよ」
「授かりやすい日に頑張ればいい」
「私に本当の気持ちを教えてくれてありがとう」
抱擁し合いキスを交わす。
夕食を食べてから陽香に連絡しようと思ったがやめとおいた。
明日はきっと会えないだろう。
月曜日に会社で渡せばいい。
「子供が子供を産むなんてって言われないように気をつけたい」
「それは二人ともだ」
私よりずっと大人な彼は、優しく微笑んだ。
「今日は体調大丈夫か?」
「絶好調よ」
その言葉が合図だった。
夕食を食べ少し経った頃、二人で寝室に向かう。
肌を重ね愛しさを伝えあう。
何度も啼いて背中に爪を立てた。
目を覚ました私は腕枕をされていて、
端正な面差しに見つめられていた。
直に感じる彼は想像以上だった。
眉をしかめて汗を散らす彼が、覆いかぶさり
わたしのナカに全部を注ぎ込んだ。
避妊具を使っていてもできることはあると、
慎重だった青は想いを伝えるとすぐに抱いてくれた。
すべてを受け止めて背筋が震えた私は、
震える背中に気づいて腕を伸ばす。
「青……だいじょうぶ?」
「気持ち良すぎて苦しいかな。余韻に浸っているよ」
「……余韻」
胸元に頬を摺り寄せる。
明るい場所で見るととんでもない色香がある。
胸元から腹筋まで美しい筋肉を備えていた。
青は繋がりを解いて私を抱きしめている。
境い目もなく生身の身体をくっつけていた。
私は呆然としていたけれど彼はいたって普通。
普段は照れるがこういう時はやはり余裕なのだ。
そうでなければ初対面で送り狼はしない。
「感動したの」
ぎゅーっと抱きしめられる。
「本当に初めてを迎えた気分だ」
青は私の肌を拭い始めた。
意識を保っている時に気づくと恥ずかしい。
「……シャワー浴びた方が早くない?」
「ほてりが冷めない間に触れたい」
脳内で反芻すると全身が熱くなる。
身体を丁寧に拭う旦那様に逆らえるはずもなかった。
「ありがとう。私でよかったら触りまくっていいよ」
「……ご褒美すぎるだろ」
清められている内に火照りも冷めてきた。
腕を引かれて起き上がる。
裸のまま横抱きにされ浴室に連れて行かれた。
全部が晒されているが、意識していられない。
シャワーの飛沫に打たれる。
青がぼそっとつぶやいた言葉をどうにか聞き取った私は、
彼が彼でよかったと強く思った。
「理性で押さえてたのかもしれない」
「うん。真面目な青に私も考えなしの
提案したしあなたのことを言えないわ」
「沙矢は不安だっただけだろ」
シャワーで洗い流しお風呂の中に浸かった。
「……行動が早い」
「嫌だったわけじゃないよな」
青はタオルで巻いた髪に触れている。
「この先は私だけをずっと抱いてほしい」
胸元にもたれたら青はくすっと笑った。
「頼まれなくてもお前しか抱かない。
結婚したばかりで不穏なことを言うな」
「あの子が出てきた時だって、別に余裕たっぷりじゃなかった。
これからも色々あると思う……。
気にしないでいるのは無理だから」
「昼間は別の場所にいるし、
不安が大きくなるのはしょうがない。
どれだけ相手を信じていられるかだ」
唇をついばむキスをしてお風呂から上がった。
「陽香、おはよう」
「おはよう」
バスを降りて歩いていると陽香が歩いてきた。
今日は少し早めにバスに乗ったので、
ちょうどいいタイミングで彼女と会うことができた。
会社の敷地内に入る前の短い時間で
どうしても渡したかった。
「誕生日おめでとう。素敵な一年になりますように」
「……これ」
「ヘアコロンなの。よかったら使ってね」
包装されたヘアコロンを渡す。
「ありがとう。気にしなくていいのに……もう」
「大好きな親友の誕生日はお祝いさせて」
「ああ……来年は沙矢に何をあげればいいのかなあ。
もしかしたら子供もお腹にいるかもだし」
辺りに人がいないのを見計らい、話を続けた。
少しボリュームは抑え気味で。
「正社員になろうと頑張った気持ちは嘘じゃない。
実際、なることができたのはうれしい。
それ以上に青と一緒に未来を作る方が大事だって気づいたの。
人の考え方は変わるものね」
「変わるものよ。青さまとの結婚なら
何も憂いもないんだし二人の幸せを考えて。
私も私で頑張るわ」
青を隣で支えることが私の幸せ。
そう考えが決まったらもっと仕事も頑張れる。
午後七時過ぎ。
勤務を終えた俺は長年の同僚と共にいた。
車に乗ろうとしていたところを呼び止めたら、
奇異なものを見る眼差しを向けてきた。
(いや夜だから顔はよく見えてないが)
「……あんたが私を呼び止めるなんて驚いたじゃない」
「沙矢に俺の子供が欲しいと言われた」
「のろけを言うために私を呼び止めたのか。
いい身分になったわね……藤城くん」
「子供が早く欲しいと思ってる?
って聞かれた時にできれば結婚式までに
授かりたいと口にしていたんだ……。
その日の夜に沙矢から伝えられたのが、
子供が欲しいだったんだよ」
「心でずっと思ってたのよ」
「……胸の中にあった本心が
出てしまった感じだ。
驚いたよ。このまま未来に進むことを選んだ自分にも」
「応援してるわ」
「ありがとう……斎賀」
「やっぱりあんたって別に女性と話せないとかじゃないわよね」
よくわからないことを言われたのでひらひらと手を振った。
エンジンをかける。
「また明日な。斎賀も身体に気をつけろよ」
「お互いでしょ」
斎賀も車に乗り込んだようだ。
沙矢に訊かれ子供を欲している自分に気づかされた。
昔からの繋がりを捨てて東京から消えなかった
選択はきっと間違いではなかった。
今なら望むことができる。
恵まれた環境で育った俺は、それ以上に大きなものを背負っていた。
二度と何も諦めなくていい。
悔しさで歯噛みすることもない。
その事実は心に光を灯してくれた。
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