Pleasure,Treasure

雛瀬智美

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Blue glass

1、歩幅

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 私の背は、小さくて、あなたの背はとっても大きいから

 すっぽり体を隠すことができる。

 コンパスの差なんて一目瞭然(いちもくりょうぜん)。

 けれど、決して先に歩いたりしないよね。

 必ず私に合わせて、時には手を差し出してくれる。

 大学生だろうが男女のことなんてちっとも匂わせない

 友達関係が続いている。春に出会ってからずっと。



「つめた……? 」

「何ぼけっとしとんの?」

「あ、涼ちゃん」

 河川敷へと続く階段に座り込んでいた菫子(とうこ)は、

 突然、同じ大学の涼(りょう)に声をかけられた。

 彼は、菫子の唯一の男友達であり、恋してやまない人。

 頬を赤らめながら顔に押し当てられた缶を受け取る。

 菫子の好きなレモンティーだというのは確認しなくても分かっていた。

「今日、七夕だね」

 空を見上げれば、夕暮れ時の薄暗い色が目に映る。

 天気予報によれば夜は雲一つない快晴で、満天の星空が拝めるという。

 今の時間も雨雲の気配は見当たらない。

 この分だと予報は当たるだろうと思われる。

「菫子のことやから、乙女チックな願い事しそうやな」

 菫子は涼の口から乙女チックという台詞が出たことにきょとんとする。

 ついで、喉の奥から笑い声が漏れそうになった。

 握り締めたままの缶を開けようとプルタブを起こして隣に座る涼を見上げる。

 座っていても腰の位置に差がある。

「べたで乙女チックな願い事するよ。

 うちのマンション、笹の木あるのよ、いいでしょう」

 菫子はきっぱりと言い切った。

 涼は気づくことはないだろう真実を胸に秘めながら。

「そりゃあまた羨ましいことで」

 缶を傾けて喉に流し込む。

 ささいな気遣いが嬉しかった。

 菫子が最近よくここで、少年達が野球をする様子を眺めていることを知っているから、

 涼は、ここへ来たのだろう。

 大学に入り初めて出かけたコンパで菫子は涼と出会った。

 彼は別の女の子と意気投合し話し込んでいたが、

 偶然、菫子の隣に座ってきて声をかけたのだ。

 苦くも歯痒い思い出だ。



 自己紹介も終えた頃董子は唐突に言い放たれた。

「実家の妹に似てるわーあんた」

「妹さん? 」

「今中3なんやけど、ガキくさいし実家に居た時はべたべたひっついてきよったわ。

 あんた見てると思い出した。ちょこちょこ動いて小動物みたいな所とか」

 初対面にも関わらず、彼は臆せず喋り倒していた。

 小さな物が動くから目についたのかしら。

 人のほうを見すぎだわ。興味もないくせに。

 菫子が訝しんで睨みつけていると、

「ああ、可愛いってこと」

 弁解なのだろうか。

「随分と気軽に言うのね」

 雰囲気は砕けた感じだが派手というほどではなく、

外見上女性に対して軽い男には到底見えなかった。

 まだ僅かの時間しか接していなくても菫子は人となりを感じ取っていた。

「お固いんやな。合コンにも行ってるくせに」

「別に行くつもりはなかったの……最初誘われてたのは友達なんだけど

 彼女、彼がいるから断ったのよ。それで私が頼まれたわけ」

「まあええんちゃう。飲んで気軽に楽しめば」

「そうね」

「確かに合コンとか行くタイプには見えへんな」

「そ、その言い方、偏見よ」

 菫子は涼の指摘にしどろもどろになりながら言い返す。

 自分でも合コンなんて似合わないと思っているから唇の滑りが悪い。

 涼は、庇護すべきと判断したのか、目を細めて菫子を見つめると、

「あんた、危なっかしそうやな。帰るまでボディーガードしたるわ」

 にっと笑った。女の子扱いされているわけではないのだろう。

「待ってる人いるでしょ」

 少し離れた場所から、すらりと背の高い女の子が

 こちらを気にしていることはとっくに気づいていた。

 二人並んだらお似合いだろうなあと菫子はぼんやり思った。

「だから帰るまでや。ちゃんと事情は説明してくるし」

 あっけらかんと言い放った涼の勢いに気圧されて菫子はこくんと頷いた。

 涼が席を立った時ぽつりと呟く。

「なんなの、子供じゃないわよ」

 ちゃんと嫌なことは拒否できるもの。

 恨みがましく呟きつつジュースを口に運ぶ。

 大学入学したてなのでほとんど未成年なのだが、無礼講で

 皆アルコールを口にしているが、菫子はアルコールが苦手なのでジュースを飲んでいた。

そんな所も子供に見せる要因になっていてもどうしようもなく。

 彼の宣言どおり、菫子が帰るまで涼はずっと側を離れなかった。

 気づけば菫子の鼓動はドキドキ逸っていた。

 まるで初恋のように視線を合わせられずふいに俯くことを繰り返す。

 そうすると涼は気分でも悪いんと顔を覗きこんでくる。

 挙動不審一歩手前になりながら数時間やり過ごした。

 けれど気づいていた。

 どんなに慣れ慣れしく接してきても決して肩に手をやったり

 手にさえ触れたりはしない。

話す時は相手の顔をしっかり見て話す。

 視線だけを側に置いて笑って色んな表情を見せていた。

 関西人特有の陽気な部分をそのままに

 人懐っこく、話しやすいのでその場の誰もがあっという間に彼に引き込まれていた。

菫子も彼に引き込まれた一人で、別れ際には寂しいと感じていた。

友達と別れ際の寂しさではなく、胸がきゅんと切なくなるような寂しさ。

 馬鹿みたい。違うわよこんなのと否定しても寂しさは募るばかり。

 恋に落ちるのに時間は関係ないのだ。

 もう一度会いたいと思っていたら、偶然、同じ大学だと分かった。

 学部が違うから入学して一月も経つのにまったく知らなかった。



「涼ちゃんは何か願い事するの? それとも七夕なんて馬鹿にしてる口? 」

 今現在一番興味を引くことだった。

 2ヶ月前の記憶の中に意識を彷徨わせていた間に紅茶が、なくなっていた。

 飲み終えた缶を持って握りつぶしているのを見ていた涼が、

「貸して」とさっと奪い取る。

 捨ててやる。言葉に含まれた気持ちが伝わってくる。

 彼は、面倒見のいいお兄ちゃんという立場を自ら

主張しているみたいに思えてくるから不思議だ。

「今がずっと続きますようにかな。

 うちのマンションに笹の木ないしなあ。

近所の幼稚園に行ってこっそり短冊飾って来よかな」

 涼は冗談っぽく嘯く。砕けた調子に笑いながら。

 最初の言葉ばかりが菫子の頭の中をぐるぐと巡る。

 黙り込んだ菫子に注がれる視線。

 涼は余裕の表情だ。

「気になんねや?」

「全然」

 菫子は努めて冷静を装って答える。

 本当は気になるに決まっているけれど。

 がしがしと乱暴に頭を撫でられても嫌な気はしない。

 寧ろ心地よさばかり心を支配する。

「妹さんに同じことする姿が浮かんだ」

「当たりー。よう分かったな」

菫子はむうっと膨れながら涼を見た。

 恋してる視線は送らない。さりげなく視界に映す。

「お願いがあるんだけど、草壁くん?」

「菫子にそう呼ばれるときしょいなー」

「私も草壁くんなんて呼ぶの気持ち悪いわ。涼ちゃんは涼ちゃんだもん」

 ぎゅっとスカートの裾を掴む。

「ああ、でお願いって何?」

「途中まで一緒に帰らない?」

「ああ、ええよ」

 菫子はこぼれんばかりに笑った。

 気軽に応じてくれたんだと分かっていても、単純に嬉しかった。

 そこに他意はなかろうと。

 男友達なんて大学に入るまでいなかった菫子の

 初めてできた男の友達が、草壁 涼。

 やっぱり友達にはなれなかったけれど。少なくとも菫子にとっては。

立ち上がりぱたぱたとスカートを払う。

 差し出された右手を勢いよく掴むと歩き出した。

 ふと思った。大学生にもなって女友達と手を繋ぐだろうか。

 どんな時も妹分としか見られていない。

 いいんだ、それでも。この手のひらに触れられるなら。

 手を繋いでいても一歩分遅れたりもする。

 そういう時涼は立ち止まって菫子を待ってくれた。

 夕陽に縁取られた影の長さは大人と子供くらい違う。

「夏に手を繋ぐのって結構暑いね」

 汗ばんでいる大きな手のひらがしっかりと菫子の小さな手を掴んでいた。

「じゃ、腕に掴まるか」

「いくらなんでも遠慮します」

 そこまでプライドを捨てているわけではない。

「一度やってみたいのになあ」

「涼ちゃんって結婚して子供ができたらいいパパになりそうだよね」

「将来有望やろ。浮気もせえへんしな」

 にかっと笑う。

「菫子は子供が子供を育てられるんか旦那が心配するやろな」

「本気で失礼ね!」

 他愛もない冗談を交わし、笑い合う。

 この歩幅にいつか追いついて隣を歩いてみたい。 

 心で願うだけならいいよね。

 妹ポジションはとっても居心地が良くて手放したくないし、

 誰にもこの場所を譲りたくない。

 横を見上げれば、少年っぽい眼差しがそこにあった。

「七夕の夜のお願い事は秘密だよ。

 人に教えたら叶わなくなるでしょ」

 菫子は口の端をあげて笑った。

「了解」

 にかっと笑った涼が、空を見上げる。

 もしも、この想いが届かなくても好きでい続けていたい。

 惚れ惚れするほど背が高くて、あったかい。

 大好きな男友達のことを。

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