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Treasure
4、signal
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電話で話した伊織(いおり)は、普段と別段変わらないように感じたが、
切る時に、彼女の声が、震えていたことに菫子とうこは気づいた。
胸騒ぎ。早く伊織の元に行かなければ。
伊織はちょうど病院を出た所で、近くのカフェで待ち合わせをして電話を切った。
「……涼(りょう)ちゃん、ごめんね……伊織の所に行かなくちゃ」
「阿呆。そんなことで謝るな。俺は友達を大事にする菫子が好きなんやで」
がしがしと菫子は髪をかき混ぜられた。
バッグを抱えた格好で抱き寄せられる。
「送っていったるから。とりあえず準備して」
涼は極めて柔らかく促す。本来の語尾は『せえ』のはず。
「ありがとう」
訪れた時と違い、菫子から涼の腕を掴んだ。自分の意思を示したかった。
安心して頼れるのは、彼だからだということを。
互いに別々の場所で着替え、準備を整えて部屋を出る。
ぎゅっと繋いだ手は握り返されて、菫子は安堵をおぼえる。
涼のおかげで不安に曇る表情を表に出さずにすむ。
エレベーターで降りて、地下駐車場で停めていたバイクに跨る。
ばさっと運転席から手渡されたレインコートを、羽織って、雨対策も整えた。
菫子は、涼の背中にしがみつく。ゆっくりとバイクは加速し、雨の街へと走り出した。
何度か訪れたことのあるカフェ。近づくと、顔をあげて、伊織が手を振った。
雨が降っている為か、カフェは雨宿りする客で賑わっている。
菫子と涼は、駅前で待ち合わせて、菫子だけカフェに入った。
「……伊織」
「菫子」
菫子は彼女の正面に座って、メニューから注文した。
遅い朝食をとったばかりなので、飲み物だったが。
菫子が伊織の方を食い入るように見ているのに気づいて彼女はきょとんと首をかしげた。
「嫌だわ。そんなに心配そうな顔して」
くすくすと笑いながら、伊織はカップに口をつけた。
肩にはショールを羽織り、さりげなくフェミニンな服装。
「草壁君とは上手くいったの?」
途端に顔を赤らめた菫子に、伊織は、したり顔でうなづいた。
分かりやすい菫子を見れば、一目瞭然だが、本人は自覚がない。
「わ……私と涼ちゃんは何でもないわよ」
うろたえて言いつのっても説得力なんて塵ほどもないのだ。
「……じゃあ草壁君に聞いてみようかな。呼んでくれる」
伊織は悪戯っぽく笑んだ。
菫子は、うっと固まりつつ携帯で彼を呼び出した。
涼は、カフェの近辺にいたらしくものの3分でやってきた。
しかも足取りが弾んでいて、妙に楽しげな様子だ。
菫子はじとっと据わった眼で涼を見た。
「菫子は、草壁(くさかべ)君とは何でもないって言うんだけど」
「何でもないわけないやろ」
強気に笑った涼は、菫子の隣に陣取り肩に腕をまわした。
さり気なく、距離を離そうとするが、
がっちりと捕まえられていて逃げられない。
運が悪いことに、菫子は窓際……つまり壁際に座っていたのである。
「あら」
伊織は、楽しそうに笑っている。
目の前に置かれたジンジャエールにストローを立てて一気飲みした
菫子は、案の定激しくむせた。
「聞きたい?」
涼の意味深な問いかけに、伊織は、こくりと頷いた。
「二人で話進めないでよ! 許可した覚えなんてないわよ」
菫子は大赤面して叫んだ。
「……永月はいわば俺らのキューピッドやん。
ちゃんと報告せんと失礼とちゃうか」
もっともなことを言われ、菫子は、口をパクパク開閉させた。
「二人といると和むわ。一緒にいるの自然だって思えるし。
おめでとう、お似合いよ」
改めて言われ、涼も珍しく顔を赤らめた。
菫子は無駄な抵抗を諦めて観念した。
「あ、ありがとう」
「今日、二人に会えてよかったわ」
表情をがらりと変えて伊織はつぶやいた。
どこか儚げで、菫子は思わず彼女の手を握った。
「つらい時は言ってね。何もできないかもしれないけど話ならいくらでも聞けるから」
「つかず離れず側にいてくれて、本当に嬉しい。
連絡してほしい時にくれたり」
「やっぱり何かあったの? 」
「……そろそろ覚悟しておかなきゃって思っただけよ」
「伊織……」
「上手くいってくれたことで、どれだけ私を勇気づけてるか。
絶対幸せになってね。草壁君、菫子を泣かせたら承知しないわよ?」
普段より早口でまくし立てる伊織に菫子は気おされていた。
強引な態度は嫌な気分になるほどではないし、
菫子が本当に嫌がることをする伊織ではない。
明るく保とうと必死なのかもしれなかった。
後で、一気に押し寄せたりしなければいいのだけどと菫子は内心案じている。
「大丈夫や。俺の物になったからにはめいっぱい大事にする。
気になったらいつでも、菫子に聞いたらええで」
「そうね」
右隣の椅子に置いていた文庫本を抱いて、伊織は立ち上がった。
「それじゃお二人さん、ごゆっくり。またね」
小さく手を振って、伊織は去っていた。あっけなく。
伊織の姿が完全に見えなくなった後で、菫子は息を吐き出した。
「伊織は大変な恋をしているのにそれでも悲しい顔ひとつしたことないの。
弱音を吐きたくないんじゃなくて、不幸だなんて思ってないのよ」
涼は黙って菫子の話に耳を傾けている。
「でも、無理してることに気づいてない。
限界なんて超えちゃってるかも」
「人のことはよう分かるんやな」
「何よ。茶化してるの」
「いや、人は所詮、他人のことの方が分かる生き物やしな」
菫子は、涼をまじまじと見つめた。
彼が真面目になった時、やたら胸が高鳴ってしまう。
基本的に熱いし生真面目な方だが、
普段のノリとのギャップに弱いのだ。
こういう部分を持った彼が、好きなのだと改めて思う。
「……私もっと早く素直になっていればよかったかな」
「十分間に合ったからええ。俺らはちゃんと始まったやろ」
「そうね」
いつの間にやら雨は上がり、陽の光が淡く降り注いでいる。
「帰ろうか」
それぞれ、飲み物を空にして立ち上がる。
明細書の側に置かれていた伊織の分の代金も手にしてレジに向かった。
雨上がりの青空は晴れやかで、菫子は目を細めて見上げた。
「……なんだか泣きそう」
涼は菫子と同じく空を見上げた。
自分よりずっと近くに空を感じられる涼が、菫子には羨ましい。
「涼ちゃん……やっぱり送って」
「へ。菫子、帰るん。めっちゃ寂しいなあ」
しみじみ呟く様子が、おかしくて笑う。
明るい気分にさせてくれようとしている。
どうやら鈍感らしい菫子だが、今の涼の態度は敏感に感じ取った。
「……帰らないわよ。腹立たしいけど涼ちゃんのお望み通りに
今日は一緒にいるわ…………から」
最後は、かなりの小声になっていた。だがこれが菫子の精いっぱいだ。
「何や。ちゃんと言ってくれんと聞こえへん」
涼は性質が悪い笑みを浮かべた。
毎度のパターンに見事にはまる菫子であった。
「私が一緒にいたいから! 」
「うんうん、素直になったなあ。
ほら、とっとといくで」
お互いに差し出した手を繋ぐ。
菫子は大きな手で包まれて安心する。
「……ん」
バイクに乗り込んで走り出す。
風に煽られながらも、運転席と後部座席での会話は始まる。
「わざわざ今帰らなくても」
「昨日と同じ服だし着替えたいのよ……だって帰るの夜だし」
「女は大変やな」
「……泊まったりするなんて思わなかったんだもの」
「今夜決めるつもりって言っとけばよかったか」
涼の爆弾発言に菫子は、涼の背中を拳でたたいた。
「うわー落ち着け。もう大人やろ」
菫子はむっとする。
「……理屈で割り切れないことだってあるの」
拗すねたように呟いて、菫子は涼の背中に頭を押し付けた。
ヘルメットがぶつからないように、緩く寄りかかった。
「ちゃんとそこで待ってて。入ってこないでね」
「了解」
菫子の部屋にたどり着いてすぐ、菫子は、涼にきつく釘を刺して室内に入った。
玄関先で待ってもらうのは申し訳ないと思うが、まだ中に入ってほしくなかった。
約束の日まではと頑なに守っていた。
涼には、玄関で飲ませるのが申し訳なかったが、ホットココアを渡して、
菫子は背中を向けた。台所を通り過ぎて扉を閉める。
ボスン、と玄関に音が響いた。
菫子は、くすくすと笑ってクローゼットを開けて服を選び始める。
この部屋を出る時よりも、高揚した気分だ。
選ぶのが楽しい。
うきうきと服を取り出し、ベッドの上に広げては仕舞うことを繰り返す。
そういえば、下着も替えなければとチェストから取り出した。
「よしこれにしよ」
着ていた服を脱いで、下着を身につける。
全身が映る鏡の前で確認する。部屋が狭く感じるけど、置いてよかったと思う。
膝丈のチュニックワンピースにデニムのレギンスを履いて、薄手のカーディガンを羽織った。
最後に鏡の前で確認して、部屋の扉を開けた。
「あっ」
涼が立ちつくして、こちらを見ていた。
菫子は急に恥ずかしくなって顔をそむける。
「春っぽくてええな。めっちゃ可愛いで」
涼から、マグカップを引ひっ手繰たくって、踵かかとを返す。
手早く洗い物を片づけて、トートバッグを手に急ぎ足で玄関に戻った。
「……行こ」
そそくさとショートブーツを履いた菫子は涼をちらりと見上げた。
「菫子」
首の痛みを堪えながら、踵を浮かせると、涼も背をかがめ、視線を合わせた。
視線を交わして、照れる菫子を見つめながら、頬に口づけた。
一秒ほどの刹那のキス。
目を瞠った瞬間には、涼の唇は離れていた。
「……食べてしまいたいくらいや。苺のパジャマ姿もやばかったけど」
耳元でささやかれた声に、顔を真っ赤にした。
それでも、自分から涼の手を繋つないで、部屋を出る。
マンションを後にして、バイクに乗りこむ。
風が、強く吹きこんで髪を乱した。
切る時に、彼女の声が、震えていたことに菫子とうこは気づいた。
胸騒ぎ。早く伊織の元に行かなければ。
伊織はちょうど病院を出た所で、近くのカフェで待ち合わせをして電話を切った。
「……涼(りょう)ちゃん、ごめんね……伊織の所に行かなくちゃ」
「阿呆。そんなことで謝るな。俺は友達を大事にする菫子が好きなんやで」
がしがしと菫子は髪をかき混ぜられた。
バッグを抱えた格好で抱き寄せられる。
「送っていったるから。とりあえず準備して」
涼は極めて柔らかく促す。本来の語尾は『せえ』のはず。
「ありがとう」
訪れた時と違い、菫子から涼の腕を掴んだ。自分の意思を示したかった。
安心して頼れるのは、彼だからだということを。
互いに別々の場所で着替え、準備を整えて部屋を出る。
ぎゅっと繋いだ手は握り返されて、菫子は安堵をおぼえる。
涼のおかげで不安に曇る表情を表に出さずにすむ。
エレベーターで降りて、地下駐車場で停めていたバイクに跨る。
ばさっと運転席から手渡されたレインコートを、羽織って、雨対策も整えた。
菫子は、涼の背中にしがみつく。ゆっくりとバイクは加速し、雨の街へと走り出した。
何度か訪れたことのあるカフェ。近づくと、顔をあげて、伊織が手を振った。
雨が降っている為か、カフェは雨宿りする客で賑わっている。
菫子と涼は、駅前で待ち合わせて、菫子だけカフェに入った。
「……伊織」
「菫子」
菫子は彼女の正面に座って、メニューから注文した。
遅い朝食をとったばかりなので、飲み物だったが。
菫子が伊織の方を食い入るように見ているのに気づいて彼女はきょとんと首をかしげた。
「嫌だわ。そんなに心配そうな顔して」
くすくすと笑いながら、伊織はカップに口をつけた。
肩にはショールを羽織り、さりげなくフェミニンな服装。
「草壁君とは上手くいったの?」
途端に顔を赤らめた菫子に、伊織は、したり顔でうなづいた。
分かりやすい菫子を見れば、一目瞭然だが、本人は自覚がない。
「わ……私と涼ちゃんは何でもないわよ」
うろたえて言いつのっても説得力なんて塵ほどもないのだ。
「……じゃあ草壁君に聞いてみようかな。呼んでくれる」
伊織は悪戯っぽく笑んだ。
菫子は、うっと固まりつつ携帯で彼を呼び出した。
涼は、カフェの近辺にいたらしくものの3分でやってきた。
しかも足取りが弾んでいて、妙に楽しげな様子だ。
菫子はじとっと据わった眼で涼を見た。
「菫子は、草壁(くさかべ)君とは何でもないって言うんだけど」
「何でもないわけないやろ」
強気に笑った涼は、菫子の隣に陣取り肩に腕をまわした。
さり気なく、距離を離そうとするが、
がっちりと捕まえられていて逃げられない。
運が悪いことに、菫子は窓際……つまり壁際に座っていたのである。
「あら」
伊織は、楽しそうに笑っている。
目の前に置かれたジンジャエールにストローを立てて一気飲みした
菫子は、案の定激しくむせた。
「聞きたい?」
涼の意味深な問いかけに、伊織は、こくりと頷いた。
「二人で話進めないでよ! 許可した覚えなんてないわよ」
菫子は大赤面して叫んだ。
「……永月はいわば俺らのキューピッドやん。
ちゃんと報告せんと失礼とちゃうか」
もっともなことを言われ、菫子は、口をパクパク開閉させた。
「二人といると和むわ。一緒にいるの自然だって思えるし。
おめでとう、お似合いよ」
改めて言われ、涼も珍しく顔を赤らめた。
菫子は無駄な抵抗を諦めて観念した。
「あ、ありがとう」
「今日、二人に会えてよかったわ」
表情をがらりと変えて伊織はつぶやいた。
どこか儚げで、菫子は思わず彼女の手を握った。
「つらい時は言ってね。何もできないかもしれないけど話ならいくらでも聞けるから」
「つかず離れず側にいてくれて、本当に嬉しい。
連絡してほしい時にくれたり」
「やっぱり何かあったの? 」
「……そろそろ覚悟しておかなきゃって思っただけよ」
「伊織……」
「上手くいってくれたことで、どれだけ私を勇気づけてるか。
絶対幸せになってね。草壁君、菫子を泣かせたら承知しないわよ?」
普段より早口でまくし立てる伊織に菫子は気おされていた。
強引な態度は嫌な気分になるほどではないし、
菫子が本当に嫌がることをする伊織ではない。
明るく保とうと必死なのかもしれなかった。
後で、一気に押し寄せたりしなければいいのだけどと菫子は内心案じている。
「大丈夫や。俺の物になったからにはめいっぱい大事にする。
気になったらいつでも、菫子に聞いたらええで」
「そうね」
右隣の椅子に置いていた文庫本を抱いて、伊織は立ち上がった。
「それじゃお二人さん、ごゆっくり。またね」
小さく手を振って、伊織は去っていた。あっけなく。
伊織の姿が完全に見えなくなった後で、菫子は息を吐き出した。
「伊織は大変な恋をしているのにそれでも悲しい顔ひとつしたことないの。
弱音を吐きたくないんじゃなくて、不幸だなんて思ってないのよ」
涼は黙って菫子の話に耳を傾けている。
「でも、無理してることに気づいてない。
限界なんて超えちゃってるかも」
「人のことはよう分かるんやな」
「何よ。茶化してるの」
「いや、人は所詮、他人のことの方が分かる生き物やしな」
菫子は、涼をまじまじと見つめた。
彼が真面目になった時、やたら胸が高鳴ってしまう。
基本的に熱いし生真面目な方だが、
普段のノリとのギャップに弱いのだ。
こういう部分を持った彼が、好きなのだと改めて思う。
「……私もっと早く素直になっていればよかったかな」
「十分間に合ったからええ。俺らはちゃんと始まったやろ」
「そうね」
いつの間にやら雨は上がり、陽の光が淡く降り注いでいる。
「帰ろうか」
それぞれ、飲み物を空にして立ち上がる。
明細書の側に置かれていた伊織の分の代金も手にしてレジに向かった。
雨上がりの青空は晴れやかで、菫子は目を細めて見上げた。
「……なんだか泣きそう」
涼は菫子と同じく空を見上げた。
自分よりずっと近くに空を感じられる涼が、菫子には羨ましい。
「涼ちゃん……やっぱり送って」
「へ。菫子、帰るん。めっちゃ寂しいなあ」
しみじみ呟く様子が、おかしくて笑う。
明るい気分にさせてくれようとしている。
どうやら鈍感らしい菫子だが、今の涼の態度は敏感に感じ取った。
「……帰らないわよ。腹立たしいけど涼ちゃんのお望み通りに
今日は一緒にいるわ…………から」
最後は、かなりの小声になっていた。だがこれが菫子の精いっぱいだ。
「何や。ちゃんと言ってくれんと聞こえへん」
涼は性質が悪い笑みを浮かべた。
毎度のパターンに見事にはまる菫子であった。
「私が一緒にいたいから! 」
「うんうん、素直になったなあ。
ほら、とっとといくで」
お互いに差し出した手を繋ぐ。
菫子は大きな手で包まれて安心する。
「……ん」
バイクに乗り込んで走り出す。
風に煽られながらも、運転席と後部座席での会話は始まる。
「わざわざ今帰らなくても」
「昨日と同じ服だし着替えたいのよ……だって帰るの夜だし」
「女は大変やな」
「……泊まったりするなんて思わなかったんだもの」
「今夜決めるつもりって言っとけばよかったか」
涼の爆弾発言に菫子は、涼の背中を拳でたたいた。
「うわー落ち着け。もう大人やろ」
菫子はむっとする。
「……理屈で割り切れないことだってあるの」
拗すねたように呟いて、菫子は涼の背中に頭を押し付けた。
ヘルメットがぶつからないように、緩く寄りかかった。
「ちゃんとそこで待ってて。入ってこないでね」
「了解」
菫子の部屋にたどり着いてすぐ、菫子は、涼にきつく釘を刺して室内に入った。
玄関先で待ってもらうのは申し訳ないと思うが、まだ中に入ってほしくなかった。
約束の日まではと頑なに守っていた。
涼には、玄関で飲ませるのが申し訳なかったが、ホットココアを渡して、
菫子は背中を向けた。台所を通り過ぎて扉を閉める。
ボスン、と玄関に音が響いた。
菫子は、くすくすと笑ってクローゼットを開けて服を選び始める。
この部屋を出る時よりも、高揚した気分だ。
選ぶのが楽しい。
うきうきと服を取り出し、ベッドの上に広げては仕舞うことを繰り返す。
そういえば、下着も替えなければとチェストから取り出した。
「よしこれにしよ」
着ていた服を脱いで、下着を身につける。
全身が映る鏡の前で確認する。部屋が狭く感じるけど、置いてよかったと思う。
膝丈のチュニックワンピースにデニムのレギンスを履いて、薄手のカーディガンを羽織った。
最後に鏡の前で確認して、部屋の扉を開けた。
「あっ」
涼が立ちつくして、こちらを見ていた。
菫子は急に恥ずかしくなって顔をそむける。
「春っぽくてええな。めっちゃ可愛いで」
涼から、マグカップを引ひっ手繰たくって、踵かかとを返す。
手早く洗い物を片づけて、トートバッグを手に急ぎ足で玄関に戻った。
「……行こ」
そそくさとショートブーツを履いた菫子は涼をちらりと見上げた。
「菫子」
首の痛みを堪えながら、踵を浮かせると、涼も背をかがめ、視線を合わせた。
視線を交わして、照れる菫子を見つめながら、頬に口づけた。
一秒ほどの刹那のキス。
目を瞠った瞬間には、涼の唇は離れていた。
「……食べてしまいたいくらいや。苺のパジャマ姿もやばかったけど」
耳元でささやかれた声に、顔を真っ赤にした。
それでも、自分から涼の手を繋つないで、部屋を出る。
マンションを後にして、バイクに乗りこむ。
風が、強く吹きこんで髪を乱した。
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